生と死の炎
ゴーレムから脱出した二人を、管制塔が待っていた。
塔はどこまでも真っすぐに、強く高く天を衝いていた。
響は真っすぐ歩けない。梓に支えられてよろよろと歩き、ゴーレムの残骸からやや離れた場所で脱力し、地面に座り込んだ。
瀧殿はとどめを刺しにこない。戦力も戦意も失った敵はどうでもいい。そう言わんばかりに彼の乗機・ブラッドノアは附属校機から離れ、ゆっくりとテレポーター管制塔に近づいていった。
管制塔の放つ光が増えた。
縦一列の明かりが点く。地面に巨大な魔法陣が展開される。テレポートの態勢に入った。大音量のサイレンが鳴り響き、波音をかき消した。
『逃がさんぞ!』
精神感応で声がした。
『杖も本も溶けた。大城戸、お前の切り札は消えた。ユルい脳味噌の使い魔だったな』
『我が生徒たちの仇は取らせてもらう!』
サイレン以上の騒々しさで、アルトの女声が轟いた。
『何? 誰だ』
『転移元座標、転移先座標、再確認完了。異空間ベクトル、全次元異常なし!』
バリトンの若い男声が女声に続いた。
魔法陣の紋様が青と黄に輝く。島全体に黄金色の魔法光があふれ、その光が収束し、ブラッドノアを包み込む。赤い甲冑がオレンジ色に染まった。
『【空間転移】、発動』
閃光を放ち、ブラッドノアが消えた。
地面の魔法陣も消滅し、梓と響の足元は暗くなった。
ところがその直後、空が明るくなった。
方角は島の南南東。
ほぼ同じ紋様、同じ色の光を放つ魔法陣が海の上空に現れる。円のサイズは小さくなり、ゴーレムの胴回りを二回りほど大きくした程度。
その魔法陣から五十メートルと離れていない位置に、一機のゴーレムが浮いている。赤レンガのボディ。その上に、桃色のラインが入った白い甲冑を纏う。翼はなく、魔法エンジンの噴射が機体を浮かせる。
「二号棟」
呟く梓の声に、バリトンの声が重なる。
『パイルドライバ展開!』
防災大附属校二号棟機の背中が光り、中から三脚状の装置が多数飛び出した。巨大な金属の杭をのせたレールを二本の支柱が補強する形。その数は、バリトンボイスの持ち主の名と同じく十六基。いずれもが二号機の周囲に規則正しく並んで浮き、杭の先端を正面の魔法陣に向ける。
魔法陣に新たな光が加わる。
光源はゴーレムと同じ大きさ。色は橙。
岩石砂漠地帯へのテレポートを企図していた機体は、二号棟機の目と鼻の先の空間に転移して現れた。
二機が相対する。
とまどう瀧殿のブラッドノアと、待ち構えていた附属校機。
機先を制するのは当然、附属校機だ。
『【パイルバンカー・ファランクス】、全弾発射!』
姫宮の号令一下、十六本の巨大な杭がブラッドノアに襲い掛かる。
ブラッドノアはかわせない。
杭は高速回転してドリルとなり、甲冑を貫いて突き刺さる。衝撃で目標の機体が揺らぐにもかかわらず、杭は次々と命中した。オレンジ色から元の真紅に戻る甲冑の破片をまき散らして、腕に脚に胴体にと、十六本全てが敵機前面に突き立った。警察機が先に鎧を破壊していた腹部には、特に深々とめりこんだ。
『まだ仲間がいたか!』
刺さった金属杭が粉になって散りゆく。
『リロード完了、再照準完了!』
クリエイト魔法によって新たな杭が射出装置に再装填された。
『当たるか!』
瀧殿は魔法エンジンの出力を増加させた。正面方向への機体推進力が増した。
ブラッドノアと附属校二号棟機の距離は五十メートルもない。
また、二号棟機はかわすための動作を全くしなかった。右の掌を相手に向けて突き出すのみ。
それでも体当たりは命中しなかった。
突進したはずの機体は突如消え、オレンジ色に輝いて、突進前の位置に再び現れた。
『逃さんといったはずだ! フルファイア!』
再び杭がブラッドノアの機体を抉る。
あるものは甲冑の孔を増やし、あるものは前の攻撃の際にできた孔を広げる。全く同じ場所に、正確に命中したものもあった。両腕と両脚がそれに該当した。四本の杭は四肢を貫き、串刺し状態になって止まった。杭に込められた魔力と機体の魔力が激しく干渉しあい、火花を散らす。第二段の杭は薄い魔法の幕で覆われており、粉に変わる速度が遅い。
