聞くな、聞かんといてください
しばらくファミレスで飲食を続けていると、数人の男女が俺たちの席に近付いてきた。
あ、ネオラ君たちやん。無事合流できてなにより。なんだかお疲れみたいだけど。
「……なに? アンタらいつどうやって戻ってきたの?」
「あー、まあ、うん、ちょっと前に21階層を経由して自力で……」
ファミレスで飯をつつきながら、ジト目のネオラ君にツッコまれる俺。
その隣には、アルマが俺の腕を掴みながら寄りかかっている。
……無表情な彼女の瞳の中心にハートマークが見えるのはきっと気のせい。
「アンタら、一足先に帰ってたかと思ったら暢気に飯食ってるってのはどういうことやねん。わざわざ悪の組織のアジトまで殴り込みに行ったオレらがバカみてぇじゃねぇか」
「いや、これでも怪獣大決戦とか不良少年の更生とか異世界帰還チート野郎どもの無力化とか、色々働いてたんですよ? 特に不良少年が一番苦戦した」
「そん中じゃ一番ショボそうな案件なのに……? つーか、オレらが帰ってくるまでの間になにがあったんだ……」
不良少年との喧嘩はステータス頼りに暴れて解決できない状況だったからね。
いや正確にはメニューさんからの試練みたいなもんだったわけだけど。
「あの悪の組織の親玉みてぇな奴にアンタとアルマが異世界まで飛ばされて、そこから異世界ハネムーンにでもしゃれこんでたのか?」
「いや、あっちはあっちで厄介な状況だったんだけどね。……まあ、帰りにラーメン屋へ寄ってたりしてたけど」
「ラーメン屋だけじゃないだろ、帰りの21階層でなにやってたんだアンタら。……しかも、メニュー表示に『アルマがおめでた』って、オイ」
「……」
愛おしそうに自分の腹部を撫でているアルマを、非難すればいいのか祝福するべきなのか分からない様子で眺めつつ苦笑いするネオラ君。
救出対象が自力で帰ってきた挙句こんな状態になってたらそりゃ困惑するわな。
「はぁ……もういいよ、割と本気で心配してたオレらがバカだった。当の本人たちは異世界で夫婦旅行ついでにおせっせするくらい余裕綽々だったってのに」
「おせっせ言うな」
「おせっせってなんすか?」
「聞くな」
まあ、なんだ、……記憶喪失の治療のためとはいえ、ちょっと頑張りすぎた感は否めないが。
というか、必死こいてこっちを救出しようとしてるネオラ君たちをさしおいてすることじゃない。我ながらわりと最低だとは思う。
「21階層も、今のアンタにとっちゃラブホ替わりか」
「ラブホて。余計な扉を開かないようにすれば便利に使えるってだけで、危険な場所には変わりないぞ。しかも、なんか誰かが書いた目印とかメモが増えてたし」
「今も誰かが攻略中なのかもな」
でも、不思議と誰とも会わないんだよなあの場所。
扉の先でエンカウントすることはあっても、21階層そのものでは誰かと遭遇することはない、みたいなルールでもあるんだろうか。
「とりあえず、日本旅行から帰ったら教官たちに報告しなきゃな。……覚悟はできてるか?」
「……ルナティアラさんはともかく、デュークリスさんがヤバそうだなー……」
「もう夫婦なんだから文句を言われる筋合いはない。安心していい」
安心できねぇ。全く安心できねぇ。
娘さんをください宣言した時も魔王と遜色ない剣幕で斬りかかってきてたし。そんな力があるなら魔王戦で出しとけよと(ry
「しっかし、アルマさんいつになく幸せそうな顔っすねー」
「……うん」
なんか文句や不安ばかり浮かんできてるが、アルマの満ち足りたような顔を見ているとちっぽけな悩みに思えてくる。
その顔は、どこかお袋に似た印象を覚える。
人の親になる、という自覚がそうさせているんだろうか。
……俺も近々親父になるのかー。
これまでステータスやらメニューさんやらに頼りっきりで適当に暴れたりしてりゃどうとでもなってたけど、これからはそんないい加減な生活は無理だろうなー。
そもそも親父って、どう振る舞えばいいんだ? ドラマとか漫画とかでどんなイメージかはなんとなく分かるけど、そりゃ表面上での描写でしかないし。
仲間の父親を参考にしようにも、レイナの親父はクズだし、アルマパパは一般的な父親と言っていいのか正直疑問なんですがそれは。
……ちっぽけな悩みとか思ったのやっぱ気のせいだったわ。めっちゃ深刻な悩みだったわ。
「……ヒカル、ずっと難しい顔してるけど、不安なの?」
「いや全然。……早く、子供の顔が見たいなーって思っててな」
「! ……そうだね」
しかし、俺のせいでアルマに余計な負担をかけてはいけない。
強がりでもこうやって前向きな姿勢を見せておかないと、彼女まで不安にさせてしまうからな。
それに、子供の顔が見たいっていうのはホントの話だし。
「ふふふふふ……決死の覚悟で敵のアジトに乗り込んだかと思ったら、既に壊滅していたうえに救助対象は既に自力で帰還しているって、骨折り損もいいところじゃないですかー……」
「あ、仁科さんまだいたの?」
「いますよ! さっきからずっといましたよ!」
