しつけ
コーヒーを啜りながら朝刊を眺めているが、新聞の内容やクオリティは日本のものと大差ないように思える。
『写像機』というカメラに該当する魔道具も存在するので、フルカラーの写真付きでスクープを楽しめるのは正直ありがたい。
テレビがないこの世界での貴重な情報媒体だが、今日のニュースはあまり目にひくものはなさそうだ。
スマホや腕時計のような、日本関係の異物が発見されるニュースがごく稀に発信されることがあり、その中に私の物がないかを探しているのだが、これまでそれらしき物はなかった。
せめてあの髪飾りだけでも見つけたいものなのだが……。
今日の一面記事は『悪徳男爵、仕置き人ギルドによってあわやバターに』という訳の分からないことが書いてあった。
……目を引くタイトルではあるのは認めよう。
とある男爵が平民たち相手に詐欺を繰り返していて、それらの証拠を権力によってもみ消して泣き寝入りさせていたが、それを『仕置き人ギルド』という組織に通報され、被害者たちの証言のまとめに加えどうやったのか物証などの詳細、さらにほかの余罪までもを国へチクられたらしい。
それだけでも破滅が確定しているようなものだが、仕置き人ギルドの恐るべき点は国の法によって合法的に裁かせるための証拠集めの手際などではない。非合法的な制裁を対象に加えることにある。
屋敷内へ侵入してあらゆる警備を無力化し確実にターゲットへと辿り着き、あるものは髪の毛を一本残らずブチ抜かれ、あるものは顔中の穴という穴に練りわさびを注入され、またあるものは全身に……省略。
今回は簀巻きにしたうえに勢いよく回転する魔具へ括り付けて一晩中振り回し続けるという制裁を―――
……読んでいて頭が痛くなってきた。なぜこんな記事を読んでいるんだ私は。
『仕置き人ギルド』は私が生まれる前くらいから活動を開始した組織らしいが、その詳細は謎に包まれているらしい。
活動内容は名前の通り悪質な所業を行なう連中への仕置き人稼業で、『この組織に目をつけられた者は例外なく破滅する』と裏稼業の人間や汚い金を動かしている貴族連中にとっては目の上のたんこぶだ。
どれほど対策を練ろうともその全てをぶち壊され、確実に破滅させられるものだから、後ろ暗いモノを抱えている連中には恐怖以外の何者でもないだろう。
暗殺者ギルドに近い組織に思えるかもしれないが、決して対象の命までは奪わないところで一線を画している。……ある意味死んだほうがマシな目には遭うが。
誰がどうやって運営しているのかも分からないし、冒険者ギルドや暗殺者ギルドのグランドマスター、果ては五大陸全ての国王すら苦笑いしながら関与を否定していることから真っ当な組織ではないようだ。
いわば非公式の正義の味方とでもいうべき組織であると世間からは認識されているようだが、この組織のやっていることも普通に犯罪行為だろうに。
しかしこの組織を法の下にて裁こうにも、ギルドや国の組織が本腰を上げて捜査しようとしないので誰も足取りを掴めないらしい。
……結局ガッツリと記事の内容を読んでしまった。悔しいが、エンタメとして普通に面白く思える。
「随分と熱心に読んでるのね、そんなに面白いニュースがあったの?」
「……まあね」
ついつい読み込んでいると、母さんが新聞を覗きこんできた。
普段は本や新聞なんか読まないのに、最近は私が読んでいるところを覗いてくることがある。
他の人間なら鬱陶しいだけだが、まあ母さんなら許す。
「おー、仕置き人ギルドの記事か。俺もその記事が大好きでな、こないだもどこかの子爵の悪事を暴いて―――」
「父さん、ウザいから覗いてこないで」
「ひどくないか!? 母さんはいいのに!?」
ただし父さん、アンタはダメだ。
横から入ってきて聞いてもないことをベラベラ話すのはやめてほしい、
≪そう邪険にしなくともいいだろうに……あーほら泣いてしまったじゃないか≫
いい歳した大人がちょっと冷たくしたくらいで泣くな。鬱陶しい。
はぁ、仕方がない。今日の用事が済んだらお土産でも買って帰って機嫌を直してもらうとしよう。
今日はイツナにアプローチをかけてみようと思っているが、正直言ってあの子は少し苦手だ。
ある意味ローア以上にマイペースというか、我が道を行くスタイルで余計なトラブルを引っ張ってくることも多々ある。
特に魔獣が絡むと手に負えない。
重度の動物好きで、もう人間以外の動物なら何でもいいんじゃないかと思うほどにあらゆる動物や魔獣を『可愛い』と言いながら愛でようとする。
どこから連れてきたのか、目の前で大型の熊魔獣を撫でまくっていた時には血の気が引いた。
≪名は体を表すとは言うが、少々度が過ぎた慈愛ぶりだな≫
? イツナの名前がどうかしたのか?
