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きたない

 ※今回、後半パートにちょっとお下品な表現があるのでご注意くださいませ。



 梶川の倅が言った言葉を、理解できなかった。

 小泉がこれまで殺した人間の……なんだって……?



「言っていることの意味が分かりませんね」


「とぼけるな、お前も異世界帰還者だろ。それも、ステータス持ちのな」


「それで?」


「お前のステータスのキルログ、これまで殺した人間の履歴の中に『梶川正十:呪殺』って書いてあるんだよ。どういうことだ」



 梶川の倅が、今にも小泉を殺しかねないと思えるほど怒りに顔を歪ませている。



「親父は病死したんじゃなかったのか。お前が、親父を殺したのか」


「……ふむ、これは誤魔化しても意味がなさそうですね。まあ、そろそろ頃合いですし丁度いい」



 いつも仏頂面の小泉の顔が、禍々しく醜悪な笑みへと変わっていく。

 まさか、まさか、本当に、小泉が……!?



「ええ、私が梶川正十を殺しました。病死に見せかけるように、呪い殺しましたとも。オカルトではなく徐々に衰弱して死に至る、いわゆる『スキル』という異世界の力によってね」


「……なんで親父を?」


「邪魔でしたので。いえ、邪魔になりそうだった、というべきですか。あとはまあ、この如月(ボンボン)の恨みを買いたかったとかそんな理由ですよ」


「……あぁ?」



 小泉がそう告げると、梶川の倅の顔に険がいや増した。

 私も、食いしばった口の中に血の味が広がっていくのが感じられる。



「小泉! 貴様、なにを勝手な真似を! 奴は、梶川とは私がケリをつけなければ意味がなかったというのに!!」


「そう、その怒りを、敵意を、害意を私に向けてほしかった! いや、しかし、そんなものですか。はぁ、期待外れもいいところですよ本当に……」



 なにを言っている、こいつは、なにを言っている……!!

 心底失望したといった様子で、開き直ったかのように汚言を吐き捨てる小泉を見ているだけで、はらわたが煮えくり返るようだ。



「あーあ、やはりもう少しあのバカ女の動向を細目に窺っておくべきでしたね。あなたやそこのジジイとババアの目の前で殺してやれば、さぞ盛大に怒り狂ってくれたでしょうに。勝手に車に轢かれてあっさり事故死とは、本当に使えない売女でしたよ」


「貴、様……!! 唯を、侮辱するかぁぁぁあっ!!!」



 殺す、殺す! 殺してやる!!

 彼女を、唯を、よくも……!!



「くたばれぇぇえっ!!!」


「おおぅっ……ううむ、せめてものスパイスにと挑発してみましたが、やはりこんなものですか。食いでがない」


「くっ……!?」



 渾身の力を籠めて殺す気で殴ったが、手応えがない。

 何度殴ろうとも小泉の顔面に拳が触れた瞬間に、まるで寸止めでもしたかのように勢いが殺される。



「まあ、無いよりマシ程度の怒りでしたね。御馳走様」



 こいつは、こいつはなんなんだ。

 なぜ攻撃が効かない。なぜわざわざ自ら恨みを買うようなことをして、それをこんな最悪のタイミングで暴露した。


 そもそも、この『小泉』という男はどこからきた。

 思えばなぜ今まで、なんのために私に仕えていた?




「おや、もうおしまいですか。ま、異世界のチートを渡されてもこの程度ならば、どのみち期待できるものではなかったということでしょうか」


「ぐ……!」


「では、返してもらいますよ」


「っ!?」



 私の頭から、赤いビー玉のようなものがひり出てきた。

 たしかあの玉は、小泉から受け取った『異世界の力』が宿っているというものだったはずだ。

 取り込んだ者に、『自分に相手の強さを足すことができる』という力を与える道具。


 それがなぜ、小泉の手へ戻っていく……!?



「この玉は与えた人間の手にいつでも戻すことができるセーフティ機能があるんですよ。あなたに与えたのは私ですからね。これで、もうあなたはタダの普通人に過ぎない」


「だから、どうした……! お前を殺すのに、今更そんなものはいらんっ!!」



 拳銃を構えて、小泉の頭に向けて引き金を引いた。

 何発も、何発も、空になるまで撃ち続けた。


 しかし、小泉に着弾するたびに弾頭が皮一枚のところで止まり、床に転げ落ちていく。

 飛び道具も、効かないというのか……!




