エピローグ第6章 「鉄十字機甲軍最後の日」
駄菓子バー「アイリス」に戻って着席した私達は、アヤメ菓子店から選んだ駄菓子を開封して、飲み会の準備に取り掛かったの。
ダークネスサンダーやメガカツくんみたいに、1袋に1つしか入ってない駄菓子は各自の取り皿へ。
マスカー騎士ソーセージやアルティメマンチップスなどの、4人で共有して食べるお菓子は、真ん中の大皿へ。
何だか、民間の子達のお泊まり会でお菓子を用意しているみたいだね。
まあ、同世代の民間の子達の場合は、アルコールなんて出て来ないんだけど。
「お疲れ様です、千里さん。無事にデッサンの課題を受理して頂けて、良かったですね。」
早くも生ビールを飲み干してしまった英里奈ちゃんが、ワイングラスを傾けながら私を労ってくれる。
グラスを満たしているのは、安価なハウスワインに無果汁の粉末ジュースを投入した疑似サングリアだけど、笑顔で飲んでいる所を見ると、名家の御嬢様の御口にも合ったみたいだね。
「リテイクを2回も食らったけどね…『課題内容は、マンガ風のデフォルメ絵似顔でなく、デッサンですよ。』って、その度に言われちゃったよ…」
苦笑しながら応じた私が口にするのは、水飴を溶いたシロップに杏の実を漬けた「杏シロップ」を、炭酸水や焼酎とカクテルした、杏シロップサワーだった。
私のイメージだと杏シロップは、冷凍庫で凍らせてシャーベット状にして食べるのが最高のお菓子だったけど、割り材としても優秀なんだね。
本物の杏子酒と合わせてもイケるんじゃないかな?
ドリンクメニューに目を向けると、粉末ジュースだけじゃなくて、アイスバーの「ジャリジャリ君」を溶かした液体を、クレーム・ド・カシスやウィスキーと混ぜたカクテルもあるみたい。
フードメニューにしたって、酢漬けイカを具材にしたサラダやチヂミに、梅ジャムを諸味味噌に混ぜたもろキューなど、駄菓子を使ったメニューが色々と並んでいたんだよ。
こうして改めて見ると、駄菓子って高いポテンシャルを秘めているんだね。
「あのさ…千里ちゃんの描いたデッサンって、何かに似てる気がしてたんだけど、『おうか満開』の桜花ちゃんに似てない?」
頃合いを見計らい、私と英里奈ちゃんのお喋りに嘴を突っ込んで来たのは、京花ちゃんだったの。
焼酎の粉末パインジュース割りは既に飲み干したらしく、鯨の竜田揚げを運んできたマスターにグラスを回収されていた。
このアラフォーの男性マスターは、マリナちゃんとは顔馴染みみたいだね。
「うーん…参考にした訳じゃないけど、無意識に似ちゃったのかな?アニメも原作も、一応追いかけてるし…」
思い当たる節が、色々とあるんだよね。
アニメシアで特典色紙目当てに買ったばかりの最新刊を、昨日は夢中で一気読みしちゃったし、公式サイトに先日アップされたばかりの字幕オフ版OP映像を、今朝も登校前に2回も見ていたしね。
「絶対似てるって!今、画像検索でキービジュアル出してみるから…え…?」
自信満々な表情でスマホを取り出し、ポータルサイトのメニューページを開いた京花ちゃんが次の瞬間には、まるで長期実行中のスクリプトが悪さをしたパソコンみたいに、固まってしまったんだ。
「何これ!マジなの?」
フリーズ状態から解放された京花ちゃんが初めて話した言葉は、聞いてるこっちまで驚いてしまう程の、驚愕の叫びだった。
「いきなりデカい声を出す奴があるかよ、お京!驚くじゃないか…」
こうしてマリナちゃんが文句を言いたくなるのも、無理もないよね。
他のお客さんがいなくて、本当に良かったよ。
「ウブッ!ゲホッ、ゲホッ…!」
もっとも、私に至っては文句を言うどころの騒ぎじゃなかったんだけど。
何しろ驚いた拍子に、飲んでいた杏シロップサワーが気管に入っちゃって、みっともなくも噎せかえっちゃったんだよ。
「えっ…?あっ、あの…どうかなさいましたか、京花さん?それに…大丈夫ですか、千里さん…?」
英里奈ちゃんなんか完全に狼狽えちゃって、私と京花ちゃんのどちらに先に応じていいのやら、判断しかねているみたいだね。
「ありがとう…もう大丈夫だよ、英里奈ちゃん。それから…ビックリさせないでよ、京花ちゃん!何か、よっぽど凄い事でも起こったって言うの?」
ようやく回復した私は、咎めるような口調で京花ちゃんを促したんだ。
今の私の不満タラタラのしかめっ面は、あんまり可愛くないだろうね。
