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リコール

 コックピット内の水晶玉モニタが俯瞰映像を映した。

 暗い海に、点々とした道路灯の列と、巨大な光の魔法陣の列が並ぶ。

 道路灯はテレポーター管制塔への連絡橋に設置されたものだ。橋の車道は二車線。歩道は車道の脇にそれぞれ一つずつ。半潜水式構造物でつくられた橋脚が洋上に連なり、それがクリエイト魔法製の橋桁を支える。

 巨大魔法陣は東北東に向かって二列が並ぶ。間に連絡橋を挟む形だ。

 複雑な魔法陣一つ一つの面積は陸上競技場ほど。ほのかな光を頼りに目を凝らせば、それぞれが別個の浮島の上に描かれていることが判別できる。また、魔法陣は浮島側面の海面下全周にもあり、空間歪曲魔法が常時作動して一方の側面から反対側の側面へ海水の転移を行い、島が流されることを防ぐ。これらの島の平常時の目的は太平洋上に降った雨水の貯蔵であり、内部タンクには膨大な量の淡水がある。

「車、いました」

 響は刑事たちの車を見つけた。

 覆面パトカーは連絡橋の車道を時速一〇〇キロメートルで疾走する。この道路は本土につながっていないため、車の通行はもとより少ない。パトランプの赤い光とサイレンの音は警告すべき対象を一つも見つけられないままいたずらに発せられ、夜の闇に呑まれてゆく。

