第4章 「創作ダンス皮算用」
人類防衛機構に所属している私達が、このように美術室に向かうのを尻目に、一般生徒の子達は脱いだブレザーを椅子の背もたれにかけて、いそいそと体操服に着替え始めるのだった。
1年A組の時間割において月曜2限は、本来は体育の授業なの。
人類防衛機構に所属している私達は、一般生徒の子達が体育の授業を受けているタイミングに、他の特別教科の合同授業を受けるんだ。
さっきも話したけど、平日に勤務日や当直日のシフトが入った場合、その日の授業は配信された授業風景の動画を視聴する事で間に合わせているんだけど、この方法ではどうにもならない科目があるの。
それは、技術家庭に音楽、そして美術といった実技を伴う教科だね。
全国の提携校は私達のために、単位制の合同授業を開講してくれるんだ。
シフトが入っていない日に、まとめて履修出来るのが便利だよね。
そして、こうした合同授業は大体、何処かのクラスが体育の授業を行っている時限に開講されるの。
「A組の子達、今日はソフトボールなんだね。先週の金曜日は雨だったから、B組は体育館で創作ダンスだったよ。」
私と英里奈ちゃんが教室から出てくるのを待つ間に小耳に挟んだ一般生徒同士の会話を、京花ちゃんは何の気なしに持ち出した。
美術室に向けて廊下を進む私達の、他愛ない束の間の話題としてね。
「創作ダンスね。私、あれだけはどうも苦手なんだよな…」
そんな京花ちゃんの問わず語りに、マリナちゃんは心底ゲンナリした表情を浮かべて応じるのだった。
「マリナちゃん、創作ダンスは好きじゃないの?」
「あ、ああ…」
私の質問に、マリナちゃんは億劫そうに頷いた。
この態度は本物だね。
「何となく気恥ずかしいんだよね、見ていると。小5の冬に『特命遊撃士の適性あり』と書かれた検査報告書が届いた時は、『これで中学から始まる創作ダンスをやらなくて済む!』とホッとしたなあ。」
意外な弱点だね、それ。
「体育を履修出来ませんからね、私達は。」
マリナちゃんに応じるように、英里奈ちゃんがしみじみと呟いた。
そう。先程から何度か言及しているけど、人類防衛機構に所属する私達は、在籍する提携校が開講している体育の授業には出席出来ない事になっているの。
その理由は、至って単純明快だよ。
私達特命遊撃士は、サイフォースという特殊能力に覚醒して、その上でナノマシンによる生体強化改造手術を施されていると、さっき言ったよね。
特殊能力サイフォースと、生体強化ナノマシン。
この2つの力を得る事で、私達は人類の未来を脅かす敵と戦える強靭な身体になったんだ。
どれだけ強靭な身体になったかと言うと、回し蹴りで鉄筋コンクリートを軽く粉砕出来て、ツキノワグマを素手で倒せると言えば、大体の察しはつくよね。
こんな人間離れしたスペックを持つ私達が一般生徒用の体育の授業に参加したら、一般生徒はまるで勝負にならないよ。
内気で気弱で頼りない英里奈ちゃんでさえ、一般生徒からすれば破格の超人に見えるだろうね。
そのため、防人の乙女である私達と一般生徒とは、体育に関しては別の基準で評価するようになっているの。
学校で開講されている体育の授業には、一般生徒だけが参加し、私達は支局での戦闘訓練への参加でもって、体育の単位を取得する。
まあ、早い話が住み分けだね。
そういう訳で学校における体育の授業は、人類防衛機構に所属している私達にとっては空き時間になっちゃうの。
体育の授業が行われているタイミングで、私達向けに実技科目の合同授業が開講されている理由も、これで分かるよね。
「私としては創作ダンスやバドミントンも、やってみたいかな。」
窓から見える校庭をチラリと横目に見て、少し残念そうに呟くのは、明朗快活で主人公気質の京花ちゃんだった。
確かに京花ちゃんなら、体育も好きそうだね。
「止してよ、お京…後者はともかく、前者だと必然的に、この4人でやる事になるじゃないか。」
「冗談だよ、マリナちゃん。私だって別に、そんな体育会系じゃないしさ…」
サイドテールコンビはそうやって打ち消しちゃったけど、私としては京花ちゃんが提案した創作ダンスも、ちょっとだけなら試してみてもいいかもね。
創作ダンスに照れ臭さを感じるマリナちゃんや、内気な英里奈ちゃんが、どんな反応をするのか見てみたいじゃない。
それに、純粋に私達4人がどんなダンスを表現するのかも興味深いしさ。
まあ、こうした気恥ずかしさの原因は、身体のラインがクッキリと出る体操服にもあると思うんだよね、私としては。
衣装を遊撃服に変えるだけでも、大分違うよ。
それにカッコいい振り付けをつければ、さすがのマリナちゃんだって、結構気に入るんじゃないかな。
振り付けのイメージコンセプトは、養成コース時代の基礎教練で習得した行進と、大浜少女歌劇団のレビュー。
最後に決めのポーズが欲しいけど、これは特撮ヒーロー番組が好きな京花ちゃんに考えて貰おうかな。
そんな事を考えているうちに、私達4人は美術室に辿り着いたんだ。




