解けていく胸のつかえ
新規の評価、ブックマーク、誤字報告、感想をいただきありがとうございます。
お読みくださっている方々に感謝します。
今回、軽い説明回みたいな内容です。
それからしばらく、他愛のない話を延々と続けている。
お袋が亡くなってからの日本での生活や仕事の愚痴から始まって、なぜか申し訳なさそうな顔をされたり。
寝てたら知らぬ間にこっちの世界に来てたことに、困惑したような顔をしてたり。
森でゴブリンたちに襲われて死にそうだった時にアルマに助けられたことを話したら、『アンタそれ普通は助けられる側じゃなくて助ける側に回るのが定石でしょ』ってツッコまれたりとか。
無茶言うな。こちとら喧嘩すらまともにしたことなかったんやぞ。
目の前にいるのは本当のお袋じゃない。お袋の人格をコピーされたフロアボスにすぎない。
でも、アルマの時と同様に、それでも本物と同じように接することしかできない自分がいた。
お袋も、アルマも、自分が本物じゃないと知ったうえで害意なく俺と接してくれている。
それを『お前はニセモノだ』といって拒絶するのはさすがに、な。
……というか、そんなことを言ってお袋に悲しい顔をさせてしまうことが怖いんだろうな。
たとえ本人じゃないと分かっていても、俺には無理だ。
「それにしても、異世界転移、ねぇ。普通ならいつまで子供みたいな妄想してんのって言ってるトコだろうけど、現に私もこんな状態だし信じるしかないわよねー」
「俺もこんな中学生男子の妄想の中みたいな状況に陥るなんて思わなかったよ。……しかも異世界モノにありがちなチート能力どころか、スキルそのものを一つたりとも持ってなかったしな」
そのへんの雑魚すら当たり前のようにスキルを最低一つはもっていたのに、俺のスキル欄には『なし』という無慈悲な二文字が表示されてたっけ。今じゃ※取得不可※に悪化してるし。
「スキル欄を見て、俺にはなんの才能もなかったんだって再確認して、ちょっと凹んだよ。やっぱ無能だったんだなってな。ははは」
「……あー、そのことだけどね? ちょっと私のスキル欄を見ることってできるかしら。魔獣のステータスが見えたのなら、試しに私のも見てみなさい」
「え? まあ、できるけど……」
『★開かれる傷痕』のステータスは、変身後の対象のステータスを完全にコピーする。
つまり、今のステータスはお袋のものへと変化しているはずだが、どんな具合なんだろうか。
……あれ?
梶川 唯
Lv1
年齢:38
種族:人間
職業:ERROR(判定不能)
状態:正常
【能力値】
HP(生命力) :0/0
MP(魔力) :0/0
SP(スタミナ):0/0
STR(筋力) :0
ATK(攻撃力):0
DEF(防御力):0
AGI(素早さ):0
INT(知能) :0
DEX(器用さ):0
PER(感知) :0
RES(抵抗値):0
LUK(幸運値):0
【スキル】
なし
どこか見覚えのある、絶望的なステータス数値。弱すぎるとかそういうレベルじゃない。
HPなんかも含む全ての能力値がゼロ。そしてスキル欄には『なし』の二文字。
こっちの世界に飛ばされたばかりの俺と、まったく同じステータスだった。
い、いやいやちょっと待て。
お袋は俺よりもずっと料理が上手かったし、裁縫や掃除なんかの家事もテキパキこなしてたぞ。
それに、確か剣道の有段者だったはずだ。他はともかく剣術スキルがないのはどう考えてもおかしいだろ。
「とまあ、こんな具合なのよ。ステータスはゼロゼロゼロ。なんのスキルもありませーんって有様でしょ? ウケるわーあははー」
「ど、どうなってんだ……? お袋って、剣道やってたんじゃなかったのか? なんで、スキルが一つもないんだよ……?」
「なんでこんなことを知っているのか、私にも分からないんだけどね。こっちの世界の『スキル』っていうのは、あくまで『この世界での』その人の技術をカタチとして表したモノらしいのよ」
半笑いで、肩を竦めながらお袋が言う。
この世界でのって、どういう意味だ?