≪『慈しむ』と愛を表す『ティナ』を合わせてイツクティナ、即ち慈愛という意味を込めて名付けられたと推測できる。日本語とこの世界の古文を合わせられているようだ≫
……日本語由来の意味が混じっているのか。
となると、やはり親の片方が日本人か転生者の可能性が高いと見るべきか。
≪ちなみに『ティナ』の頭に『マ』を加えると永遠の愛、『ラ』を加えると唯一の・貴方だけの愛といった具合に様々な形に派生するのだが、文字一つで大きく意味が変わるのは実に面白いと―――≫
聞いていない。父さんじゃあるまいし、余計な補足を入れてくるんじゃない。
≪しくしく≫
今日はイツナたちの家へ遊びに行くという体で上がらせてもらったが、思えば彼女たちの家へ入るのは初めてだな。
玄関をノックすると、ドタドタと音を立てながら家の中からイツナが顔を見せた。
「いらっしゃーい! どうぞどうぞ上がってー!」
「あ、ああ。……今日はイツナだけなのか?」
「うん。ユーブは他の友達と遊びに行ってるし、お母さんはちょっとギルドに呼ばれてるみたいだから」
「そうか。……お父さんは?」
「さあ? 仕事だと思うけど、いつも何やってるんだろうね」
……父親の仕事の内容を把握していないのか。
少々他人行儀に思えるのだが、一般的にはこれが普通なのか?
≪君も父親に対しては基本塩対応だろうに。まあ娘の父親への態度なんてそんなものだと思うがね≫
冷たいな。……帰ったら父さんにもう少し優しく接してやってもいいかもしれない。
家の中に上がり、茶室にてお茶と菓子を出してもらうことに。
その間に、家の中に何か日本由来の物がないか見回してみたが、どれもこの世界で作られた物品ばかりで特におかしなものはないようだ。
……いや、よく見るとカーペットや革製品に使われている素材がSランク上位の魔獣から作られる超高級品だったり、一般家庭に似つかわしくないものがちらほらあるが。
それもメニューや鑑定ごしにしか分からないほど使い方がさりげない。……随分とぶっ飛んだインテリアだな。
「お待ちどー。遠慮せず貪るがいいー」
「……ああ、いただくよ」
菓子もどうやらイツナの両親が作り置きしていた物を出しているようだ。
日本の駄菓子でも出てくるんじゃないかと少し期待していたが、当てが外れたか。
……あ、美味い。出されたフィナンシェのまるで焼き立てのように絶妙に軽くサクサクした食感と中身のふわふわしっとりとした柔らかさ、そしてよく引き立ちかつしつこくないバターの風味と上品な甘さ加減が素晴らしい。
「うま。今日のはお父さんが作ったらしいけど、マジでうめーなコレ」
「お父さんは、パティシエなのか?」
「うんにゃ? お料理やお菓子作りはあくまで趣味らしいけど、コレも普通に店で売れるレベルだよねー。あーうめー」
生産職なのか、それとも戦闘職でギフトを持っているのか。
……あるいは、私のように日本での技術をそのまま扱えるのか。
直接会ってみなければ判断がつかないな。……それはそれとして、本当に美味しい。
≪ちなみに、一つ当たり約200キロカロリー程度だからあまり食べすぎると太るぞ。現在、ミルクティーと合わせて700キロカロリーほど摂取して―――≫
黙れ。幸せな気分に水を差すんじゃない。
……下手をしたら豚みたいになるまで手が止まらなくなりそうだ。名残惜しいがこれくらいでやめておこう。
「イツナのお母さんは冒険者みたいだが、お父さんも冒険者?」
「んー、一緒に冒険者やってたって話は聞いたことあるけど、荷物持ちとか普段の食事なんかの準備をしたりとかなんか雑用ばっかやってたって言ってたけど、詳しくは知らないねー。今はあんまり冒険者としては動いてないみたいだけど、ホントに何やってんだろ?」
荷物持ちに炊事か。となると、やはり生産職か?
