33 "勇者殺し"、リベンジ
あれだけ意気込んでいた出征は、完全に出鼻をくじかれる形となった。
「――キミの淹れた茶はうまいね、はは、やっぱり、わたしに仕える気はない?」
「えっと、……あ、ありがとう……?」
突然の来客は、振る舞われたカップのふちを嘗めながらケタケタ笑っている。
ひとつの捻れた角を、左右非対称に頭の片側だけから生やした赤髪の女の子だ。見覚えがあった。ほんの十日前、謎の重傷を負ったエルドラを送り届けてくれた少女――思えば、その関係性も、エルドラがぼろぼろになった経緯も、すべて知らないままいる。(エルドラは「思い出したくはない」と頑として語ってはくれなかった)
来訪の理由さえ、まだ教えられていない。
案内された応接間のソファにふんぞり返り、愉快そうに笑っているだけだ。そして――来客は一人ではない。
赤髪の少女に続いて現れた胡乱な三人組がいた。
「……な、何の用件だ、幹部まで勢揃いで」
少女に付き従うように背後に並んでいる。
天井に届きそうなほどの筋骨隆々の巨漢。それと対照的な痩身痩躯の男。そしてもう一人は、かつて私とエルドラを襲撃した露出の多い痴女。
静かに口をつぐんで立つだけで、今は角を生やす少女の楽しげな笑い声だけが響いている。
対して、エルドラは落ち着かなさげに足を揺すり続けていた。
「約束を……違える気か? わたしたちにはもう、手を出さないはずだ」
「ははは、だから快復祝いだって。そんなに警戒しないでいいよ。それに」
カップをテーブルに戻す動作だけで、不思議と緊張が走る。
「口約束のひとつやふたつ、いつだって反故にできる。なんたって、偉くて、強いからね」
「…………」
……話の流れを理解できていないのは、私だけのような気がする。
何故こうも張り詰めた空気が流れているのか、謎、謎である。
「……ははははははは! 冗談! 冗談だよ? 約束を破ったことは一度もないさ、多分」
ひとしきり爆笑し、笑い疲れたように息を吐いた。
魔族。
その特性や生態が、人間の常識から逸脱した存在の総称。
エルドラも、この来訪者の四人も分類としてはそこに含まれる。が、この少女だけは他とも違う、何か致命的な部分を大きく異にするような、言葉に言い表せぬ違和がある。
その雰囲気に気圧されて口を挟むこともできていない。
笑いが止まると、一転して室内は静寂に。
そして再び主導権を握るのは、やはり赤髪の少女である。
「うん、まあよかったよ。元気そうで。友だちが死んじゃうのは、悲しいもんね」
何に驚いたのか、エルドラがぎょっとのけぞり、目を見開いたまま硬直する。
「……友だち?」
「そうでしょ? だってもう、お互いの家まで遊びに行くような仲だし」
エルドラは顔をしかめ、眉間にしわを寄せたが……どうやら彼女らは友人関係にあるようだった。
ならばその妻として、この一行をもてなす責務があるのではとも思ってしまう。
後ろに並ぶ三人は、恐らくこの少女の付き人か何かにあたるのだろう。とはいえ、客人を立たせっぱなしにするのも忍びなかった。
「あの、椅子もってきますね。多分まだ物置に――」
「気遣い感謝する。だが、結構だ」
巨躯の武人めいた一人が遮った。その言葉に、ソファから浮かせた腰を沈ませる。
男はそう言ったっきり再び口を閉ざした。残る二人も沈痛な面持ちで立ち尽くしている。
「はは、うん。そうだった。わたしはただのお見舞いだけどさ、後ろのこいつらも用があるんだって」
そう告げると同時に、武人の男がずいと一歩進んだ。
長机を挟み、赤髪の少女の背後にいるにも関わらず、その巨体はただの一歩だけで威圧を放つ。
「……エルドラ」
「な、なんだよグラン……決着でもつけたいか?」
グランと呼ばれた男は、背伸びするように大きく息を吸い、
「――すまなかった!」
突然その巨体を折り曲げ頭を下げた。
その動作に驚いたか、またもやエルドラは肩をびくりと大きく震わせてのけぞる。
「は、え、何?! なんだ?!」
