恐ろしい呪い
俺たちの下で鍛えられる予定の、五人いる囚人の一人『ルルベル』
君は冤罪か、と問うた際に、半死人の様相だった顔に生気が戻った。
「な、なに、ヲ……?」
「君の資料には『家族全員を殺害した罪で投獄された』と記入してあるが、君は誰も殺していない。違うか?」
「っ……ぁっ……ぐっ、うぅぅ……!!」
パクパクと口を動かし、なにかを伝えようとしているみたいだが声が出ていない。
かと思ったら、顔を歪めて頭を押さえて俯き、呻き声を漏らしている。
しばらくそうして俯いて、再び顔を上げた時には、死人のような目に戻っていた。
「ワタシは、人殺しデス」
そして、先ほどとは打って変わって淀みなく口を動かし、言葉を紡ぎ始めた。
「嫁ぎ先の義父と義母を刺し殺し、夫を殺し、侍女の死体をワタシの身代わりになるように偽装して、屋敷に火を放っテ、金目のものを盗んで高跳びしようとしたところで捕まりマシタ」
その言葉を聞いてるだけで、反吐が出そうだ。
彼女に対してじゃない。彼女の話している話の内容にだ。
「あんなクズども、皆死んで当然デス。ああ、ドジを踏んで捕まるなんて、悔しくて仕方がナイ―――」
「はいストップ。それ以上言いたくもないことを喋らんでよろしい」
「……は?」
「ちょい失礼」
いきなり話を遮られて呆気にとられた様子のルルベルの頭を掴む。
そして、掌からルルベルの頭の中に魔力を流し込んだ。
「あがっ……! あ、がががががががが!!?」
「つらいだろうが、少しの間我慢しろ」
「あ、アババババババ!!!」
ビクビクと全身を痙攣させながら、白目を剥いて変な叫び声を上げている。
……アカン。はたから見てると俺が彼女の頭をアイアンクローして握り潰そうとしているように見えるかもしれない。
実際、それを見かねてか俺に向かって突進してくる影が、二つ。
「や、めろぉぉおお!! なにしてやがんだコラァッ!!」
「……っ!!」
突進してくる影のうち、小さいほうは金髪ツンツン頭のジフルガンド少年。
元々俺のことをめっちゃ警戒した様子で睨んでたけど、今は睨み殺す勢いで目を血走らせて牙を剥いている。
もう片方は緑のボサボサ頭のメイバール青年。
さっきまでルルベルに負けず劣らず死んだような目をしていたが、明確に怒りを顔に浮かべながら俺に殴りかかろうとしている。
うん、この二人への好感度がちょっと上がったわ。
見ず知らずの他人のために打算なく怒って行動できるのは根が良い奴だっていう証拠だ。カジカワポイントプラス10点。なおポイントが貯まっても特になにもない模様。
でも今の状況で余計な茶々を入れられるのはちょっとまずい。
アルマとレイナに視線で合図を送って拘束してもらっておく。
「離しやがれ! おれたちが囚人だからって、罪を犯したからってそんなふうにいたぶって楽しむようなマネする権利なんかテメェらにねぇだろうがぁっ!!」
「落ち着いて。ヒカルは意味もなくそんなことする人じゃない」
「くっ……!!」
「アンタも大人しくしてるっす。……ていうかカジカワさん、いきなりなにやってるんすか?」
「んーとな、ちょっと手術っぽいことやってる」
「……手術?」
「アバババババババ!! アだだだだだだ!!!」
さっきから珍妙な叫び声を上げているルルベルの頭の中には、とあるスキルによって植え付けられた魔力の病巣ともいうべきモノが根を張っている。
『呪術』のスキル。その名の通り、特定の対象に呪いを付与するスキルらしい。
堕落した聖職者やあるいは特定の条件を満たした修行僧なんかが得ることのできる能力で、使いかたによっては相当えげつないことができる。
一口に『呪い』と言っても、その効果は様々なものがある。
例えば能力値を弱体化させる呪いだったり。
徐々にHPやMPを時間経過で減少させていくものだったり。
あるいは特定の条件を満たした際に、行動の阻害や身体の損傷や激痛を伴うようにするものだったり。
目の前のルルベルが受けている呪いのように。
彼女が受けているのは『情報伝達阻害の呪い』
特定の情報を他者に伝えようとすると、激しい頭痛が走るうえに自分の意思に基いた言葉を喋ることができなくなるというものだ。
その頭痛を治めるには、呪いをかけた人間が定めた嘘八百の情報を他人に伝えなければならない。
まあ要するに『私は誓って殺しはやってません!』と言おうとしても『ギャアアア頭いてぇええスミマセンワタシがヤリマシタぁぁぁ!!』となってしまうわけで。
