05.06 家族の手料理 前編
「『コメイチゴ』が15メリー?」
魔法の家のソファーに座っているシノブは、何かで『コメイチゴ』という言葉を聞いたな、と思った。なんだか大昔のゲームに関係する言葉だと聞いた気がするが、彼は詳しく覚えていなかった。
「いえ、米一合が15メリーです」
朝食の後片付けのためキッチンに立つアミィが、シノブに答える。
メリーとはメリエンヌ王国の通貨単位だ。15メリーなら白銅貨1枚に銅貨5枚である。
「で、それって高いの?」
シノブは伯爵家の世話になっているため、あまり買い物をしていない。
これまでに自分自身で買ったものといえば、領都セリュジエールでアミィに買ったネックレスと、セランネ村で買った土産物くらいだ。
日常に使うものに関しては、アミィに手配してもらっている。彼女が「雑用は従者の仕事です!」と主張するのもあり、財布ごと任せている。
また、伯爵家が手配したものを使うことも多く、彼自身が買い物をすることは稀であった。
一方、お金を手に入れるのも、何度か魔狼を狩って革職人に売り渡したくらいである。合計100頭近い魔狼を売ったおかげで、熟練した職人の年収十数年分にも相当する大金を手に入れることができた。
しかし、その代償というわけではないが、結果的にシノブは金銭価値に疎かった。
「そうですね。同じ重さの小麦粉なら2倍から3倍は買えるそうです。ジェルヴェさんが貿易商に頼んで取り置きしてもらったものは、輸入物だけあって高いみたいです」
アミィは嬉しげな様子で応じる。おそらく予定どおり米が入手できたからだろう。
ヴォーリ連合国へと旅立つ前、シノブ達は伯爵家の家令ジェルヴェから米が入手できそうだと聞いていた。米がシノブの故郷の食べ物だと知ったジェルヴェは、貿易商に取り置きを頼んでいたのだ。
「やっぱり高いんだ。でも、ジェルヴェさんが手配してくれて良かったな」
シノブは微笑みながらアミィに答えた。
小麦粉の2倍から3倍と聞いたシノブは、高価であるということだけは理解した。
そもそもシノブは日本にいたときに米を買ったことはあるが、小麦粉がいくらで売っていたかなど覚えていなかった。
「はい、ジェルヴェさんのおかげです。
それと、高いのは仕方ないですよ。ガルゴン王国やカンビーニ王国から運んでますから」
アミィが言うとおり、貿易商から入手したのは隣国から輸送されてきたものだ。
メリエンヌ王国では稲作を行っていない。だが、その南のガルゴン王国やカンビーニ王国では、稲作もごく普通に行われているとジェルヴェから聞いていた。
秋になると王都メリエやその近郊ではガルゴン王国やカンビーニ王国から輸入した米が普通に手に入るし、一部はベルレアン伯爵領にも回ってくる。
「まあ何百km、もしかしたら1000km近くも荷馬車で運んでくるんだからね」
シノブは、ガルゴン王国やカンビーニ王国との距離を思い出した。
ベルレアン伯爵領はメリエンヌ王国の中でも北にある。しかも領都は伯爵領の中央より若干北だ。そこまで荷馬車で運ぶのだから、それなりの上乗せがあるのは当然だろう。
「ジェルヴェさんが言っていたとおり、いくつかの品種がありましたが、平均すると一合が15メリーくらいでした。現地では半額以下のようですが。
昨日ジェルヴェさんが貿易商に声をかけてくれたので、午前中には館に全種類持ってきてくれるそうです」
アミィはシノブのために、早急に米が手に入るようにジェルヴェと取り計らっていたようだ。昨日の晩餐の前に、ジェルヴェに手配状況を確認していたらしい。
笑顔でシノブに今日中に米が入手できると伝えていた。
「ついにご飯を食べることができるな……」
シノブもアミィにつられて笑顔になる。
「あと、もち米もありましたよ。これでお餅が作れます!」
アミィはシノブが喜んだのがよほど嬉しかったのか、満面に笑みを浮かべている。
「そうか! 正月にはお餅が食べられるのか!」
シノブもアミィの喜びが乗り移ったかのように、思わずソファーから立ち上がって大喜びする。
大多数の日本人がそうであるように、彼も正月になると餅を食べていた。遺跡めぐりなど古代史に興味のある彼は、伝統的なものは好きなほうだ。
異世界に来ても正月に餅を食べられるかと思うと、それだけで笑顔になっていた。
「シノブ。その『コメ』とか『オモチ』とか言うのはお主の故郷の食べ物か?」
シノブとアミィの喜ぶ様子に、対面のソファーに座っているイヴァールが不思議そうな顔をしている。
米が何かはわからないようだが『食べる』と言っているから食料品の一種と理解したのだろう。
シノブの側に控えている侍女のアンナも米は知っていたようだが、お餅はわからなかったようで首を傾げていた。
