異世界アルマ 11話 恋敵かキューピッドか
結局あの後も会議に参加させられて、どういうわけか魔王を討伐する隊に加入することになってしまった。なんでさ。
僕、あの会議に参加していた中で一番弱いと思うんだけど。
いくら強くなったといっても、あくまでそれは『未熟な剣士』だったころに比べての話だ。
今の僕は『剣豪』で、強いといえば強いけど探せば割とすぐに見つかる職業なのに。
そう言う僕に、『剣神』のお婆さんはこう言い放った。
『坊やを推薦する理由は主に二つ。まず職業や能力値や取得技能なんかはそこそこだが、目の運びと反応の良さが凡人のそれじゃない。アタシの剣を受けられたのがいい証拠さね』
多分、アルマとの稽古の成果なんだと思う。
ほんのわずかな動きの予兆でも見逃したら、すぐさま木刀が身体にヒットするもんだから、必死に動きを観察してそれに対して身体を動かすよう、常に感覚を研ぎ澄ませることを心掛けるようになったから。
始めの間は常に気を張っていることに神経をすり減らす思いだったけど、今じゃ息をするように周りの人や物の気配を感じとれるようになってきた。
『んでもう一つは、この坊やが勇者ってことだ。他の勇者も何人か見たことあるが、常人に比べて成長スピードがかなり早いうえに、なにかをきっかけに勇者専用の強力な技能に目覚めることがあった。もしかしたら、この坊やも戦いの中で大化けするかもしれないよ』
勇者の恩恵で自覚しているのは、やはり成長速度が飛躍的にアップしたことかな。
それにアルマによる地獄の特訓が加わったから、今の僕があるわけで。
勇者の恩恵がなかったら、まだ弱く未熟なままだったのかもしれない。
『勇者なら他にもいるだろって? そうかもね。でも、魔王が代替わりしたのと同時期に選ばれた勇者だってのが引っかかるんだよ。もしかしたら、今回の件はこの坊やの存在が必要不可欠かもしれない。ま、老婆心さね。分かったらこの子も連れてきな』
ちなみに、他の勇者たちにも召集をかけているらしいけれど、集まるにはもう少し時間がかかるとか。
戦力が集まり次第、魔族領にある魔王城へ殴り込みに行くらしいけれど、不安しかない。
……ほんの半月前まで吹けば飛ぶような豆粒だった僕が、なんでこんなことに巻き込まれているんだろう……。
なにか反論する間もなく話が進んでいって、結局一週間後に魔族領へ向かうことになってしまった。
まだ現実味が湧かず呆然としながら、今日はもうアルマと一緒に宿へ戻って今後の相談をすることに。
「ウルハが行かなければならないなら、私もついていく。……半端に鍛えたせいで、危険な目に遭わせてしまったみたいで、ごめんね」
「いや、アルマが謝ることなんかなにもないよ! むしろ感謝しかないってば!」
「……あなた方お二人ににお聞きしたいことが山ほどあるのですが、よろしいですか?」
そして、なぜかセリスまでついてきてるし。
もう僕を連れて村まで帰ることはできないってことは話の流れから分かっただろうに、どうしたんだろう。
宿に戻ってから、セリスから小一時間ばかり質問攻めにあった。
彼女、アルマは誰なのか、どうして一緒に行動しているのか、どういう関係なのか、なぜ僕が別人のように強くなっているのか、etc.
