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第46話 謎の剣客

「何故ここに忠勝様の親衛隊が……」



 半蔵は驚きを隠せていない。

 さっき話していた忠勝の親衛隊……こいつ等が居たから半蔵は、楓を救い出せなかったと言っていた。


 ……確かにこの男は強い。


 気配を感じ取る事が出来る俺は、何となく相手の強さも分かる。こいつは今迄の奴等とは桁違いだ。確かに正面からやり合ったら、半蔵でも勝つ事は難しいだろう。


「忠勝様の親衛隊には、あの男の様な師範クラスが他に何人も居るのでござる……」


 俺の傍に跪いた半蔵が、ボソリと呟いた。


 なるほど……こんなのが何人もいたら、流石に半蔵一人ではどう仕様もない。闇討ちするにしても限度がある。


「無礼者が……退がらぬかっ! こ奴等は妾の客人じゃっ!」


 家康が怒鳴りつけたが、男は眉一つ動かさず平然としている。そして、ゆっくりとその口を開いた。


「幾ら家康様のご命令とは言え、そればかりは聞けませぬ。これは我が主からの着命故……どうかご容赦を。それに……」


 淡々と家康の言葉を跳ね除け、男は更に続けた。


「あの忌々しき鬼道館を一日で崩壊させた男……興味がありまする」


 男はニヤリと口角を吊り上げて、俺の方に視線を向けて来た。


 目当ては俺か。

 こいつ、戦闘狂タイプだ……面倒くさい。


 それにしても今、鬼道館を忌々しいとか言ってなかったか? 猪熊達と上手くいってないんだろうか。まあ、確かにこいつ等の方が鬼道館の奴等より、何倍も強そうだけど……


「真人様、ここは私が……」


 男の視線を見たウォルフが、俺を庇う様に目の前に立ち塞がった。


 そうか……! 

 ようやく気付いた。この状況を作る為に、こいつ等は今まで大人しくしてたんだ……俺達をこの部屋に誘い込む為に。


 この部屋の中では魔力が抑えられる。

 おそらく、俺の技を妖術だと思っている猪熊辺りが仕組んだんだろう。やはり猪熊達は、俺がここに来るかもしれないと予測していたんだ。何故、予測できたのかまでは分からないけど……


 だとすれば、ウォルフ達では分が悪い。

 俺に近い時間軸で動けるジンは兎も角、ウォルフやコンの戦闘スタイルは魔法が主体だ。妖力を封じられたら、おそらく実力の半分も出せないだろう。


「ウォルフ、ここは俺が──」


「大丈夫です」


 ウォルフは安心しろと言わんばかりに、俺の言葉を遮った。


「主を慕うのは我等とて同じ……この様な輩に真人様の手を煩わせる訳にはいきません」


 男を睨みつけながら、ウォルフは腰の刀に手をかけた。


「まずは貴様が相手か……よかろう。お前達、手を出すでないぞ」


 やはりこいつは戦闘狂だ。

 この状況で一騎打ちとは……それとも、これがこの世界では普通なんだろうか。武士の矜持や誇り、みたいな。


 男の言葉を聞いて、周りにいた者達が後ろに控えた。それを見て俺達も後ろに下がる。部屋の中央にウォルフと男を残し、周りを取り囲む様にして俺達は二人の動向を見守った。


 本当はこの隙に襲い掛かってやろうかと思ったが、何となくこの場の空気が許してくれない様な気がする……


「さあ、()ろうか……」


 男はゆっくりと刀を抜き、正眼に構えた。


「──行きます!」


 ウォルフが畳を蹴り、一瞬で男の間合いに入った。振り上げた刀を男の脳天目掛けて振り下ろす。


 速い!


 おそらく普通の人間では、反応するのも難しい速さだ。この時間軸(加速無し)では捉えるのは難しいだろう。やはりウォルフは相当強くなっている。


 キイイイイインッ!!


「なっ!」


 ウォルフの斬撃を頭上で男の刀が受け止めた。


 反応された事に驚くウォルフと、当たり前の事の様に平然とした顔の男。上段での鍔迫り合いの様な形から、男が強引に刀を振り切った。力で押され、そのまま吹き飛ばされるウォルフ。一瞬、驚いた様子を見せたウォルフは慌てて体勢を立て直し、再び男に向かって刀を構えた。


