私は幸せに生きている。そして、新たな人生の始まりが―――
今回でセレネ視点は一旦終わりです。
次回からはカジカワ視点でこれまで何やっていたか舞台裏での行動を描きつつ、この小説の終わりへと繋げていきたいと思っております。
できればもうしばらくお付き合いいただけますと幸いです。
日本、そして旭との決別を果たしてから一年弱。
私は、この世界で冒険者として生活している。
メニューのサポートがあるとはいえ、決して楽な仕事ではない。
まず生活費分の稼ぎは絶対条件。
装備やポーションの費用に、高機能の魔道具を買うための貯金をしていると、どれだけ稼いでも稼ぎすぎるということはない。
金銭問題だけでも頭を抱えたくなるが、他にも考えることは山ほどある。
炊事や洗濯、経理なんかの仕事は基本的にほぼ私がやっている。
というのも、パーティでまともに事務や雑用ができる人間が私くらいしかいないという問題が……。
今の私はローアにもう一人を加えた三人のパーティで活動していて、一人はドジで気弱で肝心な時にしか役に立たない。もう一度言う。一人は肝心な時にしか役に立たない。
ローアは論外。あいつに金の管理なんか任せたら勝手に何を買ってくるか分かったもんじゃない。
……消去法で一番仕事が多く回ってくるのはこの世界でも同じか。滅べ。
本当にメニュー機能が無かったらと思うとゾッとする。
何が危険で何が有用なのか、一つ一つ頭に叩き込んだうえで最善の行動をとらないとすぐに命を落としかねない。
アイテム画面がなければ高価なアイテムバッグを購入するための費用が必要になるし、それだけで何か月分もの貯金が必要になるだろう。
自分だけズルしているようで少し罪悪感はあるが、頼れるものは頼らせてもらっているのが現状だ。
≪別にそれでいいだろう。勇者や梶川氏も当たり前のようにメニューに頼っているだろうに≫
そもそもメニュー機能は勇者が魔王討伐なんて大役を成すために必要なものなんだろう。
梶川さんはいきなり身一つで放り出されたんだから、それくらいの特典がなければまず生き残ることすらままならなかっただろうに。
……いや、もういいか。お前の言う通り細かいことに拘っていても気が滅入るだけだ。
それより今日の献立でも考えながら買い物を済ませてしまうとしよう。
≪随分と前向きになったな。赤ん坊のころから何かというとすぐに悩み拗らせてどこか卑屈だったのが、こうして深く考えすぎない軽い性格になってくれたのが嬉しいよ≫
……褒めてるようで実はバカにしてるなお前。
お前こそ梶川さんのメニューに比べて随分と感情豊かなようだが、そもそもお前はどういう出自なんだ?
≪今更だな。……神が作った、ということくらいしか私には分からない≫
神?
え、この世界には本当に神がいるのか? 嘘だろ?