「私はね、他者からの敵意や害意の籠った攻撃を喰らい、吸収し、命に変える能力を持っているんですよ。敵意さえあれば、私は飲まず食わずで生きていられる。大体、今ので200年分くらいの寿命が得られました。ごちそうさま」


「なに……?」


「特に憎悪や怒りを交えた攻撃は美味でね、長ぁい年月をかけて育てた憎悪は特別なごちそうになる。今回は、ちとイマイチな仕上がりでしたが」


「どういう、ことだ……!」




「梶川正十と池田唯。この二人の婚約が決まった時から、あなたに目をつけていたんですよ。いいごちそうになりそうだ、とね」



 っ……。



 あの時、唯と梶川との婚約が決まった時に、私は一度退きそうになっていた。

 唯が幸せならば、それでもいいのではないかと。


 だが、心の底では諦めきれない部分があった。

 そこに声をかけてきたのが、この小泉という男だった。



 諦めきれないのであれば奪い取ればいい、否、奪おうとしているのは梶川で、それを取り戻すべきだと私を焚きつけてきた。



 だから、私は三佐組若頭補佐という立場を使って、唯を拉致し、そのまま奪い去るつもりだった。

 ……結局は、梶川正十に敗北し、奪い返されてしまったが。


 その時から、梶川への恨みと唯への執着だけを胸に四半世紀もの間ただただ力を蓄え続けた。

 そして、その傍ではいつも小泉がいて、私の妄執が薄まらないように励まし(煽り)続けていた。



 それは、全て、この小泉が、ただ私の憎悪を喰らうための下準備だったということだというのか。


 私は、私は、これまでなんのために……!!




「いやぁ、しかしあの梶川正十という男は実に危険な男でした。……下手をすれば、あらゆる敵意や悪意による攻撃を喰らう私にすら牙を届かせかねない、底の知れないなにかがありましたからね」


「……梶川を、殺したのは……」


「こちらにその牙が剝かれる前に、あらかじめ手を打っていたというだけですよ。死んでしまえば、もうなにもできないでしょうから」


「……この、クズがっ……!!」


「さてさて、もうあなたからの食事(攻撃)は充分です。ああ、よければそちらにいらっしゃる梶川の息子さん、あなたも私に殴りかかってきてみては?」



 もう私には興味を失った様子で、今度は梶川の倅に向けて口を開いている。



「いやぁ、あなたには期待してますよ。先ほどの怒気を籠めた攻撃はどれほど美味か、考えただけで涎が出そうです。ああ、もちろん殴りかかるだけでなく手段はお任せいたします。銃撃や爆撃、毒を浴びせてもいいし、マグマの煮えたぎる遥か地下深くまで沈めてもいい。その全てが私の命になるのですから。あなたは私を殴って憂さ晴らしできる、私はそれを喰らって長生きできる。互いに得しかない提案でしょう? ほらほら、遠慮せず。さあ」




 顔を俯かせてなにか独り言を呟いている梶川の倅に、自分に攻撃してくるように煽っている。

 その全てが自分のエサになるのだと分かりきっているから、あえて小馬鹿にしたように。




「どーうーしーたーんーでーすーかー? ほぉら、目の前にいるのはあなたの父親を殺した敵ですよぉ? まさか、人を殴れないほどに甘ちゃんなんですかぁ? いやぁ、梶川正十の息子とは思えないほど腰抜け――――」





「親父のことを、俺はよく知らない」


「……んんー?」



 俯いたまま、梶川の倅が口を開いた。



「親父の仇って言われても、正直言ってピンとこない。さっきまでお前が親父を殺したってことに腹が立ってたけど、殺してやろうって思うほどじゃなかった」



 ポツポツと小さく、しかし耳に響く声で言葉を続けている。



「でも、お袋が生きてた時に、時々すごく寂しそうな顔をすることがあった。そんな顔をする時は、決まって親父の話題が出た時で、その顔を見るのがつらくて親父のことは極力聞かないようにしてたんだ」


「あのぉ、いきなり自分語りしてないでさっさとしてくれませんかねぇ? こっちも次のごちそうをいただくためにまた色々と段取りを組まなければいけないので――――――っ!?」