「こんな物か。噂の真人とかいう男の臣下の実力(ちから)は……」


 依然として余裕の表情の男はがっかりした様に吐き捨てた。


「これでは主の真人とやらも、大した事は無さそうだな。やはり鬼道館を潰したというのも何かの間違いか……」


 男が呟くと同時にピリッと場の空気が張り詰めた。

 ジンとコンが横で切れかかっている。


「ほう……」


 ジン達の妖気に気づいた男が視線をこちらに向けて来た。


「そっちの奴等は少しは楽しませてくれそうだな」


 ニヤリと笑い、男が殺気をぶつけて来る。

 自分も魔力を抑えられている癖に、大した剣気だ。


「ウォルフ……真人様の配下たる者、無様な姿は許しませんよ?」


 若干、額に青筋を浮かべながら、ジンが笑顔のまま叱咤(しった)した。

 ジン……怖いぞ、お前。


「分かっています……余りこの姿は見せたく無かったのですが」


 構えていた刀を畳に置き、跪きながらウォルフは答えた。


「お、おおおおおおおおおおおおおっ!」


 俯いたままの態勢で、気合を入れる様にウォルフが唸り始めた。


 ウォルフの体を銀色の体毛が包み始め、全身を覆って行く。すると、畳に付いていた腕と脚が丸太の様に膨らみ始め、ゆっくりとウォルフは立ち上がった。

 盛り上がった胸筋が、襤褸切れの様な着物を突き破っている。腰の辺りだけ残った着物と帯の後ろには、立派な太い銀色の尻尾が見えた。イケメンだった顔は狼その物で、鋭い牙と尖った耳が生えている。


 二回り程大きくなった、巨漢の狼男(ワーウルフ)……ウォルフが静かに口を開いた。


「ふぅぅ……ここからが本番ですよ、人間……」


 狼男型(ワーウルフスタイル)


 人間型と狼型以外にウォルフだけがなれる、もうひとつの(スタイル)

 戦闘に特化した型だが、若干、凶暴性が増してしまう為に普段は封印しているらしい。


 流石に男も驚きを隠せないようだ。

 平静を装っているみたいだが、僅かに見開いた目が明らかに驚愕している。


「フンッ、最初からそうしてれば良かったのよっ!」


 そうしてれば舐められずに済んだのにっ、とコンがブツブツ言っている。とりあえず、これでもう、やられる事は無いと安堵している様にも見える。それなりに信頼はしているみたいだ。


「勝手な事を……真人様、申し訳ございません。獣人の姿を晒してしまいました……」


 ああ、そうか。俺が町では人型でいろと言ったから、我慢しようとしてたのか。それが俺を馬鹿にされた物だから、我慢出来なくなったと言う訳だ。全く、ウォルフは真面目だな……


「気にする事は無い。俺が人型でいろと言ったのは、町でゴタゴタに巻き込まれたく無かっただけだ。こいつが敵だと言うんなら、我慢なんかする必要は無い」


 人間の中で円滑な行動をする為にしてた事だ。むこう(人間側)にその気が無いのなら、こっちが我慢してやる必要なんて無い。


「ありがとうございます。ただ、この姿は手加減が難しいので……」


 そう言ってウォルフは、その鋭い視線を男の方に向けた。

 殺してしまうかも知れないけど構わないのか、と言う意味だろう。勿論、答えは決まっている。


「構わん。()れ」


「はっ」


 俺の答えを聞いたウォルフは一層、鋭く目を光らせた。グルルルと喉を鳴らし、今にも男に襲い掛かろうとしている。すると、俺達の様子を伺っていた男が、幾らか冷静さを取り戻して言い放った。


「まさか亜人であったとはな。しかも、俺相手に手加減とは……面白い!」 


 男が刀を下段に構え直すと、その剣気が何倍にも膨れ上がった。どうやら、これがこの男の本来の構えらしい。ようやく、こいつも本気になったと言う事か……


「行くぞ、人間っ!」


 再びウォルフが男に襲い掛かった。


 さっきよりも格段に速い! 


 ウォルフはその大きく鋭い爪で男を引き裂きに掛かった。振り被った腕が男に向かって、斜めに振り下ろされる。男はその場から一歩も動かない。


 無残に引き裂かれる男の姿が脳裏を過ぎった、その時──


「何いっ!?」


 思わず俺は声に出した。


 腕を振り下ろした体勢のウォルフが、そのまま静かに崩れ落ちて行く。すると、倒れたウォルフ越しに刀を振り下ろした体勢の男が、俺の視界に入り込んで来た。男の足下に倒れているウォルフは、胸部から大量の血を流している。


 ウォルフを斬った体勢のまま、男は静かに呟いた。



「──龍飛剣」




※謎の剣客……強いですね! この男の正体……ヒント、出し過ぎましたかね?(笑) え? 答えを言っている様な物? いやいや……(^_^;) 分からなかった人は次回の更新をお楽しみにして下さると嬉しいです!


読んで頂いてありがとうございました。

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