草葉の陰から
魔獣園の正門は全面開放され、大勢の客が園の職員に誘導されて避難してゆく。
各種の魔獣を閉じ込めていたシェルターは消滅。
小型の魔獣はレストランの食料庫を襲ったり、我が物顔で飛び回ったり、客に紛れて外へ逃げ出したり、あるいは不埒な客に持ち逃げされたりして、園内の混乱に一役買っていた。
「大型の魔獣はあの鳥だけ……?」
「そう、みたいです」
コックピット内の複数のモニタにも、前面の窓から見える外の景色にも、他に大型獣の姿はない。
巨怪鳥と石像の鳥たちは、管理事務所跡地に突如として現れた石の塊の周囲にたむろしていた。石塊は長さ三十メートルを超え、高さも相当ある。その大きさは、いつのまにか消えた巨獣ファスコラルクトスと同程度だ。
不思議がる梓と響に、大城戸の像が話しかけた。
『大型の展示動物は特におとなしい個体を選んでおるのさ』
「えっ」
響が大城戸の方を向いた。
『おお、見覚えがあると思ったらやっぱり響くんか』
「わたしたち、おそわれました」
『あいつは展示動物ではないぞ。多重突然変異のバケモノだ。麻痺させておったのだがな』
あいつと呼ばれた巨怪鳥は石塊上の最高所に立ち、木偶の坊のように突っ立つゴーレムを悠然と見下ろしている。リーダーとしての風格が漂う。
「コアラにです」
『何、Cに襲われたとな? そこの君、魔獣に悪戯をしちゃいかんだろう。いくらおとなしくとも感情はあるからな。響くんからも忠告してくれたまえ』
「あ、はい。だそうです、一文字さん」
「その説明で納得しないで。ところで大城戸さん」
『博士と呼びたまえ』
「今どこにいるんですか」
『ここにおるよ』
「本当にプログラムですか? 通信機能に見えます」
『HAHAHAHA! 聞きたまえレッド一文字くん!』
「梓です。手短に」
『ここの魔法技術は君の数歩先にある。私はスペシャルな魔法【仮想召喚】で作られた仮想人格なのだ。こうしていつでも役立てるように、本人とは別に待機していたのさ!』
「師匠、すごいです」
『このウッディ・ゴーレムには他にも素晴らしい機能がてんこモリモリ! 今こそその力でこの園を荒らす奴らをやっつけるのだ! だだだ!!』
梓はナビをオフにしたいと思ったものの、響から不安の色が消えたので、そのままにしておいた。操縦桿である箒に魔力を込め、ゴーレムを前進させる。
石像鬼たちの視線が一斉に集まる。戦いの気運が高まる。
相手は瘴気を吐く巨怪鳥、石像の鷲・鷹・コンドルの計四羽。
そのうちの鷲と鷹が空高く飛び立った。コックピットの窓から見えなくなった。
「あっ、逃げますよ」
『違うぞ響くん!』
「ドライブ、複合式!」
ウッディ・ゴーレムの脚部が輝く。
それと同時に生じる、風を切る音。
素早く右に動いたゴーレムの左腕をかすめて、何かが後ろから前に通り過ぎていった。石像の鷹だ。
巨体による高速の攻撃はいっときの暴風をこの場にもたらし、植え込みの木々や瓦礫を吹き飛ばした。
「もう一羽!」
今度はゴーレムの右腕側方向からくる突撃。
ゴーレムは後方へステップしつつ左拳で殴りにいったが、空振りした。石像の鷲は左方の彼方で再度上昇を開始した。
『ほうほうほう! なかなかやりおるなあ。加速・回避・反撃に内部平衡制御か』
「まえからっ」
「くっ」
三連撃の最後、正面からの攻撃はかわせなかった。
石像コンドルの頭突きだ。
ゴーレムは両腕でブロックしたが、その衝撃でズズズと後ずさりさせられた。攻撃してきたコンドルも反動で弾かれたがすぐに立ち直り、どこかへ羽ばたいて行った。
『んー惜しい! 石頭が当たってしまったか』
「博士、ダジャレより機能の説明を。このゴーレムは機動力で勝てません」
「あの魔法の翼は」
響が尋ねたのは、防災大附属校の校舎ゴーレムが持っていた機能だ。機体のみならず周囲の空間も広範に直接制御し、通常の飛行魔法より高い機動性を生み出す。形状においても重量においても無理があると思われたゴーレムの高速飛行と空戦機動は、その魔法なくしては難しい。
「【ユラヌス】です。知っていますか博士」
『無論。知らぬわけがなかろう。なにしろ、ゴーレムをドライブベースでシンプリファイしたユラヌスで飛ばす仕組みはかつて私の母校のアネキ分、まあ伯母とでもいおうか、その……んん、そうだ、なぜアニキでないかといえばだな……おっとその前にまずはクマバチの飛行について……待て待て待て待てストップスキップ! ドントスキーップ! せっかくの出番をこれ以上削られてたまるかァ!』
「手短に」
『このウッディ・ゴーレムはアルケミー型対応なのだ。【ユラヌス】はドライブ型のゴーレムでないとうまく扱えん、と、そういう話だ』