「ああ。米というのは麦のような植物の実だよ。俺の故郷の主食だね。餅というのは、もち米という普通の米とは違う品種の米で作った食べ物さ。新年を祝うときには大抵の人が食べるよ」
シノブは、大雑把にイヴァールとアンナに説明する。
「そうか。故郷の食べ物が手に入るのは嬉しかろう。
それでアミィよ。その米を使った料理はどうやって作るのだ? 麦のように粉にするのなら手伝うぞ」
イヴァールはパンのように粉にしてから調理するのかと思ったようだ。
アミィに製粉を手伝おうかと声をかけた。
「粉にはしないけど、籾殻がついているの? それとも玄米?」
シノブはイヴァールに製粉しないと説明する。
だが、どのような状態で輸送していたか気になったので、アミィに聞いてみた。
「輸入しているのは玄米だと聞いてます。精米しないといけませんね。
イヴァールさん、玄米というのは実から殻を取ったものです」
アミィはシノブとイヴァールに輸送されてくる米について説明した。
「精米か……ビンとかに入れて、すりこぎ棒で搗くんだっけ」
シノブの曖昧な知識だと、玄米を搗いているうちに糠が取れて白米になるはずだ。
「いえ、精米機がありますので」
アミィはさらっと衝撃的な発言をした。
──それってアムテリア様が用意してくれたの?──
驚いたシノブは、心の声でアミィに問いかける。
──はい、領都に戻ってから魔法のカバンを確認したら炊飯器とかと一緒に入ってました──
シノブには、アミィの思念に微かな笑いが感じられるような気がした。
準備の良いアムテリアは、また魔道具を用意してくれたらしい。
「……ああ、そうだったね。どこでもおいしいご飯が食べられるように、魔法のカバンに入れてたっけ。それじゃ精米も問題ないか」
イヴァールやアンナもいるので、シノブは取り繕うように言い直した。
さすがに神様のサポートを受けています、などと仲間にも言うつもりはない。そんなことを言って、もし外部に漏れたら、正気を疑われるか聖人扱いのいずれかだろう。
シノブはイヴァール達を信頼しているが、余計な危険を冒す必要はないとも考えていた。そのため、シノブとアミィは、彼らに伝えないですむことは言わないと決めていた。
「そうか。もし俺に手伝えることがあれば何でも言ってくれ」
イヴァールは、シノブの内心の動揺に気がつくことはなかったのか、変わらぬ様子でアミィに手伝いを申し出た。
「ありがとうございます。料理は私がしますし、お米は魔法のカバンに入れるから大丈夫ですよ。後でジェルヴェさんから受け取る予定です」
アミィはイヴァールに謝意を示すが、彼が手伝うことはなかったようだ。
見知らぬ穀物での料理はイヴァールにはできないし、運搬も魔法のカバンがあれば苦労はない。内部の時間が止まっている魔法のカバンであれば、保存も含めて完璧である。
「お主達にはそれがあるからな。力仕事で手伝うこともできんとは……」
アミィの説明を聞いたイヴァールは、ほろ苦さが滲む笑みを浮かべる。どうやら彼は、現状を少々手持ち無沙汰だと感じているようだ。
「アミィさん、料理は私も手伝います!」
アンナは料理なら自分にも手伝えると思ったのだろう、頭上の狼耳を立て尻尾を揺らしながら元気良くアミィに言う。
その一方で、手伝うことのないイヴァールが、シノブには少し寂しげに見えた。
「……別にイヴァールは荷物運びで雇われたんじゃないから。軍で武術の鍛錬でもしてみる?
俺も魔術指南役になるからには、領軍とかも見て回ろうと思ってるんだ。昨日シャルロットにもお願いしていてね。昼から行くつもりなんだよ」
シノブは、彼も何かすることがないと困るだろうと思い、武術訓練や軍の視察に参加しないかと声をかけた。
彼も早朝の魔力操作の訓練には参加していた。しかしイヴァールは、今日は初日だから魔力操作に集中すると言って、模擬戦に参加しなかった。
シノブは、イヴァールが模擬戦といえど女性のシャルロット達と戦うのを遠慮していたように感じていた。だから、男性軍人のいる領軍へと誘ったのだ。
「おお! 領軍の訓練場にでも行ってみるか!」
案の定、イヴァールは嬉しそうにシノブに答える。
「シノブ様、今日の夕飯は新米のご飯ですからね! 期待してください!」
アミィは、早速夕飯からご飯にするようだ。
片づけを終えてキッチンから出てきた彼女は、シノブに元気よく笑いかける。
「ありがとう! それじゃ一日頑張るとするか!」
シノブはアミィ達と共に、魔法の家を歩み出た。
◆ ◆ ◆ ◆
「シノブ様、丁度ようございました。ご依頼の米を貿易商が持ってきました」
薔薇庭園から伯爵の館へと向かう途中、館から歩いてきたジェルヴェがシノブに笑顔で声をかけた。
「それは丁度良い! それじゃ、これから一緒に行こう!
