第58話 馬鹿の罪
「──無論、皆殺しだ」
俺の言葉に反応し、土方が即座に立ち上がった。手には傍らに置いてあった、刀を握り絞めている。それを見て、新八達が慌てて土方を止めに入った。
「なっ! 離さんか、お前等!」
「歳っ! ダメだ!」
この中で一番、土方と親しいのか、新八が土方を宥めにかかる。斎藤と沖田に両側から羽交い絞めにされ、土方はようやく動きを止めた。そして、止めに入った新八に食ってかかる。
「新八、何故止めるっ! こいつは今、忠勝様を殺すと言ったのだぞ!」
鬼の様な形相で、土方は新八を睨みつけた。しかし当の新八は、平然とした顔でこれに答える。
「んなこたぁ分かってるよ! 俺だって忠勝様を、黙って殺らせるつもりはねえ。だが、こいつはマジでヤバいんだ……今、俺達が全員でかかっても、相手にならねえ位にな!」
更に、土方を抑えている斎藤と沖田も声を揃えた。
「あいつだけじゃねえ、後ろの執事もバケモンだ!」
「容姿に惑わされてはいけませんよ! あの亜人も只の美人ではありません!」
親衛隊でも屈指の実力者三人に諭され、土方は驚きを隠せない。
「そ、それ程なのか……お前等がそこまで言うくらい……」
驚愕の表情を浮かべる土方の目を見据え、新八が静かに頷いた。そして、そのままゆっくりと口を開く。
「歳……気持ちは分かるが、ここは話し合いに持ち込むべきだ」
新八のその言葉を聞いて、土方はフッと全身の力を抜いた。もう、抵抗するつもりは無いらしい。斎藤と沖田がホッと息を吐き、掴んでいた腕を離す。すると、土方は憮然とした表情で、話し合いを続けようとばかりに、元いた位置に座り直した。どうやら、新八達の意見を受け入れた様だ。だが、俺はそんな土方達の思惑を、真っ向から否定する。
「なんか今、チラッと聞こえたけど、俺は話し合うつもりなんかないぞ? 俺の町を襲った奴等は皆殺しだ。考えを改めるつもりは無い」
土方がまたも、ピクリと額に青筋を浮かべる。だが、今度はなんとか、怒りを理性で抑え込んだみたいだ。そして、絞り出す様に俺に交渉を持ち掛ける。
「た、忠勝様は騙されていただけなのだ……悪いのは全て猪熊だ」
まあ、そうだろう。その話は十分、さっき聞かせて貰った。
「そんな事は分かってる。忠勝は……馬鹿なんだろ? あんな書状で騙されるくらい」
「ぐぬ……そ、そうだ。忠勝様はその純粋さ故、猪熊に利用されたのだ……」
主を馬鹿呼ばわりされ、土方は一瞬キレかけた。だが、ここを認めないと、忠勝に悪意が無かった事を証明出来ない。土方のそんな葛藤が手に取る様に伝わって来た。だが、それでも俺には関係ない。
「そうみたいだな。その言い訳はさっき聞かせて貰った。だが……だから、何なんだ?」
「な、何だと言われても……」
俺は逆に聞き返した。思わぬ俺の問いかけに、土方が困惑し始める。
「騙されていたから悪くない、馬鹿だから騙されても仕方ない……そう言いたいのか? 残念ながら、そうじゃない。騙される忠勝が悪いんだ……人の上に立つ者ならな。馬鹿だから騙されたと言うのなら、馬鹿なのが悪い。権力を持った時点で、馬鹿にも責任があるんだ。それが嫌なら、権力なんか持たなきゃいい。責任を取れないのなら、人に迷惑をかける馬鹿は罪なんだよ!」
他人に迷惑をかけない様、必死に生きている馬鹿達に謝れと言いたい。馬鹿だから何でも許されるなんて、そんなふざけた話があってたまるか!
