異世界アルマ 12話 鍛錬の終わり 蹂躙の始まり
魔王城へ殴り込みに行くまでの一週間、他の勇者をはじめとする精鋭たちが集まるまでの間、僕のすることは一つ。
これまでとなにも変わらない。ただ鍛錬あるのみ。
生き残るために、そして足手纏いにならないために。
……訂正。なにも変わらないとか言ってたけど、鍛錬の内容は激変した。
死ぬ。死んでしまう。魔王と戦う前にアルマに殺される。
「死なない。斬るのと同時に回復してるから、傷は一切残らない」
「待って……! 今、僕、心臓貫かれてたんだけど……!!」
「大丈夫。絶対に死なせない」
「死ぬかもしれない原因が言う言葉じゃない……!」
これまでアルマとの稽古は木刀を使っていたけれど、より実戦に近い形にするために真剣で組手を行うようになった。
その結果、これまで木刀が当たるたびに骨をへし折られていたけれど、それとはまったく別種の痛みと恐怖が襲いかかってきた。
アルマの振るう剣が身体に刃が通り抜けていく感覚。剣を通して熱さと冷たさが入り混じった痛みが走り、その度に『あ、死んだ』と心身ともに悟ってしまう。
でも、アルマいわく『死ぬ前に回復魔法で治してる』らしく、一瞬だけ痛みが走ったかと思ったら何事もなかったかのように傷一つ残っていない。
かなり強引で乱暴な方法だけど、結果だけ見れば傷が残らない安全な稽古に見えなくもない。
……実際は、斬られるたびに臨死体験しているんだけれどね。
その度に数年前に亡くなった祖父が『またお前か』みたいな顔でこっちを見ているのを何度も見たし。
そっちに逝くのはもっと後であってほしい。
ちなみに、僕の剣はアルマの身体に掠りもしていない。
仮に当たったとしても、多分傷つけることは不可能だろう。彼女の身体の頑丈さは異常すぎる。
……渾身の力を籠めて振るった剣を、指一本で止められた時は心が折れそうになった。
そして、それと並行して能力値の強化のための魔物の討伐もしているんだけれど、それも随分えげつない。
討伐依頼も出ないくらい危険な魔物の生息している危険区域まで入りこんで、討伐させようとしてくる。
「これ、討伐して」
「いや、あの、どうみても、ぼくにはむりじゃないですかね」
「できる。やって」
『ゴヴァルルルル………!!』
目の前には、僕が逆立ちしても勝てそうにないような、巨大なライオンがいる。
そのサイズは象のように大きく、鉄すら容易く引き裂けそうなくらい鋭い爪と牙を剥きだしにしている。
……今度こそ、死んだかな。
『グギュルァァアアアッ!!』
「っ!? アルマ!!」
内心半泣きで走馬灯が見えそうになっていたところで、その巨体からは想像もできないくらい速くライオンが駆けだした。
しかもどういうわけか、僕じゃなくてアルマを襲おうとしている。
ま、まずい、いくらアルマでもこんな速くて大きい魔物相手じゃ……!!
「こっちじゃない」
『ゴギョブボァッ!!?』
「あなたの相手はあっち。分かった?」
『コ、コルルルル………』
それをアルマは当たり前のように平手打ちで殴って迎撃した。
……殴られた際に、ライオンの牙が2~3本折れて宙を舞ったのが見えたんだけど、どれだけ強い力で殴ってるんだろうか。
常人があんなビンタを受けたら頭が弾け飛びそうだなぁ……。
「このライオンは私よりずっと弱い。だから普段私と稽古してるウルハが怖がることない。頑張って」
「う、うん……」
そう言われると、なんだか本当になんとかなりそうな気がしてくるから困る。
実際は単なる錯覚なんだってことは分かってるけどね。……生きて帰れるのかな、僕。
こんな具合に一週間もの間、毎日鍛錬の最中に臨死体験を味わう日々を送っていた。
初日のライオンなんか一歩間違えば首を食い千切られるところだったし、生き残るために強くなろうとしてるのか手の込んだ自殺をしようとしてるのか分からなくなりそうだったなぁ……。
そんなこの世の地獄みたいな鍛錬に耐えられたのは、一日の終わりにアルマが告げてくれる励ましの言葉のおかげだった。
「逃げ出さずによく頑張った。ウルハは偉い」
「そ、そうかな……ありがとう」
「私なら逃げ出してる」
「ちょっと待って!?」
「冗談」
「アルマの言うことは冗談に聞こえないよ……」
……珍しく半笑いでジョークを言うアルマに脱力してしまった。
ああくそ、そうやっておどける姿も可愛く見えるのは卑怯でしょ。
明日はいよいよ魔王のところまで殴り込みにいく日だ。
なんでだろう、一週間前までは死ににいくようなものだって内心怯えきっていたのに、今はあんまり怖くない。
アルマにみっちりしごかれて強くなったからか、それとも単に何度も死にかけたせいで、死に対する恐怖心が薄れているだけなんだろうか……。
そんなことを思いながら、自分のプロフィールカードを眺めてみた。
