エピローグ第2章 「行き行きて、駄菓子屋」
こうして三国ヶ丘駅のエスカレーターを降りた私達は、パン屋とスーパーが両側で自己主張している1階の東口を通り抜けると、マリナちゃんの後を追うようにして、南海バスのロータリーを正面に見ながら右折したの。
この向陵中町2丁目にも、ライブハウスや居酒屋チェーンの類は多いけど、そのいずれにも入店する気配はないんだよね。
そんな風に思っていたら、飲み屋が点在していた2丁目を通り過ぎてしまい、私達4人は向陵中町6丁目の辺りに差し掛かっていたんだ。
「あの…マリナさん御薦めの御店と仰るのは、間もなくでしょうか…」
所在無さげに左右を見渡しながら、英里奈ちゃんが怪訝そうな声色で呟くのも、無理もないよね。
だって、向陵中町6丁目は住宅街だもの。
パチンコ屋やコンビニエンスストア、それに居酒屋チェーンが並んでいた駅前とは違い、疎らな街灯を除けば、後は家々の門灯と窓明かりだけが、夕闇を辛うじて照らしている。
この辺りでランドマークになりそうな建物と言ったら、左の方にある病院と、突き当たりに控えている堺市立高校位かな。
「ネタバレ厳禁って事は、ハプニングバー的なお店なの?でもハプニングバーって、住宅街にある物なのかな?」
「まあまあ…そう慌てなさんな、御2人さん…ほら、もう見えてきたよ!」
そう言ってマリナちゃんが指差した先にあった物。それは…
「駄菓子屋さん…でしょうか?」
不可解そうに小首を傾げている英里奈ちゃんが言うように、マリナちゃんの人差し指が示しているのは、古びた店舗兼住宅の1階を利用して営まれている、1軒の駄菓子屋だった。
左側がポンコーラの真っ赤な広告になっているブリキ製の看板に、「アヤメ菓子店」と黒字で大書きされている。
鉄砲町や鳳などのショッピングモールにテナント入居しているのとは本質的に別物の、伝統的な個人営業の駄菓子屋だね。
安価なペットボトル入りの炭酸飲料がラインナップされている自動販売機の隣には、自販機と同じサイズ感の真っ赤な箱が設置されている。
パッと見はポンコーラの自販機みたいだけど、箱の側面に白抜きされた「メビウス」というロゴで、それが30年位昔にガシャポンメーカーがリリースした、オモチャの自動販売機だとすぐに分かったよ。
普通のガシャポン自販機だと、商品はカプセルに詰められているけど、こっちは紙箱に入っているんだ。
硬貨を入れてレバーを引くと、「ゴトン!」という大きな音と一緒に商品の入った紙箱が落ちてくるの。
それが珍しくて、目新しい物に目がない子供はすぐに飛び付いたって、お父さんから聞いた事があるよ。
当時の子供達の間で人気の高かった、「超時空戦艦ミカサ」や「アルティメゼクス」といった、アニメや特撮の関連商品が商品見本に入っていて、それを目当てにお金を入れたんだけど、出るのは大抵、訳の分からないキーホルダーや安物のオモチャばかり。
台紙の隅に小さく印刷された「見本以外の商品も入っております。」の注意書きに何度も泣かされたって、お父さんったらボヤいていたな。
あの様子だと、なけなしのお小遣いを注ぎ込んだために、両親-私から見れば父方の祖父母だけど-から大目玉を食らったクチだね、お父さんも。
正面のアクリル板を覗き込むと、「機甲戦団レギオンA」のラバーストラップとアクリルフィギュアの台紙と商品見本が飾られていたから、このメビウス自販機が現役だって事は確かみたいだね。
まだ元号が修文だった頃に作られたメビウス自販機に、アニメシアでも普通に売っているような現行アニメのグッズが入っているのは、ちょっぴり違和感があるけれど、こうして中の商品が更新された状態で運用されているのを見ると、「世の中って、まだまだ捨てた物じゃないな!」って思えてくるよね。
何しろ、「紙箱は手間とコストが掛かるから。」っていう理由で、メーカーはこれ用に商品を作らなくなっちゃったんだもの。
