第68話 大和の国へ【前編 最終話】
※本日夕方頃、続編「憑依彼女と死神と呼ばれた転生者【後編】〜三つ巴の転生者編」の第一話を投稿致します。引き続き、本当の完結まで読んで貰えたら嬉しいです!
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「──勇者の奴をぶっ飛ばしたそうですな」
木製のテーブルを挟み、椅子に座ったまま、不躾にそう切り出す小十郎。愉快そうに笑う彼の対面に座り、拓海は苦笑いを浮かべていた。
「どうして知っているんですか?」
勇者アルスと袂を分かち、拓海はその足で王都に戻った。そして、そのままこの宿に来ている。拓海にしてみれば、何故、小十郎がその事を知っているのか、不思議でならなかった。拓海が素直にそう問いかけると、小十郎はニヤリと笑い、屋根裏に向かって視線を向ける。そして、そのまま静かに口を開いた。
「我等の情報網を、甘く見ないで頂きたいですな……おい、小太郎!」
日本家屋と造りは違う。だがそれでも、そこにあるであろう屋根裏に向かい、小十郎は声をかけた。すると、スッと天井の板が一枚動き、その隙間から顔を覗かせる者がいた。
「……え? に、忍者……?」
拓海にとって、前世でも異世界でも始めて見る、その存在。生前、思春期の真っただ中で、人生の終わりを遂げた拓海。そんな彼にとって、忍者とは単純に格好よく、憧れの存在でもあった。そんな拓海の気持ち等は気にも留めず、小十郎は当たり前の様に話を進める。
「構わん、姿を見せい」
小十郎が短くそう指示すると、天板が更に大きく開く。そして、スッと拓海の目の前に、その者は音も無く降り立った。伏し目がちで片膝を付き、主に礼を取るその男を、小十郎が拓海に紹介する。
「我が主君……伊達家に仕える忍者集団。『黒脛巾組』の棟梁、風魔小太郎だ」
──風魔小太郎。
拓海はその名を詳しくは無い物の、聞いた事はあった。元々、拓海のいた前世では、北条家に仕えていた風魔一党。その歴代党首が名乗った名前、それが『風魔小太郎』だ。そして『黒脛巾組』とは、前世で伊達政宗が創設したと言われる、忍者集団。異世界では、そんな異なる二つの集団が、時と場所を超えて融合していた。さらに……
「お初にお目にかかります。僕は『黒脛巾組』の棟梁、風魔小太郎です」
そう静かに名乗る小太郎は、どう見ても十歳かそれより下……まだ、幼さの残る『少年』だった。流石に拓海のこの反応に気付いた小十郎が、補足する様に説明を加える。
「驚いたかな? だが、小太郎はこう見えても一流の忍だ。あの有名な、『徳川家の半蔵』にも引けを取らん位にな」
「伊達家……風魔。それに、徳川家の半蔵……」
拓海は突然の、自分でも知る様な有名人のオンパレードに戸惑った。実は拓海は、これまで小十郎と、こういう話をした事が無かったのだ。あくまで拓海にとって、小十郎は『片倉景綱』。武士っぽい名前だなと思っていただけで、特にその出自については興味も無かった。景綱の通称が『小十郎』だとは、夢にも思っていなかったのである。
「どうなされた、拓海殿?」
考え込んでしまった拓海を見て、小十郎は心配そうに問いかけた。ハッと我に返る拓海。そして、拓海は小十郎に対し、初めてその素性について尋ねた。
「片倉さん……もしかして、貴方は片倉小十郎さんなのですか?」
親しい者しか呼ばないその名を口にされ、今度は小十郎が驚いた。
「な、何故その名を……?」
「あ、いやっ! その……前にっ! 前に尋ねて来た時に、家臣の方が……」
慌てて必死に誤魔化す拓海。この時、拓海は自分が転生者である事を、咄嗟に隠した。特に理由がある訳では無い。なんとなくそうする事が、自分にとって有利に働くのではないかと思っただけだ。少し怪訝そうな表情はした物の、それ以上は、追及しようとしない小十郎。この辺りは、聞いてもどうせ答えぬであろうと言う、小十郎ならではの経験から来る判断があった。
「……そうであったか。如何にも。我は又の名を、片倉小十郎と申す。親しい者は、皆そう呼んでおるよ」
表情を和らげ、ニコリと笑いながらそう話す小十郎。拓海はその言葉を聞いて、何か、得体の知れない歓喜の様な物にかられた。
(やっぱりそうなんだ! 片倉小十郎……伊達政宗に仕える、戦国屈指の名参謀! それに、風魔小太郎……)
突然、目の前に現れた有名人達とその背景。拓海は、興奮を抑える事が出来なかった。自分が勇者では無いと知ってから、どこか落胆にも似た空虚さを感じていた拓海。そんな彼にとって、小十郎や政宗の様な有名人の存在は、やはり自分は主人公なのではないかと言う、勘違いをしてしまうには十分過ぎる出会いだった。
「この選択が正解だったんだ……! やっぱり、アルスは勇者なんかじゃなかった……!」
興奮に顔を赤らめ、拓海は思わず口にする。すると、傍でその呟きを耳にしたソフィアが、拓海に向かって問いかけた。
「……拓海? 正解って何の話……?」