「貴様をっ……侮っていた! 土属性の使い手など、たかが知れていると! だがっ……貴様は俺を破っただけでなく、魔王陛下にさえっ土をつけたっ! 貴様を『四天王の中でも最弱』などと……俺はっ……己を猛烈に恥じているっ!」
身体に見合う大声に、ぱらぱらと天井についたほこりが落ちる。
「エルドラっ……! すまなかった……!」
「おま、お前……急に何を――」
「あー……オレも」
被せるように、今度は細身の男が。
「オレも悪かったよ。心の無ェゴーレムだとばかり思ってたからよ、いちいち嫌味ばかり……ククっ、こんなお嬢さんだったと知ってたらなァ」
続いて痴女が。
「私も……ゴメンナサイ……その、ね? もう結構、本の売り上げがね、勢いがすごくて……あの、だから、そのうちの八割……いや、九割を献上いたしマス…………」
「……お前ら」
よくわからない。
この現状が。現状に至るまでの経緯も。
しかし悪い事ではないはずだ。察するに、エルドラは彼らに認められたのだ。
私の他に、エルドラの頑張りを知るひと達がいる。伴侶として、これより喜ばしいことは無かった。
「ははははは! 反省してるんだってさ、うん。謝らないと、どうしても気が済まないって、よく分かんないけど!」
何がツボに入ったか、手をばしばしと叩いての大爆笑だ。
異様な雰囲気ではあるが、大団円の空気を感じる。
(……よかったね、エルドラ)
どんな顔をしているのかと、ふと隣の彼女を覗き込むと、
「――今更」
長机に手をかけていて。
「……虫が良すぎるんじゃあッ! ボケええェッ――!」
並んでいたティーカップが宙を舞い、机がくるくる回転しながら飛んでいる。つまるところの"ちゃぶ台返し"である。
「ぐヌぅっ!?」
「痛だァッ?!」
「きゃんっ!」
ただ一人座っていた少女の頭上を越え、謝罪の姿勢を取り続けていた三人の頭頂部に、同時に炸裂。
痛々しい音が響き、これまた同時にぶっ倒れる。
「ええええ?! エルドラ!?」
「あは、はははっはははははは!」
突然の暴力に、咄嗟に言葉がでてこない。
怒りに肩で息をするエルドラ。
今日一番の笑顔を見せる赤髪の少女。
床にのびる三人組。
混乱である。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?!」
「散々ヒトをコケにしてきてッ……謝れば『はいそうですか』で済むとでも思ってんのかバカ野郎があああぁっ!」
「落ち着いて!?」
追撃の構えを見せるエルドラを押さえる。先までの、一瞬だけ見えた平和は霧散して、殺伐が場を支配していた。
どうにか宥めた頃には、私もエルドラも疲れ切っていて、赤髪の少女も「ヒィ、ひぃ」と涙を拭っている。
それで、再びの静寂。
「……今更」
ぽつ、とエルドラが呟く。
「どうでもいい。別に、もう気にしてなんかないからな」
あれだけ突発的に怒ったのだから、全くの本当という訳かは不明だか、とにかく彼女はそう言った。
「……許してくれるのか」
グランがうめきながら上半身を起こす。
「許すも何も、どうでもいいって言ってるだろ。わたしの理解者はひとりいればそれで十分だ」
「…………」
「わたしは静かに暮らしたい。スローライフだ。……生まれ変わったんだから、過去のいざこざを持ち込むのはやめだ」
「ふぅん、いいね。はは、そういう暮らしも悪くなさそうじゃん」
赤髪の少女が口を挟むと、エルドラはハッとしたように首をぶんぶんと振った。
「そ、そういう訳だから! 用が済んだなら早く帰ってくれ。わたし達は忙しいんだ」
「それって、静かな暮らしには邪魔な勇者どもをぶっ殺しに行くってこと? ははは! 流石に一人じゃ厳しいでしょ。わたしが手を貸そうか?」
「いらん。言っておくがな、わたし一人じゃあないし、作戦があるんだよ。余計なお世話だ」
「作戦ん? ……ああ、そっか。ここ元々はアイツの家だもんね。そりゃあ粗悪品の勇者なんか目じゃないか」
エルドラが訝しむ。
「……何の話だ」
彼女が言っていたのは、私が魔力供給を続けることで戦闘能力を底上げする作戦のこと。
しかし少女は、まったく別の観点から合点がいったようだった。
「だって、持ってんでしょ? "勇者殺し"」