「ぐ、ぐ……」
俺の身も蓋も無い物言いに、土方が奥歯を噛みしめる。そんな土方に俺は、容赦なく畳み掛けた。
「勿論、騙した奴が一番悪い。だから俺は、猪熊も殺すと言っただろ? そもそも、そんな簡単に騙される忠勝に、筆頭家老なんて権力を持たせたお前達が悪いんだ。悪いが忠勝には、俺の町を襲った責任は取って貰う。騙されていたとか、馬鹿だからだとか……そんな言い訳は、俺には通用しない。関わった奴は、等しく皆殺しだ」
俺は馬鹿にも平等だからな……いい意味で差別はしない。馬鹿な奴が頑張って、それなりの成果を残す。それを微笑ましいと称賛し、感動してるのは、決まって見下している奴等だけなんだ。本人達は、感動させたいなんて思っていない。ただ、必死に頑張って生きているだけだ。
俺は、その容姿から誰にも相手にして貰えなかったフリーライター時代、憐れむ様な目で仕事をくれた、出版社の男を思い出していた。この記事よく書けてるよ、面白いよと俺のゴミみたいな原稿を褒め称える。だが、俺は気付いていた。全部そいつの心の中で、『お前にしては』という言葉が付くんだ。真剣にダメ出しして貰った方が幾らかマシだ……対等な立場って事だからな。俺はあの屈辱を忘れてない。
俺がそんな、前世での苦い思い出に苛ついていると、家康が見かねて助け船を出して来た。
「土方よ。真人の町を襲ったという混成軍……本当に忠勝が指揮を執っていたのかのお? あの忠勝が奇襲等という、似合わぬ事をするとは思えぬのじゃが……」
「た、確かにっ……!」
ハッと気付いた様に、土方の表情が明るくなった。しかしその希望も、俺の言葉が叩き潰す。
「その場に居ようが居まいが関係ない。兵を出したんだろ? 同じ事だ」
一瞬で土方の表情が暗くなる。だが、尚も家康は食い下がって来た。
「ならば、こう言うのはどうじゃ? 妾はお主と新八達の命だけは取らぬ様、約束しておったのお。じゃが忠勝を殺せば、其奴等は責任を感じて自害するやもしれんぞ? これは、約束を違反した事にならんかのお?」
なるほど……。どうやら家康も、忠勝を殺されたくはないみたいだ。何とか俺を説き伏せようと、あの手この手で揺さぶりをかけて来るつもりらしい。だが、残念ながら、屁理屈の言い合いなら俺は負けない。長年のボッチ生活と不遇な前世で、性格が捻くれているからな。
「俺が約束したのは『新八達を殺さずに楓を取り戻す』という物だ。既に楓は解放されているんだから、この約束はもう果たした事になる。その後に、こいつ等が死のうが生きようが、俺の知った事ではない」
「な、ならば…… っ!!」
尽く俺に言い返され、頭を悩ませていた家康が突然、ハッと閃いた様に顔を上げた。まるで、良い事を思いついたと言わんばかりの満面の笑顔。どうやら、今度は余程の自信があるらしい。フフフと少し勿体つけて、家康は悪戯っぽく笑いながら、とんでもない提案を切り出して来た。
「フフフ……仕方あるまい。幾ら救いようの無い馬鹿とは言え、忠勝も妾の大事な家臣じゃ。それこそ、妾の右腕と呼ばれる位にのお。その右腕を見逃せと言うのじゃ……妾もそれ相応の対価を用意しよう。忠勝を殺さずに見逃してくれるなら、もう一つの妾の左腕……楓をお主に差し出そうではないか!」
どうだ、と言わんばかりのドヤ顔。確かに、右腕を救う代わりに左腕を差し出す……話だけ聞けば、対等な対価の様に聞こえる。それに、楓を差し出すと言っても殺させる訳では無い。おそらく、家臣として仕えさせるという意味だろう。それで忠勝の命が助かるのなら、楓を手放すのも止む無しという判断か……。
いかにも名案だろと言わんばかりに、家康が楓の方に目を向けた。つられて俺も、楓に視線を向けて様子を伺う。楓は余りの驚きに目を見開き、ポカンと口を開けて家康を見つめていた。そして、その瞳がゆっくりと横に動き、楓を見つめていた俺と目が合う。慌てて視線をそらし、俯いてしまう楓。何故か、耳まで真っ赤になっている。
「どうじゃ?」
俺達の様子を見ていた家康は、勝ち誇った様に、ニヤニヤと笑いながら問いかけて来た。勿論、俺の答えは決まっている。俺は家康の目を見据え、簡潔に答えた。
「──いらん」
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