「要するに『地球で培ってきた技術』は、まったくステータスに反映されないってことよ。たとえば地球で世界一の格闘家がこっちの世界に飛ばされても、私と同じステータスが表示されるでしょうねー」
「……つまり、俺やお袋のステータスがこんな状態なのも……」
「スキルが『なし』って書かれているのは、決して才能や技術がないって意味なんかじゃないわ。むしろ逆よ。地球人っていうのは、『ステータスには見えない無限の可能性を秘めている』のよ」
「無限、の……?」
ストン、となにかが腑に落ちたような気がした。
胸の奥にあったつかえがとれていくような、不可思議な感覚を覚えた。
「こちらの世界の人たちは、基本的に生産系か戦闘系かどちらかのスキルしか得ることができない。一見、それは才能や長所がスキルとして表されているように思えるでしょうけど、逆に言えばそれ以外は人並み以下の能力しか発揮できないってわけ」
「剣士になったのなら、もう料理人にも鍛冶屋にも小説家にもなることはできない。一つの道を選ぶと、それ以外の道は全て閉ざされてしまう」
「でも、地球人は違う。極端な話、努力次第でなんにでもなれる。得手不得手はあるでしょうけど、それでもこちらの世界の人たちに比べたらできることの範囲は遥かに広いわ。……だから、光流」
俺の手を、お袋が優しく握る。
俺よりも一回り以上小さな掌から、温もりと優しさが伝わってくる。
こちらの世界に転移したばかりで、自分のステータスに絶望していた時、アルマがしてくれたように。
「あなたは無能なんかじゃない。あなたがこの手で成し遂げてきたことは誰にでもできることなんかじゃない。あなただから、できたことなのよ。『アルマちゃんの記憶』も、そう言っているわ」
「………そう、かな。でも、日本で勤めてた工場じゃ、俺の代わりなんかいくらでもいるって、毎日のように言われてて……」
「ああそうそうその工場ね、あなたがこっちへ転移して行方不明扱いになってから、間もなく倒産したらしいわよ」
「……え? ちょ、は、はいぃいっ?!」
待て待て待て! ホントにちょっと待て!
こっちの世界にきてから、ある意味今までで一番ビックリしたんですけど!
倒産ってどういうことだ、なにがあった!?
「本当になんで私がこんなこと知ってるのか分からないけど、あの工場って相当ブラックな職場だったらしいじゃないの」
「あ、ああ。まあな」
「サビ残やサビ休日出勤は当たり前、無理なノルマを課せられるのが日常、タイムカードを押してからが作業の本番、おまけに洗脳じみた長時間の理不尽な説教のせいで作業時間が削られて、その分さらにサビ残の時間が増えていく。そんなひどい職場だったなんてね。……私も、生前にもう少し光流の就職先のこと調べておくんだったわー」
「はい。おっしゃる通りです。ホントに。あの工場にはできるならもう二度と関わりたくない。でもそこを選んだのは俺の判断であって、それをお袋が気に病む必要はないよ」
「で、あなたの失踪の原因を調べるために工場のほうにもガサ入れがされた結果、労基違反のオンパレードが発覚してそれをきっかけにそのまま潰れたらしいわ」
「……マジっすか」
「マジよ。まあ、きっかけは光流だったのかもしれないけど、潰れたのはあなたのせいじゃないわ。あんな環境じゃ、遅かれ早かれいずれ潰れていたわよ。ざまぁみろだわ」
左手を右手の力こぶに叩きつけながら、天井に向かって右手の中指をビシッと立てるお袋。ふぁっきゅー。
そっかー潰れたかー残念だわーなぜかものすごく清々しい気分だけどナンデダロウナー。
つーか、あの謎ノイズはなんでわざわざお袋にそんな情報まで与えているのやら。
俺に伝えるためだとしても、ちょっと回りくどくないかな。
まてよ、会社の現状なんかのことを知っているんだとしたら、もしかしたら……。