不思議そうな表情で、拓海の顔を覗き込むソフィア。しかし、拓海にはそんなソフィアの事など目に入らない。拓海は更に、小十郎へ話を聞かせる様に畳み掛けた。
「小十郎さん! 前に話していた魔王の話、もう一度聞かせて貰えませんか?」
「う、うむ……分かった……」
そう言って、勢いづく拓海の願いに応える小十郎。その口から語られたのは、拓海が以前は聞き流していた、大和が抱える重大な問題……魔王の襲来に関する事だった。
リカーナ大陸に突如現れた、魔王と名乗る存在……『魔王カズヒコ』。その噂は、当然、小十郎の耳にも入っていた。それも、拓海がその話を王都のギルドマスター、デニスから聞かされるよりもずっと前に。
小十郎がその存在を知ったのは、イグラシア王国に着いてすぐの事だった。港に船を停泊させた際、出会った一人の同郷を名乗る男。その男がいきなり近づいて来て、小十郎に警告を発したのだ。
「──リカーナで魔王が誕生しちゃあ。まものうイグラシア王国も、その噂で持ち切りになるき。当然、ここも魔王軍によって戦火に見舞われるじゃろう。んじゃが、魔王の最終的な狙いは、あくまで大和……わし等の故郷じゃ。魔王カズヒコは大和人やきにな。あいつは、大和という国にえろう拘っちゅう。いずれ、大和にも攻め入る筈じゃ。そん時までに、大和は一つにならんにゃあいかん。おまんら、大和人同士でチマチマやっっちゅう場合じゃないぜよ」
にわかには信じがたい話ではあった。しかし、小十郎は何故か、その男の言葉に信憑性を感じた。そして、直感的に悟る……この話、嘘ではないと。小十郎は、即座に行動に移った。自分の考えを文に認め、船員へ主に渡すよう手配する。そして、自らはその指示を待たず、当初とは違う目的……『勇者』を探す為、王国中を渡り歩いた。噂に聞く、魔王に対抗できるだけの能力を持つ者……『勇者』の存在を信じて。
神託が降りたという、イグラシア王国の勇者については調べた。確かに強い。だが、何故か小十郎は、勇者アルスに対して疑念を拭う事が出来なかった。特に、根拠や確信があった訳では無い。しかし、何か靄の様な物が小十郎の思考を包み込み、晴れなかった。
「──勇者アルスは違う」
幾つもの戦を重ね、様々な猛者達と死闘を繰り広げて来た、一流の戦国武将だけが持つ直感。小十郎は、自分のその直感を信じた。そして、勇者が自分の探していた存在とは違うと知り、落胆した気持ちを抱えて赴いた、ギルドの酒場。噂では自分と同じ、黒髪に黒瞳をした凄腕の新人冒険者がいるらしい。半ばダメ元で調べに来た小十郎は、拓海を一目見て衝撃を受けた。パッと見は、自分と同じ大和人。そして、お世辞にも良いとは言えない、その容姿。だが、小十郎は確信した。「こいつだ!」と。
本来は見分を深め、大和の更なる発展を目的としていた今回の外遊。しかし、事態は一変した。既に王国でも、魔王が現れたという噂が囁かれ始めている。小十郎は確信した……あの男の言葉は嘘じゃ無かったと。そして、大和を魔王の手から守る為、大和を魔王に対抗できる一枚岩に纏める為、拓海に頭を下げた。大和の国を救う為、『勇者』として一緒に来て欲しい、と。
「あの時はすいませんでした……勘違いしてたんです……」
そう。拓海はこの時、この話を断ったのだ。『勇者』である事を望んでいた筈なのに、何故……。それは、拓海が口にした様に、一つの勘違いが原因だった。
拓海はこの時、小十郎の『大和を一枚岩に纏めたい』という願いを、『大和統一を手伝って欲しい』という野望だと勘違いしたのだ。自分が勇者では無かったというショックから、この世界ではモブなのではないか……そんな不安から、自分は主人公と一緒にいる方が、安全な可能性が高いと拓海は考えていた。まさか目の前の男が、あの有名な『片倉小十郎』だとは夢にも思わない。当然、小十郎もモブだと決めつけて話を聞いた為、大和統一なんて出来る筈が無い、どうせ負け戦だ。そう判断して、今までこの話を断っていたのだ。
「そ、それでは……!」
いつもとは反応が違う拓海を見て、小十郎は思わず身を乗り出した。
「はい。僕でよければ……。僕は、『勇者』として大和に行きます!」
その言葉に感極まったのか、小十郎は目に涙を滲ませた。グッと真一文字にその口を紡ぎ、必死に零れ出すのを堪えている。その様子を見て、拓海は密かに喜びを噛み締めた。自分が必要とされている、期待されている快感。それはまさに、拓海の求めていた、物語の主人公のそれである。
この外見でも、英雄になれる……。
「──見てろよ、レオ……」
拓海は固い決意を込め、小さく自分に向かって呟いた。
※【前編】〜死神誕生編は、本エピソードにて完結です!ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。
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