父の姿と言葉
ユーブたちとつるみ始めてからおよそ二年ほどが経った。
成人まであと三年ほどあるが、いろいろな意味で焦りを感じ始めている。
というのも、まるでユーブたちの両親の情報が掴めない。
母親のほうは何度か顔を合わせることがあったが、ステータスの他に『プロフィール』という第二のステータスを扱っていること以外、何も分からないんだ。
それすらメニュー越しに見なければ分からなかったことだが、過去の活動記録などを調べようにも不自然なまでに情報が見当たらない。
おかしい。
ローアの両親、剣王と大魔導師の活動記録などは有名人ゆえか簡単に調べることができたし、むしろ記録が多すぎて内容を確認するのが大変なくらいだった。
それすらしのぐレベルを誇るユーブの母親の情報は、ほとんど閲覧できなかった。父親の情報もない。
分かったことは10年近く前までは『3人に魔獣が一匹加わったパーティで活動していた』らしい、ということくらいだ。
それすら冒険者ギルドではなくユーブたちを通して知ったことだったことから、何かしらの情報統制が敷かれているとしか思えない。
逆にマイナーすぎて情報が手に入らない可能性も考えたが、それはまずないだろう。
あれほど高レベルの人間は他に見たことがない。Lv112もの強さであれば、有名どころか軽く伝説となるほどの強さだ。
情報が隠されている理由はなんだ……?
≪ここまで不自然に情報が入ってこないとなると、国家転覆を目論んだとか社会システムを崩壊させうるほどの凶悪な事件を起こしたとか、それらの存在そのものが禁忌とされるほどの理由があるのかもしれないが……そうは見えないな≫
メニュー、お前はこの世界の情報をある程度検索することができるんだろう? 何か知らないのか?
≪少々言いにくいことだが、まだ成人前でレベルの概念すらない君には最低限の機能しか解放されていない。君のレベルが高くなるにつれて検索できる範囲も広がっていくだろうが、現時点では調べられないようだ≫
……今の状態でも充分役に立っているし、これ以上の機能を望むほうが贅沢か。
できれば成人する前になんとか日本への足取りを掴みたいものだが、現状では手詰まりといったところか。
≪ただ、直接視認すれば相手がメニュー機能を扱えるかどうかは分かるはずだ。そしてユーブたちの母親はメニューを使っていない。つまりは転生者でも転移者でもない≫
それは分かる。唇の動きを見れば明らかに日本語ではなくこちらの世界の言語を話しているしな。
となると父親のほうがどうなのか、といったところだが生産職では行動範囲も限られているだろう。
仮に転移者や転生者だったとしても日本への帰り方を知っているとは考えにくいし、望みは薄いと見るべきか……。
≪まだ生産職と確定したわけではないだろう? これまでタイミングが合わずに会えなかったというだけで、直接会ってから判断してもいいのでは?≫
私だってそう思うが、どうにもうまくいかない。
日中に姿が見えないから夜中にこっそりとユーブたちの家へ偵察へ行ったことも何度かあったが、そんなときに限って家に帰ってきていなかったり、まるで狙って私を避けているんじゃないかと疑いそうになるほど間が悪い。
……ユーブたちの親にこだわらずに、他から日本への帰還方法を探してみるべきなのかもしれない。
「セレネも大分実戦に慣れてきたな。成人前だってのに、よくそこまで動けるもんだ」
「……ユーブやイツナに言われても、お世辞にしか聞こえないぞ」
「俺たちと比べんなよ、セレネはセレネだろ」
今日はユーブと魔物討伐……の訓練のために、魔獣のテリトリーの浅層で弱い魔獣相手に実戦形式での鍛練をしている。
成人前に魔獣を討伐しても基礎レベルの概念がないため経験値は入らないし、弱い魔獣相手じゃ討伐報酬もさほど多くない。
しかし、実戦経験があるというだけで成人後には大きなアドバンテージになるし、なによりスキルの熟練度は上がっていくためステータス的にも決して無駄にはならない。
「しっかし、セレネのスキルの種類ってすげー多いよな。どうやったらそんなに色々と獲得できるんだ?」
「何も難しくはない。片っ端から色々と手を付けているだけだ」
「普通、半端に手を付けてもスキルを獲得する前に向いてないのが分かってやめちまうのに、多才だなー」
「……まあ、戦闘職になれば半分近くはなくなってしまうだろうけどな」
この世界では成人する際に戦闘職か生産職かを選ぶ必要があり、戦闘系の職業を選ぶと生産系のスキルを全て喪失してしまう。逆もしかり。
ただ、私の場合は前世での経験がそのまま活かせているようで、おそらくスキルがなくなったとしても、多少の影響はあれど料理や裁縫ができなくなるわけではないらしい。
となれば、戦闘系の職業を選んで自衛ができるようになっておくほうが有利に生活できるだろう。
「私からすれば、ユーブとイツナが大人顔負けに強いことのほうがよほど不思議なんだがな」
「そのへんは俺たちもよく分かんね。母さんなら何か知ってるかもしれないけど、教えてくれないんだよな」
「それに、攻撃魔法スキルがLv2なのに何種類もの魔法を使えているのもおかしいと思うんだが……」
「んー……そのへんはちょっと俺にもうまく説明できねーんだよなー。スキルとは別になんか使えるっていうか、なんかステータスに書かれてない隠れてる力があるっつーか……」
その隠れてる力というのが『プロフィール』という項目に表示されている力なんだろう。
プロフィールの職業能力値とやらがそのままステータスの能力値に相当すると見てよさそうだ。
さらにこの2年で徐々に増加しているのだから恐ろしい。私と出会った当時は600強ほどだったのが、今では800を超えるほどの能力値を誇っている。
平均能力値800もの冒険者となると、大人でもそうそういるものじゃない。膂力だけなら上級職に匹敵するほどの力を既に身に着けていることになる。
その力は、この世界のものではない。
メニューが言うにはこの世界とは異なる世界の力らしいが、いったいどうやってそんな力を身に着けたのか。
……そろそろユーブたちの親に直接聞いてみるべきなのかもしれないな。
「こんなバカ力が使えるってことを知られると余計なトラブルを招くかもしれないから、なるべく人に見せびらかさないように言われてるんだ。だから……」
「誰にも言いふらしたりはしないさ。……言う相手もいないしな」
「そ、そうか。なんか、ごめんな……」
……悲しくなってくるから謝らないでくれ。
「ユーブたちの強さの秘密に興味がないわけじゃないが、私としては自衛ができるくらいに強くなれれば充分だ。父さんくらいのレベルがあれば、充分に豊かな生活ができるしな」
「セレネの親父さん、かなり強そうだよな。俺もあんな感じの大人になりてぇなー」
「……そういえば、ユーブのお父さんはどんな人なんだ」
互いに父親の話を聞く形にして情報を得ようとしたが、ユーブは苦々しく顔をしかめてしまった。
……もしかして、この子にとっては地雷の話題なのか?