だけど、こっちは京花ちゃんのせいで噎せちゃったんだから、つまらない理由だったら納得出来ないよ。
くれぐれも、「童顔で眉間にシワを寄せても、凄みも迫力もない。」なんて言わないでよね。
「少なくとも、ヨーロッパでは大ニュースだね!鉄十字機甲軍が壊滅したみたいだよ!ほら、速報が出ちゃってる!」
興奮覚めやらぬ様子の京花ちゃんは、自分のスマホを私達に向けて勢いよく突き出したんだ。
「えっ…ホント、京花ちゃん?」
あまりにも意外な話だったので、画面を覗き込もうとした私は、思わず身を乗り出しちゃったの。
さっきまでの腹立ちなんか、もうどこかに行っちゃったよ。
「どれどれ…?」
京花ちゃんのスマホに表示された、ポータルサイトのトップページ。
その検索エンジンの上方に設けられたニュース速報欄には、「【速報】鉄十字機甲軍、壊滅」という具合に、京花ちゃんの言った通りの文言が確かに表示されていたんだ。
「ほう…」
「まあ…本当に…」
釣られて覗き込んだマリナちゃんと英里奈ちゃんも、意外そうな表情を浮かべている。どうやら落ち着きを取り戻したようだね、2人とも。
そんな少佐トリオを尻目に、遊撃服の内ポケットからスマホを取り出した私は、ネットのニュースサイトにアクセスしたんだ。
ドイツで勃興し、民間人を巻き込んだ連続テロ行為でヨーロッパ全土を震撼させてきた、危険な極右派民族主義団体。
それが、鉄十字機甲軍なの。
こいつらは自分達の事を、紀元前に繁栄を極めたアトランティス文明の末裔である「アトランティス・ゲルマン人」などと称して、サイボーグ兵士と殺人兵器によるテロ行為を繰り返してきたんだ。
うろ覚えだけど、「優性種族であるアトランティス・ゲルマンによって、地上は正しく統治されるべきである。」というふざけきった主張のもとにね。
始末が悪かったのは、ヨーロッパ各国の年若い青少年が大勢、この組織に参加しちゃった事だね。
無駄にオシャレな軍服とスタイリッシュな立ち振舞い。
そして、過剰なまでに自信満々な主義主張。
それらの要素は、自分への自信や未来への希望を持てない若者達の目には、非常に魅力的に写ったんだろうね。
それで、「自分の心の拠り所は、鉄十字機甲軍にしかない!」とか、「ここなら自分を変えてくれる!」とか思って参加しちゃったみたいなの。
そんな若者達を、最初は甘い言葉で誘い、頃合いを見て自分のテリトリーへ誘い込んだら、こっちの物。
後は外の世界との接触を遮断して、自分達に都合のいい情報だけを、若者達に吹き込むんだ。
それと同時に外の世界と絶縁させて、若者達に「自分の居場所は、ここにしかない。」と錯覚させて追い込んじゃうの。
その結果、多くの親子関係や友人関係が壊れてしまったみたいだから、本当に許せないよね。
その後は「信仰心や忠誠心を試す。」とか言って、裏切り者への私刑やテロ行為に加担させて、罪悪感を麻痺させるか、共犯意識で組織に帰属させれば、テロ組織の末端構成員の出来上がりだね。
悩みや不安を抱えた若者に、カルト宗教や過激思想は近寄ってくるの。
友達のフリをしてね。
民間人のみんなも、くれぐれも気を付けてね。
こんな恐ろしい組織を野放しにも出来ないので、人類防衛機構ヨーロッパ支部は、各国の軍や警察等の治安維持組織と緊密な連携を取って対策を講じたんだ。
諜報任務に特化した特命遊撃士を育成して志願者を偽って内偵させたり、逮捕した構成員を洗脳から解除して、こちら側の二重スパイに仕立て上げたりと、水面下での諜報合戦がヨーロッパの各地で繰り広げられていたみたい。
広報活動で地域住民と触れ合い、前線での戦闘に従事する私達が、世界を表側から守る防人の乙女なら、諜報活動に特化した特命情報員の子達は、世界を裏側から守る防人の乙女だね。
表と裏。
そのどちらが欠けても、平和は守れないんだ。
それにしても、さっきはゴメンね、京花ちゃん。
こんな大きな事件が起きていたのなら、驚くのも当然だよ。
私達が支局で受講している、重大事件史の教科書が大幅改訂されるどころの騒ぎじゃないよ。
夏の改編期に放送されるであろう、「元化25年上半期10大ニュース」みたいな特番でも取り扱われるだろうね。
「へえ、どれどれ…『お手柄、レッドベレー隊!ベルリヒンゲン支部長、安全宣言を発表』か…」
ニュースサイトに掲載されている速報記事を開いた私は、記事の見出しを朗々と読み上げちゃったの。
わざとらしいって言われちゃうかな?
