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第59話 楓の想い

「──いらん」



 俺の言葉に、場の雰囲気が凍り付く。家康はポカンと口を開いたまま唖然とし、楓は俯いてしおらしくなってしまった。一瞬、時が止まったかの様な錯覚を起こし、暫くして、我に返った家康が口を開く。


「い、今なんと……」


 信じられないと言わんばかりに、家康が聞き返して来た。俺はもう一度、平然として答える。


「だから、いらんと言っている」


 未だに目の前で起こっている事が理解出来ないのか、家康は目を白黒させながら聞いてきた。


「な、何が不満なのじゃ! 楓は徳川家の忍じゃぞ? それも、次期『半蔵』じゃ! これ程有能な家臣等、他にはおるまい!」


 興奮気味に捲し立てて来る家康。確かに楓クラスの忍なら、どこの大名でも、喉から手が出る程欲しがるだろう。見た目だって悪くはないし……。だが、家康は一つ忘れている。


「確かに楓は優秀な忍だ……()()()()()()、な。だが生憎、ウチには優秀な()()が揃っていてね……今のところ、諜報活動には困って無いんだ」


 楓の隠密行動は確かに一流だ。だが、あくまでもそれは人間レベル。俺や雪は勿論、ジンやコンにも通用しない。そしておそらく、ウォルフやボアル達にも……。隠密行動が通用しない以上、戦闘力では楓に勝ち目は無い。樹海では自分の身を守れない以上、俺達といても危険なだけだ。


 だが家康はまだ、俺の答えに納得していない様だ。


「楓じゃぞ? 何も諜報活動等させずとも、身の回りに置いておきたいとは思わぬのか?」


 ああ……なるほど。そう言う事か。だったら、始めからそう言えばいいのに。


「なるほど……()として薦めている訳か。すまんな……そう言う意味なら、尚更、興味が無い。前にも話したが、俺は人間には興味が無いんだ。それが男だろうが、女だろうがな」


 雪以外は、だけどな。まあ今では雪も、人間と呼んでいいのか分からなくなって来たけど。


『失礼ですね。私は人間ですよ……心は、ですけどね』


 俺の考えている事を察したのか、雪が冗談っぽく話して来た。だが、俺が自分以外に興味が無い事を(さと)ったのか、その声は少し嬉しそうだ。


(ああ……分かってるよ。それに、俺だって似た様な物だ)


 なにしろ俺も、人間離れした異能(チート)持ちだからな。それこそ自分でも、人間なのかどうか疑わしい。


 そんな事を話していると、家康が残念そうな顔をして話し始めた。


「そうじゃったの……しかしまさか、そこまで人間嫌いだとは思わなんだのじゃ。これは楓も苦労するのお……。ならばもう、かけ引きは無しじゃ! 言い方を変えよう。真人よ、もはや忠勝を許せとは言わん。じゃが、それでも楓を、お主の傍に置いてやっては貰えぬか」


 先程迄と違い、俺の出方を探るでもなく、素直に懇願して来る家康。忠勝は見逃さなくてもいいから、楓を引き取ってくれ? それ、家康にとって何の得があるんだ……意味が分からない。すると家康は、俺の疑問に答えるように説明しだした。


(こやつ)はお主に惚れておる。鈍いお主は、気付いておらんかったかも知れんがの……。人間嫌いのお主に、今すぐ楓を愛せとは申さん。じゃが、傍にいる事は許してやって欲しいのじゃ……。これは江戸の大名、徳川家康としての頼みでは無い。(こやつ)と姉妹の様にして過ごして来た義理の姉……ただの家康という女としての頼みじゃ」


 そう言って切なそうな表情(かお)で、俺に頭を下げて来る家康。主の思わぬ行動に、土方や半蔵等、誰一人動く事が出来ないでいた。そして、そんな家康を見つめながら、楓は涙を零している。


「家康様……」


 両手で口元を抑え、涙声で呟く楓。その声の主を見つめる家康は、俺が初めて見る様な優しい目をしていた。そして、楓に向かってゆっくり、諭す様に語りかける。


「楓よ……長い間、ご苦労であった。これからは、お主の好きな様に生きるがよい。妾が姉として、お主にしてやれるのはここ迄じゃ。後はあの人間嫌い(朴念人)を、変える事が出来るかどうか……全て、お主次第じゃ」


 言い終えた家康が優しく微笑む。


 おいおい……ちょっと待て。勝手に話を進めるな! とても、断れる雰囲気じゃなくなって来てるじゃないか……なんだか少し、雲行きが怪しくなって来た。すると、楓は家康に向かって軽く頷き、意を決した顔で俺の傍に来て跪いた。そして、座ったままの俺に頭を下げ、宣言する。


「真人様……今、この時よりこの楓、貴方様に一生を捧げてついて行きます」


「いや、お前ちょっと待──」


 思わず俺が断ろうとしたその瞬間、俺の目を見つめる楓の顔が視界に入った。今にも溢れ出しそうなくらい涙を溜めて、俺の顔を見上げて来る楓。


「う……ぐ……」


 ……気まずい。とても断れる雰囲気じゃない。俺がどう答えるか、この場にいる全員が注目している。俺は溜息を一つ零し、やれやれという感じで呟いた。




「ハァ……仕方ない。雑用でもさせるか……」


 ──俺が諦めて覚悟を決めた、その時。突然、楓の体から淡い光が放たれ始めた。



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