いってきます いってらっしゃい
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しばらくの間、この世界で過ごしてきた日々の話を続けた。
まずひと月目のお話。
魔力操作を使えるようになったこととか、アルマとの共同生活、魔法剣習得のお手伝い、スタンピードの討伐、パーティの結成、ダンジョン攻略がてら3人娘の救出等々。
「濃いわねー。たったひと月でイベント多すぎでしょ」
「俺もそう思う」
「てか、空飛べるようになったとかまるでアニメのキャラみたいね。ウチの子はいつから野菜人になったのかしら」
「野菜人言うなし」
その後、ケルナ村でのイノシシ討伐、デブ貴族の顔面ビンタ事件、逃走先である商業都市近くの狩場でのレイナとの出会い、そして古代兵器の再封印。
「また小さい女の子とパーティ組んだの? やっぱりロリコンかしら」
「違うっつってんだろーが!!」
「こっちの世界って一夫多妻制とか認められてるのかしら」
「知らんわ! ……はぁ、言っとくが俺はハーレムなんかつくるつもりはないし、レイナを異性として意識したこともない」
「そう。あははっ、やっぱりアルマちゃん一筋なのねー」
「はいはい、もうそれでいいよ……」
港町での狩猟祭、孤児院の院長救出とビンボー脱出、工業都市でのジュリアンとの出会いに、ダンジョンで半身ミンチになった話とか。
「ウチの子の人間離れがひどい件。身体半分潰れてもすぐ治るとかヤバすぎでしょ……」
「俺の親の言いかたがひどい件。……あの時点じゃファストトラベルも使えなかったし、逃げることもできなかったからな。倒せなかったら、マジで死んでたかもな」
「そんなことがあっても、冒険者をやめる気にはならないの? 毎日が、死と隣り合わせなのに……」
「うん。死ぬのは怖いけど、でも本当に毎日が楽しいんだよ。日本の工場で働いていたころじゃ、考えられないくらいに」
俺一人だったら多分あんまり楽しくなかったんだろうけど、アルマたちと一緒になにかしているだけで心が満たされるようなんだよな。
たとえそれが、命の危険をはらんでいたとしても。でもアルマたちに危険なことはなるべくさせたくない気持ちもあるという矛盾。うむむ。
仮にボッチ状態だったら、毎日薬草採取にでも精を出しながら細々と生きていただろう。ネイアさん過労死不可避。
「それに、いまさら仮に安全な職に就いたとしても、このままじゃいずれ魔王に殺される」
「……始めのほうでも似たようなことを言ってたわね。今、いったいどういう状況なの?」
「もうちょっと話したら、分かると思う」
……レイナの故郷でのネズミ駆除、海の上での大カニ漁、毒の森での果実探し、王都での武術大会と魔族との乱戦、そして、王都防衛戦で魔王との邂逅。
これでようやく、一年足らずの旅をダイジェストで語り終えた。
「心臓ぶち抜かれた時は、ホントに死んだと思ったよ」
「それでも生きてるあたり、あなたの運の良さは本物ね。……無事で、よかったわ。まだ、こっちにくるには早すぎるもの」
「こっち? ……あ、ああ、そっか……」
あまりに普通に会話していたものだから忘れていたけど、お袋はもう他界していたんだった、な。
……胸のつかえが、また重くなってきたような気がする。
「んー、でも釈然としないわね。魔王っていうその黒髪ロングはあなたのことを一方的に知っているのに、あなたはその時点で初めて会ったって言ってたけど、どういうことかしら?」
「分からない。俺の使う技の名前まで知っているあたり、前世で会ってたとかじゃなくて『こっちの世界に来てからの俺』のことを知っているはずなんだけどな」
「ああ、パイルなんとかっていう技? ……いい歳してそんな必殺技の名前とか考えたりするあたり、やっぱアンタ中身が子供のままなんじゃないかしらブフッ」
