24 努力と、諸々の証左
剣の切断と、魔術の爆砕と、弓矢による停止。それらが脅威であった。
槍の勇者が戻ってくることはない。どこかでノビているのだろう。それから、もう一人の勇者の意識も刈り取っている。とりあえず、その二人はたいしたことなかった。戦闘向きの恩寵ではなかったのかもしれない。
勇者パーティを相手取って互角以上に戦えている。わたしの強さの、努力の証明であった。
わたしは何という名前の種族なのかさえ分からない、ただの一般魔族だ。
貧弱な身体に乏しい魔力。わたしは持たざる者だった。
だから、必死になって努力した。鍛錬の日々が思い起こされる。それが今に活きている。
こいつらの動きにも慣れてきた。
爆砕の術式が奔る。指の一本を自ら外して投げつけることで誘爆させる。
弓矢がこいつらの攻撃の起点であったから、射撃の瞬間を計り、避けることで、連携を瓦解させる。
元四天王であったからそれができた。
問題があるとすれば――
「――らアっ!」
短い雄叫びと共に突貫する影。“万物両断”の恩寵を持つ勇者だ。
それを迎撃しようと腕を横に振るうが、ただ一度の銀閃で拳が斬り飛ばされる。
攻撃は最大の防御、とはいったもので、この勇者の能力はそれを体現したようなものだった。
刃を受けられないから避けるしかない。攻撃しようにも斬撃で防がれる。
やはり、こいつが最大の脅威だ。
欠損した部位を術式により修復させる。
「――はァっ。キリがないな!」
『……そうだな、退いたらどうだ?』
消耗はあちらの方が激しい。このまま耐え続ければ、いずれ撤退せざるを得なくなるはずだった。
「クソっ! おい、一番隊、二番隊、応援に来いっ!」
指揮役が耳元に手をやって叫んだ。
村は勇者に取り囲まれている。配置したゴーレムの起動でそれを知っていた。
(こっちに敵が増えるとまずい――)
と、思ったのだが。
『――理だ、こちらにもゴーレムが――囲まれて――――』
『――――悪い、撤退す――聞いてないぞ、こんなの――』
戦闘音か、激しい雑音に紛れて聞こえにくいが、どうやらゴーレムたちは善戦しているようであった。流石、わたしの家族だ。
『……は、はは。何が勇者だ。雑魚ばかり集めて、どうしようもないな』
嘘だ。勇者は強い。それは知っている。
ならば、どうして戦えているのか。
それはゴーレムが、ひいてはわたしが強いからに他ならなかった。
そうだ。わたしは最高で最強だ。ただの一般魔族なのに、努力だけで四天王にまでなった。魔導機部隊は精強で、どのような場面でも活躍した。
誰にも認めてもらえなかったはずなのに、何故かそれを誇ることができた。
わたしは強いんだ。
そうした慢心が招いた事態だったのかもしれない。
「――【燻れ種。拡がれ災禍。爆ぜろ】……――」
詠唱を聞き逃していた。
それも先程までとは違う、地面を這うような軌道の火花。足元に到達した頃、ようやくそれに気が付き――遅かった。
片足のかかとが吹き飛び、体勢を崩す。
立て直そうとした瞬間に、雷撃の矢が突き刺さった。
完全な無防備。
(――まずい)
動けない。対処できない。
片膝をついたまま硬直する。
それは数瞬の隙でしかなかったが、わたしが絶望するには十分な時間であった。
“万物切断”の勇者が跳んだのが見える。
ゴーレムの頭部に位置する高さに、上段に構えられた剣が煌めく。
勝利を確信した、嗜虐の笑みを湛えている。
(あ、これ死――)
やっと硬直が解けたときには、既に勇者は眼前にいる。縦に真っ二つになる寸前の状態であった。当然、搭乗するわたし諸共に。
迎撃は間に合わない。拳が勇者を捉えるよりも先に、あっけなく終わるだろう。
命が潰える瞬間なんて、こんなものだ。
どうしてか冷静にそう思うことができた。
意識が加速して、相対的に世界が遅延する。
わたしが死ぬまであと何分か、何時間か掛かる気がした。
先程よりも遥かに早く、記憶が巡る。
物心がついてから現在に至るまで、それらの記憶が泡沫のように浮かんでは消える。
たった十五年の、短い生だった。
産まれ、蔑まれ、こき使われ、四天王になっても認められなくて、それから――
思えば、ユウリと会ってからの数か月の方が、それまでの人生よりも長く感じる。それなりには楽しく思っていたのだろう。
記憶の焦点は、その多少は愉快であった部分に当てられる。
出会い、惨敗し、再開し、惨敗し――全然愉快じゃないな、うん。
わたしが死んだら、ユウリもこいつらに殺されるのだろうか。それとも、残るゴーレム軍団が守り切ってくれるだろうか。そればかりだけ気になった。
まあ、死んだら一緒に地獄に引きずり込んでやろうと思う。
記憶はまだ巡る。勇者はまだ剣を振り下ろせてもいない。