その結果、彼女は冤罪をかけられて牢にぶち込まれたというわけか。最悪やん。
鑑定とかで確認すれば彼女の冤罪を証明することもできただろうに、それすらないのは不自然だな。
なーんか裏で汚い金が動いてそうだ。後でちょっと確認しとこう。
さて、それは一旦置いといて今は彼女の呪いをどうにかしなきゃならん。
呪いってのはかなり厄介な状態異常で、並の手段じゃ解除できない。
どれくらい厄介かというと、状態異常治療ポーションやエリクサーでも治すことができないくらい厄介。エリクサーはあくまで肉体の状態異常や損傷を完治させる薬だしね。
呪いを解除する条件は、呪いをかけた人間が任意で解除するか、あるいは神聖職の人間に浄化・解除してもらうことも一応できる。
ただし、後者の場合は呪いをかけた奴のスキルレベルが高かった場合は、解除する神聖職のスキルもそれ相応の実力が必要になる。
で、彼女の中に巣食っている呪いだが、これがまたエグい。
どうやら複数人分の思念が呪いに上乗せされているようで、並の神聖職じゃまず解除できそうにないくらい強力な呪いだ。
呪いをかけた人間の他に、この子が呪われることを望む人間の協力が加わった結果みたいだな。
さて、そんな呪いをどうするのかといいますとですね。
頭の中に俺の魔力を流し込み、その魔力で呪いの魔力をブチブチと無理やり引き抜いて取り出す作戦です。
普通こんなことしたら頭の中がズタズタになるだろうが、傷つく瞬間に生命力操作で再生しているので損傷はまったくない。
超痛いらしいけどな。麻酔無しで手術してるようなもんらしいが、メニューいわく眠った状態で呪いを解除しようとしてもどういうわけかすり抜けてしまって無理らしい。
「はい、動かないでくださいねー。痛かったら手を挙げてくださーい」
「あびゃびゃびゃびゃ!! いだだだだだだいデススススススス!!」
「カジカワさん、早速めっちゃ痛そうに手ぇ挙げてるんすけど」
「はい我慢して。すぐ終わるから」
「それ聞く意味あったっすか……?」
ごめん、正直ない。歯医者さんとかもきっとこんな思いをしながら治療してると思う。
でも中断すると、せっかく途中まで切り離した呪いがまた根を張ってやり直しになっちまうらしい。
故に、このままやり切る。頑張れルルベルファイトだルルベル。
「よし、あとちょっとだ。……あっ、ええと、もうちょい待って」
「エヘババババババ!!」
「ヒカル、まだなの? というか、さっきからなにやってるの……?」
「いや、なんかちょっと変な絡まりかたしてるみたいでなかなかほどけないっていうか……。もういいや、切ろう。えい」
「あ痛ぁぁああああああ゛あ゛っ!! ……あ、あう、あ、あ……!!」
「……白目剥いたまま泡吹いて気絶しちゃったっす」
呪いの末端部分の根っこが知恵の輪みたいな絡まりかたしてて上手くほどけなかったので無理やり切断。
ゴリ押しで切り離したもんだから激痛が走ったらしく、意識を失ってしまったようだ。
だがもう大丈夫。これで呪いは完全に彼女の脳から切り離された。
切り離した呪いを魔力で覆って、頭の中から取り出した。
「おお、出た出た。うわなんだこれキモい」
「……黒い、ウネウネしたなにかが出てきた」
「うひぃい……!? なんすかそのグロテスクで気持ち悪い玉みたいなのは!?」
「ルルベルにかけられてた呪いの本体だ。てかホントにキモいなコレ……」
魔力で包まれた呪いの本体の外見だが、なんというか名状しがたいものだった。
触手が全体にビッシリと生えた黒い玉のような見た目で、デカいウニのようにも見える。
棘の部分がフニャフニャしててウネウネ動いて気持ち悪くてとても食欲は湧かないが。
てか、よく見ると小さな目とか口とかもあるじゃん。キモい。
『ミギャアァッァアアア!!!』
「! ヒカル、危ない!」
あまりの醜悪さに顔をしかめながら眺めていると、今度は俺を呪おうとしているのか、頭に向かって触手を伸ばしてきた。
うわ、マジキモい、無理。
「はい無理。もう無理。これ以上は無理。帰れ。消えろ。こっちくんな」
『ミギャブジュボボオボボボ!!!?』
伸ばした触手を魔力で掴み、固結びした後さらに本体ごと雑巾絞りして捕縛。
……ルルベルから切り離したはいいけど、コレどうしようか?
≪推奨:窓から屋外への投棄≫
いや雑ぅ!? それでいいの!?
そのへんの通行人に襲いかかったりとかしないのかコイツ?
