エピローグ第5章 「童心に帰ろう!郷愁の駄菓子選び」
どうやら、あの2人をそのままにしておいても大丈夫そうだね。
そうと分かれば、私も自分のお菓子選びに専念しちゃおうかな。
小学生に合わせた背の低い棚や平台を覗き込んでお菓子を選ぶのは少々骨だけど、そういうのも含めて、「成長してから駄菓子屋を訪れる醍醐味」として肯定的に解釈しないといけないよね。
「中田のクリケットにダークネスサンダーはキープしたから、後は…」
ビール派のマリナちゃんに焼酎党の京花ちゃん、そしてワイン通の英里奈ちゃん。少佐の3人はこんな具合に、お酒の好みが比較的ハッキリしているけど、私の場合はお酒全般がまんべんなく好きなんだよね。
まあ、強いて挙げるならカクテルが好きかな。
だけど、カクテルと一口に言っても、カシスオレンジやカルーアミルクみたいにジュース感覚でいけちゃう甘いのもあれば、スクリュードライバーやジントニックみたいにハードな奴もあるでしょ。
カクテルによって、相性のいいオツマミは様々。
そんな訳でお菓子の方も、チョコレート系からスナック系まで一通り揃えておけば、まず間違いはないだろうね。
「あっ、これは…」
反射的にカゴに投げ込んでいたお菓子を確認した私は、思わず首を傾げて考え込んでしまったんだ。
私が判断に迷ったお菓子。
それは、アルティメマンシリーズのヒーローや怪獣のトレーディングカードがオマケとして付いている、「アルティメマンチップス」だったの。
現行作品の「アルティメマンネビュラ」だけに焦点を絞った「アルティメマンネビュラチップス」というのも姉妹品として発売されているけど、過去シリーズのファンには、こっちの方が受けがいいみたい。
私達が小学生の頃に放送されていた「アルティメマンリスタ」に「アルティメマンアース」、そして「アルティメマンガッツ」の3部作も、こっちにラインナップされているからね。
とはいえ、オマケ付きのお菓子も食べ放題に入れていいのかな?
そういう具合に思案に暮れている私の傍らに、白い人影が1体、そっと歩み寄って来たんだ。
そうして私のカゴからポテトチップスの袋を取り上げると、しげしげと感慨深そうに観察し始めたの。
「この店に初めて来た時のお京と、全く同じ事を考えているみたいだね、ちさ。大丈夫、このアルティメマンチップスも食べ放題の対象だよ。」
「え…?ああ、マリナちゃん。」
私に呼び掛けられたマリナちゃんは、クールな美貌に爽やかな微笑を浮かべると、アルティメマンチップスの袋を静かにカゴへ戻してくれたんだ。
それも、肝心要のカードが傷まないように、カード袋の貼り付いているパッケージの裏面を上に向けるようにしてだよ。
こういう気遣いをさりげなく出来る人って、好感度も自ずと上がるんだよね。
「こっちの『スッキリマンチョコ』や『マスカー騎士魚肉ソーセージ』もそうだけど、お菓子がメインになっていたら、例えカードや塩ビ人形が付いていたとしても食べ放題の対象なんだ。反対に、プラモデルがメインになっていて、ガムやラムネが申し訳程度に付いているのは対象外。食べ放題の対象になるボーダーラインは…そう!この『ミニチュア鉄道キャラメル』みたいに、お菓子とオマケが半々のヤツかな。」
わざわざ商品を手に取りながら説明を続けるマリナちゃんは、まるでお店のスタッフと見紛う程に、ガイドラインに通じていたの。
「ありがと、マリナちゃん。お陰様で大体の基準が頭に入ったよ。それだと、アドメトのウエハースも対象に入るよね?あれもチョコウエハースが占めている割合の方が大きいから。」
日露戦争をモチーフにした「アドミラル・メートヒェン」、略して「アドメト」っていうミリタリー系のネットゲームがあるんだけど、その関連商品である所のウエハースが先週から発売されているんだ。
オマケとして、「アドメト」に登場する帝国乙女挺身戦隊の女の子達のカードが付いているので、私も定期的に買っているの。
この駄菓子屋で取り扱いがあるのなら、一気にコレクションを増やすチャンスじゃない。
いい閃きだと思うんだよね、我ながら。
とは言え、肝心のウエハースが見つからないと、どうしようもないなあ…
背の低い子達のために用意された踏み台があるから、カゴを一旦置かせて貰って、じっくり探さないとね。
「あれ…?この店には、置いてないのかな?正式な商品名は『メタルカードウエハース アドミラル・メートヒェン』って言うんだけど…」