 研究学園本島からテレポーター管制塔の島までは約八キロメートル。車はすでにその半分を越えた。ゴーレムも同速度で飛び、後を追う。

「もうすぐだ。戦闘準備を……ん?」

 梓は響への呼びかけをとめ、モニタに目をやった。

 車のはるか前方の道路上に、道路灯とも対向車のヘッドライトとも異なる光が現れた。光は道路に立ちふさがるような形で、空間に円い図を描く。

 拡大表示してみると、魔法陣だった。

 直径は約十メートル。紋様は浮島の巨大魔法陣を簡略化したものだ。

「テレポーターだ。なぜあんなところに」

 魔法陣がゆっくりと回転を始める。その中心から黒煙がもうもうと噴き出し、道路照明も魔法陣自体の光も覆い隠した。

『いかんぞ! あれは』

 大城戸ガラスが叫ぶ。

 刑事たちも異変を察知したらしく、車にはブレーキがかけられた。

 しかし、ブレーキの効果はなかった。覆面パトカーのタイヤは、道路上に撒かれた液状潤滑剤に滑らされ、金切り声のようなスリップ音を立てた。

 車は右に左にと蛇行する。速度は落ちない。

 その車の正面に、魔法陣から飛び出した何かが突っ込んでいく。

「あヴないっ」

 出てきたものは大型トラック。

「かわせる」

『ムリだぞ!』

 梓の言葉通りになったかに見えた。

 刑事たちの車は片輪走行で鮮やかにトラックをかわした。だが、浮いた車輪が道路につかないうちに、第二の襲撃に見舞われた。

 黒煙の背後に隠されていた、さらなる二つの魔法陣。そこから二台の特殊用途自動車が同時に飛び出し、二車線をふさいだ。

 大型トラックを上回る危険性。火力。爆発力。

 その二台は、石油タンクローリーと高圧ガスローリーだった。

 覆面パトカーは減速しきれぬまま、危険車両の一方、石油タンクローリーに突っ込んだ。

 爆発音がゴーレム内の叫びに覆いかぶさる。

 深夜の闇を突き破り、魔法陣の光よりも明るく、道路照明よりも明るく、燃料の炎が空と海を染めあげた。

「くるまが、くるまが」

 響が酸欠の金魚のように口をパクパクと動かし続ける。

 梓は炎を見てわずかに顔をしかめ、その後、自分にも言い聞かせる調子で響に呼びかけた。

「落ち着いて。爆発なら私たちもやりすごせた」

「でも」

 響の動揺を煽るかのように、さらなる大爆発が連絡橋を飲み込んだ。高圧ガスローリーも潤滑剤で転倒したトラックに追突して巻き込まれ、火の手は大きくなった。

『海だな』

 海上では連絡橋の無数の残骸がクリエイトの魔法粒子に戻って消えてゆく。梓は炎の明るさを頼りに、まずはモニタ越しの目視で刑事二人を探した。

『おったぞ』

 大城戸が先に見つけ出した。彼の現在の体、カラスは人間より優れた視力を持つ。くちばしの先端を水晶玉モニタに軽くあて、位置を示した。

 波賀が海面に浮いていた。背広の右肩部分が破れていて、右腕を使わずにゆっくりと泳ぐ。彼はタンクローリーかガスローリーのものらしい大型のタイヤが一つ漂っているのを見つけ、それにつかまろうとしたが、大型タイヤは連絡橋と同様に魔法粒子に変わり、散り散りに消えてしまった。

「クリエイト製……?」

「一文字さんっ」

 響に注意されるまでもなく、梓は救助の操作をしていた。ゴーレムの左脚部分から一つの格納物を射出した。

 放たれた物はボール状の衝撃吸収材に包まれた救命イカダ。イカダは波賀の近くに落ちて膨らんだ。目印となる魔法製の夜光塗料が光り、おかげで彼は無事オレンジ色のイカダをつかまえて、一息ついた。

「そうだ、反対側だ」

 氷神の位置にも目星をつけ、連絡橋の橋脚をはさんで反対側の海にもイカダを射出した。

 直後、その海から受領の合図のように二発の信号用銃弾が打ち上げられた。一つは附属校のゴーレムに向かって飛び、もう一つはテレポーター管制塔のある島の方向へ飛んだ。前者は安全を知らせる緑色。後者は危険を知らせる赤色だ。

『一文字さん、聞こえる?』

 氷神からの精神感応テレパスだ。

『聞こえます。無事ですね』

 梓の隣で響が安堵の吐息をもらした。一方、心配された女刑事には焦燥の気配がある。

『しくじったわ。私たちのことはいいから、機動を援護して。機動隊よ! いけばわかるわ!』

『わかりました。イカダには位置情報の発信機がありますから』

『頼んだわよ』

 梓は箒を動かし、ゴーレムの翼の向きを変えた。

「行こう」

 ふたたび東北東へ。

 連絡橋の残存部分に沿って上空を飛ぶ。まもなく目的の島が見えた。

 直径約一・五キロメートルの正円の浮島。

 島の中央には高さ六百メートルを超す塔がそびえ立つ。塔は大海原の真っ只中にあって鋭く空に突き出た格好だが、より深く大自然に刺さっているものは水面下にある。島の下側には海溝の底にまで届く柱があり、こちらは数千メートルにも達する。水上の塔はテレポーターを管制し、水中の柱は海底ケーブルでつながれた別の浮島群と連携し、プレートを監視する役目を果たす。島にはこれ以外に大きな建造物はない。

