◇17.再・親切で善良なだけの男
曰く、初日のあの城門の色とりどり飾り付けは、魔王が自ら施した。
曰く、いきなり大勢の魔族で囲んだら人間の姫を緊張させると思って、歓迎会は魔王と宰相のふたりだけで行うことにした。
曰く、人間の姫が喜ぶように、毎日の料理を華やかな見た目にするよう料理人に指示を出した。
曰く、人間の姫が新しい環境に慣れるまでは接触を控えるよう、魔王城の従業員にお触れを出した。たぶん百年くらいで慣れてくれるんじゃないかなと思うので、それまでは優しく見守ってやって欲しい。
曰く、人間の姫が新しい環境に慣れるまでは、社交も控えさせてのんびりと魔王城で過ごさせる方針を魔族たちに伝えた。たぶん百年くらいで慣れてくれるんじゃないかなと思うので、それまではお茶会のお誘いなどは控えて欲しい。
曰く、初めて婚約者に会う前日はドキドキして眠れなかった。
曰く、握手を拒まれなくて嬉しかった。
曰く、彼女ならきっと、魔界の皆と仲良しになってくれる。
「……と、このように、トレイシア様を迎える前からおもてなしに心を砕いており、迎えてからもトレイシア様のことを毎日嬉しそうに話されておいでなのです」
「……」
モリスさんが語ったことは、魔王の性格を考えれば、ある程度は想像できたことだった。
想像できたことだから、そこまで驚くことじゃない。それなのに、第三者から事実として聞かされると、それなりの衝撃はあった。
魔界の恐ろしげな雰囲気の中で浮いていたせいで却って恐怖心を煽ってきた華やかな城門は、私を歓迎するために。
大広間に魔王とモリスさんと私の三名だけという盛大な空間の無駄使い感および隠し切れない侘しさのあった歓迎会は、私を怖がらせないために。
魔王の冷酷な眼差しとの対比が激しくて毎回こちらを困惑させてくる妙に可愛い見た目の食卓は、私を喜ばせるために。
私が魔界でアウェイになっている一番の原因になっていること及び百年単位で物事を考えるんじゃないと物申したくなる各種お触れも、やっぱり私のために。
魔界入り前日、睡眠不足はお肌と判断力の敵だから気合を入れて九時に就寝した私と違って、魔王は緊張で眠れなくて。
握手に応じたくらいのことを、宰相に嬉々と話して。
私が魔族たちと仲良しになることを、まるで疑わない。
――ああ、魔王は私と違って、演技ではなく本当に、清く正しく善良なのだ。
この一週間で分かった気になっていたことが、今、心底、腑に落ちる。
たぶんこの魔王は、為政者にあるまじきことに、策略とか騙し合いとか、そういうのができない。きっと善意と本心でしか喋れない。
真顔で両手ハートウインクの気迫に呑まれ、絶対に何か裏があるに違いないと決めつけた今回の和平条約も婚約も、国家間の力関係とか政治的な駆け引きとかは度外視して、おそらくそんなことは考えもしないで、ただ純粋に「人間と仲良くやれたらいいな」という気持ちで受けたのだと、今なら分かる。
それは弱肉強食の世界において救いようがないほど愚かなことで、でも、とても尊いことだった。
この気持ちは何だろう。魔王の味方をしたい。いや違う、擁護したい。これも違う。友達になりたい……とも違う。どの言葉もしっくりこない。
それでも、確かなことが一つ。
「……なあ、モリス氏よ」
「はい」
「魔王様、めっちゃええ奴やん」
「はい! 心から同意いたしますぞ!」
統率者に対する「良い奴」だなんて評価は侮りと受け取ってもいいはずなのに、モリスさんは率直に賞賛と受け取ってにこにこしている。王が王なら宰相も宰相だ。
「魔王様は怖がられがちなお方なので、人間との婚約がうまくいくものか心配しておりました。ですが、トレイシア様にはしっかりと魔王様の真心が伝わったご様子。まことに嬉しく思いますぞ!」
「せやな。……ほんま、本心が真心な奴、初めて見たわ」
魔王は呆れるほどに良い奴過ぎて、心配になるくらい不器用過ぎる。
人間に対する親切心からの申し出や配慮は、その冷酷無慈悲な雰囲気のせいで、ことごとく曲解されてしまうし。私のために凝らしてくれた工夫は、概ね裏目に出ているし。角、光るし。全く、なんて世渡りの下手な魔王なんだろう。
ああ、もう、見てられない。
とても見れたものではないから、見ているだけではいられない。
――「安泰な暮らしのために魔王に気に入られよう」という、打算の気持ちの代わりに芽生えたのは、「この魔王を応援したい」という、損得勘定抜きの気持ちだった。