でも、記事に添付されている画像を一目でも見てくれれば、見出しを思わず読み上げた私の気持ちも、分かって貰えると思うんだ。
邪悪の壊滅と正義の勝利を報じるニュース記事に添付された、2枚の画像。
その1枚目には、「人類防衛機構ヨーロッパ支部にて、安全宣言を発表されるベルリヒンゲン支部長。」ってキャプションがつけられていた。
着剣捧げ銃の姿勢で整列する特命遊撃士と曹士の子達の注目を、壇上で一身に集めている西欧系の美女。
この御方こそがヨーロッパ全土の平和を双肩に担われていらっしゃる、人類防衛機構ヨーロッパ支部長ことシャルロッテ・ベルリヒンゲン元帥閣下だよ。
高周波クレイモアが個人兵装のベルリヒンゲン支部長は、軍人気質で威厳溢れるクールビューティーとして、人類防衛機構の内外から絶大な人気なんだ。
紫色の切れ長の瞳と、薔薇の花弁を思わせるピンク色の唇が、白い細面を鮮やかに彩っている。
ウェーブした銀色の長髪も相まって、その美貌は眩しさを感じる程だよ。
御美しいのは、ベルリヒンゲン支部長の御顔だけじゃないよ。
御召しになられている教導服の上からでも、ベルリヒンゲン支部長のスタイルの良さは、しっかり確認出来ちゃうんだ。
長身で引き締まった細身なのに、出る所はちゃんと出ていて、まるでハリウッド女優かパリコレのモデルさんじゃない。
胴長短足で5頭身という、典型的な幼児体型の私なんか、そもそも勝負のスタートラインにすら立たせて貰えないよ。
そんなベルリヒンゲン元帥閣下が御召しなのは、ユリカ先輩と同様に緑色の教導服だよ。
教導服のデザインは、私達の着ている遊撃服の白い部分を緑色に染めた物と考えてくれたら、分かりやすいかな。
でも、ベルリヒンゲン支部長から滲み出る迫力と威圧感は、第2支局で見掛ける教導服を御召しの方々とは段違いだね。
ユリカ先輩や第2支局の教導隊の皆様には、誠に申し訳ないけれども。
右肩で輝く金色の飾緒や両肩の肩章、たすき状に掛けられた飾帯にも畏れ入っちゃうけど、その最たる物は、左肩に掛けられた深紅のマントだね。
正式名称は「ペリース」というらしい深紅のマントは、世界に8人しかいらっしゃらない支部長にしか、着用が許可されていないんだ。
何しろ、支部長の方々よりも上の方は、人類防衛機構の総裁である八色波奈大元帥閣下しかいらっしゃらないからね。
総裁閣下は、表地が白で裏地が赤いマントを御召しだから、より一層に威厳と貫禄が物凄いんだよ。
いずれにせよ、私みたいな准佐風情から見れば、マントを御召しの方々は畏れ多い雲上人だよ。
勿論、我等が極東支部を預かる向山敏子元帥閣下も、同じ深紅のマントを翻していらっしゃるんだ。
フォローのつもりじゃないけど、豊かで艶やかな黒髪の御美しい向山敏子支部長もまた、大和撫子型の雅な美貌を御持ちだから、ベルリヒンゲン支部長に負けず劣らず人気なんだよ。
そして、2枚目の添付写真に付けられたキャプションは、「欧州に平和を取り戻した、レッドベレー隊の勇姿」。
廃墟の町にうず高く積み重った、鉄十字機甲軍のサイボーグ兵士の成れの果てと思わしきスクラップ。
残骸の山を背景に、特命教導隊の緑の教導服に身を包まれた欧州美人が1個小隊、ポーズを決めて笑っている。
手にしたアサルトライフルの銃口から上がる煙が、何とも生々しい。
彼女達の頭部を飾る深紅のベレー帽こそが、栄光ある部隊名の由来なんだ。
このレッドベレー隊というのは、人類防衛機構ヨーロッパ支部の誇る主力精鋭部隊なの。
何しろ、ヨーロッパ支部指揮下の各支局に配属されている特命教導隊の中から、特に優秀な人達だけを選抜して組織したからね。
特命教導隊は、豊富な戦闘経験と高い練度を兼ね備えた特命遊撃士のOGによって構成されているから、そこから更に選抜された人材というのは、身体能力も戦闘スキルも超一流のエリートという事になるんだ。
そんなエリートだけで構成されたレッドベレー隊は、欧州の防人の乙女みんなの憧れなんだって。
そう言えばフィンランド出身のフレイアちゃんも、「私もゆくゆくは、あのレッドベレーを身につけたいものですわ。」って、よく言っていたっけ。




