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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第6章 王国の華
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06.18 闇の従士と再会 後編

「アルノー殿! ラシュレーです! アルノー先輩!」


 先代伯爵の腹心ジェレミー・ラシュレーは、戦闘奴隷にされていた元同僚のアルノー・ラヴランを抱きかかえながら声を掛けていた。

 アミィは奴隷達から『隷属の首輪』を外したが、彼らは意識を失って倒れたままなのだ。


「ラシュレー中隊長。彼らの様子はどうだ?」


 シノブもラシュレーや彼の部下達に寄り、後ろから覗き込む。

 アルノーを含め、奴隷とされた者達は身動き一つしない。しかしシノブは、魔力の様子から生きてはいると察していた。

 とはいえ意識を取り戻すのか。取り戻したとして記憶はどうなっているのか。彼らが無事に目を覚ますよう、シノブは祈っていた。


「命に別状はありません。ただ、目を覚まさないようで……」


 ラシュレーはアルノーを抱きかかえたまま応じた。彼は心配そうな表情で、腕の中の相手を見つめ続けている。


「かなり魔力が弱くなっているな。アミィ、回復魔術を掛けよう!」


 シノブはアミィを呼び寄せた。一行の中で回復魔術を使えるのは、シノブとアミィのみであった。


「はい! シノブ様!」


 アミィはラシュレーの部下数名と、奴隷を使役していた男達を縛り上げていた。しかし彼女はシノブの言葉を受け、駆け寄ってくる。


 シノブとアミィは手分けして、意識を失った彼らに魔力を分け与えていった。

 本来なら、アムテリアから授かった魔力回復効果のある魔法のお茶を飲ませたいところだ。しかし意識を失っていては、それも不可能である。


「……ここは?」


 シノブ達が全員に魔力を与え終わったとき、微かな声が上がる。声の主はラシュレーが支えている男、アルノーだ。

 魔力の枯渇が激しいからだろう、アルノーは体を動かすのもままならないようだ。それに意識も混濁しているのか、彼は焦点が定まらない瞳でぼんやりと前方を見つめている。


「アルノー先輩、ここは王領です! 貴方は自由になったのです!」


 ラシュレーはアルノーの顔を覗き込むようにして、声を掛ける。喜びのあまりだろう、彼は頬を濡らしていた。


「お前は……まさか、ジェレミーか?」


 自分を覗き込む男が誰か、アルノーは気付いたようだ。ラシュレーの『アルノー先輩』という呼びかけに、20年前の記憶が甦ったのかもしれない。


「はい、ジェレミー・ラシュレーです……先輩……」


 ラシュレーは、もはや涙をボロボロと流し、男泣きに泣いていた。


「立派になったな。……そ、そうだ、この前襲撃したのは!」


 アルノーには、どうやら奴隷であったときの記憶もあるらしい。彼は慌てて身を起こそうとする。


「先代様……先輩には『お館様』と言ったほうが、わかりやすいかもしれませんね……」


 ラシュレーは相手の苦悩を察したようだ。彼は泣き濡れた顔を微かに(ゆが)めながら、静かに頷く。


「……俺は、お館様に剣を向けてしまったのだな……」


 アルノーは自身の行為を深く悔いているようだ。彼は肩を落とし、項垂(うなだ)れた。


「アルノーさん、全ては『隷属の首輪』のせいです。先代伯爵は、領都で元気にされています。それにロザリーさんも、お元気ですよ」


 魔法のお茶の入ったコップを差し出すと、アミィは柔らかな笑みを浮かべた。

 ロザリーとはアルノーの姉で、侍女アンナの母だ。彼女も先代伯爵アンリと同様に、アルノーの帰還を待ちわびているに違いない。


「魔力回復の効果があります。ゆっくりと飲んでください」


 アミィは優しく微笑みながら、お茶を飲むようにとアルノーを促す。


「ありがとう。そうか、姉は元気か……もう、子供くらいいるのだろうな……」


 アルノーはアミィの差し出すコップを受け取った。そして彼は感慨深げな呟きを漏らす。


「ええ、娘と息子、一人ずついます。娘さんは、お館で侍女として働いていますよ」


 アミィは、ラシュレーの部下が介抱する元奴隷達にもお茶を配りながら、アルノーに笑いかけた。


「……それは良かった。なら、姉とジュスト殿がラヴランの家を継いだのだな」


 魔法のお茶を少し飲んだアルノーは、遠い領都を思い出すかのように目を細めた。


「それが……ラブラシュリの家もモイーズ殿が戦死したのです。ですから、ジュスト殿がラブラシュリを継ぎました。ですが、先輩がお戻りになればラヴランは再興できます」


 ラシュレーは悲しげな表情で、彼の実家と姉ロザリーの嫁ぎ先のその後を教えた。

 侍女アンナのラブラシュリ家は、本来彼女の伯父にあたるモイーズが継ぐ予定であった。しかし20年前の戦争でモイーズは戦死し、アンナの父ジュストが家を継いだ。

 アルノーが未帰還兵となりロザリーが嫁いだから、ラヴラン家は二人の父の死と共に一旦は断絶していた。だがラシュレーが言うように、アルノーの帰還により再び家を興すことができる。