というか、本当にイツナは父親に対してあまり興味がないように見えるんだが……。
「それよりさぁ、五日前くらいにウチのヒヨサワちゃんが温めてたタマゴが孵化したんだけど、生まれた子がとっても可愛いんだ! セレネもちょっとモフってみなよ、トブぞ!」
「あ、ああ……?」
イツナの家ではニワトリ型の魔獣を10匹近く飼っていて、タマゴを温めていたり親として子を育てているニワトリ以外は、騒音対策として常時『幼生擬態』を発動させてヒヨコ型の状態で生活させているらしい。
今更ヒヨコが一羽増えたところで大して変わらないだろうに……。
などと思いながら鶏小屋へ案内されたが、何羽もピヨピヨウロチョロとしている中に、確かに可愛いヒヨコが親鳥の傍で眠っているのが見えた。
……その親鳥がCランク魔獣の『シルバーコッコ』なんだが、あれがヒヨサワか?
下手に子供に手を出して、暴れだしたりしないだろうな。正直言って怖いんだが。
というか、よく見ると他のヒヨコたちもゴールデンコッコやプラチナムコッコが擬態しているだと……!?
待て待て待て、もしかしたらここはとんでもない危険区域なんじゃないのか!?
「ダイジョブダイジョブー、時々突っつかれるけど、基本はおとなしいから」
「冗談じゃない、こいつらに突っつかれたら大怪我じゃ済まないぞ!」
『コケーッ!!』
「うわぁ!?」
まだ成人前の私を弱い餌か何かと思ったのか、足元のヒヨコが急に擬態を解除して襲いかかってきた!
おい! どこがおとなしいんだ!
『コケッ! ……コ、ココッ……!?』
「……おい、ヒヨマル。今、何しようとした?」
私に飛びかかってきたニワトリの首を、イツナがとっ掴んで真正面から睨みつけている。
これまで見たことがないほどに怒りの表情を浮かべていて、はたから見ているだけでも圧倒されそうだ。
「ヒヨコのままちょっとちょっかいかけるくらいなら許すけど、擬態を解除してセレネに襲い掛かったよな? お前、このままシメられて私の晩飯になりたいのか?」
『こ、ココケッ……!! コケェ……! ……ピッ……』
いつものとぼけた顔はどこへやら、凄まじい迫力で淡々と冷たく言う言葉は恐怖そのものだ。
たまらず懇願するようにか細く鳴いて、すぐにヒヨコの姿に戻ったのをみると、表情を綻ばせて頭を撫でた。
「よーしよし、いい子だよーヒヨマルちゃん。今回は許してあげるから、次からは気を付けてね」
『ピ……』
「ごめんね、セレネ。ちょっとおイタしたくなっちゃっただけみたいだから、許してあげて?」
「あ、ああ」
……やはり、この子は少し苦手だ。
慈愛をもって接している相手でも、より大事な相手を傷つけようとするなら躊躇なく敵対できる。
さっきの怒りも、ヒヨマル? とかいうニワトリがすぐにおとなしくならなければ、そのまま絞め殺していたかもしれない。
……この普段と緊急時のギャップは、誰に似た結果だろうか。
というか、私をこのニワトリよりも大事に扱ってくれているのが少し意外だな。
「ほらほら、モフモフ~」
『ピ、ピヨ! ピピピッ!』
「ちょ、ちょっと、やめろ! ヒヨコを押し付けるな!」
そしてそのままヒヨマルを顔に近づけてくるのはやめろ!
さっきそいつに殺されかけたんだぞ! おい!
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「って感じだったんだ。いやー、まさかマジで襲い掛かろうとするなんて思わなかったなー」
「イツナ。鶏小屋は危ないから外の人を上げちゃダメだって言ったでしょう」
「あ、やべ。つい口が滑った……」
「もしもあなたの勝手でお友達が傷ついたりしたらどうするの」
「大丈夫だって。ちゃんと目ぇ光らせてたし、おイタしたヒヨマルにもちゃんと言い聞かせておいたから」
「イツナ」
「……何?」
「もしもあなたやあなたが連れた魔獣が、罪もない人の命を脅かすようなことがあったら、あなたを殺して私も死ぬから、そのつもりでいなさい」
「ひいぃ!? すんませんマジすんませんでした!! だから笑顔のまま剣に手をかけるのはやめてください!!」
「……こーわ」
「……ユーブもイツナがやらかさないように気をつけとけよ」




