ステータスではどうにもならない事実
ファミレスにて、アルマとレイナとヒヨ子のいつものメンバーで相席して、スタミナ補給のためにひたすら飯をかきこんでいる最中のことだった。
茄子とベーコンのチーズ焼きを口に運ぼうとしたところで、俺の手からフォークが滑り落ちて床に転がっていった。
それを拾うこともなく、俺の身体は固まったままだ。
『ピ?』
「? カジカワさん? フォーク落ちたっすよー………ちょっと、どうしたんすか?」
「……座ったまま、気絶してる?」
周りがなにか言っているが、内容が頭に入ってこない。
不思議そうに俺の顔を覗き込むアルマを、直視するのがつらい。
……。
人間って、あまりにも衝撃的な事実を突きつけられると、思考だけじゃなくて身体も停止するものなんだと、再認識した。
「アルマ」
「? なに?」
「……落ち着いて、聞いてほしい」
歯の根が合わない。絞り出す声が震えているのが自分でも分かる。
こんな状態に陥ったのは、お袋の訃報を聞いた時以来だ。
時は少々遡って、巨大要塞を破壊した後に例のセーフティなんとかの人たちが到着し、事後処理と異世界帰還者たちの収容処理に取り掛かっていた。
周辺地域の住民の記憶消去・記録媒体の処理なんかは手慣れた様子で進めていたが、異世界帰還者たちの連行に少し手間取っていたな。
全員気絶しているから無抵抗ではあったんだが、俺が地面や壁にめり込ませたのを掘り返したり、例のカクテルのせいで強烈な悪臭を放っていたりするもんだからとにかく手間がかかっている様子。
……まあ、要するに俺のせいですね。はい。
でもスタミナが尽きて餓死しそうになっているので、アイテム画面に入っているメシをムシャりながら傍観。
『お前も手伝え』みたいな目で見られてるけど、こちとら冗談抜きで腹が減って死にそうなのよ。
「どいつもこいつも、異世界由来の能力を使って悪事をはたらいていた前科者たちばかりだな」
「共通しているのは、ある日急に能力を失ったうえで誰かにボコボコにされていること、そして尋問してもなにも情報を得られないことだったんだが……」
「探していたイレギュラーが、まさかまだ高校生の少年だったとはね。若いだけあって行動力があるなぁ」
「……どうも」
異世界帰還者たちを慣れない手つきで掘り起こしている傍で、保護という名の確保をされる不良少年。
随分居心地悪そうに見えるが、ホントならお前もこいつらと一緒くたにされても文句言えん立場やぞ。
「最近は異世界帰還者による法律に引っかからない犯罪が増えていてね。どうしたものかと悩んでいたところだったが、君の力があれば今後の対応に目途がつきそうだな」
「……オレなんかよりも、そっちの梶川さんって人に協力を仰いだらどうですか。さっきも、その人がいなかったらヤバかったんですけど」
「あー……そうしたいのは山々なんだが、ぶっちゃけ制御できる気がしないしねぇ……」
「手元に置くには、ちと手に余るんだよ。彼だけじゃなくて、臨時バイトの子たち全員がね」
「ぶっちゃけ、こいつらだけで世界征服くらい楽にできそうだよな。……あれ? 一番の脅威こいつらじゃね?」
「でも強すぎて収容できないっていうね」
「彼らの気まぐれで今すぐ世界が滅ぶかもしれない恐怖。怖すぎワロタ」
遠巻きにこっちを見ながら小声でブツブツ話すのやめろ。丸聞こえだっつの。
というか、そんなポンポンと世界滅ぼしてたまるか。さっきのクソデブじゃあるまいし。
……両親を殺して、最後に自分の命と引き換えに日本を沈没させようとするとか、なにがあのデブにそこまでさせたんだか。
今じゃ誰にも分からないし、そもそもこのデブのことなんかもうどうでもいいけどな。
え、無慈悲? あんなのに手を差し伸べるほど俺の心は広くないです。
異世界帰還者たちの発掘および拘束が完了したところで、組織の職員の一人が俺に話しかけてきた。
組織の偉い人から言伝があるとかなんとか。
「『今回の騒ぎの解決、誠に感謝いたします。……恐縮ですが、事後処理が済んだ後にこちらに顔を出していただきたい』とのことです」
「? 俺になにか話でも?」
「詳しいお話は、その時にするそうで」
どうせロクな用事じゃないんだろうなー。また面倒事でも押し付ける気か。
もうこんな騒ぎに関わるのはこれっきりにしたいんですがそれは。
……でも、この人たちのおかげであのクソデブの位置情報を割り出せたんだし、普段からこういった危機に対抗するために頑張ってる人たちみたいだから、まあちょっとくらいならいいか。
異世界帰還者たちと不良少年を連行して、ようやく組織の人たちの仕事も一段落したようだ。
クソデブとその両親の遺体は『強盗殺人』の名目で誤魔化す予定だとか。
そういった事後処理には2~3日くらいかかる見込みで、連絡のためのメアド交換だけしたらさっさと帰っていった。
「はー、やっと片付いたな。あー疲れたわーモグモグ」
「いや、あのデッカいお城みたいなの壊してからはひたすら食べてばっかだったじゃないっすか。自分にもちょっと分けてほしいっす」
「レイナもお疲れさん。そろそろ晩飯時だし、ファストトラベルでヒヨ子も一緒に回収してアルマのいるファミレスでディナーにするか」
「はいっす!」
「というわけで魔力を分けてください。もう小石一つ持ち上げるほどの魔力も残ってないです」
「……ホントにいっぱいいっぱいだったんすねー」
魔力飛行と魔力ハンドの分以外の魔力をほぼ全部スタミナに変換してゴリ押ししてたからな。
昼飯もファミレスだったから別の店でもよかったかもしれないが、アルマを待たせてるしもうそこでいいや。
さーて、なにから食おうかなー。
……ん? メニューさん、どうかした?
