リンチかカクテルか
レイナに往復+一回転ビンタを受けて気絶した不良少年が起きたのは数十分後のことだった。
二階から落ちた時はこりゃ死んだかなと思ったが、辛うじて打撲傷だけで済んだようだ。
少し鍛えていたみたいだからかな。無事(?)でよかった。
「……」
バツが悪そうに、レイナに殴られて内出血した歯っ欠け顔を逸らす不良少年。
ぶっちゃけ、コイツが正義マン面してそのへんのチート野郎をどうしようがコイツの勝手だ。どうでもいい。
俺を他のチート野郎と一括りにして喧嘩売ってきたのも、まあ許す。
だがレイナまで巻き込んだのは許さん。マジで許さん。一生許さん。
「しっかし、カジカワさんって普通に接してる分にはとても穏やかなのに、アンタもよくピンポイントで地雷踏んだもんっすね」
「……ああ、自分でも、バカやったと思ってる……」
「あらら、すっかりしょげちゃってるっすねー」
俯きながら低い声で呟く不良少年。超落ち込んでるわコレ。
レイナに説教くらってそのまま自殺しようとして、さらに激励された挙句それはそれとして恨みを籠めて殴られた直後だからな。
……文章にすると酷さが際立つなオイ。
「そういえば、アルマさんはどこで待たせてるんすか?」
「ファミレス。腹減ってたみたいだから、待ってる間は適当に食べてもらってる。……色々あってものすごーく強くなったけど、めちゃめちゃ食べるようになったから財布が心配だなー……」
「拉致されてからいったいなにがあったんすか……」
アルマは異世界に飛ばされて『ステータス』に加えて『プロフィール』の恩恵を、レイナは地球人としての『リソース』をその身に宿した。
その結果、アルマはその気になれば魔王の最終形態ともタイマン張れるくらい強くなってしまい、レイナは戦闘職としての力に加えて努力次第で料理や裁縫なんかをできるようになる可能性を手に入れた。
今後はアルマだけじゃなくて、レイナも一緒に料理の練習をさせてみるのもいいかもな。
さて、さっさとこの不良少年を例のセーフティ某とかいう組織に連行しますかね。
あとついでにさっき日本を滅ぼしかけたクソデブ眼鏡もな。
「いや、ついでとか言ってるっすけど、そっちの人のほうが相当ヤバい気がするんすけど……」
「確かにな。でも今はこのガキのスキルが効いてるから、もうなにもできないだろ」
「……いや、さっきのビンタで気絶したから『ステータス・バニッシュ』は解除されてるぞ。もう一回かけ直しておく……か……!?」
「? どうした?」
あ、気絶させるだけでも能力解除されるのね。……ならナイフで刺し殺すとかしようとする前に、ぶん殴って気を失わせるとか試しておくべきだったな。
自分で眠るのはいいけど、外的要因で気絶しちまうと能力が解除されるって感じかな。
クソデブに向かって再度ステータス無効化スキルを使おうとしたところで、不良少年の顔が強張った。
みるみる顔色が真っ青になって、脂汗が滲みだしている。
「まずい……!」
「いや、だからどうしたんだ? 顔色が悪いぞ」
「……オレは、これまで異世界の力を悪用している奴らの力を、『ステータス・バニッシュ』を使って無力化してきた。だが、さっき気絶させられたことでそれが全部解除されちまったんだ!」
「え、つまり?」
「異世界の力が無くなって悪事をはたらけなくなっていた、他のチート野郎どもの力も復活しちまったってことだよ!」
あー……確かにそりゃまずいな。
さっきの話だと、スキルを悪用して一般人を奴隷として扱っているようなクズとかもいたっぽいし、そいつらの力が復活したってことは……。
……おや?
