エピローグ第3章 「ノスタルジア?駄菓子バー紀行」
「お邪魔します。4人で予約致しました、和歌浦です。」
年季の入ったガラス扉を引いたマリナちゃんの声と唱和するかのように、ガラス扉の上方に付けられたドアベルが、カランコロンと軽やかに音を立てる。
昔ながらのプレーンな喫茶店って、大体こんな感じだよね。
懐古趣味を狙ったのか、それとも、意図せずにこうなったのかまでは分からないけど、レトロな世界観を売りにした店構えにはマッチしていると思うよ。
店の内装は、入店前に予想していた通りだったね。
店の内壁には、ホーローの看板は勿論だけど、私達の親世代が子供の頃に上映されていた映画のポスターが沢山飾られていたの。
さっきなんか、「春の東活チビッ子祭り」のポスターのセンターでポーズを決めている、初代アルティメマンと思いっきり目が合っちゃったよ。
この劇場版アルティメマンは、サブタイトルこそ「侵略怪獣殲滅作戦」って具合に新作ぶっているけれども、その実態はテレビシリーズのブローアップ版なんだよね。
まあ、この辺りの事情は、私なんかよりも、熱狂的なアルティメマン信者である京花ちゃんの方が、よっぽど詳しいけど。
オマケに店のBGMとして、昔のアニソンがエンドレスで流れているよ。
まあ、今流れている「時空戦艦ミカサ」に関しては、25年前のテレビシリーズ放送後も劇場版が何作も製作されているし、マーチ調の主題歌は合奏曲の定番だからね。
春と夏の高校野球の応援席や運動会の入場式とかでよく流れているし、自衛隊や人類防衛機構の交響楽団のコンサートの演奏曲にも頻繁に選ばれているから、アニメファンじゃない一般の人にも、お馴染みだと思うよ。
「いらっしゃいませ!19時半から4名様で御予約の、和歌浦様ですね!それでは、御席まで御案内致します!」
銭湯の番台を模したような木製のレジで私達を迎えてくれたのは、温和そうな女性スタッフだった。
年の頃は、私の母と同じ位に見えるから、大体40歳前後かな。
女性スタッフに案内された席には、レトロ趣味を売りにした居酒屋の定石通りと言うべきか、学校の教室で使用されている机と椅子が並べられていたの。
それも、私達が御子柴高校とかで日常的に見慣れているような、軽くて丈夫な金属製のフレームに合板製の天板を張り付けた、当世風の机と椅子じゃないよ。
引き出しから脚に至るまで全て木製の、実に古めかしい机と椅子なんだよね。
立ち飲み用のスタンドに至っては、天地を逆さまにしたビールケースを重ねて、その継ぎ目をビニールテープで補強して作ってある凝り様だよ。
珪素戦争終結直後のバラック闇市で営業していた立呑屋の店先は、ちょうどこんな感じだったのかな?
ソビエト連邦を筆頭に幾つもの国が全滅したユーラシア大陸に比べると、霊的結界を展開出来た日本の被害は比較的軽微だったの。
それでも珪素戦争の初期段階で大型珪素獣の攻撃を受けた地区は、ひどかったみたい。
ほとんど更地と化した廃墟の町に、ようやく残ったトタン等の廃材で組まれたバラックの店が寄り集まって、闇市が形成されていったんだって。
そういう闇市では、通常の流通や配給では不足しがちな商品が闇価格で販売されていたので、何かとトラブルの火種が多くて、治安も悪かったみたい。
政府の福祉政策や、人類解放戦線と国連の共同支援活動が軌道に乗るまでは、闇商人や不穏分子の摘発に、人類解放戦線の義勇隊士や警官隊も大わらわだったらしいの。
この時に治安維持活動へ従事した事がきっかけで、人類解放戦線が単なる武装組織から一皮剥けて、国際的な治安維持組織として国連以上の権限を持ち、今日の人類防衛機構に発展するに至ったんだから、歴史って奥深いよね。
良く言えば、バイタリティーのある時代だったのかも知れないけどさ。
まあ、私の祖父母が物心つく前の時代だから、当時の様子は歴史の授業や記録映像で知った内容しか語れないんだけどね、私にも。
本当はどんな時代にも、光もあれば影もあるはずなんだけどね。