「やめてくださいしんでしまいます。主に恥ずかしくて死ぬ……」
親に自分で考えた必殺技の名前を言わなきゃならん地獄。なんだこの辱めは。
「で、その魔王の目が復活した時に俺が生きていることを悟られないために、目が届かない21階層を目指しているってわけなんだ」
「なるほどねぇ。アンタを危険視する気持ちはさっきまでの話を聞く限りよく分かるわー」
「魔王に同調すんのやめーや。殺されそうなのアンタの息子やぞ」
「逆に言えばそれだけアンタが強くて、人類側にとっての切り札になり得るってことでしょ。……あははっ、本当にアニメや漫画の主人公みたいね」
「……そんないいもんでもないけどな。それに、主人公は勇者君がいるだろ。俺なんかモブだよモブ」
「あんたのようなモブがいるか」
ここまでの大体のあらすじを語り終えた。語り終えて、しまった。
一段落したかのように、二人とも溜息を吐いて壁のレリーフを眺めながら会話を止める。
……ああくそ、話が終わってしまう。なにか、他になにか話すことはないのか。
とか未練がましくなにか話題を振ろうと考えていると、先にお袋が口を開いた。
「光流」
「なにさ」
「今、幸せ? アルマちゃんたちと一緒に冒険するのは、楽しい?」
「うん。ずっとこんな具合にあちこち旅しながら生活するのも、疲れるけどそれ以上に楽しいよ」
「そっか、よかった」
「……なんだよ急に」
「いやね、私ももうちょっと話を続けたいところなんだけどね。……そろそろ、時間みたいだわ」
「え、…………!?」
お袋の身体が淡く輝き、光る粒が散っていく。
みるみる、身体が透けていくのが分かる。
「ど、どうしたんだ!?」
「本来、私はこっちの世界の人間じゃないからか、どうやら時間制限があったみたいねー。……もって、あと数分くらいかな」
「そん、な……」
い、嫌だ。
いやだ、待ってくれ。頼む。
まだ、話したいことがたくさんあるんだ。
一緒に食べたいものだって、腹が破れそうなくらいいっぱいあるのに。
もう終わりかよ。もう、いっちまうのかよ……!
「まあ逆によかったわ。ニセモノとは言え、さすがに親を手にかけるのはあなたには荷が重かったでしょうしね」
「う……くっ……」
「なにしょげた顔してんのよ。これで楽に先へ進めるでしょ、ここは喜ぶところよ」
「……喜べっかよ……! ちくしょう、チクショウ……!!」
二度目の別れを前に、また涙腺が決壊する。
涙が止まらない。嗚咽が抑えられない。まるで、親離れできない小さな子供のように。
そんな俺を見かねてか、お袋が俺の顔に手を添えて――――
「そぉいっ!!」
「ぶべっ!!?」
………思いっきりビンタをかましおった。
全然痛くないけど、ビンタの音が大きくてびっくりした。
つーか、むしろ顔を殴ったお袋のほうが手を押さえて痛そうにしている。
「いったぁ!? あんた、顔硬すぎでしょ!? 一瞬、石像でも殴ったのかと思ったわ!」
「い、いきなりなんだよ!?」
「いつつ………いや、アンタがあんまり情けない顔してるもんだからつい手が出た。ごめんねー」
「ついって……」
手をフーフーと吹いた後、そのまま俺の手を握ってくる。
……伝わってくる体温が、どんどん薄くなっていくのが感じられる。
「光流、人はいつか必ず死ぬわ。死んだ人を忘れろとは言わないけど、それにいつまでも囚われて前を向けなくなってはダメよ」
「……分かってるよ」
「あなたは、今幸せなんでしょ? その幸せを守るために、こうして頑張ってきたじゃないの。なら、もう少し頑張って。こんなところで立ち止まっていないで、いつかあなたが生涯を終えた時に悔いが残らないように、今は前へ進みなさい」
「お袋は、死んだときに悔いが残らなかったのか?」
「いやめっちゃ残りまくってるけど。冷蔵庫にとっておいたビールがもったいないとか、あの日に買い物なんか行かなきゃ死なずに済んだのにーとかね」
