その血の運命
魔族による王都の侵略計画はどうにか阻止することができた。
といっても、俺とフォルトは会場から飛んできたナニカが直撃して寝てただけで、気が付いたら終わっていたんだが……。
いったい何が飛んできたのかは分からないが、なんか気絶してる間に黒いパンストの尻が迫ってくる訳の分からん夢を見たような……忘れよう。うん。
それで事態が解決したかというと、全然そんなことはなかった。
むしろこっからが本番だと告げられた時には頭抱えそうになったわ。
島くらいある冗談みたいにデカい魔獣が魔族に乗っ取られて暴れ出そうとしてるらしい。
タイムリミットはあと1日。それまでに魔獣に取り付いている魔族を引っぺがして殲滅しなければならない。
「島くらいある魔獣かぁ……エサ代が大変そうだなぁ」
「飼おうとすんな。見境なしにも程があんだろ」
「にしても、ネオラさん遅いっすねー。その魔獣のいるところって、そんなに見つけづらいトコなのかな?」
「魔王城のあった島の近くらしいが、位置的にファストトラベルが使えないから自力で飛んでいってるらしい。どこの大陸にも属さない遠い場所だから着くのが遅れるのは仕方ねぇよ」
「飛んでいったって……飛行型の魔獣にでも乗っていったのか?」
「いや自力で飛んでた」
「すげぇ、勇者様って空も自由に飛べるんだなー……」
アレは俺も驚いた。
多分、親父から教わった『魔力操作』の応用で飛んでるんだろうけど、翼も生えてないのに自由自在に飛び回る姿は妙に優雅に思えたな。
……変装用のドレスのままで飛んでったから、危うくスカートの中身を見るところだったが。あぶねぇあぶねぇ。
「まあ、私も飛べるんだけどねー。ほら、すごいっしょ?」
「……え?」
「は? ……はぁ!?」
当たり前のように自分も飛べる宣言をしたかと思ったら、イツナの体が宙に浮いた。
さっき飛んでったネオラさんと比べるとフラフラしてぎこちないが、確かに浮かんでいる。
……まさかコイツ、魔力操作を……!?
「テメェいつの間に! まさかお前だけ親父から習ってたのか!?」
「違う違う、さっきの戦いでちょっと死にかけた時になんかこう、なめんなコノヤローって勢いでやってみたらなんか使えるようになったの。ドヤァ」
「ど、どうやって飛んでるんすかソレ!? 空飛ぶスキルなんて天駆くらいしかないはずなのに……!」
「魔力操作ってやつでね、スキルを使わず魔力を直接操作する技で―――」
「イツナ! ソレ言っちゃダメだって言われてただろ!」
「フォルトにならいいでしょ。いまさら他人行儀にすることもないじゃん。こっから死地で背中を預ける相手に野暮な隠し事はしないほうがいいってば」
……まあ、一理ある。
『コレは下手に広めていい技術じゃない。悪いが教えるつもりはないし、仮に自力で使えるようになっても極力他人には話すな』と釘をさされてはいたが、もうフォルトは他人と言えるような関係じゃないし。
「……なんだかよく分かんねぇけど、その魔力操作ってヤツが使えりゃ空が飛べるようになるってことか。ならオレもそれを覚えれば、空を飛べる……!?」
「つっても、あんまりレベルが高いと覚えづらくなるらしいから難しいと思うよ?」
「そ、そっすか……残念っす」
「まあレベルの低いユーブはすぐ覚えられるかもねー」
「うっせ」
「これでますます差が広がってしまいましたなぁー? 羨ましいなら教えたげよーかぁ? ん? 言ってみ? 教えてくださいって言うてみー?」
「いらん」
「ぶー。なーんで悔しがるでもなくそんなよゆーしゃくしゃくなのさ。つまんねー」
ここまで露骨に挑発されると逆に腹も立たんわ。
俺には気力操作があるし、魔族と戦うにゃこれで充分だ。
しかし、それとは別に大きな戦いの前なのにちょっと不安要素がある。
鉱山都市で買った間に合わせの剣(ミスリル製)を装備してるが、こんなもんじゃまた魔族に壊されるかもしれない。
「……いざとなったらネオラさんに頼んで、もっと頑丈な剣を貸してもらっておいたほうがよさそうだなこりゃ」
「んー……あ、そういえば王都になんかすっごい武器屋さんがあるらしいけど、ちょっと寄ってみたら? 丁度ここから近いし」
「俺も聞いたことあるけど、なんか胡散臭いからパス」
「えー、面白そうなのにー」
お前が面白がってんのは武器じゃなくてそれに振り回される俺にだろーが。
この王都に5年前くらいからなんか妙な武器工房商売してるって話だが、人によって絶賛したり酷評したり評価が二分している。
いずれの客も『武器のクセが死ぬほど強い。いや比喩じゃなくてマジで死ぬ』と口を揃えて言っているらしいし、ンな店に行く気にゃならねぇっての。
「まあネオラさんならいい武器の1本や2本持ってるだろ。帰ってきたら頭下げて貸してもら―――」
会話の最中。