「お袋、一つ聞いていいか」
「ん、なに?」
「ジイさんとバアさんが今どうしてるか、分かるか? 二人とも、元気かな……?」
俺が行方不明になったことを知ったのなら、祖父母たちを心配させてしまっているに違いない。
あの二人なら、下手したら自分たちで探しかねない。……元気でやってるといいんだが。
「あー、大丈夫よ。光流がこっちの世界に飛ばされたことを、二人とも知っているから」
「……なんですと?」
「光流がこっちへ飛ばされたその日からなんか神様っぽい人に夢の中で説明を受けて、目が覚めた時に二人とも同じ内容の夢を見ていたってことで、こりゃどういうことだって最初は困惑してたらしいけど、毎日のように夢で光流の現状を伝えられるうちに納得してくれたみたい。一応、捜索願を出したり目撃情報を募ったりはしたみたいだけど」
「なんか神様っぽい人って、誰?」
「さあ? そのまんま神様じゃないの? 知らんけど」
わざわざ俺のことを伝えるためにそんな手間かけてるとか。フットワーク軽いな神様。
「『どこであろうと、光流が幸せに暮らしているのならそれが一番だよ』『もう会えないのは寂しいけれど、ワシらのことは心配いらん。元気でな』と伝えてほしいって神様に言ったらしいわ。もしかしたら、私が『私』に変身したのは、メッセンジャーとしての役割もあるのかもしれないわね」
「……そうか」
ジイさんとバアさんが無茶して身体壊したりしてないのが分かって心底安心した反面、なんかすっごいダイジェストに伝えられてちょっと釈然としない気もする。
ま、まあいいや。細かいトコで文句ばっか言うのもなんだし、もうそれで納得しておこう。二人とも長生きしろよ。
お袋と話していると、驚きの連続とともに胸につかえていた重みがどんどん軽くなっていく。
自分への劣等感や、勤め先への不満、残してきた祖父母への心配なんかも次々と解けて、溶けて、消えていく。
やはり、家族との会話はいいものだ。とても、とても大事で尊い時間だな。
だが、それも、いつか終わる。終わらせなければならない。
でももう少し、あと少しだけ、話を続けるとしよう。
お読みいただきありがとうございます。
おかげさまで、9/5現在の時点で評価ポイント合計4,444 ptになりました。嬉しい反面、ちょっと怖い……(;´Д`)
総合評価ももうじき10000ptに達しそうです。皆様の応援に感謝を。
>親の姿と恐らく記憶を持つ者に好きな人がバレるとか言う地獄の状況…―――
人、それを愉悦という。
自分が同じ状況になるのは絶対に嫌だけど、人が陥ってる時には2828が止まりませんなぁ(ド外道
>時間の進み方がでたらめなら、進み過ぎて異常に老けたり―――
充分にあり得ますが、ネタバレすると今後主人公が若返ったりはしません。
年の差はあえて埋めないスタイル。
>ヒカルくんはあれだね、社会人になる前に自分探しの旅に出るべきだったね―――
そして『腹を割って話そう』とか『お前が回るんだったらろくろ止めろよ』とか『海パン買うまで島出ねぇ』とか言いあえる相手と出会えていたのなら、また違った未来もあったのかもしれませんね。
実際は社会人になってから多忙でロクに会えず疎遠になっていったようですが。
>21層以降で魔王になる前の勇者に会うのかな?―――
そのあたりは今後のお話にて。
あんまりそのへん詳しく話すと重大なネタバレに繋がりかねないので申し訳ありませんがご容赦を(;´Д`)
>冒険者ギルドで薬草の大量鑑定という―――
そしてネイアさんに恐れられる模様。あとナイマさんにも。
仮にとんでもない未来に飛ばされたのであれば、また21階層に潜ってやりなおしまくるでしょうね。タイムスリップガチャとかいうリスク高すぎ系ギャンブル。ソシャゲのガチャもある意味リスク高いけど。




