エピローグ第4章 「御嬢様遊撃士は駄菓子の夢を見るか?」
細い通路を抜けた先。
そこには、見覚えのある風景が広がっていた。
見覚えがあると言っても、幼い頃からの思い出の場所みたいな、そういう長期的な記憶じゃないよ。
むしろ、その逆なの。
ほんのついさっき見たばかりの、真新しい記憶。
蛍光灯型LEDに照らされた店内には、菓子類で満たされた背の低い棚が、幾つも並んでいる。
棚を満たしている菓子類のほとんどが、10円単位で購う事の出来る安価な駄菓子だった。
バラ売りのキャラメルや飴玉に至っては、1つ5円の世界だよ。
こういう価格帯の商品棚を見ると、上の方の棚に並んでいる「機甲戦団レギオン」のプラモデルや「マスカー騎士シュバルツ」の食玩、それと壁に取り付けられた金網からぶら下がっている「栂美木多46」のブロマイドなどが超高級品に見えてくるよ。
まあ、落ち着いて見直すと、前者のプラモデルや食玩は高くても500円だし、後者のブロマイドは1枚100円だけどね。
ブロマイドだけではなく、スーパーボールのくじ引きや組み立て式グライダー飛行機の模型等も、金網からぶら下がった状態で陳列販売されていたの。
極めつけは、通りに面したガラス扉を塞ぐように置かれている、ガチャポンとカードデスの自販機だね。
早い話が、さっき私達が覗き込んでいたアヤメ菓子店の売り場だったんだ。
「やっぱりさ、実物の駄菓子屋で選んだ方が、気分が出ると思うんだよね!それに、こっちの方がお菓子のバリエーションも豊富だし…」
そう言いながら京花ちゃんは、勝手知ったる実家のような気安さで店内を物色しては、カレーあられやイカ煎餅等のオツマミになりそうな駄菓子を、次から次にカゴへ投げ込んでいったんだ。
「この『メガカツくん』、私のオススメだよ。ビールにも焼酎にも、ワインにだって合うんだ。」
そう言って京花ちゃんが私と英里奈ちゃんのカゴに投げ入れたのは、板状にカットした魚の擂り身をパン粉でコーティングして揚げた、トンカツ風の駄菓子だった。
確か、このお菓子を5枚セットにした物が、コンビニや酒屋のオツマミコーナーで売っているを見た事があるよ。
少なくとも、貝ヒモやビーフジャーキーとかと同じ位に、オツマミとしてのポテンシャルは高いって事だろうね。
「はあ、成る程…先程の御店とは、あの通路で行き来出来るような構造になっていたのですか…」
子供用の小振りな買い物カゴを、まるでピクニックバスケットみたいに行儀良く左手に提げた英里奈ちゃんが、駄菓子屋の店内を物珍しそうに眺めている。
その様子は、いかにも世間擦れしていない良家の御嬢様って感じがしたね。
「そうだよ、英里奈ちゃん。もしかして英里奈ちゃんって、こういう所に来るのは初めて?」
屈託のない無邪気な笑顔を浮かべて、何の気なしに英里奈ちゃんに問い掛ける京花ちゃん。
そこには一切の他意はなくって、問い掛けた動機を強いて挙げるとするなら、物珍しそうな英里奈ちゃんの様子が目に留まったからって位だと思うの。
「はい…何しろ実家の教育が厳しかったものでして、養成コース編入になるまでは、放課後の寄り道もままならず…」
とは言え、それに応じた英里奈ちゃんの微笑には、寂しげな影が少し下りていたんだよね、案の定と言うべきか。
「あっ、ゴメン…何か、辛い事を思い出させちゃって…じゃあさ、この機会に色々試してみるといいよ!例えば、この『オニオンおかしっ子』とかさ!」
知らず知らずのうちに地雷を踏んでしまった京花ちゃんが、その場を取り繕うように英里奈ちゃんへ差し出した赤い小袋は、玉ねぎフレーバーを効かせたスナック系の駄菓子だった。
1袋20円という安価でスナック菓子の気分を味わえるから、上限金額が少なく設定されがちな小学校低学年の遠足のお菓子に、よく選ばれるんだよね。
「ああ…これは先月、千里さんやマリナさんと御一緒に当直勤務をさせて頂いた際に、当直室でオツマミとして頂きましたね。ただ、その時は支局の地下コンビニで100円で販売されていた、大袋サイズの物でしたが…」
