復讐してもしなくてもなにも変わらない、だから……
※今回は冤罪盾使いルルベル視点。
「わ、わ、私が悪かった!! 反省している! 賠償金も払う! だ、だから、ゆ、許してくれぇ!!」
「……」
狼狽える元旦那様を前に、しばし佇む。
なんとも情けない姿に、思わず溜め息が出てきた。
「では、罪を認メテ法廷にて断罪される覚悟はありマスか?」
「あ、あるとも! あんなことをしでかした自分がバカだったと思っている!」
「なら、なぜワタシに暗殺者を送りこんできたのデスか? なぜ今まで自首しなカったのデスか? なぜ、こんなにも悠々自適な生活を満喫しているのデスか?」
「そ、それは……!」
この人に対して、元々恋愛感情などは持っていなかった。
ただ、家のため、領民のために身を捧げる覚悟で嫁いだまでのこと。
その覚悟があったからこそ、あの酷い仕打ちにも耐えられた。
でも、いざ自分を破滅させた相手を前にして、こんな反省のカケラも感じられない言葉だけの薄っぺらい謝罪をされてもまるで心に響かない。
むしろ、嫌悪感すら覚える。
「自首ナドできるわけがアリマセンよね。もうアナタは貴族ではアリマセンし、過去ニ自分たちが領地を捨てたうえニ証拠隠滅のためにしでかしたことガ発覚すレバ、まず間違いなく処刑されマスから」
「うっ……!」
「どこまでも自分本位デ他者を顧みナイ。自分の治める領地の民スラ見捨てるほどに。その結果ガ、今のあなた方デス。仮に心の底から反省していたとしてモ、もう酌量の余地はありまセン」
「ぐっ……!!」
苦々しく表情を歪めるその様からは、まだ助かりたい、まだ生き残りたいという思考が見てとれる。
……事情が事情とはいえ、こんな人に嫁ごうとしていたのかと思うと、自分が情けなくなってくる。
「……アナタ方が罪を認めて心を改めようト、まるで反省していなかったとしテモ、結果は変わりまセン。復讐のためにワタシがこの場でアナタ方を嬲ったとしても、許してなにもしなかったとしても、過去は変わらないように」
「ひ、ひいぃっ……!! や、やはり、ご、拷問、する気、なのか……!?」
情けない声を上げながら、怯えきったような顔で問いかけてくる。
白々しい。
「しまセンよ。アナタ方と違って、いたずらに人を痛めつける趣味はありまセン」
「う、嘘だ! ならばなぜさっきから後ろの男は怪しげな道具を構えているのだ!!」
「それはワタシが聞きたいデス。……教官、さっきからなにやってるンデスか?」
「いや、これから使う道具のメンテだけど。きちんと使えるかチェックしとかないと困るだろ?」
「使いませんっテバ! お話の最中なのに気が散るカラやめてくだサイ!」
「えー」
……教官のせいで、重々しい空気が一気に弛緩してしまいました。
教官のおかげで彼の居場所を突き止められたとはいえ、あまりふざけるのはやめてほしいです……。
「っ……!!」
「ん?」
その時、ガシャン、と音を立てて窓ガラスを割りながら、誰かが部屋の中に入ってきた。
私に向かって短剣を突き立てようと、ものすごい勢いで迫ってくる。
でも遅い。
レイナ教官の速すぎて見えない動きに比べれば遅すぎて欠伸が出そうだ。
「ふんっ!」
「ごあぁあっ!!?」
短剣を避け、すれ違いざまに拳を顔面に命中させて意識を刈り取った。
この程度、盾を使うまでもない。
「アナタが雇っている護衛の一人デスね? 怯えた演技をしなガラ目で合図を送ってイルことニ気が付かないとでも思いマシタか?」
「な、く、くそっ……!!」
「そして狼狽えたようニ苦言を漏らしてイルそれも演技、デスよね?」
そう言うと、天井から複数人の黒い人影が飛び降りてきた。
おそらく、彼の護衛たちでしょう。
お話の最中に上の階へ人が集まっているのも察していましたから予想の範疇です。
「ふ、ふはっ、ははははははっ!! やっと来たか! 小娘! この場で終わるのは私ではない! 貴様だぁ!!」
先ほどまでの情けない顔はどこへやら、勝ち誇ったように下劣な笑みを浮かべながら粋がっています。
なんて醜悪な顔でしょうか。
「ふーん、緊急用の用心棒ってわけか。どんだけ小心者なんだか」
「こいつらは全員上級職の手練れだ! 暗殺用に仕向けた者よりもさらに強い! もはや貴様らに抗う術など―――」
「邪魔デス」
アイテムバッグに収納しておいた盾を取り出し、盾の裏側に付けられているボタンを押した。
すると、盾を中心に目が眩むほど強い光が部屋中に放たれた。
「ぐぉっ!?」
「なっ!?」
上級職とはいえ、一瞬だけ目が利かなくなるはず。
その隙に、地面に盾を叩きつけて盾術技能『バッシュ・ウェーブ』を発動させた。
『バッシュ・ウェーブ』は遠当てに近い技能で、魔力の衝撃波を離れた相手に叩きつける技能。
盾に搭載されている『スキル技能アレンジ機能』により、盾を中心に全方向へ衝撃波が飛んでいく技能へと変化している。
……どうやったらこんな機能をつけられるのか。あのジュリアンさんという魔具士の異常さには首を傾げるばかりです。
「がはっ!」
「ぐえぇっ!?」
「ぎゃああっ!!」
目が眩んだところにバッシュを浴びせられて、護衛の大半が吹き飛んで無力化されました。
残り三人。そのうちの二人がこちらに襲いかかってきます。
「死ねぇっ!!」
「このアマぁっ!!」
教官たちに比べたら遅く鈍い攻撃ですが、それでも決して上級職として恥ずかしくない攻撃を繰り出しているのが分かる。
これだけの腕を持ちながら、こんな仕事をしなければならない彼らには同情すら覚えます。
「『円魔盾壁』」
盾を中心に魔力の障壁を発生させる技能で、護衛たちの攻撃を受け止めます。
「あ、アババババババあああああああ!!!?」
「うぎょぎゃあががががががぎゃがやぎゃばばばば!!!」
障壁に護衛たちの武器が接触した瞬間、稲光が彼らの身体を駆け巡っていきました。
これもスキル技能アレンジ機能で、触れた瞬間に強力な電撃へと変わる障壁を発生させる技能へと変わっています。
他にも数えきれないほど多くの機能が備わっていますが、防御と攻撃が同時にできるこの技は特に便利で重宝しています。
まあ、なぜかレイナ教官やヒヨコ教官にはまるで通じませんが。……なんででしょうね?