「……別に。ただのナヨっちい優男だよ。いくら生産職だからって、ありゃちと男気っていうかプライドがねぇにもほどがある」
「あまり好きじゃないのか?」
「嫌いだね。優しい父親っぽく見せたいのかもしれないけど、度が過ぎてる」
「……例えば?」
「何年か前にどっかの貴族のボンボンがいちゃもんつけてきて、親父は何も悪くねぇのにペコペコ頭下げて謝ってやがった。何度も殴られながらな。見ててじれってぇからそのボンボンを俺がぶん殴ってやろうとしたら、『やめろ』って大声で止めやがるし」
「それは……」
「悪いのはあっちなんだし、先に親父へ手ぇ上げたのもそのボンボンだった。こっちが殴り返しても正当防衛だろうに、何の抵抗もしなかった。仕返しされるのが怖いなら、俺が全部ぶっ倒してやってもよかったのに……!」
……ユーブの父親は余計なトラブルを起こさないために抵抗しなかったんだろうが、それがこの子にとっては腰抜けの泣き寝入りに見えたようだ。
私からすれば決して間違った判断ではないと思うが、この子にとっては……。
「なんでやり返さなかったんだって言っても、『権力や力任せにわがまま放題している人間がどれだけ迷惑か分かっただろう。それをよく見ていてほしかった。お前とイツナはとても強い子だが、その強さを振り回してあんな人間と同じようになってほしくないから、よく覚えていてほしい』だとよ。そんなこと教えるために、わざわざあんなに殴られてたってのかよ。弱虫が」
「随分と我慢強い人のようだな」
「意気地なしの間違いだろ。しかも殴られたことなんてまるでなかったかみたいにケロっとしながらさっさと話を切り上げやがったし」
「打たれ強いんだな」
「ただの痩せ我慢だろ。……ま、そのボンボンが去り際に盛大に足を滑らせてすっ転んで、あちこち骨が折れるくらいボロボロになってやがったのを見て少し気が晴れたけどな」
「はは、きっとバチが当たったんだろう。不摂生が祟って骨が弱くなってたのかもな」
「長々話しちまったみてぇだが、そんなわけであんな弱虫の親父は俺ぁ嫌いだね。……もういいだろ? 今日はもう帰ろうぜ」
「ああ」
理不尽に暴力を振るわれようとも、我が子の教育のために手を上げない父親か。
確かに頼りないと思われても無理はないかもしれない。常人よりずっと強いユーブからすればなおさらだろう。
……だが、父親の言っていたことをちゃんと覚えているあたり、その言葉はしっかり血となり肉となっているようだ。
「体が汗でベタついてるな……汗臭いし、帰りに銭湯にでも寄っていくか」
「おう、サッパリさせよ……う、ぜ……」
「? 顔を逸らしてるが、どうした? しかも顔が赤いぞ」
「……服が汗でびしょ濡れで、透けてんだよ。頼むからなんか羽織ってくれ」
「?!」
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「はぁ……あの日以来、ユーブがまともに口を利いてくれないなー……」
「……後悔してる?」
「いや、これでいいよ。俺が意気地なしの弱虫だって嫌われていても、ユーブはちゃんとまっすぐに育ってくれているんだから」
「そう。それで、いつまで弱いふりをしているつもりなの?」
「状況によるさ。極端な話、一生弱いままだって思われててもいいよ」
「ローアには格好つけて色々と見せてるくせに、自分の子には秘密にしておくのね」
「うぐっ……あれはとにかく元気づけようとしただけで……」
「そのせいであなたと結婚したいだなんて言い出してるのよ? 少しは加減すればよかったのに」
「いやまさか四半世紀も年齢差がある義理の兄に惚れるとは思わないだろ。もう俺40近いオッサンなんですけど」
「年が離れていても、あなたは素敵に見えるわよ。それは私が一番分かっているわ」
「おっふ、不意打ちは卑怯でしょ……お前だって、ずーっと綺麗になり続けてるだろうに」
「それでしょ。そういうことをサラッと言うからローアまで……」
「……何この夫婦喧嘩みたいな惚気合いは。砂糖吐きそうなんですけど」
権力や暴力に訴えて好き放題するような人間になってほしくない!
でもそれはそれとしてボコられてムカつくから報復はするスタイル。小物。




