35 悪夢の権化、あるいは四天王の中でも最弱の土属性
「……うぷっ、……ちょっと、張り切りすぎた……」
「うぅ……あたまグラグラする……」
憎き王国に狙いを定めて飛んだはいいものの、予想以上の速度負荷によって搭乗席はしっちゃかめっちゃかになっている。元々手狭なうえに、ユウリがわたしの体に折り重なっていて重い。
とんでもなく着地をミスった。
以前に勇者の群れを撃退した際にも感じたが、どうやらユウリの魔力はわたしによく馴染むらしい。幸運なことに相性が良いようだった。
元々わたしが生来の性質で微々たる魔力しか持たないためか、過剰なまでの魔力供給による過剰な出力が発揮される。
結果としてこのような事態になる訳だが。
「……は、はやくどいてくれ」
「わ、ごめん!」
ただでさえ密着せざるを得ない狭さだ。
いちいち気にしても仕方がないが、イヤでも匂いや温もりを意識してしまう――パーソナルスペースが侵害されている、という意味で、ユウリがどうとかいう話ではない。
エルドラーンの姿勢を立て直し、周囲を見る。
城下の、大通りと繋がる住宅街の一角に着陸したようだった。ただ――
「……? 誰もいないな」
閑散としている。
人通りはなく、静寂に包まれている。本来であれば人や馬車の往来に賑わう区画であるはずだ。
魔族――わたしの到来を予期していたかのように、民家からは人の気配が消えていた。
「この辺り、露店が並んでたはずだけど」とユウリも首を傾げる。
人っ子一人いない。これだけ派手に登場したというのに、野次馬も、窓から覗く影もない。
まさか襲撃がばれていて迎撃の準備がされているのでは、とも思ったが違うようだ。むしろ戦闘は既に始まっていた。
砲火。
怒声めいた雄叫びや、刃が衝突する剣戟の音。
それが至るところから鳴り渡っている……どういう訳かは知らない。
戦争か内乱か、とにかくわたし達を放っておいて争いが勃発しているみたいだった。
それを遠巻きに聞きながらぽつねんと立つ。調子が狂う。
「えぇと……エルドラ、どうする?」
「どうするも何も……」
やることは何も変わらない。
二度とユウリに近づけぬよう、国をひとつ存続不能になるまでシバくだけだ。
ただ、これだけ相手にされないと、張り切っていたのがバカみたいで……少しばかり気まずさがあった。
いや、別に、注目されたいわけでもないので何も問題はないが……
そうした心中を察してか、早くも救いの手が差し伸べられる。
遠く、城の方面から近付く一団があった。真っ直ぐにこちらに向かってくる。
甲冑に身を包んだ兵隊の列。しかし先頭に駆けるのは不統一な格好をした黒髪の――つまりは勇者の群れである。
「……エルドラ」
無意識か、わたしの背を抱くユウリがその力を強める。戦闘の予感に身をこわばらせているようだった。
「……っはは、安心しろ」
そうした不安は取り除く必要がある。
「わたしは最強だからな」
少なくとも、ユウリの前ではそうでなければならない。
◆
「――……手前ぇ、エルドラぁ……!」
到着した勇者どもは、こちらを半円状に取り囲むよう広がっている。剣、斧、槍、弓、思い思いの剣呑な武装を携える勇者と、その背後に一般兵の隊列といった構図。
どいつもこいつも殺気立っているが、今更その程度でビビるようなわたしではない。
数多の勇者を退け、魔王城からさえ生還したのだ。
「手前ぇのせいで、俺の人生は台無しだ! この恨み……ここで晴らしてやる……!」
最前列の戦士然とした男が恨みがましくこちらを睨んだ。額には青筋が浮かんでいる。
何やらとんでもなくキレているようだったが――
『……誰だ?』
「なっ……?!」
髪色の特徴から推測するに勇者ではない。
見た覚えがあるような気もするが……どうにも思い出せない。そういった特徴のない男だ。
「こ、コケにしやがって……!」
そいつは青筋を増やし、噛み殺すように言う。
「俺は手前ぇを二度も死の間際まで追い込んだ、戦士のギダ様だ! 今度こそブッ殺してやるよ、エルドラぁ……!」
『……ああ、思い出した』
一度目はユウリに初めて敗北を喫したとき。
二度目はユウリを狙う勇者の軍団を相手にしたとき。
このギダという男は、常に勇者と共に行動しているが、異世界人ではなくこの世界の住人だ。確かに二度会っている。
だが、それぞれ死に瀕してはいたけれど、
『お前、まだ勇者の腰巾着やってるのか』