「えっ…?食べた事、あるの…?もしかして、私が京都の東寺会館へ、特撮映画オールナイトに行ってた時に…?」
オニオンおかしっ子の小袋を懐かしそうに手に取る英里奈ちゃんとは対照的に、京花ちゃんは拍子抜けしたような表情を浮かべて立ち尽くしていたんだ。
「いやいや、京花ちゃん…英里奈ちゃんにだって、駄菓子を食べた事位はそりゃあるよ。」
「う…、うん…」
その時の京花ちゃんの落胆っ振りと来たら、私の声が届いているのかどうかも怪しい程に、激しい物だったね。
期待していた反応を得られなかったからって、そんなに肩を落とさなくてもいいのに。
「えっ、あっ…!わっ…私、京花さんの御気に障るような事を、何やら申してしまったのでは…?」
そのせいで英里奈ちゃんが、見ているこっちの方が気の毒になる位にオロオロと狼狽えちゃうんだもの。
京花ちゃんったら、本当に罪作りな真似をしてくれるよね。
「ああ…別に気にしなくていいからね、英里。お京の奴は、単にカルチャーギャップを期待していただけだから。」
いいタイミングで来てくれたね、マリナちゃん。
「お京…どういう反応を期待していたかは知らないけど、英里が駄菓子やファーストフードで感激するようなタマじゃないって事は、お京がよく知ってるだろ?英里との付き合いは、満更短くはないんだから。」
呆れ顔のマリナちゃんが言うが早いか、京花ちゃんの左肩の辺りで、「ポスッ」と軽い音が響いたの。
どうやら京花ちゃんは、軽い肩パンを1発お見舞いされたみたいだね。
「あ…やっぱり?映画やマンガみたいにはいかないんだねえ…」
マリナちゃんに応じた京花ちゃんは、何ともバツの悪そうな笑顔を浮かべていたんだよね。
そうして肩パンを打ち込まれたばかりの左手でサイドテールをグリグリと弄っているのは、もしかしたら、照れ隠しのつもりなのかな?
どうやら京花ちゃんは、「温室育ちの御嬢様や外国の御姫様が、日本の庶民的な食べ物を食べて驚く。」っていう、マンガやアニメでよくあるシチュエーションを、実際にやってみたかったみたいだね。
そりゃ確かに英里奈ちゃんの御実家は、由緒正しい戦国武将の末裔の家系だけど、英里奈ちゃん自身は、そこまで浮世離れしていないよ。
小学生から高校生の今に至るまで公立校通いだし、こうして庶民丸出しの私達と友達付き合いをしているのが、その何よりの証拠じゃない。
そういう反応を期待するなら、中華王朝の麗蘭姫や帝政ロマノフ・ロシアのソフィア王女辺りが訪日されるのを待つしかないんじゃないかな?
まあ、一介の特命遊撃士風情が海外のロイヤルファミリーと個人的に親しくなる方法なんて、私にはさっぱり分からないけどね。
それにしても、京花ちゃんったら…
君は何時までそうして、ぎこちない笑顔を浮かべながら、照れ隠しにサイドテールを弄っているのかな。
見るに見かねて私が窘めようとした、まさにその時だったよ。
「あっ…あの、京花さん…よろしければ、ワインに合う御菓子を選ぶのを、御手伝い頂けないでしょうか?京花さんなら、その…御詳しそうですし…」
この申し出が京花ちゃんへの助け船になったんだから、英里奈ちゃんもなかなかに気が利いているよね。
厳格な教育方針の御家庭で育っただけあって、相手の気持ちを考え、場の空気を読む事には長けているんだろうね。
だからと言って、子供が萎縮して内気な性格に育ってしまう程の厳格過ぎる教育方針を、全肯定する気になんて到底なれないけど。
「えっ…うん!勿論だよ、英里奈ちゃん!一緒に選ぼうよ!」
落胆混じりのバツの悪そうな苦笑から一変、京花ちゃんの童顔に満面の笑顔が煌めいたんだ。
内気で気弱だけど気遣い上手な英里奈ちゃんと、羽目を外しがちだけど明るく友達想いな京花ちゃん。
一見すると真逆な性格の2人だけど、意外と上手くやっていけるんだよ。
色々なタイプの人達と触れ合う事で成長出来るんだろうね、人間の精神って。




