冴えないな
伸び悩んでいるジルド君に鎖鎌戦法をお勧めしてみた。
最初は胡散臭げな顔をしていたが、手本を見せたらすぐに自分もやってみると意気込んでくれた。
うむ、できるできない以前にやりたくないと言われたら諦めるつもりだったが、やる気満々な様子で安心した。
……何度かモロに手鎌や分銅がぶち当たって死にそうになってたのは御愛嬌。
「い、いてて……!」
「ボコボコだな。つーかダメージのほとんどが自滅じゃねーか」
「うるせぇな! あんな無茶苦茶な戦いかた、そう簡単にできてたまるかっての!」
俺は5分くらいでできるようになったぞ。
いや、適当に振り回してるだけだから過去の勇者が使ってたような繊細さはないだろうけどね。
さて、もうジルドは放っておいても勝手に強くなっていくだろうし、次はメイバールの強化をしますかね。
ついさっき義足が完成したらしいし、早く取り替えてしまおう。
……設計段階で既に発想がヤバかったが、アイツのことだからさらに追加でなんか仕込んでそうでちょっと怖いなー……。
~~~~~義足の槍使いメイバール視点~~~~~
午後のレベリングが終わり、湯浴みと夕食を済ませた後に教官からお呼びがかかった。
昨晩、ジフルガンドとミラカラームを呼び出してなにかをしていたのは知っているが、今度は俺の番のようだ。
教官に呼ばれるまま外へ出て、案内されたのは冒険者用の運動場だった。
なぜこんな所に、と首を傾げながら疑問に思っていると、教官の隣に見覚えのある銀髪の青年が前触れもなく急に現れた。
……どこから湧いたんだ?
「こんばんはジュリアン。義足はいい具合に仕上がったか?」
「ふはははは! こんばんは、マイ・カスタマー! ……いきなり転移させられたものだから時差で若干混乱しているが、無事に義足を完成させられて実に晴れやかな気分だ!」
「予定の工期の半分しか経ってないが、ホントに無事か? 変な機能追加してねーだろうな」
「ふっははは! むしろ設計の段階で変な機能しかなかったと思うがな!」
「確かに」
納得するな。それを取り付けるのは俺の足なんだぞ。
内心戦々恐々としながら狂人二人のやりとりを眺めていたが、急にジュリアンとかいう魔具士がこちらに近寄ってきた。
「ふぅむ、二日前に見た時よりも随分とレベルが上がっているようだな。おそらく、もうその義足では君の力に耐えられないだろう」
「……鑑定スキルか?」
「いや、見ればなんとなく分かる。今の君は概ねLv50台半ばくらいだと思うが、違うかね?」
……発言の怪しさはともかく、目は確かなようだな。
連日無茶なパワーレベリングを重ねた結果、今の俺はLv56まで上がっている。
鑑定スキルもなく見ただけで看破したというのならば、相当な観察眼だ。
「本体は材料と寸法と緩衝材を変えるだけだったし、術式を刻む道具も便利な印刷式のものを購入したので早く済んだ。そしてメインのギミック関係はモチベーションの赴くままに造っていたのだが、気が付いたら一日程度で完成していたのである」
「んー、確かに注文通りに作ってあるな……いや、予想はしてたが知らない機能が2~3つ追加されてるじゃねーか」
「ふはは! 御愛嬌御愛嬌! あって困るようなものでもないしな! では早速装着してみたまえ! さあさあさあ!」
「……急かさないでほしいんだが」
グイグイと新調した義足を押し付けてくる。自信作なのは分かったからやめてくれ。
「頑丈そうなわりに随分と軽いな」
「うむ! 基本材料がオリハルコンなうえに色々とギミックを仕込んであるので、本来ならばそうやって手に持つことすらできぬほどの重量がある! しかし『軽量化』の術式を刻んで常時起動させてあるので、軽々と扱えることだろう!」