「っっ……!!」



 苛ついた様子で小泉がそう言う途中で、梶川の倅が顔を上げた。


 その顔を見て、思わず息を呑んだ。


 あの時の梶川と、同じだ。



 怒るでもなく、ただただ相手を憐れんでいる、悲しみに満ちた表情。



 破滅が確定していた私に向けていたあの顔を、梶川の倅が寸分違わず再現していた。




「お袋が悲しむ原因をつくったお前を許さない」


「……それでぇ? 私を殺しますかぁ? どうやって? ねぇどうやってぇぇぇ??」



 一瞬怯んだように見えたが、それでもなお小泉は煽り続けた。

 自分が絶対に死なないという自信の表れだろうか。

 それが、なぜかひどく無謀なことに思えてしまう。


 いったいなにをするつもりだ、『梶川光流』……!









 ~~~~~梶川光流視点~~~~~









「殺す手段が無いわけじゃない。でもお前は殺さない。お前と同じ人殺しになんかなるつもりはないから」


「ふぅぅぅぅんん? 負け惜しみもここまでくると感心しますねぇ、ははは!」




「剥がせ」


「え、うわっ!?」



 さっき確認した張った部屋が破壊できなくなる『破壊不能の護符』を、貼ったヤツを魔力操作で無理やり動かして剥がさせた。

 そしてすぐさまアイテム画面へ収納。



「寄越せ」


「なっ……?」



 続いて、さっき如月さんからこのクズが奪い取った赤いビー玉みたいな道具を、魔力操作で奪ってまた収納。


 この小泉とかいう野郎、ステータスを確認する限りじゃ転移系の能力は持っていない。

 つまり、準備は整ったということだ。



「お前、如月さんの前にも、これまで何人も似たようなことやって弄んできただろう」


「それがどうかしましたかぁ? 私の食事にケチをつけないでいただきたいですねぇ?」




 何人破滅させてきたか知らないが、その結果がステータス画面に表示されている数万年っていう寿命か。

 ああ、本当に可哀想だ。



「……長生きしなけりゃ、早く楽になれただろうに。お前、本当に可哀想だな」


「……え?」




 小泉(クズ)の頭を掴んで、ファストトラベルを発動した。

 向かう先は、21階層のとある部屋。


 ベッドやマットなんかの寝具が敷かれている、十畳くらいの広さの部屋だ。




「なんだ、ここは……?」



 21階層には、危険な場所がいくつもあった。

 デカくてどうあがいても勝てそうにない赤い鳥が支配する世界や、全てを溶かして取り込もうとする四色の海とかな。


 その中でも、生理的に二度と近付きたくない部屋が、ここだ。



 この部屋から21階層へ繋がる扉に『破壊不能の護符』を貼り付けた。

 これで、もうこの部屋は俺が護符を剝がさない限り脱出できない。転移でもできない限りはな。



 ……さて、次は……。







『あん? お客さん?』





 この部屋の主への対応をしないとな。




「な、なんだこいつは……!?」


『あぁん? 俺やで?』




 この部屋は、いわゆる、その、『ハッテン場』らしい。

 入ってきた人間の性別が男だった場合にのみ、この部屋の主とでも言うべき筋肉質な男性が現れるという意味の分からん部屋だ。

 言ってることも大体意味が分からん。もう全部分からん。



「へい、パス」


『お? おお硬い……!』



 その部屋の主に、さっき小泉から奪った赤いビー玉みたいな道具を投げて、取り込ませた。

 これで、この部屋の主は相手よりも確実に強い力を発揮できるようになった。

 もう小泉がなにをしようと、部屋の主に勝つことはできないだろう。



「な、なんなんだ、ここは! なんだこのむさ苦しい男は! 近寄るな!」


『ひどぅい。……離さんぜよ』



 小泉が狼狽した様子で部屋の主から逃げようとするが、目にも留まらない速さでガッチリとホールドされた。

 あー、捕まったか。ご愁傷様。



「やめろ、なにをする! 離せ!!」


「おいクズ、最後だから説明だけしといてやる」


「なに……!?」


「そいつは相手が死ぬまで可愛がってくれるガチムチ野郎でな、寿命という概念はないらしい。あと重度のホモで、男性ならどんな奴でもOKっていう守備範囲の広さだ。敵意や害意なんてもんは一切持ってないし、あるのは同性への愛と性欲くらいなもんだ」


「そ、そいつが、なぜ私を、ま、まさ、か……!!」


『愛いのう、愛いのう! ほれケツ出せ! カマン!』




 ああ、本当に可哀想だ。

 でも因果応報っていうし、これもお前のこれまでの行いの賜物なんだ。諦めろ。




「まあ、なんだ。何万年か耐えればいつかは死ねる。せいぜい末永くたっぷり可愛がってもらいな」


「い、い、嫌だぁぁぁぁあああ!!! やめろ、やめろぉ!! 離せ!! 離してくれ!! 助け、たすけてぇぇええ!!!」


『おっほっほ、元気だ。……覚悟しぃ』




 ……もうこれ以上見たくないし聞きたくない。

 巻き込まれる前にさっさとファストトラベルで脱出しよう。



「許してぇ!! 許してくれぇぇええええっ!!!」


「さっきも言っただろ。……絶対に許さない。じゃあな」




『いくぞおらぁっ!!』





「やめてぇぇぇえええええいぎゃああああああぁぁぁああああああぁぁああぁぁああぁぁああ!!!!」







 はぁ、なんてきたない末路だ。引くわー。

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 9/5から、BKブックス様より書籍化!  あれ、画像なんかちっちゃくね? スキル? ねぇよそんなもん! ~不遇者たちの才能開花~
― 新着の感想 ―
[一言] ┌(┌^o^)┐ホモォ... :(;゛゜'ω゜'): ┌(^o^≡^o^)┐ホモォ… ∑(@Д@)! ホモォリリンンン ┌(┌ •̅_•̅ )┐┌(┌⊙ω⊙)┐ァァ……
[一言] 何で21階にあんな部屋作ったw 正に墓穴を掘るとはこのことだなww
[良い点] ✖️酷い ◯非道い [一言] 最後の一行が作者さんに読者及び登場人物の思いまで全てを表してますな。
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