第2章 「防人乙女、その颯爽たる登校。」
私と英里奈ちゃんの視線の先では、私達3人と同様に、真っ白い遊撃服に身を包んだ青い髪の少女が、通学カバンを大事そうに抱えながら、駆け足でやって来る真っ最中だった。
「ゴメン、マリナちゃん!待たせちゃったかな!」
駆け足で校門を潜りながら叫ぶなんて、今日も青春真っ盛りだね。
「えっ!何!どうしたの、枚方さん!?」
「枚方さんって、B組の枚方京花さんの事?特命遊撃士をやっている…」
その勢いと迫力に圧倒されて、のんびりと通学していた一般生徒がびっくりしているね。
左側頭部で激しく揺れるサイドテールは、マリナちゃんのそれより大分長い。
綺麗に切り揃えられた前髪は、明るくて元気そうな表情とマッチして、実に爽やかな印象を見る者に与えている。
この青い左サイドテールと明朗快活な表情が印象的な主人公気質の少女こそが、先程から話題に上がっていた枚方京花ちゃんだ。
「ゴメンね、マリナちゃん。思ったより手間取っちゃって。」
私達に追い付いた京花ちゃんは、両手で抱えていた通学カバンを右手に持ち換えると、空いた左手を片手拝みにしてマリナちゃんに謝罪の意を示すのだった。
「まあ、いいさ。それよりも、お京!私達の別行動の理由に、ちさと英里の2人が興味津々だよ。」
「実は、浅香山駅を降りてすぐの『ポプリ』に用があってね…」
マリナちゃんに促された京花ちゃんは、全国展開しているコンビニチェーンの名前を挙げながら、通学カバンを開けて慎重に中を検めたの。
「コンビニなら、京花ちゃんの家の近くにもありそうだけど…」
私の疑問に、京花ちゃんは首を大きく横に振る事で否定の意思を示した。
「それじゃダメなんだよ。『ポプリ』じゃないとね…理由は、これ!」
京花ちゃんが通学カバンから誇らしげに取り出したのは、京花ちゃんが大好きな特撮ヒーロー番組「アルティメマンネビュラ」のタペストリーだった。
注意深くチェックしてみると、勇ましくファイティングポーズを取るアルティメマンネビュラの右下には「ポプリ限定・非売品」の文字が、小さく白抜きで印刷されているのが見えるね。
「栄養ドリンク2本を『ポプリ』で買うと貰えるんだけど、私の近所には『ポプリ』がないからね。各店舗につき20枚限定だから、放課後だと間に合わないかも知れないし…」
「それと、栄養ドリンクを店の前で飲み干してゴミ箱に捨てる必要があったから、私を先に行かせたんだとさ。」
京花ちゃんに皆まで言わせずに、マリナちゃんが後を引き取ってまとめた。
「だって、栄養ドリンクの入れ物ってガラス瓶なんだよ!あんなの2本も持ち歩いたら、嵩張って困っちゃうよ!」
ガラス瓶2本が嵩張るなら、私や英里奈ちゃんはどうなるのかな?
英里奈ちゃんが持っているレーザーランスのケースは、美大生が絵を持ち歩くために使うアジャスターケースよりも大きいし、私のレーザーライフルを収納しているガンケースだって、なかなかの存在感だよ。
まあ、ほとんど私達の身体の一部になっている個人兵装と、ゴミにしかならない空き瓶とでは、話が違って来るだろうね。
それに、京花ちゃんの個人兵装はレーザーブレードで、刀身を出さない時は懐中電灯程度に収まる大きさだから、その辺の事情も考慮しないといけないよね。
「お京は本当に好きだよな、アルティメマンが。」
「でも、アルティメマンの話題をされる時の京花さんって、生き生きとされていますよね。つつじ祭の時も、マホロバ隊員の扮装をされていましたし。」
半ば呆れるように苦笑するマリナちゃんに、英里奈ちゃんが身振り手振りを交えて、取り成すように話し掛ける。
いずれにせよ、夢中になれる物があるのは良い事だよね。
趣味も生き甲斐もなく、ただ生きているだけの人生だなんて、虚しいだけだよね。
マリナちゃんは通学カバンの位置を調整し直すと、私達の方に向き直った。
「よし!お京も追い付いたし、ちさや英里とも合流したし、行くとするか!」
マリナちゃんに促されるようにして中央校舎の時計台を見てみると、そろそろ教室に向かった方がいい時間を指していた。校門をくぐる生徒の数もまばらになってきていて、登校時間のピークを過ぎた事は明白だ。
「3人とも、ちょっと待ってよ!せっかく全員揃ったんだから、『あれ』をやろうよ!マリナちゃん、英里奈ちゃん、千里ちゃん!」
校舎に歩を進めた私達3人の足を止めたのは、右の手のひらを空に向けて高々と掲げた京花ちゃんだった。
その物欲しそうな表情、まるで「行ってきますのキス」を待つ新妻さんみたいだよ、京花ちゃん。もっとも、再放送のメロドラマでしかお目にかかった事がないんだけどね、そんな新妻さんには。
「分かったよ。『あれ』だろ、お京…」
「京花さんのお望みとあらば、致しましょうか。『あれ』を…」
「京花ちゃんは本当に好きだよね、『あれ』が。」
溜め息をつきながら苦笑するマリナちゃんに、笑いながら軽く頷く私と英里奈ちゃん。
各自の反応は違っていたけど、その後の動作はそっくりそのままだったよ。
まるで、判子で押したようにね。
私達3人は京花ちゃんと同じように、右手を高々と青空に向かって掲げると、それを京花ちゃんの手のひらに近づけたの。
私達4人の手のひらが打ち鳴らされる、「パシッ!」と乾いた音が、目映い朝の陽光に照らされる御子柴高校の校庭に、軽やかに響いたんだ。
意味深に勿体つけたけど、「あれ」というのはハイタッチの事なんだよ。
このハイタッチを京花ちゃんは、私達4人の仲良しの合図と見なしているんだ。
「これで満足かい、お京?」
「うん!もちろんだよ、マリナちゃん!」
マリナちゃんの問い掛けに、屈託のない満面の笑みで答える京花ちゃん。
「まあ…私も満更嫌いじゃないけどさ、こういうノリも。」
そう言うとマリナちゃんは、髪をかき上げながら照れ臭そうに笑った。
私のツインテールや京花ちゃんの左サイドテールよりは短めだけど、その分だけ太くてボリュームのある、マリナちゃんの黒い右サイドテール。
それが、マリナちゃんの手の動きに合わせて、重たげに揺れ動く。
「ええ…」
そんなマリナちゃんに同調するかのように、英里奈ちゃんも微笑を浮かべて、小さく上品に頷いた。
確かに若干照れ臭いけれど、私もハイタッチの挨拶は好きだよ。
だって、いかにも青春真っ盛りの仲良しグループって感じがするじゃない。
この連帯感と高揚感、癖になるよね。
正直、「人類防衛機構五箇条の誓い」を揃って唱える時とどっちが上か、迷っちゃうな。
「お京も満足したようだし、そろそろ行くか!お京!英里!ちさ!」
「うん、行こっか!」
「分かりましたわ、マリナさん!」
「OK!」
マリナちゃんの号令一発、蔦の絡まる赤レンガの特徴的な御子柴高等学校の校舎へと、私達4人は力強く足を踏み出した。
こうして今日も、自由・平等・博愛のトリコロールカラーに彩られた私達のスクールライフが、明るくポップに幕開けするんだよ。