「魔具の術式を、常時起動? そんなことができるものなのか? どう考えても燃料となる魔石をすぐに消費しきってしまうだろう」
「ふっははは! 心配ご無用! 少なくとも君が天寿を全うするまでは保つ燃料が使ってある! マイ・カスタマーが『竜魔結晶』を譲ってくれたので、それを搭載したのだ!」
「竜魔……なに?」
聞き間違えだろうか。
竜魔結晶といえば、高レベルのドラゴンの死体が数千年もの時を経て化石化し、その身に蓄えた魔力が結晶化したものだと記憶している。
その結晶が無属性だった場合、同サイズの魔石の数百万倍近い魔力を蓄えた燃料として使えるという代物だとか。
競売に出せば億単位の金が動く超希少品のはずだが、それをこの義足に使ってあるというのか? ……まさかな。
「重量に関しては問題なさそうだが、問題は着け心地だ。装着してみてなにか違和感があったら遠慮なく伝えてくれたまえ。すぐに調整する」
「ああ」
義足の原材料だけでどれほどの費用がかかっているのか考えただけで戦慄しそうになるが、まあそれはいい。
費用は全て教官が出すと言っていたし、値段が高価になりすぎたとしてもそれは教官の責任だろうしな。
現在着けている義足を外し、新しい義足を装着し直した。
「っ……!」
「おや、どうしたのだ? もしかしてなにか違和感や痛みがあるのかね?」
「……いや、驚くほどよく馴染んでいる。違和感も痛みもまるでない」
「ふはは、それはなによりだ」
この義足には疑似運動神経の術式が刻まれている、という話だったが感覚神経も繋がっているようで、硬質な義足を撫でるとまるでそこに本当の足があるかのように触覚を感じとっているのが分かった。
立ち上がって歩いたり走ったり跳んだりしてみたが、なんの障害もなく自由自在に動く。
ここまで精巧な義足だと、本当に足が生えているのとなにも変わらないな。
「ふぅむ、可動域の広さや衝撃緩衝強度には特に問題なさそうだな」
「ああ。今まで装着していた義足がまるでオモチャだと言っていたのも頷ける。非常に快適だ、感謝する」
「礼を言うのは早いぞぉ。その義足の目玉は搭載された機能の数々にあるのだ! それらもこれから試運転してみるといい!」
……どうしても試さなければならないのだろうか。嫌な予感しかしないんだが。
このジュリアンという魔具士、腕は確かなようだが目つきと言動が異常で奇妙な恐怖を覚える。
教官が連れてきた相手だし、決して悪人ではないというのは分かるんだが、むしろ善意で行動しているからこそ厄介なタイプのように思える。
どうしたものかと教官のほうを向くと、いつの間にか隣に立っていた誰かと会話しているのが見えた。
金髪の少女のようだが、誰だ? いつからそこにいたんだ……?
「あのニーちゃんが例の義足君? なんかえらく物々しい義足着けてんな」
「ジュリアン謹製だからな。てか、どしたのネオラ君? いきなりこっちにくるなんて、なんかあったの?」
「色々と愚痴りにきただけだよ。てか、数日前にアンタが寄越した連中、どいつもこいつも話にならねーんですが」
「あちこち欠損してたからな。そんなに修業に支障があるなら治してやれば?」
「それ以前の問題だよ。やる気はないわ無駄に自尊心だけは高いわちょっと灸を据えただけで逃げ出そうとするわで、控えめに言ってダメダメだありゃ」
「控えなかったら?」
「ゴミ」
「辛辣ぅ」
ネオラ、というと、もしや勇者『ネオライフ』か? あの金髪の少女が?
