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01 苦難は平和の中にこそ


 邪智暴虐の"魔王"に従う軍勢、魔王軍。

 大陸南端に位置する、人族にとっての不可侵領域――"魔族領"内の一大勢力である。その幹部たる四天王には直属の部隊が与えられ、戦地にて直接指揮を執るのもまた彼らであった。

 

 しかし――例外が。

 元四天王"不滅のエルドラ"のみ直属の配下というものを与えられていない。何故ならば、その卓越した生成術により部下を無尽蔵に製造できる為である――無尽蔵なワケないだろ。どういう理屈でそのような人事になったのか、今思えばただの嫌がらせだったのかもしれない。


 こちらの都合もお構いなしに仕事は降りかかり、人手不足を解消するためにゴーレムを作り続けて常に魔力はカツカツ。

 そしてゴーレムには一つの単純な指令しか下せず――「敵を倒せ」「ここを見張れ」だとか――戦地での洞察や瞬発が必要になるような複雑な処理は不能である。他部隊と作戦行動を共にできればよかったのだが……淡々と命令をこなすゴーレムは魔王軍内でも「不気味だ」「怖い」「一緒に働きたくない」だの不評で、結局のところ助力は得られなかった。

 見る目のない奴らばかりで泣きそうだったのを覚えている。


 軍事行動に際して部下の現場判断に期待できないわたしは、あらゆる障害を予測し、それを作戦に組み込み、ゴーレムにそれぞれ適切な命令を与え、臨機応変に対応できるよう努めざるを得なかった。

 そして、それをこなしてきた自負がある。


 つまり、その、何が言いたかったかというと、自惚れではなく、それなりに自分は()()()()()やつだと思っている。


 しかしこの数日はどれだけ頭を捻っても、ある答えを導き出せずにいた。

 かつての戦場と同じく、全てを終えるまで、最終的に下した決定が正しいかどうかが不明の、困難な問題だ。

 行き詰まっていると言っていい。


 そうした思考の袋小路を打開するには適当なきっかけが必要だった。だからこうしてあてもなくぶらぶらしている。散歩だ。


 ユウリにも「気晴らししてくる」と伝え(あいつは首を傾げていたが)、たまには顔を出すかと村にまで降りてきた次第である。




「おっ、エルドラちゃん。ひとりで村までおでかけとは珍しいねえ」

 今や、わたしを怖がるエルフは一人もおらず、なんなら馴れ馴れしいくらいに絡んでくる。


 声をかけてきた男はエルフ特有の淡い金髪で、背に弓をたずさえている。彼はモニカの父であり――狩猟に従事しており、何かにつけて「娘の命の恩人だ」と食用肉を恵んでくれる――娘と似て、はつらつとした男だった。齢はすでに六十を越えているそうだが、エルフの中ではまだまだ若造だそうで、外見年齢も二十そこらにしか見えない。


「……ああ、まあ」と、つまらない返事しかできない。

「モニカはしばらく家を空けてていねェけどさ、帰ってきたらまた遊びに来てくれよな」

「……じゃあ、またユウリを連れてくよ」

「おう!」


 ……エルフというのは、もっと慎ましやかなものだと、かつては思っていたが……こうもぐいぐい来られると逆に怖がられていた時期よりもコミュニケーションが難しい。


 去っていく厄介者の背を眺め、一息つく。

 見れば辺りにも、こっちに向かって「エルドラちゃん久しぶり~」と手を振る老婆だとか、わたしの近くでも関係なしに走って騒ぎまくるガキどもだとか、……村に受け入れられた、というより、完全に舐められている気がする。


 深い森の一画を切り拓いてつくられたエルフの里は、そこらの人族の村と比較しても規模が大きく、活気があった。

 おとぎ話の、排他的で清貧を尊ぶイメージからはかけ離れたエルフたちの暮らしは、むしろ都会的すぎるほどだ。俗物である。肉は食うし、木は切るし、宴は大好きだし、金もだいすき――そう、この里では人族国家で流通するような銅貨や銀貨が流通していて、その貨幣制度がごく自然に守られている。