≪ファミリーレストランで食事中に、今回の件についての反省点を再確認することを推奨≫
……え、俺なんかした?
ヒヨ子を回収がてらファミレスにファストトラベルして、アルマと合流。
同席して料理を注文して食べ始めていますが、なんだか非常に苦い味がします。
味付けとかじゃなくて、主に精神的に。
「……ヒカル、美味しくないの?」
「いや、料理は美味しいんだけどね……」
「?」
苦い顔をしつつ食べ進めている俺を見る周りの目が訝し気だ。
食事は気兼ねなく美味しく食べたいものだが、今はイマイチ味が感じられない。
≪先の反省点として、まずレイナミウレの生命活動が停止した時点で考えなしに目標地点へ移動したことから判断を誤っている≫
≪堀野一弘の能力を把握したうえで突入すれば、ステータス・バニッシュを発動する間もなく無力化できたと推測≫
≪要塞の破壊に関しても、スタミナが枯渇するほどの気力強化と魔力で形作った腕、そしてドラゴン・バスターの発射で対応していたが、遠隔で火力特化パイルバンカーを連打しつつアイテム画面に回収していけば効率よく余力を残して対応できたと推測≫
………。
あの、反省会はご飯食べた後じゃ駄目ですか。
気が滅入って消化に悪いんですけど。
それに、そういった最良の解決策をなぜその時点で言わないのか。
≪前者はレイナミウレの死亡を知らされて逆上していたため忠告しても無駄だった≫
≪そも、最初から最良の結果を求めることは今後の梶川光流とその後続に悪影響を及ぼしかねない≫
≪試行錯誤をする能力を育むためにも、答えを急がず失敗と反省を繰り返すことが必要な時期がきている、と判断≫
メニューさんに頼りっきりはよくない、って言いたいのか?
≪然り。メニュー機能ではなく自ら考え他人に物事を伝達する能力の熟練が遅くとも1~2年以内に必要になってくる≫
≪それは、能力値の高さ等ではどうにもならない問題である≫
≪現状、身に着けるべきは戦闘能力の強さではなく、人が成長することへの理解である≫
え、なにそのいやに具体的な時期指定は。
ここ数年でなんかイベントでもあるの?
≪肯定。……梶川光流とアルマティナは―――――≫
え?
・ ・ ・ ! ?
メニューに表示された文字を見て、その内容を理解した瞬間、思考と身体が停止した。
フォークが手から落ちて、床に落ちたことすら気にする余裕がなかった。
『ピ?』
「? カジカワさん? フォーク落ちたっすよー………ちょっと、どうしたんすか?」
「……座ったまま、気絶してる?」
しばらく固まったままの俺の顔を、アルマが心配そうに覗き込んできた。
「ヒカル、どうしたの? ……っ!」
「お、おおう? カジカワさん、いきなりハグとは大胆っすね……!?」
思わずアルマを抱き寄せて、身体を密着させる。
身体の、脳の震えが止まらない。
……それでも、言わなきゃならんのだろうな。
「アルマ」
「? なに?」
「……落ち着いて、聞いてほしい」
「……なにか、あったの?」
「アルマは、俺とアルマは、……一年以内に人の親になるらしい」
いくらステータスが高くとも、子育てには意味がない。