ドスッ と音を立て、目の前の地面に何かが突き刺さったのが見えた。
「……っっ!!?」
「うわ、なにナニなに!?」
思わず全身総毛立った。
目の前に降ってきたのは、妙な形をした1本の剣。下手すりゃ串刺しになってたところだ。
さらに
「ぐほぇあっ!!?」
「ゆ、ユーブ!? ……え、誰?」
「ふ、ふふふ……なんだか懐かしい気分であるな……グフゥ」
ガキィン という鋭い金属音とともに、背中に鈍痛。
頭上から誰かが降ってきたらしく、墜落した際に俺を下敷きにしやがった。
今日だけで何回下敷きになってんだよ俺……。
落ちてきたのは、ハンマーを片手に持った銀髪の中年だった。
大工か鍛冶屋かなんかか? 妙に美形なのがなんか腹立つなコイツ。
「……向こうのほうから吹っ飛んできたみたいだが、何があったんだこりゃ?」
「ふ、ふはは……新作の試運転をしていたらウッカリやらかしてしまってな……ああ、前にもこんなことがあったなぁ……」
「新作? コレのこと?」
不思議そうに地面に突き刺さった剣を指さすイツナ。
コイツ、鍛冶屋か? ……なんで剣の試し切りでこんなことになるんだか。
「……おや、誰かと思えば……マイ・カスタマーではないか……なんだか若返っているような気がするが……」
「違ぇわ。人違いだっての」
「ふふふ……丁度いい……それを、その剣を、君の御子息に……ガクッ」
「あ、死んだ」
「いや死んでねぇよ! 気ぃ失っただけだっての! ……このオッサン、俺を見るなりマイ・カスタマーとか言ってたが、コイツも親父の関係者なのか?」
「ホントに顔が広いねぇパパは」
親父の知り合いにゃこんな変人までいるのかよ。こわ。友達選べ。
……にしても『剣をご子息に』って、まさか親父が俺用の剣でも注文してたのか?
剣身は黒い峰に赤い刃が接合されていて、よく見ると峰の部分に血管のような植物の葉脈のような、奇妙な回路が刻まれている。
鍔はいやに広く、握りは比較的まともだが柄頭にも何か妙な石が付いた螺旋状の機器が取り付けられていた。
「……この剣、なーんか怪しい機器が付いてて妙に禍々しいんだけど」
「悪いこと言わねぇからやめとけ。嫌な予感がするぜ」
「そ、そうだな……」
さすがにコイツを持っていくのはちょっと……。
やっぱこのミスリルの剣だけでいいか……ってあれ? 妙に背中の剣が軽いような……げッ!?
「お、折れてる……!? なんで!?」
「……さっきそのオッサンが墜落した時に折れたんじゃねーのか? なんか金属音が鳴ってたし、手に持ってるハンマーが剣に当たったんだろ」
「うーわ、根元から折れてるし。ダメだこりゃ、諦めてソレ持ってきなよユーブ」
最悪だ……!
なんでこの剣を持って行かなきゃならねぇ流れが出来上がってんだよ!? おかしいだろ!
くっそ、仕方ねぇ。こうなったらこんな怪しい剣でも覚悟決めて持ってってやるわクソが!
……うわ、しかもこの剣すげぇ手に馴染むんだが。逆になんかヤダな……。
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「あ、ごめんねすぐ来てくれる? はいはいはい、君も来てね。え、他の依頼中? んなもん置いとけ。いいから来い」
『随分強引な誘い方ですねぇ。パワハラでは?』
「アンタが言うな! こちとら世界中の猛者かき集めて奔走してる真っ最中だっつーの! いらん茶々入れてくんなや!」
『はいはい。ああそうそう、今回の件にアルマを誘うのは遠慮してください。妊娠初期って割と流産しやすいらしいので』
「言われなくても呼ばないよ。魔族がいるところに今のアルマちゃんを近づけるのは避けたいからね」
『ご理解いただき感謝します。こっちも義父さん義母さんにレイナとラディア君、あとヒヨ子にも連絡を入れておきました』
「ついでに君の教え子たちにも頼んどいて。あの島、かなり広いから人手はいくらあっても足りないかもしれないし」
『んー、ルルベル、ジルド君、メイバールはともかく、他二人は通信に応じてくれるか不安ですねぇ。繋がりさえすれば『来なきゃコロス』って言ってすぐ対応させるんですが』
「おい数十秒前にパワハラとか言ってたのは誰だ。……それと、君の子たちにも対処に回ってもらうけど、いいよね」
『無論。ちょっとハードな依頼ではありますが、まあいい経験になるでしょう。もしかしたらジュリアンに頼んどいた剣も届いてるかもしれないし、肩慣らしには丁度いい』
「ジュリアンって……あの変t 芸術武器工房の?」
『はい、お察しの通り変態イカレポンチマッド武器工房のジュリアンです』
「そこまで言ってねーよ。……ユーブ君、かわいそ。あんなトコの武器なんか使わせちゃ絶対大怪我するでしょ」
『大丈夫大丈夫。私の息子ですから』
「息をするように最強の説得ワード言うのやめろ」