 診療所も、酒場も、そこらの露天商も通貨で取引し、数ヶ月に一度は人間のキャラバン隊さえやってくる。

 僻地に住まう亜人族の暮らしとしては、あまりにも歪で不自然なものだ。

 しかし、かつて人族と活発に交流していたようなこともないらしく、どこから文化が流入したのか不思議だった。


 日中はどこも賑やかで、どこか落ち着ける場所でもないかと辿り着いたのは、切り株めいた椅子が円型に並ぶ窪地――宴会の際は篝火を中心に飲んだくれが集まる――である。切り株のひとつに座り、もう一度一息つく。


 そこまで自身のひらめきを当てにしていたわけでもないが、結局ただ歩いているだけじゃ解決策も何も浮かばなかった。

 もう猶予がない。五日後にはきたるべき日がやってくる。

 指を組み、焦りと苛立ちに足をゆする。


(……どうしたものか)


 あと、たった数日である。

 

 あと五日で――ちょうど一ヶ月が経つ。

 ユウリと正式に婚約を結んでから。

 つまりは、記念日だった。



「……………………」



 ……以前のわたしなら「ばかばかしい」と一笑に付していただろう――いや、今でさえ多少そう感じている部分はある。なんせ今まで記念日や祭りごとには縁のない暮らしをしていたからな。

 ただ、ユウリは恐らく……『記念日には特別なことが必要だ』と言って譲らないはずである。

 何かと細かいことを気にするあいつのことだ。そうなるに違いない。


 だから先手を打って、その『特別なこと』をどうするか、現在進行形で死ぬほど頭を悩ませていた。


 一般的には贈り物か、あるいは旅行が定番らしい。文献から得た知識だが、逆に言えばそれ以上のことを知らない。

 何を渡せば喜ぶ? どこに連れて行けば喜ぶ?

 まず、定番の二者択一のどちらを選ぶ?


 ……いや、やっぱりばかばかしいとは思うよ。そもそもユウリに訊ねれば一発で解決する問題だ。

 だが「何が欲しい?」「どこに行きたい?」なんて訊くのは 、陳腐だろう。インテリ魔族であるわたしにとって、こんな困難は一人でも簡単に突破できる――……白状すると、その、ユウリを驚かせてやりたかった。あわよくば"己の結婚相手はこんなにも素晴らしい提案ができる奴"だと認められたい。


 人族には"さぷらいず"という文化があるらしい。

 大事な情報を伏せ、ここぞという場面で開示。相手は突然の出来事に何も対処できず、こちらの優位に物事を進められる……つまるところの奇襲である。

 そういった奇襲作戦だっていくつも立案してきた。今回も、それと同じだ。

 

 しかし如何いかんせん猶予がない。

 何かプレゼントするにしても、どこかに向かうとしても、準備する時間が。悠長に構えている暇はないのに、当日までになんとかしなければならないのに、どうしても思いつかない。


(……ユウリは、何をすれば喜んでくれるんだ?)


 真剣に考えてみても、どうしても、決定打が見つからない。

 何故なら、ユウリは()()()()()()()()だから。


 そこらの路傍の花を摘んで渡したとしても泣いて喜ぶだろうし、ちょっと湖のほとりでピクニックするだけでも大満足するだろう。

 容易にそんな光景が想像できるから、何をすれば一番喜んでくれるのかがわからない。


 ユウリの伴侶として、完璧なプランを立案しなければ、わたしのプライドがわたしを許さない。

 モニカにもシドーにも助けを借りず、自分で思いつかなければならない……ような気がする。

 そうでなければ胸を張れない。


 ……とはいえ、どうも煮詰まってきた。


 ただただ時間を浪費しただけだが致し方ない。陽が沈むより前に帰って早くに寝てしまおう。

 取り急ぎ他にすることもないので、こうやって考え事に集中できるのは、これもスローライフの利点かと、そうぼんやり思った。


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