囚人たちの最終テスト
ミラームを誘拐犯から救出し、吉良さんと別れた数日後。
囚人たちの鍛錬も今日で最終日となった。
パワーレベリングに近い形とはいえ既に5人全員が特級職となり、それぞれに持たせた変態兵器もとい特殊装備も充分使いこなせている。
特にミラームは例の鞭のヤバさを再認識して以来、うっかり誤作動しないようにかなり気合を入れて修行しているようだ。
一歩間違ったら普通に死ぬからな。やっと自覚したか。
あの誘拐事件も悪いことばかりじゃなかったってところか。それはそれとして誘拐犯にはブタ箱に入ってもらったが。
吉良さんを逃してしまったのは我ながらポカだったと猛省中。
責任の大元にケジメつけさせられないのはモヤモヤするし、他にも余罪がありそうで怖い。
誰に何を売ってるか分からないのは普通に大問題だし。
……手っ取り早く大金を手に入れるために後ろ暗い事情がある連中にばかり売りやがって。
しかも、その事件のついでにメニューからサラッと衝撃の事実が知らされていたり。
ただ、現状では対処するにしても時期的にどうしようもないし、何年か経ってからでも充分なので今は放置。
大きな問題を引き起こしたりしたら早めに対処することも考えておかなきゃならんが。
さてさて、話を元に戻しますか。
最終日を迎えた囚人たちの予定だが、グラマスが直接立ち会う状況で実力を測ることとなった。
パワーレベリングだけやって膂力やスキルだけは強くなったはいいけど実戦じゃゴミみたいな状況だと意味がないから、丁寧にみっちり鍛えるように指示されてはいたが、はたして満足いく出来栄えになっているのかどうか。
もしも『これじゃダメだわー。というわけで報酬はナシね』なんて言われたら泣くぞ俺。
というわけで頑張れ囚人たち! 超希少食材のために! ファイト!
「……なんか後ろから教官がものすっごい視線を送ってくるんだけど」
「いつにナく真剣な眼差しデスね……」
「目ぇ合わせんな、何言われるか分かんねぇぞ」
こちらの視線に気付いた囚人たちがなんか言ってるけど、こちとら報酬のためにひと月もの間膨大な時間を割いとるんじゃい。
……それぞれの事情を聞いた結果、なんだかんだで深入りしてしまったけど。
他の教官たちの鍛えた囚人たちも同じく実力テストを受けるみたいだが、全員のテストをグラマス一人で担当するのか? 時間足りなくない?
なんてテストが始まるまでは思っていたが、ものっすごくハイペースでテストを進めていらっしゃいました。
どれぐらいハイペースかというと、10人単位で同時に囚人たちがグラマスに挑んで、それぞれの実力を確認を確認するのに5分もかかっていない。
今回は300人程度の規模なので、半日もあればテストが完了する見込みだ。
「はいザコー。はいゴミー。はい隙だらけー。君たちホントに鍛錬したの? ちょっと基礎レベルが上がったからって図に乗ってない? 刑期延ばそうか? 全員雑魚魔獣討伐の任務ねーお疲れー」
「ギャアァア!!」
「あがが、が、ぁ……!」
次々と無慈悲に殴り倒されていく囚人たちを見ていると、いっそ哀れに思えてくる。
最初は見込みの薄い囚人たちから優先して処理してるみたいだが、そいつらも最初に比べたら相当強化されているはずなんだがなぁ……。
今回の実力テストの結果で、今後の刑務の内容と期間が決められるそうだ。
レベルが上がっただけで弱いままの囚人は弱い魔獣討伐の刑務を与えられるが、その分長い刑期を働かなくてはならない。
逆に戦闘能力が高く優秀な囚人は、強力な魔獣の討伐に駆り出されることになるが、一定のノルマを達成した時点で基本的に自由の身となる。少なくとも前者よりは遥かに短い刑期になることは確かだとか。
「はいはいはい、いいよ君ぃ。ちょっと強めの魔獣討伐任務に行ってもらうね オラァッ!」
「ぐほぁっ!?」
「うんうん、こっちが攻撃中に背中から狙ってくるのいいねぇ君。君も同じとこ行ってもらおうか でりゃあ!!」
「ドブホァッ!!」
……ちょっと優秀な相手がいたらいいところを褒めつつ、最終的に殴り飛ばして意識不明の重体にするのはやめなされグラマス。死ぬで。
心なしか殴った直後、妙に清々しい表情してんのがまた。
ストレス解消も兼ねてないかこのテスト。処刑会場かな?