さて、残るは一人。
「……え?」
その残った一人がなにをしてくるか、そちらへ目を向けた瞬間に、自分の目を疑いました。
「う、動くな!! 動くとこいつの首を掻っ捌いてやるぞ!!」
「わーつかまっちゃったよータスケテー」
「えぇ……」
思わず顔を押さえながら苦笑いしてしまいました。
あろうことか、残った一人が、教官の首に短剣を突き立てながら羽交い絞めにしていました。
人質にとっているつもりでしょうか。教官も棒読みで助けを求めないでください。
………反応に困ります。それはもうものすごく困ります。
例えるなら、貧弱なゴブリンが強固なウロコに覆われたドラゴンの首に錆びたナイフを突き立てながら脅迫しているようなものでしょうか。
人質の意味がありません。なんの冗談でしょうか。こんな光景を見せられたら笑うしかありません。
「よし、よくやった!! 動くなルルベル! 大人しくしていないと、その男の命はないぞ!」
「は、はぁ……」
「わーいやだよーしにたくないよーたすけてよー」
「……あの、教官。茶番はほどほどにしてくだサイ」
「なんでそんなこというのーぼくコワイヨー」
「教官! いい加減ニしてくだサイ!!」
「アッハイすみませんふざけ過ぎました。つーか、いつまで密着してんだ気持ち悪い」
「……え?」
目にも留まらない速さで、かつ惚れ惚れするほどスムーズに拘束を解き、そのまま護衛を天井に向かって投げ飛ばす教官。
「のぅぉぁぁぁぁあああっ!!? グホァッ!!」
投げ飛ばされた護衛は、天井に穴を開けて下半身だけが見える状態になってピクピクと痙攣する状態になってしまいました。
……無謀過ぎましたね。
「あーこわかったーおねえちゃんたすけてくれてありがとー」
「ワタシ、なにもしていまセンが……ちょっと気持ち悪いノデその口調止めてくだサイ」
「スンマセーン。さてさて、じゃあさっさと本題に戻るか」
「ひっ……! あ、あああ……!!」
護衛たちが全滅して、ガタガタと奥歯を鳴らしながら怯える元旦那様。
今度は演技ではなく、本当に絶望しているのが見て分かる。
「もうアナタに逃げ場はありまセン。どう足掻こうとも、もう詰んでいマス。大人しく裁きを受けてくだサイ」
「く、クソォ!! くそ、くそ、くそぉぉ……!! お、お前さえ、お前さえ死んでいれば……!!」
「そもそもアナタ方があんなことをしでかさなけレバ、こんなことニハならなかったでしょうニ」
「あ、ちなみにルルベルに呪いをかけた女を含めた他の連中はもう確保済みだ。最後の助けを期待していたかもしれないが、あとはお前だけだぞ」
「ぐうぅぅ……!! くそ、くそぉ……!!」
涙を流しながら悔しそうにしている元旦那様を見ていると、不思議と心が軽くなっていくのが分かりました。
溜飲が下がる、とは今のような状態を言うのでしょうね。
「今更復讐のために、私をこんな目に遭わせたのか……! この、悪女め……!!」
「どの口が言うか、クズ」
「復讐などしていまセンよ。これはあくまで正当な裁きを受けてもらうために行なったことデス。復讐などしてモ、過去は変えられナイ。だから――――」
「? ……な、なにを……?」
優しく囁きながら、彼の顔を抱きしめて、目線を合わせる。
彼が最後の言葉を聞き洩らさないように、耳元ではっきりと言葉を発した。
「復讐してもしなくてもなにも変わらないのなら、復讐したほうが、スッキリしますヨネ」
「え?」
右手を思いっきり振りかぶり
「せぇぇぇぇえりゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああっっ!!!!」
彼の顔面に力いっぱい叩きつけました。
「どぐぼへぐほぇぶほぉぉぁぁぁぁぁあああああっ!!!!」
グルグルと全身を回転させながら、部屋の壁や天井や床を何度も何度もバウンドしていく元旦那様。
床に転げ落ちたころには、全身傷だらけ痣だらけ血塗れで、手足が変な方向へ曲がっていました。
「あ……ぐぁ……あ……!」
生きてはいるようですが、もうまともに動くことすらできないでしょう。
「……満足か?」
「ええ、トテモ」
「さ、さようでっか……」
「ふふふっ、でハ、帰りまショウ」
ちょっと引いたような顔をしている教官の顔すら可笑しくて、思わず笑みが漏れてしまいました。
……ああ、もしかしたら、今が一番幸せな時なのかもしれないと思うほど、実に晴れやかな気分です。