「出せないんですね」
響はガッカリして言った。
『なに、心配することはない。君も操縦桿を握りたまえ。私の指示通りに魔法を使うのだ。君はアルケミーの適性も十分にある!』
「わかりました。やってみます」
響の杖が机に接続され、第二の操縦桿になった。操作説明のために、大城戸と響が小声でゴニョゴニョと会話をはじめる。
その間、梓は敵の一体、石像の鷹の動きを索敵の魔法で追う。
「ここだ!」
急降下して爪で引っ掻きにきたところを捕まえた。
片翼と片足をつかんで、そこから右の膝蹴りで仕留めにいく。
ウッディ・ゴーレムの脚に伝わる衝撃。
しかしそれは、左膝の裏側からきたものだ。ゴーレムの体のバランスが崩れる。コックピットの窓に一面の空が広がる。
「しまっ――」
『今だぞ!』
「アルケミー、単独式!」
機体が背中から地面に落ち、ボウンと、小さく跳ねた。そしてまた地面に仰向きに落ちた。落ちたときの衝撃はほとんどない。
『膝カックンなど無効ゥゥゥーーーッ』
「ゴムづくり、成功ですっ」
機体の背中側表面が、特殊な分厚いゴムに変化していた。
「でも、倒されちゃいましたね」
『ノーダメージだからノーカンノーカン! 実質防御成功だ!』
「体勢を……」
『待ちたまえ。あえてこうして倒れておれば突っ込んではこれま……うおおおおぉぉぉぉっ!?』
大城戸の意に反して、敵の三羽が同時に突っ込んでくる。
嘴をウッディ・ゴーレムに向け、空から垂直急降下。
当たれば当然、木っ端微塵だ。
「ドライブ、単独式!」
ゴーレムは高速スピンで地上を転がり、攻撃を大きくかわした。
元の位置からまきちらされる、重い衝撃音と舗道の破片。三羽は地面をえぐりながら水平移動に軌道を変え、深い三本の溝を残して飛び去った。
「今度は回避成功……あ」
響と大城戸が額を抑えて呻く。
「うっ」
『オオオオオオオオオオ目がまわまわまわまわ』
「は、吐かないで」
「何とか」
『生身ならアウトだろうが! 何回転すんだよ! 平衡制御しろよ!』
「感覚がリアルですね。急いでましたから」
梓はふらつく大城戸から目を移し、突っ込んできた三羽に注意を戻した。
モンスター達は前方に着地し、毛づくろいのような動きをしていた。衝撃で自らの体に傷や欠けができているにも関わらず、痛がる素振りはない。立ち上がるゴーレムを見つけると翼を大きく広げて睨みつけ、威嚇の鳴き声を上げた。
立ち直った大城戸が感嘆した。
『むう、何と勇敢な鳥たちだ』
「師匠、どうしたら」
『何の。こちらには秘密兵器があるからな。響くん、もう一度アルケミーのイメージで魔力を送り込むのだ』
「はいっ」
「一体どんな機能が……?」
梓が固唾をのんで見守っていると、ゴーレムのステータス画面に変化が起きた。全身から蔓草が生え、伸びてゆく。若葉の芽が無数に出た。
『見たまえ、これが秘密兵器【グリーンリーフ・シールド】だ!』
「見えません」
「みえません」
コックピットの窓の外は、特大の緑の葉でびっしり。
『モニタで見たまえ』
促された二人は、俯瞰用のモニタでゴーレムを見た。無数の葉は全身を覆い尽くしていた。ステータス画面の説明表示は『葉っぱ』。
「なんて大雑把な。博士、どんな効果が?」
『目に優しい』
「他には」
『夏の省エネ効果はばつぐんだ!』
「春です、師匠」
『あっ、そうか。そうかそうか! まだ春だったなあ』
諦念の春、死戦の春。
散る桜は、美しい死のシンボル。
「『武士道と云ふは、死ぬ事と見つけたり』」
『何か言ったかな、レッド梓くん』
「『葉隠』です」
『おお、わかってるじゃないか。その通りだとも。これには相手から身を隠す効果がある!』
「意味がないと思いますが」
周囲に森があるわけではない。また、魔法で森を作ってその中に紛れているのでもない。ゴーレムの表面を覆っているだけに過ぎないのだ。
モニタで敵の反応を見ても、隠蔽の無意味さが確認できた。敵の視線は、ゴーレムの現在位置にピタリと合っている。
三羽が飛び上がる。急上昇して、向きを変えた。そして見えなくなった。モニタの画像が乱れ、深緑一色になったからだ。
「うっ、モニタが!?」
『索敵魔法も遮断できるのだよ! 完璧なスネークさ!』
「すねいく?」
「こっちのまでしなくても! リーフ・シールドの防御力は!?」
『ナッシン! ステルスに全振り!』
「だめだ、この人。こうなったら勘で――」
『フッ、第二段階もあるのだよ! やるのだ、響く――』
大城戸が言い終わらないうちに、ウッディ・ゴーレムの全身は強烈な衝撃に襲われた。
全部で三回。
敵の突撃は、全て命中した。




