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17.魔物の大行進

「父上、そのうっかり癖をいい加減治してもらえませんか? 今日だって、本来なら先週には戻ってくる予定だったはずでは?」

「そこは長引いただけだ。決して期間の日程を間違えたわけではない」

「どうだか」

「あ、あの……」


 国王と王子が目の前にいる。

 もっと仰々しい会話が繰り広げられるかと思ったら、どこにでもいる親子の会話に驚く。

 そして戸惑う。

 私だけがぽつんと浮いている気がして。


「ああ、すまない。私の勘違いから困らせてしまったようだ。リクルが歳の近い女性を連れてくるなど初めてのことだったからな。ついに誰かと婚約する気になったのかと思ってしまったのだ」

「は、はぁ……」


 リクル君はため息をこぼす。

 

「父上には先に、お前の事情は伝えてある。俺たちがずっと前から知り合いだったことも、かの国でどういう扱いを受けていたかも」

「うむ、リクルから聞いた。ビーストマスターの称号を持つ調教師……噂には聞いていたが、まさかリクルと顔なじみの、しかもまだ若い女性だったとは。驚きを隠せない」


 私には驚いているようには見えないけど……。

 陛下は表情の変化が乏しいようだった。

 その辺りはリクル君と違う。

 彼の場合は感情や場面に合わせてコロコロと変わるから。


「大変だっただろう。不当な扱いを受けていたと聞く」

「い、いえ……」

「否定する必要はない。かの国の傲慢さは、私も嫌というほど知っている」


 そう言いながら陛下はため息をこぼす。


「私もかつて、かの国と関わりを持とうとした。世に名高い大国と親交を持てれば、この国の未来に繋がると思ったからだ。だが、交渉は決裂した」


 私とリクル君が会っていた頃の話だ。

 陛下は幼いリクル君をつれて、一月に一度のペースでセントレイクへ訪れていた。

 目的は国同士の協定、友好関係を築くことだった。

 だけど、それは失敗に終わってしまったらしい。

 理由を陛下が語る。


「かの国の王は言った。我が国の傘下に準ずるのであれば、庇護下においても構わないと。それは友好的な協定ではない。この国を取り込もうとしていた」

「そんなことが……」


 セントレイク王国は、大陸でも有数の大国家。

 有する兵力をちらつかせ、小国を取り込もうとしていたようだ。

 私はあまり詳しくないけど、徐々に国土が広がったのはそういう理由なのだろう。

 正直、ぞっとする。

 言い方を変えれば、それは侵略と呼べるだろう。

 その一部分を担っていたのは、紛れもなく私たち宮廷調教師だ。


「あの国の威張る体質は十年経とうと変わらない。私たちはもう関わっていないが、よくない噂も度々耳にした。君が置かれていた状況も納得できる。よく耐えた」

「――……」


 この人は、私の境遇に同情してくれているの?

 初対面の、貴族ですらない私を。

 私がイメージしていた国王とは違う。

 なんだろう?

 ただの優しい……父親のようなこの視線は。


「本当によく来てくれた。我が国へ、ようこそ」

「は、はい!」


 私は改めて深く頭を下げた。

 陛下は私のことを否定するわけでも、疑念を抱くこともない。

 ただ、歓迎してくれた。

 それが嬉しくてたまらなかった。

 この国は……優しい人たちばかりなのかな。


「君の活躍に期待している。王としても、一個人としても。ビーストマスター……その称号を持つ者の実力を、早くこの眼で見てみたいものだ」

「父上、それはまたの機会にしてくださいよ? 間違ってもここで何か見せてほしいとは言わないでくださいね」

「む、ダメなのか?」

「……また王都が大混乱になりますから」


 ギクッと身体を震わせる。

 リクル君がウロボロスの件を陛下に話していないのかな?

 だったらこのまま黙っていてもらったほうが、私的にはありがたい。


「ふむ、残念だな。私もウロボロスというものを見てみたかったのだが」


 あ……知っているんですね。

 当然ですよね。

 国王様だし。

 

 私は心の中で、申し訳ございませんと謝罪する。


「彼女の力を見る機会はいずれ現れますよ。それより父上、あの話を」

「うむ、そうだな。ここからが本題だ」


 二人の雰囲気が変わる。

 真剣さがにじみ出る。

 少しだけ重たい空気が漂う中で、陛下が口を開く。


「セルビア、君がこの国に来たことで、今後起こりうる最大の問題について話しておく必要がある」

「最大の問題……?」


 私、何かしちゃったかな?

 知らない間にこの国に迷惑をかけるようなこと……。


「それは――」

「た、大変です陛下!」


 陛下が語ろうとした直後、勢いよく扉が開く。

 中に入ってきたのは一人の騎士だった。

 まだ若い。

 ノックもなしに入ってくるなんて無礼極まりない行為だけど、彼はひどく焦っていた。

 尋常ならざる慌て様に、陛下とリクル君も顔をこわばらせる。

 リクル君が騎士に尋ねる。

 

「何があった?」

「王都の南方より、魔物の大群が侵攻しております!」

「魔物だと? こっちへ来ているのか?」

「は、はい。まっすぐ王都へ」


 その場の全員が、ごくりと息を飲む。

 騎士から伝えられた魔物の総数は、目測で数千以上。

 数が多すぎて数えきれない。

 それほどの大群故に、騎士は焦りをあらわにしていた。


「父上」

「うむ、早急に兵を集めて王都の守りを固める様に伝えよ。総力をあげて王都を守り抜くのだ!」


 陛下の声が響く。

 二人の表情にも焦りが見える。

 リクル君が私に言う。


「そういうわけだセルビア。悪いが君にも手伝ってもらいたい」

「もちろんだよ」


 むしろ有難いくらいだ。

 王都の窮地にこんなことを思うべきじゃないのだろうけど。

 陛下に、私の力を見てもらうチャンスだ。

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