どちらもこいつの功績ではない。
強大な勇者を味方につけ、気が大きくなっているだけの雑魚。そのような小物だった。
その一言で顔面が驚くほど赤く染め上がり、青筋が浮かばない箇所はない程に。
「……そうか、そんなに死にてぇか……オイ勇者! やっちまえ!」
やっぱり勇者頼みじゃねえか。
呆れるのも束の間――不敵な笑みの、杖を構えた魔術師らしき勇者が、詠唱を。
「四天王……相手にとって不足はない……! ――【煉獄の業火。災禍の火種。現れろ】ッ!」
その詠唱と共に、空中に火炎球が現出する。
初めは燻り程度だった火花は徐々に火勢を増し、やがて小さな太陽めいた業火となる……一目で、街中で唱えるには過剰な魔法であると判るものだった。
「ば、バカか?! 市街には被害をだすなと言っただろッ……加減しろよ!」
ギダが焦る。
お仲間同士でどうにも滑稽だが、その焦りも分かる。太陽は、辺り一帯を吹き飛ばす威力を秘めているように見えた。
この距離なら、何なら勇者どもさえ被害を受けるだろう。
何の訓練も積んでいない素人だから与えられた恩寵に酔って馬鹿なことをしでかす。
勇者というのはマヌケしかいない。
「喰らえッエルドラ!」
ギダの忠告も虚しく、凄まじい勢いで火球が発射される。
ごう、と空を焼きながら迫り来る。
回避できる。
ユウリの魔力供給により、今のエルドラーンの運動性能ならば、この程度の攻撃は容易に躱す事ができる。
しかし、わたしの二つ目の名を、こいつらだって知っている筈だ。
「ユウリ、頼んだ」
「うん……! ……【湧け。渦巻け泉。彼の者に巡れ】――」
こちらも詠唱が始まる。
魔力譲渡術である。ユウリからわたしに魔力が流れ込み、身体が芯からぽかぽかと沸くような心地よさがある。耳元でぼそぼそと言うからこそばゆいが、気にしている場合でもない。
――魔力を迸らせる。
エルドラーンの制御。外装の硬質化。再生能力。
かつて少ない魔力でやりくりしていたそれらを、もはや無尽蔵に。
今のわたしは、真に"不滅"である。
両の掌で、迫る火球を握り潰す。
その勢いを殺し、包み込み――閃光。
指の隙間から眩い閃光が漏れ、そして爆裂。
街ひとつを滅ぼす破滅の呪文が炸裂し――
「は、はァ?」
太陽を生み出した勇者は、間抜けに鳴いた。
エルドラーンは全くの無傷である。
しゅうしゅうと煙が立ち上っているが、ひらいた掌には傷ひとつ付いていない。拳を握り、開き、何の問題もないことを確認する。
勇者どもは追撃の構えも見せず、ぽかんと口を開いて間抜け面を晒しているだけだ。ロクに戦闘の訓練もしていないからそうなる。
「あ、……あり得ねぇだろ。……」
ギダが呻いた。
かつてのエルドラーンであれば、勿論砕けていただろう。
しかし今、ユウリと共にいる限り、エルドラーンが滅びることはない。
「……ち、ちょっとは魔力も、節約してね、エルドラ?」
背後のユウリがぜぇぜぇと息を切らしている。
……魔力譲渡術の代償として多大な疲労が発生する。残念なことだが、少なくともこの場では鞭を打たせてもらう。
『感謝しろよ、お前ら』
呆けている勇者たちに告げる。
『お前達までブッ飛ぶところだったからな』
避けなかったのは、市街や勇者に被害が及ぶのを嫌ったから――別にわたしは、こいつらがどうなろうと知ったことではないが。ユウリがそれを望んでいない。
仮にもここが同族の国で、勇者に至っては同郷であるから。
自らを追い出し、ましてや命を狙った奴らに対してお人好しも過ぎるが……そのくらいの願いは叶えてやることにする。配偶者の望みは聞くように、と文献にも学んでいたから、そうしたに過ぎない。
それに……弱者に慈悲を与えるのは、強者の特権である。
わたしを相手に「指一本しか使わない」と魔王は言った。
ここではこちらが与える側で、向こうが与えられる側だ。
『――お前らとは、戦う価値もない』
ただし、わたしは与えない。指一本どころか戦闘の権利さえ。
賢者の邸宅から持ち出した超常の魔具がある。
使用者の魔力に反応し、転移勇者に与えられた異能を吹き飛ばす石。
かつてユウリを蝕んだ忌々しい魔具は、無血で国を滅ぼす最悪の兵器となる。
『――"勇者殺し"』
魔力を注ぎ込む。
術式が奔る。
ろくでなしの賢者でも、役に立つこともあるものだ。
◆
何かの術式が奔ったことが分かった。
莫大な魔力に伴う、国一つを覆うほどの術式だ。魔術に精通しない者でも違和に気付くほどの。