キョロキョロと店内を見渡す私に釣られるようにして、軽く平台や棚を一瞥したマリナちゃんが、やがて静かに口を開いたんだ。
「どうだろう…ここには置いていないと思うよ、ちさ。ネトゲ発の深夜アニメだから、駄菓子屋に来る子供はあんまり買わないと思う。それに単価が高いから、食べ放題に入れると赤字になるだろうし…」
マリナちゃんの言う事も、もっともだよね。
さっきのアルティメマンチップスやスッキリマンチョコは希望小売価格60円だけど、アドメトのウエハースは100円だもの。
食べ放題は500円だからウエハース5枚ですぐに元が取れちゃうし、カードをコンプリートしようと躍起になっている人は、5枚も10枚もウエハースばっかり延々食べ続けても苦にならないみたいだから、店の経営を考えると取り扱わないのが正解かな。
「ああ、やっぱりないか…そうだよね。それじゃあ一度、席に戻ろうかな…って、あれっ…?」
引き返そうとして、踏み台に乗せていた買い物カゴの柄を握った私は、微かな違和感に気付いたんだ。
「何かおかしいんだよね…あっ!」
覗き込んだカゴの中には、先程マリナちゃんが食べ放題システムの説明に使っていたマスカー騎士の魚肉ソーセージが1箱、アルティメマンチップスを始めとする私の選んだお菓子と仲良く同居していたんだ。
「あの…マリナちゃん?これはどういう事?」
困惑しながらマリナちゃんに魚肉ソーセージの箱を示すと、目下の最重要参考人は気まずそうに頭を掻いていたの。
「悪い、ちさ。そのソーセージ、後で何本か分けてくれないかな?怪人の塩ビ人形は、ちさが持って行っていいから。『残した物は実費で買い取り』ってのが、ここの食べ放題のルールなんだけど、それはオマケ類にも当てはまるんだ。」
ああ、そういう事ね。
このマスカー騎士ソーセージ魚の擂り身で出来ていて、ビールのお供に手頃そうだもん。
とは言え、そこまでマスカー騎士の熱心なファンじゃないマリナちゃんとしては、塩ビ人形の処理がネックになってくる訳で。
「20年前のスッキリマンブームの時は、シールだけ持ち帰ってお菓子を捨てる子供が続出して社会問題になったけど、オマケよりも食べ物の方が目当てってパターンもあるんだね…」
そう言いながらも、私は棚から魚肉ソーセージをもう1箱手に取ると、自分のカゴに投げ入れたんだ。
「テーブルの真ん中に置いて、4人でシェアして食べようよ。それで、2箱とも私が選んだ事にしちゃってさ。その方が自然だし、マリナちゃんだって遠慮なく手を出せるよ。」
「ありがとう、ちさ。回りくどい真似をしたのは私なのに、そこまで気を回してくれるんだね。」
普段はクールで大人っぽいけど、そうして照れ臭そうに笑ったら、年相応の女の子に見えるね、マリナちゃんも。
「そんなに気にしないでよ。マリナちゃんだって、人間だもの。素直に言い出せない時もあるよ。そのような時、敬愛する上官殿の御真意が何処にあるかを御察し致すのも、部下の務めでありますから!」
話の途中でサッと姿勢を正した私は、口調も年齢相応の砕けた物から、厳めしい軍人風のそれへと、ガラリと一変させたんだ。
現在の私の階級は准佐だから、少佐であるマリナちゃん達は、厳密には私の上官にあたるんだ。
同学年で階級も1つしか違わないから、日常生活ではタメ口でも問題ないけれど、作戦行動中はそうもいかないよね。
直前まで対等の友人として軽口を叩き合っていた私が、いざ特命遊撃士として作戦を展開する段になると、忠実な部下として最敬礼の姿勢をビシッと決める。
そのギャップがマリナちゃんや京花ちゃんにはおかしくて、平時でも時々、厳めしい上官口調で私に接するんだよね。
それで、私が反射的に敬礼の姿勢を取るのを面白がっているんだから、本当に困った物だよ。
だから、今回はそれを逆手に取ってみたって訳。
これ位のユーモアは、差し支えないよね?
「フフッ…全く、言うようになったな、ちさ。」
どうやら私の目論見は、ある程度の成果を収めたみたいだね。
マリナちゃんの口元にも、普段のクールな微笑が戻っているよ。
「お京と英里は先に席へ戻ったようだし…私達も一旦戻るとするか、ちさ。」
すっかり普段の感覚を取り戻したマリナちゃんが、駄菓子バーに繋がる通路へと歩みを進める。
「はっ!承知致しました、和歌浦マリナ少佐!この不肖、吹田千里准佐!貴官に御供致します!」
その背中を追う私の口調は、未だ旧に復してはいなかったけどね…