なにが気に喰わないのか、終始アルマを睨みながら問い続けていた。
「それで、ウルハに助けられてからずっと毎日一緒に鍛錬して、ここで寝泊まりしてる」
「寝泊まりって、ま、まさか二人とも同じ部屋じゃないでしょうね!?」
「宿代の節約のために、二人一部屋で借りてる」
「あ、あなた! なんて不純なっ……!!」
「……なにか勘違いしているようだけど、いかがわしいことは一切していない」
大音量で喚くセリスと冷静に最低限の言葉だけを呟くアルマの温度差がひどい。
あんまり騒ぐと、他のお客の迷惑になるんだけどなぁ……。
「そ、それに、ウルハのプロフィールを見せてもらいましたが、村を出てたった半月でなぜここまで強くなっているんですの!? これまでわたくしと何年間稽古してきてもまるで伸びなかったのに……!」
「ウルハに剣の才能は無いけど、苦痛に耐える才能は誰よりもある。だから普通じゃありえないくらい厳しい鍛錬をしたら、ここまで強くなれた」
「普通じゃありえないって自覚はあったんだね……」
「……方法はともかく、あなたがウルハに強くなるきっかけを与えてくれたことは分かりましたわ。しかし、そもそもなぜウルハを鍛えようと?」
「助けてくれた恩返し」
「それだけですの? 他になにか目的があるのではなくて?」
「……他に、やることもないから。記憶が戻らないと、これまでどこでどんな生活をしていたかも分からないし」
鍛錬のかたわら、教会や冒険者ギルドなんかの捜し人リスト、行方不明者の捜索依頼、その他アルマに関する手掛かりをずっと調べ続けているけれど、全然有力な情報が出てこない。
まるで、彼女を見つけたあの時にアルマという存在がこの世界に生まれたんじゃないかってくらいに、彼女の情報はどこにもなかった。
そもそも、ここまで極まった剣術を扱えて、さらに魔法まで使える人間がこれまで誰の目にもとまらなかったということはどう考えても不自然だ。
彼女ほどの強さがあれば、王国軍の総隊長だろうが一級冒険者だろうがなんにでもなれるだろうに。
「ギルドも教会も、アルマに関する情報を得ることができなかったらしい。出身地が分からないから、どこまでの範囲を探せばいいのかも見当がつかないみたいだ」
「結局、手掛かりと言えば元々の所持品や装飾品くらいしかなかった」
「その中に有力な情報を得られそうなものは?」
「……ない」
「ふぅん……」
問いかけへの答えを聞きつつ、セリスがアルマの身体を隅々まで眺めているみたいだけど、どうしたんだろうか。
身に着けている物がどこの店が作ったものか確認しようとしてるのかな。
……単に高級そうな装飾品だから羨まし気に見てるだけかもしれないけど。
「ウルハ、席を外しなさい」
「……え?」
「この娘と、少し二人っきりでお話ししたいので」
「せ、セリス? もしかして喧嘩でもする気じゃ……」
「しませんわよ。本当にちょっと聞きたいことがあるだけです」
「なんでウルハはいちゃいけないの?」
「少々デリケートな話題に触れることになりますので、いいから早く出なさい。それとも女同士の会話に混じる趣味でもおありですの?」
「わ、分かったよ。でも乱暴はダメだからね」
……そういう言いかたをされたら出ていかざるを得ないじゃないか。
セリスの性格上、ずけずけと遠慮なく変なことを聞いて怒らせたりしないか心配だけど、喧嘩するつもりじゃないっていうならここは一旦席を外そう。
……部屋から出たはいいけれど、特にすることもないな。
素振りでもして時間を潰そうか。僕は、まだ弱いんだから。
彼女の隣に居続けるには、まだ弱い。
……いったい、いつまで居られるのか、分からないけれど。
『二人きりでのお話』が終わったらしいセリスが、外で木刀を振っている僕に近付いてきて口を開いた。
「ウルハ、あなたいつアルマに想いを伝える気でいますの?」
「ぶっっ……!!?」
その口から放たれたのは、とんでもない爆弾発言だった。
……待って、ちょっと待って!
「いいい、いきなりなにを……!?」
「気付かれていないと思っていますの? 隣で彼女の顔色をチラチラ窺いながら気恥ずかしそうにしているあなたの顔を見れば、誰でも好意を持っていると分かりますわよ」
え、僕そんなに分かりやすく態度に出してたの?
嘘でしょ、すっごく恥ずかしいんだけど……!
