28 大脱出
邪魔者は消えて、わたしの覇道は誰にも止められない。
つまるところ、目的を達する寸前だった。
以前と何も変わらぬ私の部屋の片隅。棚に並ぶ小さな人形群。
かつての不慣れなままに造った、わたしの子であり友達である。
我が愛しのゴーレムたちだ、が、誰も手入れする者もいなかったのだろう。ほこりを被ったままに哀愁を背負う彼らに鼻の奥がツンと痛む。
そのうちの一つ、ひときわに輝く逸品がある。
薄暗い室内の僅かな照明を吸い込んで煌めく、透明のゴーレム。
七色の乱反射を纏うそれは、虹水晶なる至高の鉱石で構築された最高級品である。結構な大金にて造られたそれは、造形技術を培ったいまのわたしには些か不格好に映るが、それでも愛着のある品だった。
ゴーレム全てを持っていくことはできない。
虹水晶――そのひとつだけをエルドラーンの指先でつまみ、少しだけ開けた胸の搭乗口からそっと差し込む。
肉眼で直接に見るとやはり格別で、月並みな言葉だけれど、綺麗だった。
懐にしまい、あとは帰還するのみである。
さらば魔王城。あばよ魔王城。二度と来るかこんなところ。
心中で悪態をつきながら、だけど足取りは軽やかに。
わたしは、そのような浮かれた心をすぐさま沈められる運命にある。そうとしか思えない。
帰路の廊下に立ちふさがるよう仁王立ちするのは、生身でありながらエルドラーンと視線を同じくする巨躯。“灼熱のグラン”である。
こちらをしっかりと見据えて睨みつけながら、皮肉っぽく口を開いた。
「……用事は、済んだか?」
『…………』
応じる必要はない。
もはや二度と会うこともない男だ。行く手を遮られたのなら別の道を通るだけ。
しかし振り向くと、そちらも塞がれている。
グランには及ばないが長身の、どこか斜に構えた雰囲気の格好つけである。“疾風のウィート”。
その二人に挟まれるよう位置取られている。
『……何カ、御用デショーカ』
いい加減この変な口調も疲れてきたところだ。素直に帰して欲しい。
「いや、少し確認するだけだ、気を悪くするな」
グランがただ自然にこちらに歩み寄る。あまりに自然な動作であったから反応が遅れてしまった。
「――?!」
わたしの眼前にまで辿り着いたグランは、丸太を思わせる剛腕を横薙ぎに振るった。
回避も防御も間に合わず、もろにエルドラーンの胸部へ衝撃を受けることになる。
やはり横合いに吹き飛ばされ、廊下の壁に盛大にめり込んで止まる。
その程度の嫌がらせでは終わらないようで――
その吹き飛んだ距離を一瞬で詰め、今度はウィートが腰に差す刀を抜いた。二つ名の通り、疾き風を想起させる剣筋である。
壁に縫い付けられたまま動くことのかなわぬエルドラーンを刻むよう、一呼吸の間に十数の剣閃。
グランの拳でひびの入った胸部装甲へ更に亀裂が奔り、一部が剥がれ落ちる。
わたしが操作するゴーレムは、魔力を流し続ける限りは周囲の大地から補填される。だが、それを上回る瞬間火力による連撃による損壊は補いきれない。
一瞬だけ、砕けた装甲の隙間から視線が交錯した。
「お前はっ――」
ウィートが何かを呟く前に、今度はわたしが岩石の巨腕を振り回す。それを後ろ跳びに回避される。
挟撃、急襲。わたしは混乱していた。
『っな――何すんだ、このやろう! 殺す気か?!』
「……ククッ、やはりニセモノか。四天王になりすますとは、考えたなァ“銀髪の襲撃者”ッ!」
ウィートが憎悪と苛立ちを孕んだ声色で叫ぶ。意味が分からなかった。
なりすますも何も、わたしがエルドラであるし、“銀髪の襲撃者”なる存在も知らない――と、思ったが、そういえばウィートをぶん殴って辞めたんだし、エルドラーンの中に操縦者がいると教えた覚えもない。
こいつらの認識でのわたしは、「“不滅のエルドラ”の皮を被った誰か」だった……まずい。
『ち、ちょっと待て! わたしは本当に“不滅のエルドラ”――』
「黙れい、狼藉者め。何が目的かは知らんが魔王城に単身乗り込むとはいい度胸だ!」