あれ、ネオラ君の隣に見慣れない女性が。
あー、もしかして例のセーフティなんとかの職員さんかなんかかな? お疲れ様でーす。
「くっそぅ、異世界帰還者たちを一斉収容できたりしてようやく時間に余裕ができそうなのに、あなたたちの監視任務は続行しろとかもうホントに勘弁してくださいよぅ……」
「……なんかゴメン」
「監視って言っちゃってるけど、それを私たちに言ってもいいの?」
「よくないですけど、仮にストーカーよろしく隠れて監視してても、あなたたちには丸わかりなんでしょう? なら隠しても意味ないでしょー」
「……単なる開き直りじゃないの」
実際、マップ画面無しでも誰かがこっちを見ているのバレバレだったしな。
今も『イチャイチャすんな』と言わんばかりに、妬まし気な殺気交じりの視線がチクチクとこちらに突き刺さってます。怖ひ。
ネオラ君たちも相席してしばらく駄弁りながら食事を進めていると、気が付いたらもう夜の八時になっていた。
……時間が経つのが早く感じる。というか異世界やらなんやら経由してたせいで、時差ボケというか昼夜の感覚が若干ズレてる気がする。
「さて、一段落したところで、今日はもうどっかに泊まって休むとしようか」
「さんせー。遊んだり誘拐されたりで変な疲れかたしたせいでヘトヘトだよアタシゃ」
そういえば、そもそも俺たちが拉致されたのはアイナさんが捕まりそうになったのを助けようとしたからなんだよな。
あの場にアイナさん一人だけ残ってたのは、今思うとちょっと危なかったかもしれない。
「アイナさんもご無事でなによりです」
「危なそうなのは全部カジカワ君とアルマちゃんが片付けてくれてたからねー」
「泊まるとなると、やっぱホテルかな?」
「うん。近くに大きな駅があって、その周辺はホテル街みたいだから予約とれるか確認してみるよ。……あ、もしもし?」
スマホを取り出して近くのホテルに連絡を入れてみると、いくらか部屋が空いているのを確認。
でも三人分ほど部屋が足りない。他のホテルにも電話してみたが、出張のシーズンだとかなんとかで空きがないらしい。
しかも基本ペット禁止みたいだから、ヒヨ子の寝る場所がない。
「うーん……最初のホテル以外はどこも満室っぽいなー……」
「つーか、カジカワさん行方不明扱いのはずなのにスマホ使えるんだな」
こないだ契約し直したからね。住所と電話番号さえあれば再契約は難しくなかったな。
ネオラ君は死亡扱いになってるだろうし、身分証明できるものがないから契約するのは難しいだろう。
さて、どうしたもんかね。近辺のホテルがダメとなると、どっかのデイリーマンションでも探してみるか?
いや、待てよ。
……ふむ、考えようによってはいい機会だし、ちょっと連絡してみるか。
ちゃんと通じるかどうかも分からんが、まあものは試しだ。
「アルマ、レイナ、もうしばらくホテルを探すか、あるいは泊まる当てのある場所で一泊するかどっちがいい?」
『ピ?』
「ヒヨ子はどっちにしろ俺と一緒に後者で一泊だ。ここらはペット禁止の場所しかないからな。で、どうする?」
「ヒカルと一緒がいい」
「土地鑑がないところで離れて一泊するのは正直心細いっす」
だよね。となると、結局いつものメンバーで泊まることになるわけね。
「どこに泊まるつもりなんすか? 友達の家とか?」
「……さすがに友人の家へアポなしでいきなり女の子たち連れて泊まる勇気はないなー……」
そういった泊めてくれそうな友人もいるにはいるんだが、未成年引き連れて押しかけたりしたら通報されかねん。
いや事情を説明すれば泊めてもらえなくはないだろうけど、向こうの都合とかもあるだろうし。
そう考えると、これから連絡するところにも結構な迷惑がかかりそうだ。でも、他に選択の余地がなー。
「で、どこへ?」
「母方の実家。田舎町にある小さな居酒屋でな、俺が一人暮らし始めるまではそこで暮らしてたんだ」
「ヒカルの、実家……」
「ホントは俺が住んでたアパートにでも泊まれたらいいんだろうが、契約切れてるうえにそもそもアパート自体潰れてたからな。……はぁ、俺の部屋にあったもんも全部どっかいっちまった……」
「な、なんだかすっごく哀愁漂ってるっす……」
なにが無くなってこんなに落ち込んでいるのかは想像にお任せする。
それを聞いて怪訝そうな顔をしている皆の中で、ネオラ君だけが何かを察したような半笑いで微妙に頷いていた。分かってくれるか。
「じゃあ、オレらは先に」
「ああ、じゃあまた明日」
「ふふふ、このまま四人で朝までくんずほぐれつしようぜー! 今夜は寝かさないぞネオラ君!」
「一人一部屋だから無理です。あとラブホじゃないんだから自重してください……」
「けっ、このリア充どもめ」
「ニシナちゃんも混ざるー?」
「いやさすがに未成年交じりでしかも5Pするつもりはないです。はい」
「ヒカル、ホントにらぶほってなに?」
「聞かんといてください……」
……さて、気を取り直して電話しますか。
ジイさんのケータイ、通じるかな?