初日に勇者とも面識があるような話をしていたが、まさか本当に勇者と繋がりがあったのか。
随分と親しげに話しているが、教官には黒髪の伴侶がいるのではなかったか? このやりとりを見たらどんな反応をすることやら。
「そういや、結局実家には帰れたのかい?」
「あー、うん、ちゃんと顔出したし、こんな姿になっても、みんなオレをオレだって分かってくれたよ。……色々あって、今しばらく顔を出したくない状況だけど」
「……喧嘩でもしたのか?」
「いや、違う。………オレの妹絡みで『それなんてエロゲ?』とか言いたくなるようなことがあってさぁ……」
「え、ネオラ君、妹いたの!?」
「うん。……とりあえず、久々に会った妹よりも身長が低くなってて死にたくなったわ……」
「……生きろ」
「おいおい、いつまでボサッとしている気だね! ああ、もしかして機能の発動方法が分からないのかな!? すまんすまん、説明し忘れていたようだ! たとえばここを押すとだな……」
「え、おいなにを――――――」
なにやらよく分からない会話を繰り広げている教官たちのほうを向いていると、焦れたジュリアンが俺の義足に付いている怪しげなボタンを押した。
……待て、なんだそのボタンは。
直後、義足の膝の皿が開き、中からなにかが飛び出した。
飛び出したのは、骨のような金属製の手とそれを義足の内部と繋ぐワイヤーだった。
なんだこれは。
「でさぁ、実家に帰省ついでに一泊しようとしたんだけど、その晩にオレの部屋に妹が ん? ぬぁぁああああっ!!?」
「ネオラ君!?」
膝から飛び出した手が、金髪の少女の頭をガッシリと掴んだ。
「まずはワイヤーホールド機能だ! 内部に仕込んだドラムワイヤーの先にホールドハンドを取り付けてあり、標的に着弾した瞬間に掴む仕組みになっている!」
「オイなんだコレ! は、外れねぇんだけど!? てか離せ!」
「そして対象を掴んだままこのボタンを押すと、第二の機能が起動する!」
「おいバカやめろジュリアン! ネオラ君の頭掴んでるぞオイ!」
「では起動!」
意図的に無視しているのか、それとも説明に熱中しすぎていて聞こえていないのか、教官と少女の叫びに対して無反応のままボタンを押した。
その瞬間、少女の全身から火花が弾けた。
「あばばばばばばばばばばばばばばばば!!!」
「ホールドした相手に高圧電流で麻痺させ、動きを抑制するのと同時にダメージも与えられる機能だ! 危険だから人間相手にはなるべく使うなよ!」
「なら今すぐ止めろ!! ネオラ君が死ぬ!!」
「……向こうで大惨事が巻き起こっているんだが」
全身を痙攣させながらバチバチと稲光を迸らせる姿には戦慄を禁じ得ない。常人ならもう死んでるんじゃないのかコレは。
もう一度ボタンを押すと、電流が遮断されたのか少女の動きが止まり地面に倒れ込んだ。
「あ、あが、あががが……」
「だ、大丈夫か? 生きてる?」
「し、死ぬかと、思った……」
「そして第三の機能だが、ドラムワイヤーを勢いよく巻き戻すことで、電撃によって麻痺した相手を引き寄せることができるのだ! このように!」
「あがが!? ギャアアアアア!!?」
「ちょ、オイコラ追い打ちすんなバカ!!」
三つ目のボタンを押すと、ワイヤーが義足の中へ急速に巻き戻されていき、少女の身体を乱暴に引き寄せた。
俺の身体も少女に向かって引っ張られたが、反射的に踏ん張って耐えた。
「そして身動きが取れない状態で引き寄せられた相手をそのまま攻撃――――」
「オラァッ!!」
「へぶぁぁあっ!!?」
……俺に向かって引き寄せられた少女の身体が空中で軌道を修正し、そのまま鬼のような形相を浮かべながらジュリアンを平手打ちで殴り飛ばした。
これは怒っていい。俺が同じ立場でもそうする。
「ふ、ふふふ、さすがは勇者、いや、マイ・カスタマーの同郷者と言うべきか。まさかあの一瞬で麻痺が回復するとは……!」
「他になんか言うことないか? なけりゃあと数十発ばかしぶん殴るぞテメェ」
「スミマセンでした」
「……注文通りの機能みたいだが、試し撃ちするなら相手を選べ。ネオラ君じゃなくてあのゴミ親父を呼ぶとか」
「それ以前に人に向かって使うんじゃねぇ! オレ、Lv123もあるのに滅茶苦茶痛かったんだぞ!? こんなもん並の戦闘職や魔獣に使ったら麻痺する以前に死ぬわ!」
「ううむ、確かにこのままだと万が一自滅した場合命の危険が伴うことになるな。となるともう少し出力を落としておくか、それとも調節弁を設けるべきか……」
顔に真っ赤な手形を浮かべ鼻血を垂らしながらも、義足の改良点を考える姿には呆れるのを通り越して感心すら覚える。