「っ! なんか、来るっす!」
「アレは……!?」
こちらに向かって、なにやら黒塗りの高そうな自動車が5~6台ばかし押し寄せてきたのが見えた。
それらに乗っている奴らから、地球人が持っているはずのない『魔力』を感じられる。
……あーあーあー、行動が早いなー。
車から降りて続々とその姿を現したのは、どいつもこいつも『ステータス』に類する力を持った、いわゆる『異世界帰還者』たちのようだった。
メニューさんがステータス画面を表示しているから、間違いない。
降りた全員、特に高校生くらいの男女が不良少年を睨みつけながら、凶悪な笑みを浮かべている。
「き、恭介、美香……!!」
それを見た不良少年が、震えた声を漏らした。
その目には、憎悪と怯えが入り混じっているのが分かる。
「一弘ぉ……! 待ったぜぇ、この時をよぉ……!!」
「アンタの顔も、さっきまでの私みたいにメタメタにしてやるから……!!」
「ここにいる奴らに見覚えがあるだろぉ? 全員、テメェに全てを台無しにされた奴らだよぉ!!」
どうやらアイツら全員、ステータスを無効化された恨みを晴らすため、この不良少年に復讐するために集まった連中みたいだな。
全員で、おおよそ20人くらいかな。
中でもあの男女は、多分この少年の元親友と元恋人っぽい。
手足をへし折ったり顔を潰したりしてやったとか言ってたけど、どこも損傷していない。
ステータスが復活したから、回復魔法かなんかで治したのかね。
「梶川さんと、レイナ、だったか。奴らの目的は、オレへの報復だ。アンタらは関係ない、逃げろ」
不良少年が、俺たちのほうを向きながら避難するように指示を出してきた。
いやいや、コレ放っておいたら十中八九殺されるやつですやん。
「『ステータス・バニッシュ』には日ごとに回数制限があって、今日だけで三回使った。もうあと二回しか使えないから、アイツら全員を無力化することはできねぇ」
「だから?」
「どいつもこいつも、ステータスの恩恵でバケモンみてぇにつえぇんだ。そんな奴らが、あんだけの頭数揃えてやってきてる。アンタが頭一つ抜けて強いのは分かるが、あの数相手じゃ……」
うーむ? 確かにどいつもそれなりに強そうだけど、でもそんな絶望的な相手には見えないんだが。
メニュー、あの中に俺でも勝てないようなヤバそうなのはいるか?
≪皆無。戦闘能力、特殊能力ともに梶川光流の脅威にはなり得ない≫
他人を洗脳して操ったり、概念系の能力で無理やり自分ルールを押し付けてくるようなチート野郎もいるって不良少年が言ってたけど、そいつらもか?
≪その類の能力は保有エネルギーが一定以下の対象までにしか通用しないため、膨大なエネルギーをその身に宿している梶川光流には効果が無い≫
操り人形用の糸でゴリラを拘束しようとしても無理みたいな、そんなイメージかな。
やはりフィジカルによるゴリ押しこそが至高。ゴリ押しは全てを解決する。
このままだとこのガキが殺されかねないうえに、このロクでもない連中がまた悪事をはたらくことになりかねないな。
仕方ない、さっさとこの場を収めるか。
「あー、皆さま、お集まりいただきご苦労様です」
「ちょっ、アンタなにして……!?」
とりあえず集まってきた連中に向かって声をかけておく。挨拶は大事。
それに対して、訝し気にこちらを睨みながらヤジを飛ばしてくる。
「あぁん? なんだ、テメェは?」
「部外者のパンピーは引っ込んでろ!」
「死んでろや、カス!」
訂正。ヤジどころか普通にスキル由来の光弾とか飛ばしてきてるわ。
威力はさほど高くないけど、普通の人に当たったら粉々になるレベルだ。
……人殺しに対して忌避感も無しですか、そうですか。
そのほうがやりやすくていい。
「はい、どーん」
「な、ブホァッ!!?」
光弾を弾き飛ばしつつ、それを飛ばしてきたヤツに接近して顔面をビンタ。
鼻血と歯を撒き散らしながら、地面にめり込んだ。
「……は?」
「はい、はい、どどーん」
「「ゴブフゥっ!!」」
ついでに隣でヤジを飛ばしてきてた二人も、頭を掴んでかち合わせてやった。
気絶して地面に崩れ落ちるのを尻目に、残った連中に言葉を投げかける。
「あの一弘とかいうガキはこっちで預かることになってる。邪魔するなら全員ぶちのめす」
そう告げると、ガキを囲っていた連中が顔を引き攣らせながら一歩退いた。
ただ二人を除いて。
「……なるほどね、あんたも異世界帰りってわけか」
「一弘のボディガードってか? いい御身分だなぁ、一弘よぉ。自慢の空手だけじゃ不安になったか?」
やたら突っかかってきてる男女だが、この二人だけまるで狼狽えていないな。
他の連中はいきなり三人やられたことに少しビビってる様子なのに。
んー、ステータスを確認してみたが、メニューさんが言うには他の連中が大体能力値換算して1000くらいらしい。
それに対してこの二人はおおよそ10000。明らかに群を抜いている。
……そりゃ増長もするわな。