21階層でのお袋の話が本当なら、ジイさんとバアさんは俺が異世界に飛ばされたことを知っているはずだ。
その俺の番号からかけられてきたりするもんだから、きっと困惑するだろうなー。
数回ほどコールが鳴った後に、受話器をとるような効果音が響いた。
『……誰じゃ。なぜ、その番号を使っとる』
懐かしい、少ししわがれた声。
祖父の、ジイさんの声だ。
「あ、ジイさん? 久しぶり」
『っ……誰じゃ、と聞いておる』
ふむ、俺の声にちょっと反応したっぽいが、警戒している様子。詐欺かなんかかと思われてるのかな?
まあ事情を知っているのなら当然か。
「光流です。ちょっとしばらく連絡できない状況だったもんで。……てか、夢の中で事情聞いてるって話だったと思うけど、知らない?」
『……お前が本当に光流だというのなら、一つ質問をするから答えろ』
「え、なに?」
ふむ、家族にしか分からない質問をして確認しようってか。
まあ物騒なご時世だし、仕方ないから答えますか。
『光流がまだガキのころに、唯やバアさんに内緒で見せてやった儂の『お宝』は、普段どこに仕舞ってある?』
「ぶふぅっ!!?」
質問の内容が酷すぎる!
いや覚えてるよ!? 覚えてるけどさぁ! よりによってソレ聞くか!?
『どうした? 何度も見せてやったし、光流なら答えられんはずないだろー?』
「……それ、言わなきゃアカンの?」
『アカンで。はよ答えろ』
「……アンタの部屋の畳の下。普段は晩酌用のちゃぶ台が置いてあるとこな」
『はい正解』
「はいじゃないが。つーか俺のリアクション聞いた時にもう本人だって分かってただろ。明らかに声色が変わってたやん」
『イヤイヤゼンゼンワカランカッタワーハハハー』
……全っ然変わってねーなこのジジイ。
いつか『お宝』の場所バアさんにチクってやろうかコイツ。
『……よう無事だったな。元気でおったか?』
「ああ。ちょっと異世界くんだりまで飛ばされたりしたけど、俺は元気です」
『またお前の声が聞けて嬉しいわい。ほんに、よかった』
「どーも。……ところで、ちょっといいか?」
『なんじゃ。金の無心なら電話たたっ切るぞ』
「物理的に切ろうとすんな。そうじゃなくて、ちょっと今夜一泊泊めてくれない?」
『ん、別にええが、これるのか?』
「ああ、交通に関しては問題ない。ただ、俺一人じゃなくてちょっと連れがいるんだけど」
『うん? なんじゃ、異世界で嫁でもできたのかの? いやー、ひ孫の顔は近いのぅハハハ』
「はい正解。あともう一人と一羽いるけど、そっちもよろしく。そんじゃ」
『……え?』
ピッ、と通話を切りスマホを懐へしまった。
最後の間の抜けた声を聴く限りじゃ、冗談で言ったつもりが正解って返されて呆気にとられてたなありゃ。
普段こっちをおちょくってばかりのジイさんに反撃できたようで、ちょっと気分がいい。
「泊めてくれるってさ」
「よかったっす。……なんというか、まさにカジカワさんの家族って感じの人みたいっすねー」
「え、通話聞こえたの?」
「ステータスが高いから、あれくらいまる聞こえっす」
「うん。ところで、『お宝』ってなに?」
「……聞かんといてくださいお願いします」
『ピィ?』
さて、今夜の寝床も確保できたし、移動するとしますかね。
あ、ファストトラベルは無理? マップ画面解放後に訪れた場所にしか行けない?
仕方ない、隠れ蓑を被りながら魔力飛行でひとっ飛びしますかね。
アルマも自力で飛べるから、全員抱える必要はないしさほど時間もかからないだろう。
さーて、レイナとヒヨ子を抱えて日本の夜空を楽しむとしますか。超音速で。
おいレイナ逃げるな。大丈夫大丈夫、今のお前なら耐えられるさ。多分。
お読みいただきありがとうございます。
今現在も、21階層では何人も彷徨っています。