名前:ウルハ
種族:人間
年齢:17
性別:男
職業:剣聖+勇者
職業レベル5
職業能力値:1563
取得技能
剣術補正(極大)
剣技『稲妻斬り』
剣技『流水剣舞』
剣技『ラピッド・スラッシュ』
剣技『山斬り』
体術『先読みの眼』
体術『瞬発駆動』
勇技『■■■■』
出身地:ノヴァラ村
あ、職業が剣聖になってる。今日の鍛錬の最中、気絶しかかった時に職業レベルが上がった音が聞こえたのは気のせいじゃなかったみたいだ。
……我ながらなんだか感動が薄い気がする。まあ、アルマと出会ってからどんどんレベルアップしてるからなぁ。
取得技能も随分増えた。
『稲妻斬り』は高速の斬撃を繰り出す技で、『流水剣舞』は相手の攻撃を受け流す防御技、というふうに技によって全然特性が違うから、状況によって使い分けるのが便利で楽しい。
そう、楽しい。まさか自分が戦うことを楽しむことができるようになるなんて、思ってもみなかった。
なんだか黒塗りになっている技があるけれど、これは勇者専用の技能らしい。
僕自身、まだこれを使うための準備ができていないからこんな表示になっているらしいけれど、準備ってなにをすればいいんだろうか。
とりあえず、これについては他の勇者たちに聞いてみるとしようかな。
そんなことを考えているところに、鼻をくすぐる匂いとともにアルマが部屋に入ってきた。
運んでいる皿の上には、味付けして焼いたお肉のようなものが乗っている。
「ウルハ、晩御飯できた」
「ああ、ありがとう。……なんだか変わった、食欲をそそる匂いだね」
「豚のショウガ焼きっていう料理。レシピ通りに作ってみたけれど、上手くできたと思う」
「うん、とても美味しそうだね。じゃあ、いただきます」
毎日食事まで作ってくれるのが、申し訳ない反面本当にありがたい。
食べたことのない料理でも、どこか懐かしいというか優しい味がして疲れ切った身体に活力を与えてくれる。
「うわ美味しい! 甘辛い中にスパイシーというか、初めて食べる風味があるけどこれが『ショウガ』なのかな? ……? どうかしたの?」
「……これ、食べてるとなんだか切なくなってくる……」
「え、なんで?」
この料理になにかトラウマでもあるんだろうか。こんなに美味しいのに。
そういえば、普段アルマは手書きのレシピを見ながら料理をしているんだけれど、そもそもそのレシピを書いた人は誰なんだろうか。アルマとは筆跡が違うみたいだし。
その人との思い出の料理とか? ……記憶が戻らないと推測にも限界があるな。
食事が済んで、ベッドで眠りにつこうとする際に、明日への不安が今更になって湧き出してきた。
戦うのは怖くない。死にそうになるのも……怖くないってわけじゃないけどもう慣れた。
僕が恐れているのは、アルマと一緒に過ごす日々の終わりが日に日に近付いているんじゃないかっていう予感だ。
なにも進展しないままじゃ、いずれ彼女はどこかへ行ってしまうかもしれない。
僕から、なにか行動を起こさない限りは。
「ぅん……」
同じ部屋の、離れたベッドで眠るアルマの寝息が聞こえてくる。
……一瞬、邪な考えが浮かびそうになったけれど、すぐに振り払った。
『思いを成就するには、その伴侶から彼女を奪い取らなければなりませんわ。彼女の心を、その伴侶からあなたに移すように接しなければなりません』
『人の恋人を奪う覚悟がありますか? その罪から逃げない覚悟がありますか? そのうえで彼女を一生幸せにする覚悟がありますか?』
先日セリスに言われた言葉がフラッシュバックする。
僕は、どうするべきなんだろう。
……僕は、どうしたいんだろう。
~~~~~
『くふははははっ! まさか我々の領域に踏み込んでくるとは、愚かな人間よ!』
『先ほど我々を蹴り飛ばして退散させて調子に乗ったか、馬鹿め!』
『この領域での我々の力は、先ほどの五倍以上だ! 貴様如きの力ではどうにもなるまい!』
「先ほど? ……ああ、よく見たらあの時蹴り飛ばした悪魔もどきどもじゃないか。お前らこっち側の世界出身だったわけね」
『復讐するは我らにあり! 贄となれ、人げ ゲヴォゴハァッ!!?』
『……は……? な、なにが起きた、ベルゼブブの頭が、弾けただと!?』
「ま、五倍程度じゃこんなもんだよね。それじゃあ、レベリングのエサとなってもらいますかね」
『ひ、怯むなァ!! 喰い殺せェ!!』
『たかが人間一匹めが、エサは貴様のほうだァアア!!』
「そういやエイリアン、お前、人間用の料理は塩っ辛くて食べられないみたいだけど、こいつらの肉は食えそうか?」
『ギ!? ギ、ギィ……』
「え、嫌? まあそうだよなぁ、グロいし。しゃーない、後で収納してある魔獣の死体でも食わせてやるか。……こいつを解放する場所も考えてやらないとなー……」
お読みいただきありがとうございます。