あれなら反射の魔法は使えない、と梓が思ったと同時に、ブラッドノアの全身が青く光る。青いブレイン弾を続々と放った。
『ブレイン、【干渉防御】』
十六夜と姫宮が交互に魔法を放つ。
数十発の弾幕をすべてはじき、一つの防御壁が砕けても即座に新たな壁が作られ、第二陣の攻撃を防ぐ。弾速が速くなり、撃たれた弾数が二百を超えても、二号棟の機体は一発も被弾しなかった。
『落ちるがいい!』
二号棟機がとどめの攻撃に入る。
ブラッドノアは空中の魔法陣の上で立ち往生したままだ。二号棟機は敵機が管制塔とリンクした状態を逆用し、転移前座標と転移先座標を同一にしてテレポートを繰り返させ、移動を封じた。この魔法陣の吸引力は強い。本来、この島のテレポーターは膨大な水量とエネルギーを持つ津波を防ぐためのものであり、それに較べれば一機のゴーレムを転移させ続けることなどわけもない。
とどめの十六本の杭は、まず一本が胸部中央やや左手側に突き立ち、残り十四本が胸部と腹部に集中して当たった。胴体が耐えきれず、二つにちぎれる。下半身が海に落ちた。
最後の一本が兜を割り、額に突き立つ。
魔法エンジンの噴射が消え、上半身もまた夜の海に落ち、沈んでいった。
『無事だな一文字』
姫宮が梓にテレパスで呼びかけた。
『二人とも無事です』
響は地面に座り、敵機の沈んだ海をぼんやりと眺めている。精神的なショックはあっても、身体的な負傷はない。
『警官はみんな大型救助艇に押し込んだ。お前は隙を見てウロボロスを取りに行け』
瀧殿が香甲第二高校から奪った高性能ヒーリング装置のことだ。コールドスリープ状態の重傷者を治療するのに必要だった。
『わかりました』
『学校テロリストは私がどうにか抑える』
『私たちが、だよ』
十六夜が主語を訂正した。
他の部分は訂正しなかった。彼も姫宮も梓も、これで敵を倒せたとは思っていない。
海上に火の手が上がった。
ブラッドノアが落下した場所を中心に、長大な炎の蛇が円を描きつつ上昇する。青、白、緑、黄、オレンジの五色に輝く火の粉をまき散らし、蛇は回転速度を増してゆく。竜巻状の炎の内側で上昇気流が発生し、海水を引き寄せ、海面にも渦が生じた。
『いったん隠れろ一文字!』
「梓、はやく響を!」
栗子が箒に乗って低空飛行でやってきた。二号棟機を途中で降り、別ルートで島にきていた。
梓は自分の箒に飛び乗り、栗子と二人で響の腕をとって並行して飛ぶ。倒された三号棟機のすぐそばに、なだれ込むように着地した。火柱の反対側だ。三人はより深い位置に入ってひとかたまりになり、身をかがめた。
『【火災旋風】、リバース』
瀧殿の詠唱を合図に、炎の大蛇は逆回転し、今度は海面に向かって降下する。
急激な上昇気流は、急激な下降気流に転じた。
高熱のダウンバーストの余波が島を襲う。炎混じりの暴風が吹き荒れる。
「動かないで。ヴェールを」
梓が響に指示を出した。響は言われたとおりに帽子の防風機能を作動させた。梓と栗子はすでに作動済みで、もし熱風に巻き込まれてもテレパスなしの会話ができるようになった。
響が上級生二人に尋ねる。
「先生たちは」
「大丈夫だよ」
「うちんとこのは火事にも風にも強いの。特製レンガだもん」
響を安心させるため、栗子は意図的に笑って言う。
熱風も炎も、三号棟機の陰に隠れる三人には当たらない。やられた機体でも防げるのならば、やられていない機体で防げることは明らかだ。
落ち込んでいた響の気持ちに、少しゆとりが生まれた。
「あ、師匠が……」
「こいつ? 一応拾ったけど」
栗子は自分の箒の穂に手を突っ込んだ。中から袋が出てきた。袋の口は紐で縛られ、その紐の端が箒の柄に結いつけられている。
ヤタガラスは袋の中で気絶していた。三本の足がぴくぴくと小さく動く。
「よかった」
響が一息つく。カラスに外傷はなかった。
「とまった」
炎の風がやんだ。
梓は身を乗り出し、様子を窺う。
ブラッドノアは甦っていた。
ちぎれた形跡も貫かれた形跡も全くない五体。より深みを帯びて再生された真紅の甲冑。噴射式魔法エンジンはなくなり、背中には全身を包み込めるほどの大きな魔法の翼が生えている。