それからユウリと指輪を交換して、一緒に暮らすようになって、旨い料理と静かな時間――理想のスローライフであった。もう少し、あの暮らしを続けたかった。
俯瞰した意識からの視点は、わたしの心理を浮き彫りにした。
酒の味も覚えたばかりだった。名残惜しい。
それから、あまり覚えのない記憶だ。夜の湖畔ではしゃぐわたしがいる。
(……あー。だから酒を禁止されたのか)
体と心がちぐはぐで、酔っ払いらしい適当な危なっかしい動作。
その後、心情の吐露……情けない場面だ。と、思っていたら。
――エルドラは、努力家で、優しくて、可愛いっ!――
――頑張らないと四天王なんかなれないじゃん、絶対!――
忘れていた。
ユウリは、わたしを認めてくれていた。理解者だったじゃないか。
あいつとの生活がそれなりに心地よかったのも、だからかもしれない。
ただ、それを今更思い出してどうなる。もう、遅いんだ。
わたしは次の瞬間にでも死んでしまう。
記憶も残りわずかだ。それが尽きれば、そこで終わり。諦観があった。
(あいつを残して、死にたくはないな)
エルトリリスからわたしをかばったとき、ユウリも同じ気持ちだったんだろう。
そんな心情を無視して、走馬灯は続く。
足を滑らせて湖に落下する場面だ。
ここから、おぼろげな記憶がより混濁している。
ユウリに引き上げられ、横たえられ。知らないうちに、どうでもいい場面で死の淵にいたようであった。
ユウリが心配している。わたしなんかを見て、顔を真っ青にしている。少しだけ嬉しい。
意を決したように表情を引き締めている。
そのまま視界を埋めるように接近し、わたしの口に、その唇を重ね
「――って、なに勝手に“きす”してんだあゴラァああああああ――ッ!!!!」
それは全くの反射であった。
意識的な動作ではない。無意識の伝達が奔った。
これまでで最も激切な絶叫がこだまし、それと同時に魔力操作が行われる。
腕の迎撃は絶対に間に合わなかった。
けれど、半自動的に発生したその頭突きは、どんな体術も剣術も魔術も恩寵も無意味にするほど圧倒的な速度と膂力を伴って、ぶちかまされた。
脳裏に浮かんだ映像を振り払うが如く、猛烈な加速。
それに運悪く巻き込まれた勇者がいた。
ぷち、と、羽虫が潰れたように聞こえた。実際は轟音。大地に背中から突き刺さり、派手な亀裂を形成する。
「――は、アがッ」
断末魔が聞こえた……多分、死んではいない。勇者は一様に生命力があるから。
こいつと同じく勝利を確信していた仲間らは、驚愕するでもなく、ただその一瞬の攻防(?)を見て、口を開けたまま呆然と立っている。
そんなことは、全部どうでもいい。それよりも――
『あいっ……あいつ!? なにやってんだクソがあアッ――! ――ひゅっ……きっ――“きす”?! ってなん……なんだコラあぁっ――?!』
自分でも何を言っているか分からない。混乱しているのが分かる。分かったところでどうしようも、なにやってんだユウリあいつバカ。
きす、接吻、そのようなものに意味なんてない。少なくともわたしにとってはそうだ。
愛を確かめ合う行為なんて必要ないし、したとして何も感じない。そう思っていた。
なのに
『は、あ痛っ。うう――』
心臓が早鐘――もはや警鐘を奏でる。体内を跳びはねてるみたいで、他の内臓や骨にぶつかっている。
『ああああっ――! 何だ、なんなんだよ、ほんとに、もうっ――!』
「……お、お前が何なんだよ」
『ああッ?!』
「ひイっ?!」
指揮役が怯える。もう、何がなんだか分からない。やけくそだった。
この興奮――変な意味でなく、血肉が騒ぐ感覚を抑えるには、それが必要だと思った。
『おい、おい。まだやる気か?! こいつ、お前らの中で一番強いだろ?! ブッ倒しちゃったぞ、最強のわたしが!?』
更に怯えて、可哀そうなほどだ。そこで、そいつの耳元から通信が入る。
『――――番隊、もう、全滅す――』
『――退、撤退だ――――!』
わたしのゴーレムが勝利を収めている。
指揮役の顔が蒼白に染まる。
「ひッ……て、撤退だ――全隊、撤退しろっ!」
号令に合わせて、まだ動ける残った勇者が逃げ出す。片手間に、まだ息があるであろう気絶した勇者を拾って駆けていく。
配置したゴーレムたちの動作の停止を察知する。戦闘が終わったみたいだった。
そのまま立ち尽くす。
静寂に取り残されたのはわたし一人。いや、全く静寂ではなかった。
未だにばくばくと跳ねる心臓と、潮流じみて目まぐるしく巡る血液の音。
自分の死を確信したときにもなかった、半端ない発汗。
「にゃんっ――なんだよ……――」
ただ呟くだけ。
全てが終わってなお、わたし一人だけが何もできないままでいた。