一部を除いてどの囚人たちもかなり強くなっていて、中でもデュークリスさんが鍛えた囚人たちは小細工なしでも充分に鍛え上げられているのが分かる。
……どんな地獄を見てきたのか想像に難くない。俺んとこも大概だろうけど。
若干引きつつ眺めていると、ようやくウチの囚人たちの順番が回ってきた。
テストを始める前にグラマスが囚人たちに視線を向けると、少しだけ頬を引き攣らせたのが分かった。
「……おーい、この子たちの教官は誰? 鍛えすぎでしょ」
「私ですがなにか?」
「知ってた。知ってたけども聞かずにはいられなかった。加減しろ莫迦」
「短期間でできるだけのことをしましたし、私の自腹で専用の装備も持たせましたから5人とも戦力的には問題ないかと思います。ルルベルはテストが終わったらそのまま故郷に帰るので最終的に一人減りますけど」
「その専用の装備ってやつもエグくない? 鑑定してみたけど、どれもこれもイチ囚人に持たせちゃいけない奴じゃないのコレ」
「悪用しないように言い聞かせてあるから大丈夫ですよ。もしもなんかやらかしたら私が対処しますのでご安心ください」
「……にこやかに言ってるのが逆に怖いねー……」
とか言いながら普通に素手で全員同時に相手する気満々なグラマス。
まず勝負にならんだろうけど、あくまで実力を測ることがメインだし、ほどほどにお願いしますね。
「うわ、あいつら5人だけで挑むのかよ。気の毒に」
「ひゃははっ! しかもガキやオンナやひょろいおっさんばっかじゃねーか! どーせ全員あっという間にボコボコだろ!」
「おい! 一人10秒くらいはもたせろよ! こちとら全員で一分間くらいに賭けてんだ!」
「いーや! さっさとやられちまえ! こっちは30秒だ!」
なんか一部の特にガラが悪い囚人たちがウチの囚人たちをダシに賭け事始めてるし。
ウチの囚人たちをお前らと一緒にすんな。
「さーて、レベルは特級職クラスにまで成長してるみたいだけど、実際はどんなもんかね。とりあえず殺す気でかかってきなさいなー」
テストが始まると、すぐさまルルベルが盾を構えながら突進、同時にメイバールがターンピックを使いつつ縮地で距離を詰めて槍を振るった。
半秒ほど遅れたタイミングでジフルガンドが鎖鎌をグラマスに投擲し、魔刃・疾風で軌道を変えつつ分銅を振り回して接近戦に備えている。
「……へぇ」
それらの同時攻撃を見たグラマスの笑みが余裕に満ちた優し気なものから、牙を剥く野生の魔獣を思わせる凶暴な笑みへと変わったのが分かった。
ルルベルの盾によるバッシュがグラマスに迫るところで、その盾を素手で殴りつけた。
「うわぁアッ!?」
「! くっ!」
鈍い金属音と共にルルベルの体が盾ごと吹っ飛ばされて、縮地で移動中のメイバールに激突しそうになったが、ターンピックのブレーキによってギリギリ回避。
「こっちこーい!」
「うおぁっ!?」
その間に変態軌道で投げられた鎖鎌を難なく掴み取り、鎖を引っ張ってジフルガンドの体を引き寄せた。
「させないわ!」
「おおっと!」
そのままジルドの顔面をぶん殴ろうと拳を振りかぶったところで、ミラカラームが鞭を振り回して妨害。
何十発分もの鞭の連撃、さらに毒液を分泌させているので触れただけで毒の影響を受ける。
「うわ何この鞭、ベタベタするんですけど」
「毒が、効いてない……!」
……はずなんだが、グラマスは事も無げに毒まみれの鞭を掴んでみせた。
グラマスってLv100もあるバケモンだし、抵抗値もアホみたいに高いからそりゃ効かんわな。多分ヨルムンガンドの猛毒でも大して効かないだろう。
「うらぁああっ!!」
「うわ、なにその鎧。ハリネズミ?」
「うるせぇ!」
両手が塞がったグラマスに、今度はギルカンダが例の刃物まみれの鎧の刃を総立ちにして突っ込んでいった。
素手で触るのは自殺行為だし、あの刃一本一本で短剣術スキル技能を発動できるので、接近戦の相手としてはこの上なくウザいだろう。
「ふんっ!」
「ぬおっ!?」
「はい、ばいばーい」
「おわぁああ!! げふぁっ!?」
「だ、大丈夫デスか!?」
「お、おう……こ、腰が……!」
だから気功・発勁で怯ませてから風魔法の弾丸でぶっ飛ばすという遠距離攻撃で対応しおった。