アミィから聞いて、今日の夕食はご飯にしようかと思っていたんだよ」
ジェルヴェの言葉に、シノブも思わず笑顔になる。
「シノブ様のお国では、米が食事の代名詞となるほど愛されているのでしたね」
「俺の故郷では『お米には七人の神様が宿る』と言われているんだよ。それくらい大事にされているんだ」
シノブは祖父から昔聞いた言葉を思い出したので、それをジェルヴェに伝えた。
「それは……七柱の神々全てが宿るとまで言われているのですか。……さぞかし待ち遠しかったことでしょうね」
ジェルヴェはシノブの言葉に驚いたようだ。
シノブは、大神アムテリア、闇の神ニュテス、知恵の神サジェール、戦いの神ポヴォール、大地の神テッラ、海の女神デューネ、森の女神アルフールでちょうど七柱であることを思い出した。
どうやら、自身の意図以上に壮大な言葉になってしまったようだ。しかし今さら取り消すこともできないだろう。そこでシノブは頷き返すのみに留める。
「さあ、こちらにどうぞ」
ジェルヴェの案内で、一同は館の裏手へと向かった。
裏手にある大きな食料倉庫の中には、二十個近い米袋が積まれていた。ジェルヴェによると、一袋10kgだという。
さらに他にも何かが入った様々な袋が多数積まれている。
「アミィ、こんなに必要なの?」
シノブは思わず驚きの声を上げてしまった。山積みにされた袋が一体何食分になるのかと、シノブは思ったのだ。
「私とシノブ様が一年食べるなら、このくらいは要りますよ。三食全部ご飯にしないと思うので、一日二食で計算していますが、他の方も食べるかもしれませんし」
アミィは、シノブに微笑みながら答える。確かに彼女の言うとおり、一年分ともなればそれなりの量が必要だろう。
「そうか……一年分だもんね。保存は魔法のカバンがあるわけだし、新しいうちに買って仕舞ったほうが良いか。ところで、他の袋は?」
シノブは、アミィの説明に納得し頷いた。
保存は完璧にできるのだ。ならば買い溜めを選択しても何の問題もない。
「折角なので、海の塩とか色々手に入れてみました。この辺には海はありませんから」
アミィが言うとおり、ベルレアン伯爵領には海がない。
和食には海水から作った塩が合うのだろうし、彼女の選択は当然のものといえた。
「なるほどね。調味料だって必要だものね。よく気がついたね、ありがとう」
シノブはアミィの準備が用意周到であったことに感心し、湧き上がった感謝の気持ちを篭めつつ彼女の頭を撫でた。
彼は、これで醤油や味噌があれば言うことはないのに、と思った。
「シノブ様、今日の夕食は期待していてくださいね! 申し訳ありませんが、ミュリエル様の魔術訓練が終わったら、今日は料理に専念したいと思います!
シノブ様には、ほっぺたが落ちるほどおいしいご飯を召し上がっていただきますよ!」
アミィは、シノブに元気良く答える。
シノブに褒められたのが嬉しいらしく、アミィは狐耳をピンと真っ直ぐに立て、尻尾を大きく揺らしていた。その表情は当然、輝くような笑顔である。
それにしても、アミィからシノブの下を離れると申し出るのは珍しい。シノブは、そこに今日の料理に懸ける意気込みを感じ、そこまで自分に尽くしてくれる彼女に心から感謝した。
「アミィ、ありがとう。楽しみにしているよ……」
シノブは、彼女と目線を合わせるために屈み込み、その肩に優しく手を添えながら言った。
彼は、もっと伝えたい言葉があるようにも思ったが、彼女の献身に相応しい言葉が見つからなかった。それに、よけいな言葉は要らないような気がしたのだ。
「シノブ様……そのお言葉だけで幸せです……」
珍しく瞳を潤ませているシノブの様子にアミィは驚いたが、肩に置かれた彼の手を自身の小さな手で優しく包み込むと、そっと微笑んだ。
お読みいただき、ありがとうございます。