「おい」
「でも、過ぎたことよ。むしろ、こうやってあなたと話すことができるだけでも、私は恵まれているんでしょうね」
お袋が、握っていた手を離す。
その直後、次の階層への扉が開く音が聞こえた。
「さぁ、分かったら早く行きなさい。あなたは、死んだ時に悔いを残すんじゃないわよ」
「今から死んだ時の話なんかすんなよ……」
「あはは。死ぬなら焦らないでゆっくり死になさい。やりたいことを全部全部やってからでも遅くはないわ。いっぱいいっぱい幸せな想いをして、大切な人をいっぱいいっぱい幸せにしてあげてから。こっちにきなさい。いつまでも、待っているから」
そう言いながら、俺の背中を叩いて先へ進むように促した。
目に涙を浮かべつつも、にっこり笑いながら。
「じゃあ、いってきます」
「ええ、いってらっしゃい。気を付けてね」
生前の最後のやりとりをしてから、お袋は消えていった。
今度こそ親と今生の別れだが、不思議ともう涙は出てこなかった。
いままでありがとう、かあさん。
またね。
21階層への扉を開くと、そこは廊下のような場所だった。
この階層に着いた瞬間、マップ画面が使用不可能になってしまった。
……どうやら、本当に向こうの世界とは切り離された空間らしい。ここなら、魔王のメニューも誤魔化せるという話も嘘じゃなさそうだ。
21階層の様子は、壁に、天井に、床に、あらゆる面に『扉』がビッシリと並んでいる。
洋式、和式、引き戸なんかもあるな。
……不気味だが、バグの温床って聞いてたからもっと混沌とした場所かと思ってたけど案外まともだ。
≪並んでいる扉の先はどこへ繋がっているか予測不能。時間、空間、物理法則すらまったく異なる場合があるので、細心の注意を払う必要あり≫
そうか。……試しに、ちょっと覗いてみるか?
とりあえずどんな感じか、確認してみるのも大事だし、手始めにこの襖から開けてみるか。
それじゃあお邪魔しまーす。ガラッ。
襖の先は、炎上している和室があった。
その中で、誰かが怒鳴り声を上げている。
「糞がぁぁぁぁぁああ!!! あの金柑禿げ頭が謀反なんぞ起こしおって許さんまじ許さん死ね糞殺す殺す殺す!! ……ああん!? なんじゃ貴様ぁ!!」
ピシャッ。
中で喚いていた五十路くらいのオッサンが、こっちに気付いて怒鳴りこんできたので無言で閉めた。
……うん、次いこ。アレはあかんやつや。
お読みいただきありがとうございます。
>母親の話長い。早く次の階行って欲しい―――
無慈悲で草。次回から、本格的に21階層の探索に入りますので、しばしお待ちを。
>努力をしているところが良い・白い火は青い火よりも温度は低い
11話の感想ありがとうございます。
あ、あれだ、現実だとそうでもファンタジー的な世界だとまた変わってくるんですよ(震え声
……温度の色の法則知らなかったなー(死
>つまり、別に主人公が梶川である必要は―――
はい。まあ運よく魔力操作のコツを再序盤から掴んでいなければ、冒険者になってもここまで強くなれなかったでしょうけが、基本的には誰でもよかったんですねー。
あと、異世界人の可能性が制限されているのは、地球と違って『リソース』、つまり『可能性のためのエネルギー』が有限だからという。……本編でまだ話していない情報ここで書いていいんだろうか(;´Д`)
ブラック企業の体験は………お察しください(白目
>なるほど、つまり異世界人はあくまでステータスという才能の枷があるけど―――
ステータスは枷であり、また超人的な能力を発揮できるバネでもあるということですね。
ちなみに勇者は生産系のスキルがなくとも地球人と同等くらいの素質は発揮できます。スキル技能が使えない分、本職には劣るかもしれませんが。
シャレで済む分には人の不幸は蜜の味。愉悦。