そのまま地平線の彼方まで飛んでいく勢いだったが、途中でルルベルが盾術による魔力の壁を展開し、どうにか受け止めた。
その際に腰を強打してしまったようだが、受け身をとったのか深刻なダメージは受けてないしへーきへーき。
「他の囚人たちと比べたらまだ大分マシだけど、レベルの割にはちょっと拍子抜けかな。一か月でここまで鍛えたのはすごいと思うけど、まだアイナのほうがずっと強いよ。こんなもんかい?」
「くっ……」
「さすがはグランドマスターってとこか、隙がまるでねぇ……!」
褒めつつも煽るグラマス。期待外れといった様子だ。
アカン、このままじゃ報酬をケチられるかもしれん。
仕方ない、ここはいっちょ気合いを入れますか。
テスト中の囚人5人に向かって、激励の言葉を贈ることにしよう。
「おーい、あんまり無様な戦い方してると、これが終わった後に俺と一緒に残って補習することになるぞー」
そう告げると、囚人全員の目の色が変わった。
「オラァァアアアア!! グランドマスターがなんぼのもんだゴラァァアア!!」
「アンタたち! 気合い入れなさい! でないと死ぬわよ!!」
「ヌぁぁあああ!! もう補習ハ嫌デス!!」
「くたばりやがれぇええ!!」
「帯を、締めなおすとするか……!」
「……うーわ」
気合入るのを通り越して軽くバーサーカーと化した5人の鬼気迫る表情を見て、グラマスがドン引きしながら構えなおした。
さっきまでのどこか腑抜けた戦い方とは打って変わって、なりふり構わず相手を倒すスタイルに切り替えて戦い始めた。
そこからしばらくテストは続き、全員が地面突っ伏して倒れこむまでに1時間ほどの時間を要した。
「あ、あの5人、とんでもなく長い時間戦ってやがった」
「……ホントに人間かよ……?」
「賭けは全員負けだなこりゃ……」
野次を飛ばしていた囚人たちも、5人の戦いぶりを見て呆然としながらただただ圧巻されたといった様子だ。
お前らもウチで鍛えればこれくらい強くなれるぞ。どうする? え、嫌? 俺もお前らなんか鍛えるのやだ。
全員がボロボロで身動き一つできない状態なのに対して、グラマスはいい汗をかいたと言わんばかりに爽やかな表情で水分補給をしている。
「ふうぅ……うん、素晴らしい。全員Sランクの魔獣討伐任務にあたってもらうことにするよ」
「それは何より。それで、報酬はちゃんといただけますか?」
「いや、あのね? 上級職レベルにまで基礎レベルだけでも上げてくれていれば普通に渡すつもりだったんだけど? 誰がここまでやれと言ったのさ」
ならヨシ。
なんか囚人たちが『俺たちはお前の報酬のために無茶させられたんか』と言いたげにこっちを見てるけどスルー。
しかしこのひと月の間、囚人たち相手に鍛錬を行なってきたが、やっぱ人を育成するのって難しいなー。
近いうちに子供が生まれるし、その前にちょっとした予行練習になるんじゃないかとも思って受けてはみたが、なんかあんまり参考にならない感じだった。
まあいい。生まれるまでまだ少し時間はあるし、その前に育児に何が必要かを確認したり準備を進めていこう。
名前はどうしようかな。アルマと相談して男の子と女の子両方の名前を考えないと。
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≪君以外に、メニュー機能を扱う存在を確認した。片方は勇者、もう片方は不明だ≫
(勇者はともかく、もう一つは、不明? どういうことだ?)
≪もう片方の人間のメニュー機能そのものが意図的に遮断するように仕向けているようだ。直接目視すれば確認できるかもしれないが、今はまず無理だろうな≫
(おいおい、そいつがこっちにきて襲い掛かってきたりしたらどうするんだ?)
≪……いや、その心配はないだろう。どうやら勇者とは友好的な存在らしいし、今の君に害をなすような人物ではないようだ≫
(そうか、安心した。……その二人と接触することはできそうか?)
≪理由がなければどちらにも関わらないようにしたほうが無難だろう。そもそも今は身動きすらまともにできないだろうし、会話も無理だ≫
(あー……早くても数年はかかるだろうな。まあ機会があったら話してみてもいいくらいに留めておくか。ところでさ、やっぱりもう戻れないのか?)
≪……ああ。残念だが、君はもう戻れない≫
(……そうか)




