ホッとした矢先に
賄いと言ったので恵理は普段、店で出しているメニューではないものを作ろうと思った。
そこで浮かんだのは初めてレアンと会った時、そしてその後も時たま作っているジェノベーゼ丼だ。
(ソースは、レアンの手作りだしね)
ただ食べるだけではなく、何か手伝えないかと言われて以来、レアンにスプーンで香草を潰し、岩塩やにんにく、オリーブオイルを混ぜてジェノベーゼソースを作って貰っている。
万が一、ガータに「男が料理なんて」と言われたら困るので恵理からは伝えないが、ソースの入った瓶を取り出すとレアンが緊張したように、それでいて嬉しそうに耳をピクピクさせていた。
タイ米をお湯で煮ている間に、買ってある鳥肉を一口サイズに切る。それからタイ米を煮ているお湯を捨て、火で水気を飛ばして蒸らしている間に、恵理は鳥肉をジェノベーゼソースに絡めて炒めた。そして炊けたご飯を丼鉢に盛って、その上に乗せる。
タイ米を炊くのは、店でも相変わらず『湯取り法』だ。タイ米をお湯で煮てからそのお湯を捨て、更に火にかけてから蒸すこの炊き方が、一番ティエーラのお米を美味しく食べられる。
「はい、召し上がれ」
「「「いただきます」」」
「……感謝する」
食べる前の挨拶は、思えば恵理がやるからだった。
レアン達が口々に言うのに、ガータは戸惑ったようだったが――それでも、お礼の言葉を口にしてジェノベーゼ丼を食べ始めた。
「……美味い」
「だろ?」
「肉に良い匂いと、濃くて美味い味が絡んで、良いな。あと、下の白いのと一緒に食べると更に美味い」
「だよね! ……あ、えっと、ですよね」
ガータの感想は、初めてレアンが言ったのと同じものだった。
懐かしい気持ちで聞いていると、敬語を話していないレアンに、サムエル達の視線が向けられる。それに気まずそうに言い直す辺り、彼には店員としてのこだわりがあるんだろう。
そう思ったので恵理は話題を逸らす意味も込めて、中断していた話を再開することにした。
「ありがとう、レアン。あの、それで……さっき話していた、武闘会の件なんですけど」
「……それなんだが。先程の話だと、こういう料理を作るのに、香辛料が欲しいと言う話なのか?」
「ええ」
「それなら闘うのではなく、ただ香辛料を買いに来るか、商人に頼むのでは駄目なのか?」
「一回二回食べるのではなく、店に出すのなら定期的に買いに行く必要があります。それだと、私には難しいですし……商人に頼むと、関税がかかるので高くなってしまいます。そうなると、メニューの料金を高くしなければ作るだけ赤字になってしまいます」
その土地のものなので、無料で買うつもりはないが――一方で、関税がかかってしまうとやはり買い続けるのが難しい。
「だからこそ、武闘会に参加したいんです。優勝すれば、可能な限り願いが叶うんですよね?」
「……そうだが、あなたには無理だと思う」
「え?」
「レアンは、私が認めた男だ。そして、そんなレアンが反対しないなら、他の者も……そこのお嬢さん以外は、出られるだろう」
「私も、出る!」
「魔法使いは、駄目なんだ。武を競う場だから……肉体強化もあるから、全く駄目とは言わないが。最低限は闘えないと、参加出来ない」
「……むぅ」
ガータの言葉に、ミリアムが頬を膨らませる。
確かに、ミリアムは魔法が使えなければ非力な少女だ。けれど、恵理は違う。これでも、元冒険者である。
「あの、私は闘えます」
「……私が言うのも何だが、あなたのような女性には無理だ」
悪気はないんだろう。逆に、心配してくれているのは解るが――このままだと、恵理が武闘会に出られなくなってしまう。
それ故、負けないと言うように自分の胸に手を当てて、恵理はガータに言った。
「だったら……言葉だけではなく、私が闘えることを示します」