≪いや、この世界の神ではないのだが……まあ深く気にする必要はないさ。どうせ見ているだけで何もしてくれないだろうし≫
……とりあえずそいつがろくでもなさそうなのは分かった。
不干渉でいるというのであれば、それも気にしないでおこう。
そんな忙しく余裕のない生活ではあるが、それでも充実していると思える。
誰かとともに生きていく。それだけで、私は幸せなんだと。
「セレネさん、依頼達成の報告してきました!」
「ああ、お疲れ」
「今回の報酬で魔石コンロが買えますね、ローアさんも喜びますよ!」
「そうだな。前に野宿で火がうまく点けられなかった時の食事は酷かったからなぁ……」
ギルドのほうから駆け寄ってきたのが三人目のメンバー『ミルティム』ことミルム。
絹のようにきめ細かい金髪にルビーを思わせる赤い瞳、小動物を思わせる華奢な風体で、外見だけならどこに出しても恥ずかしくない美少女に見えるだろう。
だが男だ。
どこからどう見ても女にしか見えないが、こいつは男だ。
しかも母親似なのかと思いきや、まるで双子だと思わせるほど父親に似ていた。
というか、母親かと思ったら父親だった。なんだあの超美人は。
その父親はまだ男らしい口調だったからまだマシだが、この子は気弱なうえに丁寧な口調なのが女の子っぽさに拍車をかけていてタチが悪い。
それでも戦闘時には非常に頼りになるのがまた奇妙なギャップを生んでいる。
「ところでローアさんはどこへ ヒェッ!?」
「……セフレとイチャイチャするな、泥棒猫」
「うわ!? ろ、ローア、気配を消して近付いてくるのはやめてくれって何度も言ってるだろ。心臓に悪い……」
噂をすればなんとやら、ローアがいつの間にか私の手を取りながらミルムを睨みつけていた。
「セフレ、こっちに下がって。このメスネコと二人きりになるとどうなるか分かったものじゃないから」
「しませんよ! というかメスネコ!? 僕は男ですよ!」
「毎日さんざん男からナンパされてるくせによく言う。こっちはセフレを誘惑して襲わせるつもりじゃないかって気が気じゃない」
「そんなことしませんよ! あと男の人に誘われることを言うのは止めてください死にたくなりますホントにやめて」
「……当たり前のように私が襲う側で話を進めるのは止めろ」
いつもこんな具合にローアが牽制して、それにミルムが半泣きでツッコミを入れるのに挟まれるのが日常となってしまった。
ローアはいい加減彼女面するのは止めろ。ミルムも男だというならもう少し強気になって反論しろ。
「そういえば、ユーブたちが明日帰ってくるって、さっき通信があった」
「なに?」
「ユーブ……お兄さんが?」
ユーブとイツナは成人してからすぐに第一大陸の冒険者ギルド本部へ向かっていた。
年齢に不相応な実力を持っていると、どっかのアホハゲ貴族よろしくそれ目当てに擦り寄ってくるバカがいるかもしれないから、早めに高ランクの冒険者章を発行するためだとか。
一年もあればSランク冒険者になれるだろうという見込みで本部からの直接依頼をこなし続けているらしい。
急な別れに寂しくも思ったが、彼らの今後を考えるとそれが最善の選択だったとも思うので止めようとは思わなかったが、明日その彼らが帰ってくる。
それを聞いて、胸の内からジワジワと何かが広がっていくような感覚を覚えた。
不安なような、嬉しいような、なんとも言えない気分だ。
……あとミルム、顔が完全に恋する乙女なんだがお前はどういう感情でそんな顔してるんだ。
「ユーブが好きなの? なんだ、男が好きなら警戒する必要なかった」
「違います。冗談でもやめてください。僕は普通に女の人が恋愛対象です」
「そう。ならセフレに近付くな」
「なんでですか!」
「でもユーブが帰ってくると聞いてすごく嬉しそうだったじゃないか。そんなに仲が良かったのか?」
「いえ、ただ、お兄さんは僕を一目で男だと見抜いてくれて、それがすごく嬉しくて印象に残ってるというか……」
……印象に残るハードルが低すぎる。
いや、この子の場合はむしろ滅茶苦茶高いのか……?
「ユーブたちに会うのは久しぶりだけど、どれだけ立派になってるか楽しみ」
「案外、何も変わってないかもしれないけどな」
「きっと、もっと格好よくなってますよ!」
「そうだといいがな」
私は、私たちはユーブたちみたいに、さほど特別な存在でもない。
それでもこの生活が、この生き方が私にとって唯一無二の大切なものであると、今では胸を張って言える。
ユーブたちがそのきっかけを作ってくれたようなものだから、だから……帰ってきたら、意味が分からないと言われようとも、伝えようと思う。
私と友達になってくれて、ありがとうと。
「ところで随分急な話だったが、こっちに帰ってくるのはもうSランクになったからなのか?」
「それもあるけど、妹の顔を見るために帰るって言ってた」
「……は? 妹? 誰の?」
「ユーブたちの。昨日、産まれた」
ちなみにセレネについての伏線は『閑話 魔王《勇者》の罪と罰』にてチラッと書かれていたり。誰も覚えてなかったかもだけど。