「で、いつ告白するつもりですの?」
「いやいやいや! だからなんでいきなりそんなこと聞いてくるの!?」
「彼女が記憶を取り戻して元の伴侶と再会することになれば、おそらくあなたの想いは実らないでしょうね」
「っ……!」
こちらの心中を見透かしたように、心の奥底で抱えていた不安を言い当てられた。
「本当は気付いているのでしょう? 彼女の身に着けている指輪は、ただの装飾品ではなく……」
「……分かってるよ、分かってるんだよ……!」
分かってる。
彼女には、おそらく恋人がいる。
どういう経緯で彼女が一人きりなのかは知らないけれど、時折指輪を眺めながら見せる表情には愛する人への想いがある。
そんなことは、分かってるんだ。
「まあ、もしかしたらなにかの事情で仲違いして別れることになって、そのショックかなにかで記憶を失った可能性も否定できませんけど」
「……よくそこまで想像できるね」
「でもそうじゃなかったら、彼女は伴侶のもとへと戻ることになるでしょう。さあ、どうしますの?」
「……なにが言いたいんだよ」
「想いを成就するには、その伴侶から彼女を奪い取らなければなりませんわ。彼女の心を、その伴侶からあなたに移すように接しなければなりません」
「なっ……」
「人の恋人を奪う覚悟がありますか? その罪から逃げない覚悟がありますか? そのうえで彼女を一生幸せにする覚悟がありますか?」
ドスドスと、言葉の刃が胸を貫いてくる。
間違ったことはなにも言っていないのに、心を掻き毟られるような、痛いところをついてくる。
「中途半端な想いならば捨ててしまいなさい。でなければ、結局あなたもアルマも不幸になるだけですわ」
「……くっ……!」
なにも言い返せない自分に、ひどく苛立つ気分だ。
……ああ、そうだ。僕は結局弱いままじゃないか。
剣の腕や能力値が多少強くなったところで、根本的なところはなにも変わっちゃいないじゃないか。
「でも、どうしても諦めきれないというのであれば、思い切って想いを伝えなさい」
「……え、え?」
「半端に抱えた想いを押し殺して、諦めるのはつらいでしょう? まあ、思いが成就するようにせいぜい頑張ることですわ」
最後に、なぜか僕の背中を押すように励ましの言葉を述べてから、どこかへ歩いていってしまった。
……僕を窘めたいのか、それとも応援しているのか、どっちなんだろうか。
セリスって、小さいころからいっつもそうだよね。
散々罵ってから、最後にほんの少し優しい言葉を残していくから、どうも嫌いになれないっていうか。
……で、結局どうしたらいいんだろうか。
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ぐぎぎぎぎ……!! 我慢よ、我慢なさいセリス!
本当ならあんな無表情女、即ぶっ飛ばして二度とウルハに近づけさせないのですが、今は耐えなければなりませんわ!
彼が村から出奔し、この街で活動していることを突き止めた。
わたくしにすらなにも言わずに行ってしまうなんて……!
涙が出そうになるほどの屈辱ですわ。あの時は怒りと悔しさで我を忘れそうになりました。
半月近く探して、やっと見つけたウルハの隣には、黒髪の少女が立っていた。
そして彼女を見つめるウルハの熱い視線といったらもう、もう、き、キエェー!! キェェェエエエイッ!!!
はぁ、はぁ、い、いけませんわ、思わず憤死するところでしたわね。……落ち着きなさい、わたくし。
有無を言わさず叩きのめそうとも考えましたが、どうもあのアルマという少女は相当な剣の達人らしく、剣の腕だけはそこそこ優秀なガダンをバナナ一本で仕留めるほど強いとか。
眉唾物の噂かと思いきや、彼女を見た途端にそれが決して嘘とは言い切れないと確信してしまった。
あ、ダメだ。この女ヤバい。勝ち目が見えませんわ。
どう動いたとしても、彼女に剣が当たるところが視えない。敵対した時点で詰みですわ。
会議に出席していた『剣神』ですら、ここまでの存在感は無かった。
おそらく、わたくしが本気で斬り殺しにかかっても、彼女は鼻歌交じりで返り討ちにすることでしょう。
剣の才能も敵わず、ウルハの隣というポジションも奪われてしまいましたわ。……く、くぅぅ……! なんという屈辱……!!
……ですが、これはチャンスでもありますわ。
彼女の左手に嵌めてある指輪は、どう見てもエンゲージリングの類。つまり、彼女には伴侶がいるということ。
彼女の伴侶と再会させてしまえば、全ては解決ですわ。
そして、その後に……。
ふふふ、今は恋敵ですが、少し上手く立ち回ればキューピッドに仕立てることもできるはず。
せいぜい利用させていただきますわよ、アルマティナ。
だからさっさとこの娘の旦那様は早く迎えにきやがりなさい。どこで油売ってるんですの。
お読みいただきありがとうございます。
ちなみにセリスはイヴァラ村の村長の娘で、『剣聖』の職業であることもあって上流階級のコミュニティと接触する機会があるので、小さいころから礼儀作法の躾をされていたりしますが、どっかの貴族のお嬢様というわけではなく、あくまで普通の村娘です。
異世界アルマ編はもうちょっと続きます。
まあどう長くなっても20話まではいかないかと。多分。