グランのクソでかい声で、弁明はかき消される。四天王にはアホしかいない。
「危うく騙されるところだったが……教えてやろう、間抜けめ。“不滅のエルドラ”はな――喋らんッ!」
本当に、アホでバカのまぬけしかいない。こんな奴らと同格だったと思うと、ぞっとする。
敵対する四天王が二人。敵陣ど真ん中。想定を超える最悪。
このような場合の対処法は、やはり「逃走」の一手しか知らない。
両の腕で壁を殴りつけ、その勢いで立ちあがると同時に魔力を流す。それに呼応して廊下の床、壁、天井、それらの全てが隆起する。
土属性魔法の本領は防御である。しかし、絶対の盾は絶対の矛にもなり得ることを知っている。
閉ざされた屋内であればなおのこと、全方位、先鋭化された岩石が二人を襲う。
しかし、それが致命打にならないことも、また知っていた。
「ぬうっ――小賢しいわ!」
四方から迫る岩石の槍を拳で砕きながらグランが叫んだ。
わたしの魔力は無尽蔵ではない。それどころか、低燃費な土属性魔法を運用していても満足な戦いをすることができない。
だからこの包囲網を突破するには、短期決戦しかなかった。
こちらの攻撃に気を取られたグランの方向へ、自ら創造した槍を自らの全身で砕きながら走る。脚部へ特段に魔力を循環させた、渾身の突進である。
衝突。
砦か山にぶつかったような、それだけの錯覚を引き起こす。
またもや多大な衝撃に目がくらんだ、が、それを気にしている場合ではない。
「ぬ――うぉっ?!」
エルドラーンの、その全質量を用いて突き飛ばす。
グランの巨体が宙を舞って倒れ、そこへすかさずの追撃。
今度は尖鋭の槍ではなく、岩石にあるまじき不定形の触手めいた操作。両腕、両足、首、五体を岩の縄で床に縛り付ける。
「う、動けん!」
などと呻いている。かなりダサくていい気味だった。
一方の廊下が空いて退路が開けるが、既に戦闘音を聞きつけて城内の兵士が集まりつつある。脱兎の如く、グランを踏みつけて走った。
潰れたカエルみたいな悲鳴を置き去りにしながら進む。ウィートはわたしの追跡よりもグランの救出を優先させている。
「――お前に、居場所はないぞ!」
グランが、床にへばりついたまま叫んだようだった。
その言葉に思わず足を止めて振り返る。
「お前がどこの誰だか知らんが、魔王軍に歯向かった魔族に逃げ場などない! 人族の領域にも、また然りだ!」
カチン、ときた。
どいつもこいつも、わたしのことをちゃんと知らないで好き勝手言いやがって。
何も知らないで、知ったような口を利かれて、ひどく腹が立ったんだ。だから、
「せいぜい、一生怯えながら――ふべッ」
脇に飾られていた壺を顔面に投げつけてやった。怒号はまた悲鳴に上書きされる。
『お前は知らないだろうけどなっ……わたしにだって、帰るところくらいあるんだよ――っ!』
もう一度、手頃な壺を顔面に炸裂させて言う。自分でも驚くほどの大声だった。
その台詞だけを残し、あとは全速力の逃亡である。
そうなのだ。わたしには帰るところがあった。
「ま、待て! 止まれ――ぐエっ」
「“不滅のエルドラ”のニセモノが……止まりません! 応援をよこしてくれ!」
怒声飛び交う中、雑兵の群れを蹴散らしながら縦横無尽に進む。堅牢な城門を突破しなければならない。
背後からは、緊縛から脱出したグランとウィートがしつこく迫っている。
状況は芳しくなく、過去一番の危機に面しているといっても過言ではない。
だとしても、わたしは帰らなくてはならなかった。
『――どけ、退け、雑魚どもめ! 死にたくない奴はとっとと失せろッ!』
涙声で叫ぶ。
それでも、必死が滲む懇願にも似た慟哭は一定の効果を発揮して、兵士たちの足をそれなりに止めた。
脱出口――魔王城正門前の大広間まで、あともうすぐだ。そこへと伸びる階段の、その踊り場に辿り着き、若干の安堵に息をつく。だが、そこから見下ろした広間の光景にめまいがした。