「……20年も裏仕事に使われて、今更日の当たる所に戻れるか。この手が、どれだけの命を奪ってきたと思う?

そんな汚れた手で、お館様やコルネーユ様にお仕え出来んよ……」


 戻って家を再興すべきだと言うラシュレーに、アルノーは静かな口調で言葉を返した。

 穏やかだが決然としたアルノーの様子に、ラシュレーは掛ける言葉も無いようで押し黙る。


「アルノーさん、それでは貴方を奴隷とした者達に屈したままですよ。貴方が幸せになってこそ、彼らの捻じ曲げた運命を元に戻すことができる。私はそう思います」


 シノブはアルノーを元気付けたかった。

 20年も奴隷として過ごしていたアルノーの気持ちは、シノブには想像するにしきれないものだ。しかしアルノーが帰れば、どれほど先代伯爵やロザリー達が喜ぶか。そして迎える者達の喜びはアルノーの失われた20年を癒してくれる。シノブはそう思ったのだ。


「ジェレミー、こちらの方は?」


 アルノーは、突然話しかけてきたシノブを見て怪訝に思ったようだ。自分を支えるラシュレーに、一体誰なのかと尋ねていた。


「アルノー先輩。シノブ様は、当代伯爵コルネーユ様のご息女にして継嗣、シャルロット様の婿となられるお方です」


 ラシュレーは、シノブとシャルロットについて、アルノーに教える。

 何しろ20年前から行方不明になっていたアルノーである。シャルロットの存在すら知っているか疑問に思ったのだろう。噛んで含める様に、ゆっくりとラシュレーは説明していく。


「な、なんと……それは失礼致しました!」


 アルノーは慌てて居住まいを正そうとする。しかし(いま)だ衰弱が激しいのだろう、満足に動けぬままだ。


「まだ、回復しきっていません。そのままに。まずは一旦領都に戻りましょう。先代様や姉上も、きっと大喜びしますよ」


 シノブの言葉に、アルノーは大粒の涙を流しながら、何度も頷いていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「アルノー。良く戻ってくれた!」


 シノブ達に連れられて戻ったアルノー・ラヴランを、ベルレアン伯爵コルネーユは温かく抱きしめた。


「コルネーユ様……いえ、お館様。もったいないお言葉で……」


 館に入るなり満面の笑みで迎えた伯爵に、アルノーは恐縮したようであった。しかし彼も20年ぶりの再会に感激しているのだろう、その顔を静かに溢れる涙に濡らしていた。


「アルノー、良く戻りました。お館様、まずはアルノーを休ませてあげましょう。積もる話は、一眠りしてからに致しましょう」


 家令のジェルヴェが、アルノーを休ませるよう伯爵に進言する。

 自身も20年前の戦に加わっただけあり感激も大きいのだろう、ジェルヴェは瞳を涙で濡らしていた。しかし彼は口にしたように、アルノー達を休ませるべく動き出す。

 ジェルヴェはアルノー達の部屋や着替えを用意するよう、別邸の使用人達へと指示を出していく。


「おお、ジェルヴェの言うとおりだ。アルノー、すまなかったね。まずはゆっくり休んでほしい。20年間の事、そしてこれからの事は、起きてからいくらでも話せばいい」


 伯爵の優しい言葉に、アルノーは声も出さずにすすり泣いていた。ジェルヴェは、そんな彼の肩を(いだ)くようにして、用意した寝室へとアルノーを連れて行く。


「シノブ、ありがとう。結局徹夜での帰還となってしまったが、疲れてはいないかね?」


 伯爵の言うとおり、シノブ達は休む暇もなく王都へと戻っていた。時間はおよそ早朝5時。結局、一睡もしないまま、王都へととんぼ返りしたのだ。


「そうです。無事なお帰りに安心しましたが、夜道の往復でお疲れでしょう?」


 シャルロットもシノブの帰還を祝福しながらも、気遣うように彼の顔を見上げた。


「大丈夫です。それに、ラシュレー中隊長やシメオン達は、まだあちらで捜査を続けていますし」


 シノブ達は、一刻も早くアルノーを伯爵の下へと連れて行きたかった。

 彼らを待つ伯爵達に、無事に救出できたと告げたかったという気持ちも大きかった。だが、奴隷を取り戻すか殺害して証拠隠滅を図ろうとする者を警戒すべきだ、というシメオンの意見を重視した結果でもある。

