異世界アルマ 10話 BBAは強し
あれから引っ張られすぎて僕が気絶したことで、ようやく喧嘩が収まったらしい。
で、気を失っているうちに見覚えのない会議室のような場所に連れてこられていた。
「あなた! もうウルハさえいればどうでもよろしいですから、どこかへ行ってなさい!」
「断る」
「……で、そちらにいる黒髪の少女と、死にそうな顔で項垂れている銀髪の少年が件の冒険者ということでいいのかね?」
「は、はい……」
ギルマスが具合悪そうにお腹を押さえながら、なんだか偉そうなお爺さんからの問いかけに答えた。
僕の横では未だにセリスが喚いているけれど、それをアルマはどこ吹く風といった様子で流している。
……なんでこんなところに僕はいるんだろう。
「魔王の脅威を取り除くための戦力編成の場だというのに、勝手に中断して退室されては困るのだがね。まあ、片方は勇者らしいし呼んでこようと思うのは分かるがな」
「……申し訳ありません、領主様」
あ、あのお爺さんてこのあたりの領主様だったのか。初めて見た。
僕の暮らしてた村なんか田舎もいいところだったし、見覚えがないのは当然かもしれないけれど。
「いや、ギルドマスター、君は被害者だろうに。問題はそちらの剣帝殿だろう」
「元々わたくしがこの街へ来たのは、ウルハがここにいると聞いたからです。正直言って魔王への対策などどうでもよろしいですわ」
「それでは困る。君も剣帝ならば、魔王の脅威に対して……」
どうやら本当にセリスは僕を追いかけるためだけに行動していたらしい。
……未熟な剣士だった僕なんかを気に掛けるより、他の剣士や剣豪を鍛えたほうがよっぽど有意義だろうに。謎だ。
「魔王の脅威がどうとか言っていましたが、そもそも魔族の目的はなんですの? 領地を狙った侵攻か、こちらにしかない資源を奪おうとしているのか、それとも他になにか?」
「それがな、どうも魔族たちは『魔神器』を集めているらしい」
「魔神器? ……大昔に、この世界を支配していた魔帝を封じ込めたという、伝説の?」
「ああ」
なんだか話が大きくなってきてついていけない僕がいる。
これって僕も聞いていなきゃダメなのかな。
「魔神器は『魔界ダンジョン』と呼ばれる異次元への道を開く力を秘めている。かつて暴虐の限りを尽くしていた魔帝がいなくなったのは、魔神器で魔界へと追い出したから、らしい」
「その魔神器を、魔王が集めていると?」
「ああ。魔帝の復活でも企んでいるのか、あるいは魔界へ行こうとしているのかは定かではないが、いずれにせよろくでもない使いかたをすることは目に見えている」
「だから全て揃う前に魔王を討つべきであり、そのための戦力をかき集めているところなのだ」
なるほど。言われてみれば会議室にいる人たちはギルマスや領主様のような権力者っぽい人たちを除けば、誰もが相当な実力者だということが見て分かる。
全員がセリスに匹敵、いや中にはそれ以上の猛者も混じっているみたいだ。
特に奥のほうで足を組んで座っている、背中に剣を差した白髪のお婆さんは頭一つ抜けて強そう。見た目齢70くらいに見えるのに、この場の誰よりも存在感がある。
……でも、多分アルマに敵いそうな人は一人もいないと思う。
「で、戦力編成の貴重な時間をさいて呼んできたのがそのガキ二匹ってか? 時間返せよお嬢サマよ」
「知ってるぜ。そっちの銀髪の勇者、『未熟な剣士』なんだってな。半月前にどっかの村で無能が勇者に選ばれたって話は有名だぜ?」
「そんな雑魚呼んできてどうすんだよ。帰れ」
その中で、不機嫌そうにセリスや僕たちを睨みながら文句を言う人たちの声が聞こえた。
……僕のことを言いふらしたのは、村を訪れた教会の人たちかな。他人のプライバシーをなんだと思っているんだろうか。
「ええ、帰らせていただきますわ。何度も言いますが、わたくしがここにきた理由はウルハを連れ戻すためであって、魔王云々とはなんの関係もありませんもの」
「おう帰れ帰れ、田舎に帰れ」
「お黙りなさい!」
あ、帰っていいのか。お邪魔しました。
やれやれ、一時はどうなることかと思ったけれど無事に退室できそうだ。よかった。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ! 魔王を相手取るには戦力が必要だと言っただろう! そっちの二人はともかく、剣帝の君には残ってもらわねば困る!」
「ギルマスぅ、もういいだろ。やる気のねぇヤツがいても足手纏いになるだけだろうが。そんな雑魚どもほっとけって」
焦るギルマスとヤジを飛ばす人たちを尻目に、部屋のドアを開けようとしたところで―――――
「っっ!?」
不意に、背筋に悪寒が走った。
反射的に剣を構えつつ振り向くと、剣を握る腕に衝撃が走り、鋭い金属音が会議室に響き渡った。
なにが起きたのかというと、部屋の一番奥で座っていた剣士らしきお婆さんが、僕に斬りかかってきたんだ。
振り返るのと同時に剣を構えていたから、辛うじて剣で受け止めることができた。
「くっ!? な、なにをするんですか!」
「おお、寸止めするつもりだったが、受けたかね。なよっちい印象とは裏腹に、なかなかやるじゃないかい」
鋭い目つきで、しかしどこか微笑まし気に笑みを浮かべるお婆さん。
こんな細腕なのに、なんて腕力だ……! 鍔迫り合いになっている剣が折れそうなほど、強い力で押してくる。
「け、『剣神』殿! いったいなにを!?」
「なぁに、この坊やが未熟な剣士っていうにゃ、ちっとピリピリくるもんがあったんでねぇ。気になったんで、ちょいとばかしちょっかい出してみただけさね」
え、ちょっと待って。ギルマス、今なんて言ったの?