『ま、マジか』
既に連絡を受けた兵士が所狭しと広間を埋めている。これらすべてを相手にしていては、後ろから迫る二人に追いつかれてしまう。
だとしても――ああ、もう、本当に泣きそうだ。
危険を承知でこの場に赴いた。だけど、こんなに追い詰められるとは思ってもいなかったぞ。
神でも、悪魔でもいい。とにかく助けが必要であった。
「な、何をしているの――?」
困惑したように誰かがぼやいた。
わたしを遠巻きに取り囲む兵士の海を割って現れたそいつが、声の主のようである。
『え、エルトリリスぅ……』
「いや、何? どういうことなの? 侵入者って……エルドラ?」
全く状況を把握できていないエルトリリスが、小首をかしげたままこちらに歩む。
わたしはこいつを信用していない。何を考えているか分からない不気味な奴だし、殺されかけたこともある。
だけど、もはや藁にも縋るしかなかった。
『頼む、エルトリリス! 何でもするから、わたしを逃がしてくれっ!』
「ん? いま――」
「エルトリリス! そいつを捕えろッ!」
今度は、兵士の海を吹き飛ばしながら突き進む巨体が見えた。グランが追い付いてきた。
「そいつはエルドラに化けた侵入者だ! 早くひっ捕らえろ!」
「え、えっ、でも、いま何でもするって――」
エルトリリスは困惑したまま――だけど、不思議と恍惚にも見える表情で呟いた。
それに対して、グランまでも理解できずに眉をひそめている。
「もういい! 俺が捕らえる!」
グランがそのまま突進の構えを見せる。先程にわたしが披露したのと同じく、脚部に力を込め、全力での接近を試みるようだった。
追い付かれてしまっては包囲から逃れる術はない。
戦うしかない。
四天王を打倒し、帰るしかなかった。
その覚悟を決め、突進を迎え撃とうとして――グランが再び宙を舞った。
わたしの見間違いでなければ、エルトリリスが投げ飛ばしたように見えた。
『は?』
「は?」
状況の整理に思考が間に合わず、グランとわたしは同時に呻いている。
直後、したたかに頭部を地面に打ち付けて轟音を響かせ、巨人はそのまま沈黙した。
「――お、オイオイ……何してんだエルトリリス、てめェ! 裏切ったのか?!」
遅れてやって来たウィートもまた、無理もない、状況を理解できないようである。
「やってしまった」と、顔面を蒼白にしたエルトリリスは、それを取り繕うよう朗らかに努めて言った。
「わ、私は、……推し同士で傷つけあうだなんて、許せないだけよ!」
「意味分かんねェんだよ!」
わたしも分からない。だけど、味方してくれたのは確かだった。
『よ、よくやった、変た――エルトリリス!』
「何でも」
こちらを向いたエルトリリスは、微笑んでいる。
「何でも、よね? ……じゃあ、原稿の続きを描いても」
『もう、いいよッ好きにしろよ!』
自棄になっていたので、そのように思った。
とにかく、エルトリリスがウィートを抑えている間は何の問題もない。
やっと――やっと死地から逃れられる。
こんな場所おさらばして、悠々自適に暮らせる。
大広間へ飛び降り、あとは雑魚を蹴散らすだけ。四天王にすらなれない妬むばかりの奴らなど、もはや障害にすらなり得ない。
兵士たちは立ち向かう気力すらないのか、むしろ進路を空けるように広がっていく。
どいつも、畏怖と恐怖に彩られた瞳だ。
『は、』
自然と、
『ははは、はははははッ! 見たか、やはり、わたしは最強なんだ!』
高笑いが零れた。
運を味方につけ、敵陣の中においても生還し、これぞ最強のなせる技であった。
「ふぅん。なんか楽しそうじゃん」
気配すら感じなかった。
右肩の上、座る少女は退屈そうに脚を揺らしている。
炎めいた赤髪から伸びるねじれた角を、指先で撫でている。
知らぬ者のいない、暴力の化身たる、
「私もさ、混ぜてよ」
『……ま……魔王っ……――へいかぁ……』
自分でも分かる、本気で泣きそうな声だった。