「あのさぁ、こんなザコども蹴散らしたところでなんの自慢にもなんないよ? にーさん分かってる?」
「もしかして異世界で無双してて、こっちでも強い側の人間だと勘違いしてる? なら残念、現実を教えてあげるよ」
そう言いながら『美香』とかいう女子のほうが、手を空に挙げた。
その直後、まるで太陽を思わせるような巨大な火球が頭上に現れた。
……いつぞやのキレた時のアルマを思わせる光景だな。
威力はあの時の火球とは桁違いだが。あんなものがこんな住宅街に着弾したら大火災になるだろう。
「今すぐ前言撤回して、ヒロ君をこっちに渡せば見逃してあげるよ?」
「あんたも強いのは分かるけどさぁ、上には上がいるってわけよ。ほら、さっさと土下座でもして引っ込んでろ」
「梶川さん! オレのことはもういいから、もうほっといてその子と一緒に逃げろ!」
不良少年が、再度俺とレイナに逃げるように促す。
……まったく、こっちは逆にやりづらいわ。なんで今更善人ムーブしてんだこのガキは。
「ああ、前言撤回するよ」
「あはは、けんめーだね。じゃあ……」
掲げている火球に向かって、俺はまるでロウソクでも消すかのようにフゥッと息を吹きかけた。
それと同時に、火球がボシュッと気の抜けるような音を立てて、消えた。
「え、あ、あれ……!?」
「お、おい、どうしたんだ、美香? なんで魔法を消したんだ?」
「か、勝手に消えたんだって! な、なんで!? ステータスは、そのままのはずなのに……!?」
タネは簡単。あの火球を魔力で包んで、魔力を『燃えないガス』に変えただけだ。
燃費が悪い消火方法だが、今の俺のMP量なら1%も消費しない。
それと同時に、女子の身体を魔力で包んで硬化・拘束した。
「な、う、動けない……!?」
「さっき、邪魔をしたら全員ぶちのめすって言ったよな」
「て、てめぇ! 美香になにしやがったぁっ!!」
バッグから、やたら仰々しい拵えの剣を取り出して斬りかかってくる恭介とかいう男子。銃刀法違反やぞ。
俺に振るわれた剣を掴み、アイテム画面へ没収してから、男子の額の前に手を翳した。
「訂正。邪魔しなくても、全員ぶちのめす」
翳した手の中指を弾き、男子の額にブチ当てた。
いわゆるデコピンだ。
「ぎゃああぁぁっ!!!」
デコピンを受けた男子の額が割れて、血を流しながら数十メートルほど後方にぶっ飛んでいった。
死なない程度に手加減してやったが、ちょっと威力強すぎたかな。
「きょ、キョー君っ!!」
「はい、次はお前ね」
「ひ、ひぃっ……!!? や、や、やめてぇっ!!」
「ちょっとちょっと、カジカワさん、さすがに女の人相手に乱暴するのはまずいんじゃ……」
「うーん、確かに。仕方ない、暴力はやめとくか」
「ひ、ぃぃ……! た、助かっ、た……?」
「よし、代わりに駅前で売ってたこのベジマ〇トとサルミアッ〇とシュールストレミ〇グを、合成画面で混ぜたカクテルをテイスティングさせてやろう……てか臭っ!? 想像の五倍くらい臭いなコレ!」
「……え゛?」
安堵の表情から一変、絶望の表情のまま固まる女子。
カクテルのあまりの激臭に、女子はもちろん隣にいるレイナや不良少年まで顔を歪ませている。
「ちょっと!? なんすかその禍々しいドロドロしたのは、ってかくっさ!? 臭いだけで吐きそうなんすけど!」
「まあ一応全部 くさっ 食べ物なんだし食べられないこと くっさ はないだろう。はい、じゃあ口開けてー くっさ!」
「え、ちょ、カジカワさん? それをその人の口に近付けてどうするつもりっすか? あの、まさかマジでそんなの飲ませる気なんすか……!?」
「ひ、や、や、やだぁぁあああああ゛あ゛あ゛っ!!!!」
ジョッキ一杯分の、嘔吐物を思わせるカクテルを魔力で包み、無理やり女子の口の中に流し込んだ。
いやー、女の子に対しては暴力に訴えない俺ってやさしーなーはははー いやてかマジくっさいなオイ!
流し込んでいる途中で、女子が号泣したかと思ったら白目を剥いて気絶してしまった。お粗末様。
それを見て、周りの連中がドン引きしながらうめき声を漏らしている。
「お、鬼だ……!」
「悪い、オレぁ抜けさせてもらうわ……!」
「あ、ちょ、なにテメェだけ逃げてんだ!」
残った連中も、ある者はダッシュで逃げようとしたり、ある者は転移魔法みたいなスキルでその場から消え去ろうとした。
ははは、話を聞いていなかったのかな君たちは。
俺は『全員ぶちのめす』と言ったんだぞ?
メニュー、こいつらを視認した時点でマーキングは済ませてただろ?
ファストトラベルで全員呼び戻せ。
≪了解≫
「あ、ああ!?」
「な、なんで、戻ってきちまってるんだ……!?」
呆けた面を晒しながら、逃げ出した連中が困惑している。
バキバキと指を鳴らしながら、残った連中にむかって口を開いた。
「逃げ場はないぞ。今すぐメタメタに殴り飛ばされるか、それともこのカクテルを呷るか、好きなほうを選べ」
残った連中の顔が、一人残らず青白く染まった。
お読みいただきありがとうございます。