燃え盛る炎の翼。
ゆったりと羽ばたくたびに、その両翼から五色に輝く火の粉が散る。
「あんなに早く」
附属校の機体では考えられないレベルで、迅速かつ完全に修復されている。
『あれはイヴィルガム……絶対的な情報記憶能力と構築力による完全再生機能。三翼の一つ、【フェニックス】だ』
カラスが目を覚ましていた。響の手元からテレパスで話しかけてくる。
「完全に倒すには」
『発動させとるウロボロスを取り戻すか』
話している間に、二号棟機が小手調べの攻撃を仕掛けた。
金属製の杭を二本射出した。
一本目は左腕で撥ね返された。
二本目の杭は赤く太いビームにあっさりと溶かされて蒸発し、夜空に消えた。
ビームの色は香甲第二高校の校門で見たものと同じ。そのときの話によれば、一度に捕捉できる目標の数は最大十二万千二百。マッハ二・五の物体も吹っ飛ばし、レンガを粉微塵にする。
カラスが言葉を続ける。
『魔力切れに追い込むか』
二号棟機からのテレパスは聞こえてこない。
敵機からの反撃を受けていた。一本の太い赤いビームは百を超える細いビームに分かれ、ありとあらゆる方向から二号棟機を狙い撃ちにした。回避のための予測にブレインの能力を集中せざるを得ない。
「どれぐらいで」
『燃料はたんまりあるだろうさ。あちこちから盗ってきたものな』
機動力に乏しい杭射出装置が全て溶かされ、クリエイトの魔法粒子に戻って消えた。二号棟機本体も三発被弾し、左肩、左脇腹、左腿の甲冑に孔ができた。
「消耗してる」
附属校機は元々戦闘用の仕様ではない。さらにまずいことには二号棟機はブレイン型であり、直接砲火を交えるには不向きな機体だ。
二号棟機は魔法エンジンの出力を全開にして、間合いを取った。
姫宮と十六夜の声が再び聞こえる。
『総二郎、ハイメガファンネルだ!』
『それ山火事消火用だよ!? ブレイン機で無茶しすぎだって!』
『無茶でいいんだ! 高く翔べ! 我々の背には翼が――』
『あるの向こうなんだけど!? ああもう、やるよ、やる!』
二号棟機がテレポーター管制塔の周囲を旋回しつつ準備する。
管制塔を破壊してしまうと相手は目的地にたどり着けない。それを見越しての行動だ。
クリエイト魔法によって一個の巨大な漏斗ができあがる。
広い側の口径がゴーレムの身長の四倍以上、百メートルを超す漏斗だ。テレポート用の魔法陣がその広い側の口をふさぐ。細い側である巨大漏斗の管の先端は、ブラッドノアに向きを合わせた。
『消してくれるぞ!』
『最後の魔力なのに! 当たるわけない! ていうか当たっても無理だよ!』
テレポーター管制塔が光る。別の島に貯蔵された淡水が漏斗に転送されてくる。
『発射アアアア!』
超高圧の水が魔力でさらに加速され、ビーム状になって一直線に突き進む。
炎の翼の片方を撃ち抜いた。
少し斜め上方から翼を貫通して、水は遠くの海に達し、大量の泡と飛沫を生み出しつつ、海中深く刺さっていった。
『おいおい、山ごと火を消すつもりか? どこのエロ仙人様だ』
瀧殿が呆れて言う。そのわずかの間に、円い貫通孔は新たな炎で埋められ、元に戻ってしまった。
『やっぱりダメだよ!』
『慌てるな総二郎、次はまたボディをぶち抜く。地球の衛星もふっ飛ばした禿げ仙流のようにな!』
発射態勢が整った。
『見るか月の砕ける様を!』
『月が名前なの僕なんだけど!?』
『発射アアアアアア!』
ふたたび撃たれる巨大ウォータージェット。
しかし当たろうかという間際、ブラッドノア周囲の空間が歪み、同時に突風が起きた。水は曲がり、そのままブラッドノアを中心にグルグルと旋回し続けた。ウォータージェットは水上竜巻になり、機体には全く当たらない。攻撃は空間歪曲魔法と風の魔法で防がれた。
『学習済みだ』
水上竜巻の色が変わる。中からの魔力を受け、水が赤く染まってゆく。
『お前たちも体で覚えるんだな。お返しだ。クリエイト、【火災旋風】』
瞬くうちに水は蒸発。水上竜巻は炎の旋風に。
「まただ」
二機の戦いの様子を窺っていた梓は、カラスとともに響と栗子のところに戻った。
「いま、どうなってんの?」