造る物も発想も言動もどこかおかしいが、ものづくりにかけるモチベーションの高さは素直に尊敬できる、気がする。
……少し、羨ましくも思う。
「では次の機能だが、君、『縮地』は使えるかね?」
「まだあるのか……。先日極体術スキルのレベルが上がって使えるようになったばかりだが」
「それはなにより。では左足のブーツにこれを着けてくれたまえ。義足と連動して機能するアタッチメントパーツだ」
「……なんだそれは」
ジュリアンが網状のベルトに妙な機械を取り付けたものを差し出してきた。
義足と連動すると言っていたが、外見からどんな機能を持っているのか想像できない。
「『縮地』は『クイックステップ』に比べて速く移動距離も長い。大体20mくらいかな? しかし移動距離が長い分、小回りに欠けて使いどころが難しい技能だと聞いているが、どうかね?」
「概ねその通りだ。ある程度は移動距離を縮めることもできるが、最小でも10m強は移動してしまう」
スキルの構成上、縮地はクイックステップの上位互換のような扱いだが、実際はそうとも言い切れない。
クイックステップは大体2~5mほどの距離を移動する技能で小回りが利き、咄嗟の回避や敵の死角に回りこんだりする時に使える。
しかし高レベル帯の魔獣相手だと少し速さが足りず、回避しきれなかったり死角に回りこむ前に対応されてしまうこともある。
対して縮地はクイックステップより段違いに速いが、移動距離が長すぎてクイックステップと同じ感覚で使うことができない。
敵との距離を詰めたり、逆に距離をとりたかったりする場合に使う技能だ。
「その一長一短を解消してくれるのが、このアタッチメントと義足に搭載されている機能だ!」
「……?」
「マイ・カスタマー、手本を」
「おう」
俺に手渡した妙な機械と同じものを両脚に付けた教官がジュリアンに声をかけられると、凄まじいスピードで移動しはじめた。
速い。おそらく縮地を使っているのだろうが、いったいなにを……?
「!?」
縮地で移動する教官を目で追っていると、なにか硬質なもの同士摺り合うような甲高い音が響いたかと思ったら、縮地の軌道が直角に曲がったのが見えた。
おかしい。縮地は直線的にしか移動できないはずだ。今の動きはなんだ……!?
「おいおい、なんだあの変態軌道は? 魔力飛行とは違うみたいだけど……」
「ふはは、説明しよう! この機能は、簡単に言うと縮地の発動中に地面に杭を打ち込みブレーキをかけて、軌道を修正したり移動距離を抑制することができるのだ! 要するに縮地の速度を維持したままクイックステップ並みの小回りで運用できるということだな!」
隣で眺めている勇者の少女にジュリアンが高説を述べているが、そんなことができるものだろうかと疑問に思いそうになる。
縮地の速さは尋常じゃない。移動している間はほとんど身動きが取れないほどの速度で、途中でブレーキなどかけている余裕が本当にあるのだろうか。
だが実際に教官は縦横無尽に軌道を変えたり、ほんの1mほどの距離で止まったり、自由自在に縮地を制御している。
もしも敵があんな動きで迫ってきたら、とてもじゃないが対応できたものではない。
しかし、あの動きを習得できれば、白兵戦においては無類の強さを発揮できるだろう。
……少し、ほんの少しだけだが、いつぶりか胸が高鳴るのを感じた。
「見学は充分かな? では君も試してみたまえ。疑似運動神経の機能によって、まるで指を動かすように起動ボタンを押すことができるはずだ」
「分かった」
先ほどの教官のように、縮地の最中に地面に杭を打ち込んで軌道を変えるのを試す。
ほんの瞬きほどの間にそんなことが本当にできるのか、自信はないが。
では、いざ。
「あー、言い忘れてたけど、コレ打ち込む時に相当踏ん張らないと足を挫いたりコケたりするから気を付けr―――――」
「おぐっはぁあっ!!」
縮地の最中に地面へ杭を打ち込んだ瞬間、身体が縦に回転した。何度も何度も地面と頭が衝突する痛みと衝撃が襲ってくる。
まるで連続で倒立回転跳びでもしているような状態だが、単に盛大にコケただけだ。
せ、制御が難しいどころの騒ぎじゃない。
あんな動きをするのはどう考えても無理だ。
「……ターンピックが冴えないな」
「……アンタ、まさかそれが言いたいがためだけにこの機能追加したんじゃねぇだろうな……」
教官の訳の分からない呟きに対し、勇者の少女が呆れたような声を漏らしたのが聞こえたところで、意識を手放した。
……あの教官の用意したものがまともなわけがなかった、な……。