でも、後世の人間の手にかかっちゃうと、ネガティブな側面は削ぎ落とされて、良い所が過剰に強調されちゃうんだ。
そうして演出された「古き良き時代」が、安易な現代批判の道具にされたり、お手軽なレジャーにされたりしちゃうんだから、いい気な物だよ。
まあ、人間ってのは自分が一番輝いていた時代を無意識のうちに美化しちゃうらしいから、ある程度は仕方ないのかも知れないね。
そんな物思いに耽っていたせいで、オーダーを取りに来た女性スタッフにも、生返事で上の空な私。
「ああ…じゃあ、4人とも生中で。」
だからこうしてファーストドリンクは、見るに見かねたマリナちゃんによって、他の3人と同じ生ビールにされちゃったんだ。
まあ、お酒は全般的に好きな方だし、「とりあえずビール」って習慣にも抵抗はないから、問題ないんだけどね。
「それではテーブルチャージ料として、御1人様につき500円頂きます!」
私達から500円の席料を徴収した女性スタッフが、席料の引き換えとばかりに手渡してくれたのは、市民プールやスーパー銭湯のロッカーキーに付いているような、オレンジ色の番号札が付いたゴム紐製の腕輪と、小振りなプラ製の買い物カゴだった。
カゴの色は、私と英里奈ちゃんに渡されたのはピンクの成形色で、B組のサイドテールコンビに渡されたのは、水色の成形色。
ただ、柄の部分は4つとも黄色の成形色だったね。
こういう買い物カゴって、スーパーやコンビニのお菓子売り場で、小さい子が使っているヤツだよね。
「あの…マリナさん、これは…?」
番号札の付いたゴム紐は左の手首に引っ掛けたものの、英里奈ちゃんったら、買い物カゴをどうしたものかと思案に暮れているね。
「そっか…英里も初めてだったね、この店は。さっきのテーブルチャージには、駄菓子の食べ放題料金も含まれているんだ。このカゴに店の駄菓子を、好きなだけ入れていいんだよ。」
予約の電話対応でレジに戻った女性スタッフに代わり、マリナちゃんが店のシステムを簡潔に説明する。
そう言えば、レジの隣に駄菓子を並べた商品棚が置いてあるね。
入店した時から、「ちょっとした田舎の食料品店のお菓子売り場っぽいな。」と思っていたけど、あれはそういう事だったんだ。
「こっちの棚から選んでもいいんだけど、私としては向こうをオススメしたい所だね!」
そう言うが早いか、京花ちゃんは私の手首を掴むと、満員電車の中で痴漢にやるように、グイッと引っ張ったんだ。
「ふへっ?」
素っ頓狂な声を私が上げても、京花ちゃんはまるで意に介さない。
「ついてきてよ、千里ちゃん!」
屈託のない無邪気な笑顔を浮かべながら、ただ前進あるのみ。
やがて、いかにも待ちきれなさそうに駆け出し始めたんだ。
「えっ…!?あっ、おおっと!」
京花ちゃんに左手を取られた私は、店の奥に繋がる細い通路へと、転倒寸前の危なっかしいステップを踏みながら引きずられていくのだった。
「あっ…ああ…!おっ、お待ちください!京花さん!ちさっ、千里さん!」
そんな私の背中を、すっかり狼狽えてしまった表情を浮かべた英里奈ちゃんが、吃音混じりの声を上げながらオロオロと追いかけていく。
そう言えば、つつじ祭の初日にも似たような事があったっけ…
「全く…お京と来たら、しょうがない奴だな…」
腰に手を添え、クールな美貌には呆れ返ったような表情を浮かべて、私達3人の過ぎていった通路の先を見つめるマリナちゃん。
「でも、元気があって、明るく良い子達じゃないですか。お好きなんでしょ、あの子達の事が?」
そんなマリナちゃんに問い掛ける女性スタッフの顔には、明るい微笑が浮かんでいた。
「ええ、それは勿論です。3人とも、私の親友ですから。」
キリッと引き締まった笑顔と、折り目正しく整った会釈。
両者の醸し出す凛々しくも颯爽とした印象を残し、大型拳銃を得物に選んだ特命遊撃士は、背筋の伸びた美しい姿勢と軽やかな足取りを保ったままで、店の奥に繋がる細い通路を突き抜けるのだった。