 シノブ達は相談の結果、シメオンとラシュレーを中心に館の調査と奴隷を使役した男達の尋問を現地で行うことにした。

 そしてシノブ、アミィ、イヴァールに加えラシュレーの部下五名が、救出した者を連れて王都に帰還したのだ。


「それなら良いのだが。とにかく早速、監察局にも家臣を走らせたよ。すぐに、ラシュレー達のところに監察官達が兵士を連れて向かうだろう」


 伯爵は、シノブの言葉に頷いた。


「父上、ソレル商会は?」


 シャルロットは、伯爵にソレル商会に踏み込まないのか、と問いかけた。


「そちらも監察官に任せるよ。

いくら勅許状を頂いたとはいえ、あまり出しゃばると後にしこりが残るからね。当家としては、アルノーが取り戻せれば文句はない。手柄を残しておくくらいのほうが、王都の官僚とも上手く付き合えるさ」


 伯爵は、すぐにでも飛び出していきそうな娘を抑えるように、彼女の肩に手を掛けながら言った。

 なにしろシャルロット達、三人の女騎士は、夜も明けていないというのに騎士鎧を着込んだままだったのだ。シノブは、寝ずに待っていたらしい彼女達に感謝しつつも、体調は大丈夫なのかと内心案じた。


「閣下の仰るとおりです。勅許状を振りかざしてベルレアン伯爵家が王都で臨検をすれば、いくら陛下のお許しがあるとはいえ、官僚達も良い顔はしないでしょう」


 アリエルも、伯爵の言葉に同意した。

 確かに、許可があるからといって感情的に受け入れられるとは限らない。シノブも、伯爵や彼女の懸念は、当然だと思った。


「シャルロット、一旦休もう。いずれ王宮からお呼び出しがあるんじゃないかな?」


 シノブは『隷属の首輪』や奴隷について、国王達も多大な関心を寄せていたことを思い出した。

 あの様子では、結果の報告に伺わないわけにはいかないだろう。彼は、そう思っていた。


「その通りだよ。監察官からも報告が行くだろうし、日が昇れば私のほうからも報告を入れる。早ければ午後にも呼ばれるだろうね。

シャルロット。寝不足の顔では、セレスティーヌ殿下や令嬢方に見劣りしてしまうよ。いくらこの国が一夫多妻でも、油断しないほうがいい。シノブだって磨き上げた令嬢に夢中になるかもしれないからね」


 伯爵は、シノブの言葉に頷くと、娘のほうを振り返り、冗談とも本気ともつかない口調で彼女に就寝するよう促した。


「父上の仰るとおりですね……シノブ、それでは失礼します」


 父の言葉をシャルロットは真面目に受け取ったらしい。彼女は深く頷くと、退室すべく(きびす)を返した。


「シャルロット、俺は令嬢達に見惚れたりしないよ!」


 シノブは、婚約者に浮気者と思われたような気がして、思わず呼び止めた。


「シノブ。私は、貴方に相応しい女でいたいだけです。母上とブリジット殿のように、一緒に夫を支える女性が居るのは心強いことです。そして、その方と貴方の愛を同じように分かち合いたい。それだけです」


 シャルロットはシノブに振り向き真っ赤な顔で答えると、足早に退室していった。

 そんな彼女を、アリエルとミレーユは苦笑しながら追いかけていく。


「おやおや、我が娘も少しは女らしくなったね。以前なら『武人に美容など関係ありません!』とでも言っただろうに。まあ、愛する者の側にいられるように努力するのは、いい傾向だよ」


 伯爵の言葉に、シノブはどう答えるべきかわからなかった。どう答えても、彼にからかわれるような気がした、というのもある。


「……それでは義父上、私も失礼します。陛下の前で居眠りするわけにはいきませんからね」


 シノブは、かろうじて言い訳めいた言葉を捻り出し、婚約者同様に彼の下を辞した。

 まだやるべき事はあるだろうが、ともかくアルノー達は無事に助け出した。彼は、大きな満足を(いだ)きながら、アミィやイヴァールと共に割り当てられた居室へと向かっていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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