栗子が尋ねた。
「まだ隠れてて。また炎がくる。息吹さん、氷も準備」
三人と一羽が身を寄せ合う。
「……来ないじゃん」
「きませんね」
『むん?』
「そんなはずは」
梓は少し離れ、空を見上げた。
やはり炎の柱がある。高さ六百メートル超のテレポーター管制塔よりはるかに高く、空にまで伸びている。深夜の空は真っ暗。その中にあって光るのは、管制塔のライト、二号棟機のジェット噴射とファンネル、敵機の火柱の四つだけ。
二号棟機はウォータージェットを火柱に撃ち続けているが、火勢は弱まらない。むしろ、火災旋風は大きくなっているように見えた。
「やっぱり炎が……いや、何かがおかしい……」
何かが欠けていた。梓にはそれを見ていた記憶がある。
もう一度空を見上げた。
先ほどと変わりない、暗闇の空。何かが欠けているというより、何もかもが欠けているという方がふさわしい夜の闇だった。
「そうだ、星だ」
星座で一首詠んだことを思い出した。
「星がどうしたのよ」
「来たときには見えてた。今は全然見えない。つまり」
「すごく曇ってる? あ」
推測を裏付けるかのように、近くの地面に、ごく小さな雨粒が落ちた。
「いーじゃん。雨なら火は弱くなるでしょ」
「人工の雨なら? 海水を熱して、空で固めて雲を作って」
「別にいいんじゃね?」
「魔法の酸性雨なら?」
「それも別に……はあ!?」
驚く栗子の隣で、響が青ざめた。
雨足が徐々に強くなる。粒が大きくなる。魔法の強酸を浴び、三号棟機の機体から薄い煙が出た。地面に描かれた標識の色も薄くなってゆく。三人の手にも少し当たり、受けた部位に不快な熱さと痺れが残った。
「ここじゃ駄目だ。管制塔へ!」
「わかった!」
栗子が箒に乗る。
魔力変換装置のピアスとミサンガが光る。
「アルケミー、【ニュートラライズ】!」
自身と箒に、中和のための膜を張り巡らせた。響と梓、ヤタガラスにも同じ魔法をかけた。
「待って。君は息吹さんを乗せていくんだ。私は武器を取ってくる」
「早くしろよ。ニュートラ、いつまで持つかわかんないから。いくぞ響!」
栗子と響が先に管制塔へ飛んだ。
梓はすぐさま、倒れたゴーレムの下側を覗き込んだ。ゴーレムは仰向けなので、背中部分に相当する。
魔法で箒を消防斧に変え、地面に片膝をつき、ほぼ水平に斧を振った。ゴーレムのすぐ下の地面を穿つ。わずかな隙間ができた。隙間に遠隔操作用の魔力を送り込む。
「うまく外せるかどうか……固い」
目的物は白色の丁子頭勾玉。三号棟機の背中に取り付けられていた魔法具だ。附属校ゴーレムのシステムを完成させた魔法研究所から提供されたもので、簡略化されてなお複雑きわまる魔法式と大変希少な魔法ホルモン型の血液が組み込まれているという。ウロボロスがフェニックスの発動用部品なのに対し、こちらはユラヌスの発動用部品となる。
雨が勢いを増す。
中和の魔法が強酸をただの水に変えているが、豪雨になっては長く持たない。梓はこの魔法を扱えない。
ゴーレムの甲冑はほとんど流れ落ち、レンガの継ぎ目はドロドロに溶けている。
腰の部分がガラガラと崩れ落ちた。
梓はそばになだれてきたレンガをよけた。
「内蔵補助装置までは無理か」
ひとこと言い、勾玉の取り外しに戻ったとき、空中で重い破壊音がした。
梓は振り返って空を見上げた。
甲冑を失った二号棟機が、数十の赤い熱線に全身を撃ち抜かれていた。
機体が爆散する。
魔法の酸で溶けた外壁のレンガと魔法エンジン、熱線に溶かされた金属製骨格の破片、床材、壁紙、板状の水晶製モニタ、ねじ、燃料タンク。二号棟機を構成していた物質が雨あられと、島に降り注ぐ。コックピットにあったヘッドセットも落ちてきた。
ヘッドセットのマイクスポンジ部分は、梓の足下にまで転がり、そこで酸の水たまりに浸って、溶けてなくなった。
とどめをさすかのように、雨足は豪雨に。
地上に落ちた二号棟の残骸はさらに形を失い、梓の背後で三号棟機の残存部分もまた崩れ落ちた。二機は完全崩壊するに至った。
管制塔と炎の翼を持つ機体だけが溶けも消えもせず、夜雨の中に浮かんだ。