『とまりなさい!』

 突然、見知らぬ男の声がした。コックピット内のスピーカーからだ。同じくコックピット内にある黒板に、声の発信位置が示された。目的の島の上とある。

「ゴーレムですっ」

 島の飛行場に二体のゴーレムが立っている。

『んん、あれは奴のゴーレムではないな』

 大城戸ガラスは冷静に答えた。

 モニタを拡大表示させれば、響にもすぐにその正体がわかった。

 ゴーレムは二体とも白と黒のツートンカラー。両肩に赤い四角のパトランプを備える。通常のパトカーと同じ色調だ。附属校のゴーレムよりやや大きい。

 梓が警察のゴーレムとの通信に入る。

 周囲すべての機体と交信できる状態にセットした。

『こちら機体番号SFG‐DP0103。防災大附属校です』

『機体番号確認完了』

『援護します』

『被疑者の確保は我々だけで可能。貴殿は人工島滞在者の安全確保を優先されたし。どうぞ』

『我々がいなければ逃げられるぞ!』

 大城戸が通信に割り込んだ。

『繰り返す。貴殿は――』

『ええい、もう着陸したまえレッド君!』

「はい」

 附属校のゴーレムは翼を消し、島に降りた。

 警察のゴーレムは、中の隊員たちの挙動をそのまま写したかのように顔を見合わせた。

『仕方ない。貴殿は我々の後方にて――』

 そこで通信にノイズが入った。

 膨大な量の砂が流れる音。それが満ち溢れると同時に、一帯の空間に歪みが生じた。真夜中にもかかわらず、陽炎のように夜景が揺らぐ。管制塔の壁面に縦一列のライトが点いた。夜間照明とは別個のものだ。

『ジャック開始だ。来とるぞ!』

『海中から一機接近! 機体番号SFG‐K0202、ターゲットだ』

 警察機が二体とも海に向き直る。

 二体が向いた北北西の海上は、ひときわ空間の歪みが大きい。

 歪みの中心には光があった。昼の光があった。ぽつんと小さくあった光は見る間に闇を侵食し、人工島をまるごと包み込んだ。

「まヴしい」

 響は片手で目を覆った。

 窓から入る光は太陽光そのもの。しかし、日本の夏をも上回る苛烈さ。すべてを干からびさせようかというくらいに、容赦がない。

 梓は遮光機能をオンにした。コックピットの窓、ゴーレムの目が黒く変化してゆく。

 その窓越しに空を見上げれば、太陽がある。黒板の時刻表示に目を転じれば、間違いなく深夜だ。外の陽炎の揺らめきに合わせて、時間の感覚もまた揺らぐ。

 響が手を下ろし、モニタに映る光景を見て言う。

「海が、きえました」

 赤茶色と灰色に満たされた荒涼たる地表。岩山と岩盤、れきの世界に変わっていた。広がるのは岩石砂漠だ。

「テレポートさせられた? いや違う」

 空間座標は太平洋の上を示す。空間の感覚にも狂いが生じる。

『足下を見たまえ』

 モニタをズームに切り替え、二人はゴーレムの足下に目を凝らした。

 ゴーレムの足首から下は、暗い夜のまま。光る紋様によって照らされた地面は舗装済み。人工島の飛行場のものだ。附属校のゴーレムも警察のゴーレムも同一の大きな魔法陣の上に立っていた。

『テレポートの準備段階だな。先に転送先のイメージを出して、危険がないか確認しておくのだ』

「ここが」

「何もないです」

『なあに、岩山を二つ三つ越えれば宝の山、魔法用の宝石鉱山がゴロゴロしとる。そして危険はオオアリさ! いま何もないということは、奴にとって危険がないということだものな!』

 そのとき、岩石砂漠の地面が波打った。

 滝が逆流したかのように、砂漠の中に水が噴き上がった。

 三体のゴーレムが身構える。海水の幕の中にいる敵――四体目のゴーレムに対して。

『こいつは我が母校――』

「手短に」

『【BN】さ』

「ヴぃーえぬ」

 海水がしぶきを立て、消えた。

『身体負荷軽減措置令が施行される前の魔法開発計画。それがそのまま奴のコードネームなのだ』

 梓は魔法史の授業でその名を聞いたことがある。それにふさわしい真紅の甲冑をまとったゴーレムを見据え、記憶を呼び起こし、頭の中で繰り返した。

 ブラッドノア。

 現代魔法史に金字塔を打ち立てた魔法開発計画――【ブラッドノア】。

 コードネーム【ブラッドノア】は背中にある二対の魔法エンジンの噴射を弱め、待ち受ける三体を歯牙にもかけぬ素振りで、悠然と管制塔の島に上陸した。

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