第3章 「御子柴高校1年A組、実技教科準備中」
1限目の日本史の授業が終わったら、我が1年A組の教室は、さながら棒で突っつかれた蜂の巣のように、一気に慌ただしくなるの。
何しろ2限目は、教室移動を伴う授業だからね。
「それでは参りましょうか、千里さん。」
画材セット一式と個人兵装を手にした英里奈ちゃんが、ツカツカと私の席に歩み寄りながら話しかけてくる。
「今日の課題は確か、クラスメイトをモデルにした人物画のデッサンだったね。英里奈ちゃん、モデルをお願いしてもいいかな?」
「はい、喜んで。2限目は私がモデルを務めさせて頂きますので、3限目は千里さんにモデルを担当して頂きますね。」
私の打診に、英里奈ちゃんは素直に応じてくれる。
持つべき物は友達だよ、やっぱり。
そうそう…
人類防衛機構に所属している私達の場合、特別教科は2コマ続けて履修する事が多いんだよね。
「それじゃ、フレイアちゃん。モデルをお願いするね?」
「勿論ですわ、葵さん。友情に報いるのは高貴なる者の責務。その代わりに葵さん!貴女には、この私のモデルを務めて頂きますわ。葵さんがどうしてもと仰せならば、肖像画に仕立てた後に額装して差し上げてもよろしいですわよ。」
前の方の席では、ピンク色のロングヘアーと金髪セミロングが特徴的な2人の女の子達が、美術の準備をしながら賑やかにお喋りしていた。
御子柴高校の制服である赤いブレザーを着ているけど、個人兵装を手にしているから、あの子達も特命遊撃士だよ。
そう!
さっき私が言及した、遊撃服と同素材の特注品を着用しているレアケースだね。
ピンク色のロングヘアーが特徴的なホワホワした子は、神楽岡葵ちゃん。
京花ちゃんと同じく、特撮ヒーローが大好きな子なんだ。
個人兵装である可変式ガンブレードは、紫色に輝く刀身とメカニカルなフォルムとが、実に印象的だね。
そして、セミロングにした金髪に白いヘアバンドを着けたプライドの高そうな子は、フレイア・ブリュンヒルデちゃん。
御実家は伝統と格式高いフィンランドの公爵家だから、英里奈ちゃんと同様に名家の御嬢様だね。
同じ名家の御嬢様だけど、内気で気弱な英里奈ちゃんとは正反対。
自信満々でプライドが高く、家名を重んじる責任感の強さは、いかにも御嬢様という雰囲気に満ち溢れている。
そして2人とも、階級は私と同じ准佐なんだ。
「あ、ありがとう…でも、フレイアちゃん…気持ちは嬉しいけど…今日の課題はデッサンだから、額装はちょっと、やり過ぎじゃないかな?」
「そんな物…採点後に返して頂いた課題を、自宅で油絵の具を用いて着色すれば良いのですわ。今でこそデッサンは芸術スタイルの一つとして確立されていますけれど、ルネッサンス以前は下絵の意味でしたからね。額にしても、父や兄に頼めば、手頃で素敵な物は幾らでも入手出来ましてよ。」
グイグイと押しの強いフレイアちゃんに、いつもはホワホワとしている葵ちゃんも、すっかりタジタジだね。
画商のお父さんとお兄さん、そしてハープ奏者のお母さんの影響をモロに受けているようで、フレイアちゃん御本人も美術と音楽に造詣が深いんだ。
こんな風に言うと、一昔前の少女漫画によく出てきた、主人公の女の子に意地悪をする傲慢な御嬢様を想像しちゃいそうだね。
だけど、フレイアちゃんは決して傲慢でもなければ、意地悪でもないんだよ。
それどころか、家名に恥じない立派な人間になろうとして、一生懸命に頑張っている、責任感の強い子なんだ、フレイアちゃんは。
特命遊撃士として悪と戦うのも、「民衆を守る事こそが貴族の務め。」という理念に裏打ちされているくらいだからね。
そんなフレイアちゃんの事を、親しみと敬意を込めて「ブリュンヒルデ嬢」って呼んでいる子も、少なくないんだ。
フレイアちゃんの個人兵装は、エネルギーランサー。
葵ちゃんのガンブレードとの合体機能が搭載されていて、ガンブレードランサーという大型兵装にも出来るんだよ。
「英里、ちさ!そろそろ行こうか?」
「迎えに来たよ!2人とも!」
ドアを隔てた廊下では、画材セット一式を手にしたマリナちゃんと京花ちゃんが、朗らかに手を振っている。
個人兵装がコンパクトだと、楽だよね。
何しろ私達は、いつ何処で何が起きても大丈夫なように、個人兵装を常に携行する義務が課せられているからね。
「あっ…!おっ…御待ち下さい!マリナさん、京花さん!」
「そんなに焦らずに、ゆっくりと行こうよ、英里奈ちゃん。」
オロオロと狼狽え、今にも転んでしまいそうな危なっかしい足取りの英里奈ちゃんを宥めながら、私はB組のサイドテールコンビに向かって歩みを進めたんだ。