剣神って聞こえた気がするけど、このお婆さんが? え、ホントに? えええ……?
いや、確かに剣帝のセリスよりもさらにもっと強そうではあるけれど、剣神ってこんなに年老いた、それも女性だったんだ。初めて知った。
唖然としながら驚いていると、お婆さんが剣を納めつつこちらに話しかけてきた。
「坊や、あとそっちのお嬢ちゃんたちも座りな。勝手に出ていくことは許さないよ」
「い、いきなりなにするんですの!? と、というかウルハ、あなた、今のをどうやって……!?」
「あれくらい今のウルハなら防ぐのは難しくない。……あなたも皆も、彼を甘く見過ぎだと思う」
「ほっほほ、そっちの黒髪の嬢ちゃんはこの坊やの強さを分かってるようだね。もしかして、師匠かなんかかい?」
「似たようなもの。ウルハと一緒に毎日鍛錬してる」
「なら納得さね。……お前さん、アタシが今まで見た中でもぶっちぎりでバケモノじみてる生き物だもの。アタシでも勝てっかどうか分かんない……いや無理だねこりゃ。怖いねぇ」
冗談交じりに言っているように聞こえるけど、多分本心から言っているんだと思う。
冷や汗を一筋垂らしながらアルマを見ているその顔が、そう物語っているようだ。
「バケモノ呼ばわりはやめてほしい。それはどちらかというとヒカ……? ……??」
「ん、どうかしたのかい?」
「……なんでもない」
ずっと無表情で話していたアルマが、『バケモノ』という言葉に妙な反応を見せた。
なにかを言いかけたかと思ったら、眉をひそめて口を押さえつつ困惑した様子で首を傾げている。
……今、なにかを思い出しかけたのかな。
「まあいい。それより、今見た通りこの坊やはアタシの剣を受けるくらいの腕はあるようだが、お前さんたち今の動きを見たかい?」
剣神のお婆さんがそう言っても、誰もなにも言わずに黙っている。
「だんまりってことは見ていなかったのかい? 違うね、見えなかったんだろう? アタシが斬りかかったのも、坊やがそれを防いだところもな。ボンクラどもが」
「ボっ……!?」
「こ、このババア……!」
「この坊やたちがここにいるのに不満があるならアタシに文句を言いな。……言えるもんならね」
鯉口を鳴らしながら一際低い声でそう告げると、お婆さんにボンクラ呼ばわりされて赤くなっていた皆の顔が、みるみる青くなっていった。
『文句がある奴はこの場で斬る』と言わんばかりの、鋭い視線で睨みつけているんだから無理もない。
この人怖い、アルマの次くらいに怖い……。
「さて、分かったら席に戻りな。そっちの『剣帝』ちゃまもいつまでボーっと突っ立ってんだい」
「ありえませんわ……あのウルハが……」
「……はぁ」
いまだに呆然としながらうわ言を呟いているセリスを眺めながら、剣神のお婆さんが溜息を吐いた。
……そんなに驚くことだったのかな。
まあ、以前までの僕なら反応することもできなかっただろうけど、アルマの剣に比べたら全然防ぐのは無理じゃなかったんだけどなぁ。
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『ギイィ』
「おいエイリアン、勝手に変なほうへ行くな。死にたくなきゃちゃんとついてこい」
『ギ、ギィ……』
「ったく、なんでお前なんかと一緒にこんなとこに飛ばされたんだか。マップは開けないわ変な悪魔もどきどもはうじゃうじゃいるわ、さっさと彼女を見つけて帰らないとな」
『ギ?』
「最深部まで行けば脱出できる見込みがあるらしいが、デカい気配があるな。魔王に匹敵するくらい強そうだから、もっと力を蓄えながらゆっくり向かうとしますか」
『ギ……』
お読みいただきありがとうございます。
【悲報】アルマ、旦那の存在を『バケモノ』の一言で思い出しかける。