≪呪いはかけられた対象、あるいは接触している人間以外に危害を加えることはない。また今回のように浄化されずに切り離された場合は、呪術者本人に呪いが降りかかる≫
なるほど、因果応報ね。
じゃあさっさとお返ししますか。呪いを窓から投げ捨てろ。ガラッ、ぽーい、ピシャッ。
「いや、普通に窓から投げ捨ててたっすけど、アレ大丈夫なんすか……?」
「問題ない。ああしておけば、ルルベルを呪ったヤツに呪いが戻っていくらしい」
≪……なお、梶川光流が魔力で無理やり切断・解除したうえ出鱈目に結んで捩じった結果、呪いの内容が変質してしまった模様≫
え、呪いが変質した? それってどういう――――
「う、ううン……?」
あ、気絶してたルルベルが起きた。
さっきまで死にそうな顔で泡を吹いていたが、起きてからは目をパチクリさせながら首を傾げている。
「あ、あれ? ワタシは……?」
「はい、おはよう。呪いが解けた気分はどうかな?」
「え、の、呪い、ガ……? そういえば、頭の中のモヤモヤが、なくなってイル……?」
「ああ。もう君は言いたいことが言えるし、喋りたくもない嘘八百を並べる必要もない。嘘だと思うなら試しにちょっと経緯を話してみたらどうだ? いや無理にとは言わないけど」
「わ、ワタシ、は……」
喋ろうとしたらまた呪いによる激痛が襲ってくるんじゃないかとビクビクした様子で口を開いたが、痛みが走ってこないことに気付いたようで、少しずつ話し始めてくれた。
「ワタシは、嫁ぎ先の家族に裏切られて、罪を着せられマシタ」
そう言うと、自分の口元に手を添えて目を見開いた。
言えた。自分が本当に言いたかった証言ができた、と驚いた表情を浮かべている。
「ワタシの家は、大した家柄の貴族ではありませんデシタ。本当に辺鄙なところデ、言葉の音程が少しおかしいのも訛りが抜けていない、からデス」
「やっと縁ができた嫁ぎ先でも田舎者だと笑わレテ、戦闘職だから統治もまともにできない無能と罵らレテ、それでも良き妻であるように振舞おうト、家族として認めてもらえるようニ頑張ってきたつもりデシタ……」
堰を切ったように、これまでの自分のことを喋り続けている。
目から涙が流れ始めても、止めることなく話を続けている。
「デ、デモ、ある日突然、旦那サマから『お前はもういらない』と言われ、見覚えのない女性とともに嫁ぎ先の家族全員が私を見降ろしながら『お前には人殺しになってもらう』と言ったかと思っタラ、その女性と家族全員からなにか黒いものが放たれて、私の頭の中に入ってキテ……」
唇を震わせながら、それでも最後まで証言を続けてやろうと踏ん張っているのが分かる。
「気付いた時には屋敷が燃えてイテ、憲兵の人たちから『お前がやったのか』と言わレテ、それに対して証言しようとしたケレド、なぜか上手く言葉が出せなクテ、喋ろうとすると頭がスゴク痛くなって、あまりに痛くて死んでしまいそうで……!」
「……ウソの証言をすれば痛みが引くというコトガ、呪いの働きによるものナノカ分かって、痛みに耐えかネテ『ワタシがやりマシタ』と言ってしまって、こうなり、マシ、タ……ッ……!」
一通りあらすじを話したところで、声を殺して泣き始めた。
これまで話そうと思っても話せなかった無念と、やっと話せたという解放感、そして裏切られた悲しみなど様々な感情がごちゃ混ぜになって、ただただ泣くことしかできなくなってしまったようだ。
……無理もない。こうして聞いてるだけでも吐き気がするような内容だ。
「よく話してくれた。その事件の詳細や本格的な捜査についてはこちらからも話を通しておく」
「……ありがとう、ございマス……」
「さて、ところで君はこれからどうする? 冤罪なら無理に俺たちのもとで鍛える必要はないし、希望するなら免除も可能だと思うが」
「……いえ、ワタシも一緒に鍛えてくだサイ。あの時、ワタシがもっと強けレバ、呪いなんかに負けないくらい強けレバ、こんなことにはならなかったはずデス。もう、あんな思いをするのは嫌デス」
「先に言っておくが地獄だぞ。逃げるなら今のうちだ」
「地獄なら、もう見てきマシタ」
「……分かった。言っておくが、悲惨な過去があったからといって手心を加えるつもりは一切ない。覚悟しておいてくれ」
「望むところデス」
立ち直りが早いうえに向上心がすごい。カジカワポイントプラス500点。意味はない。
……まあ、ちょっと溜飲が下がる情報を教えてやるくらいはいいか。
「ところで話が変わるが、さっきの呪いがどうなったか教えてやろうか?」
「え? き、消えたんじゃ、ないんデスか……?」
「あ、大丈夫。君にはもうなんの危害も加えられないから。君には。……君を呪った奴らはモロ呪い返しされてるけど」
「の、呪い返シ、デスか?」
「ああ。ちょっと俺が強引に引き剥がしたうえに捩じったり結んだりしたせいで呪いの内容が変質しちまって、それが君を呪った奴らに振りかかったらしい」
「呪いが変質っテ……?」
「非常にえげつない呪いへと変わってしまったようでな、それが我が身に振りかかったらと思うだけで恐ろしいわ。いやマジ怖い」
「ひっ……ど、どんなふうに変わってしまったんデスか……?」
聞きたいかね? 口にするのも恐ろしいぞ。
「飲み食いするもの全てがカイワレダイコンの味にしか感じなくなる呪いだ。一生な」
「ひえぇ……!!」
顔を青くしながら悲鳴を漏らすルルベル。
怖いよね。マジ怖いよね。
次回より、修業が始まりまする。