そうして商品が更新されなくなり、文房具屋や食料品店等の軒先で、誰にも顧みられずに錆を浮かせて朽ちていっている多くの自販機に比べると、こいつは幸せ者だよ。
このメビウス自販機の横には不自然なスペースが空いているんだけど、ここには営業時間中、普通のガシャポンやカードデスの自販機が置かれるんだろうね。
「マリナちゃん…もしかして、駄菓子を肴にして晩酌するの?それにしたって、今日の営業はもう終わってそうだし…」
格子状のシャッターが下ろされたアヤメ菓子店のガラス扉を指差しながら、私はマリナちゃんに問い掛けたの。
改めて店内を覗いてみると、どう見ても営業を終了しているんだよね。
昼間はメビウス自販機の隣に置かれていたであろう、ガシャポンとカードデスの自販機が、今は私達に背中を向ける形で、店内の出入口の辺りに仕舞われている。まるで内側から出入口を塞いで、通せんぼをしているみたい。
オマケにガラス扉には、「本日の営業は終了しました」と書かれた札がぶら下がっていたんだもの。
これらの状況証拠は全て、この駄菓子屋の営業時間が既に過ぎてしまった事を指し示している。
しかしながら、店内を営業中であるかのように煌々と照らしている蛍光灯型LEDの存在が、どうにも引っ掛かっちゃうんだよね。
お店の人が、消し忘れちゃったのかな?
駄菓子屋は薄利多売の商売だから、光熱費等の必要経費は、極力安く抑えたいはずなのにね。
「前半は正解だよ、ちさ。でも、心配は御無用!私とお京の後について来れば、すぐに分かるから。」
B組のサイドテールコンビの後を追って、アヤメ菓子店の左手に延びている道路に足を踏み入れた、私と英里奈ちゃん。
そこに待っていたのは、先程のアヤメ菓子店によく似た外観の店だったんだ。
私は最初、アヤメ菓子店と同じ店舗兼住宅に、別の駄菓子屋がもう1軒出店しているのか、或いは異次元空間に迷い込んで、同じ所をグルグルと回っているのかと思っちゃったよ。
とはいえ、それらの仮説が的外れだって事は、すぐに分かったんだ。
「はあ…『駄菓子バー・アイリス』ですか…」
看板に書かれた屋号を読み上げる英里奈ちゃんの声に促されるような形で、私は店の外観を改めて観察し始めたの。
最近、レトロを売りにした居酒屋が静かなブームになっているらしいの。
揚げパンやソフト麺みたいな昔の給食メニューをオツマミにしたり、駄菓子を御通しとして出したり。
この駄菓子バーも、そうしたレトロ系居酒屋の1軒みたいだね。
そういう居酒屋は大抵、店構えもレトロ色を全面に押し出していて、外壁にはホーローの看板が業種も地域も関係なしに沢山貼られ、店内には昔の青春映画や怪獣映画のポスターが飾られているのが相場なんだ。
この店も、栄養ドリンクやレトルトカレーまでは分かるけど、古めかしいホーロー製とあらば、蚊取り線香や学生服の看板まで貼り付けちゃっているから、少しわざとらしいんだよね。
オマケに、薬屋の店先によく置いてあったフクロウの置物までディスプレイしちゃってさ。確かあのフクロウ、薬の「服用」とかけて、「フクヨウくん」って名前だっけ。
そう言えば、さっきの「アヤメ菓子店」の看板は適度に錆の浮いたブリキ製だったけど、こっちの「駄菓子バー・アイリス」の看板はまだ新しいね。
過剰に貼り付けられたホーロー看板に、レトロな薬屋の店頭用置物。
そうした意図的な懐古趣味が、不思議と白々しく見えないのは、この駄菓子バーの入居している建物が、古びた店舗兼住宅だからだろうね。
さっきのアヤメ菓子店と同じ建物に入居しているってだけで、作り物ではないリアルな古めかしさと風格が、この駄菓子バーからも伝わってくるよ。
仮にこの店のマスターが、修文よりも元化の時代に過ごした時間の方が長くて、懐古趣味をサブカルチャーの一環として後追いで嗜んでいる若い人だったとしても、このテナントを選べた判断力は誉めてあげたい所だよね。