その中心に立つのは、岩石の、騎士か武者の如き猛々しい姿の魔導機である。
不滅のエルドラ。
滅びることのない岩の機構――しかし最弱の土属性。
そのような存在だと聞き及んでいた。
しかし――勇者の極大魔法ですら、倒すどころか、傷さえ付けられていない。
単なる一兵卒に過ぎない己には届かぬ高みにいる勇者の、更に高みの存在であるように思えた。
それから、先の不可視の魔術。
痛みも衝撃もないが、確かに術式は発動されている。
術式の効果は――それから間も無く露見する。
「――?! な、なんで俺の異能が使えない……?!」
「う、嘘……私も……!?」
勇者が狼狽える。そして、信じられない言葉を口走っていた。
「おい、ふざけてる場合じゃねぇぞ! いいからコイツをぶっ殺せ!」
そう粗野に叫んだのは、勇者の指揮を買って出たギダという男だ。
勇者と共に活動した期間が長いため抜擢されただけの、粗暴な男だった。そういう輩を使わなければならないほど逼迫した状況である。
この日この時、目の前の魔族の他にも対処すべき問題があった。
群衆の蜂起が、反乱が起こっている。
少なくない勇者がその鎮圧に向かっていた。
それでも、魔族を対処するため遣わされた勇者も二十を超え、更に精鋭の群れである。
しかし――たとえば全ての勇者をここに集結させたとして、この脅威に対処はできただろうか。
狼狽する勇者を尻目にゴーレムは一歩を踏み出した。
近く見れば、さながら山のようなそれは、只の移動さえ攻撃である。
ちょうど足裏の落下点にいた勇者は、己を覆う影を見て、無様に転がるよう避けた。
対比としては象と蟻。その程度の差がある。どうしようもなかった。
「――構えッ!」
突然の号令にはっとする。慌てて矢をつがえる。
勇者と違い、自分たちはまともに訓練を積んだ正規兵だ。命令ひとつで責務を全うできるよう、体が動きを覚えている。
唐突に使い物にならなくなった勇者たちは、巨体にひき殺されぬよう逃げ惑うだけだ。あくまで勇者の補助としてついてきた我々には最低限の装備しか与えられていない。岩石の魔族を相手取れるような装備は、何も。
隊列は一斉に弓を構える。
的は巨大だ。外す訳がない。
だが……命中したところで、何の意味が?
「――射てェッ!」
そうした疑念は直ぐに晴れる。――何の意味もなさなかった。
当然矢じりが突き刺さることもなく、装甲を滑っていくだけ。かすり傷さえつかない。
「魔術師隊! 詠唱を急げッ!」
指揮官は自棄になっているよう叫んだ。
勇者の爆裂の魔術が、握り潰されるのを見た。
ならば勇者ですらない者の魔術など、見るまでもなく。
進む巨人は防御の構えすら取らない。
矢の雨と、爆破と雷撃の魔術の只中であるのに。
こんなものは、戦闘ではない――くだらない児戯だ。
強大い。強固い。強靭い。
ただのそれだけ。ただの純粋に、脅威である。
人などと比ぶるまでもなく巨大であり、それが岩石の質量を伴い駆動する。
押し止めるには同様に、大きく、強いモノが要る――そして、そのような何かは存在しない。
まさしく岩肌に、尋常の剣や弓などが通るはずもなく、砲火の爆炎にさえ怯まない。
その悪夢のような装置が朽ちず、壊れず、滅びない。
国が総力を尽くしていると云うのに、悠然と歩みを進めている。
一歩が踏み込まれるごとに天変地異めいた地鳴りが起こる。
『――ああ』
地鳴りの主は、既に見上げざるを得ない眼前に迫っている。
『悪いが、』
こちらを見下ろす巨大が、岩から覗く赤の眼光が恐ろしい。
『通してくれるか』
人が戦っていい相手ではない。
退いていた。海を割った聖人の奇跡の如く、もはや隊列は失われている。
悠々と進む巨人を眺めることしかできない。
「――にを、何をしているッ! そいつを何としてでも止めろ! 敵前逃亡は重罪――」
遠い世界の幻聴のような怒声だ。それとも現実離れしているのは、この光景の方であったか。
「……ははっ、止める?」
思いがけず乾いた笑いが零れた。そうするしかなかった。
「どうやって?」
久しく忘れていた。
邪知暴虐の魔王。その巨悪の下にて暗躍する四天王。その中にあって最弱。
だが。
たとえ魔王に遠く及ばない脅威だったとしても、たとえ最弱だったとしても、
四天王は人類に仇なす凶悪な魔族であり――魔王に次ぐ恐怖の象徴であった。




