エピローグ第1章 「降り立て、夕暮れの三国ヶ丘駅!」
私達4人が在籍している堺県立御子柴高等学校の最寄り駅である所の、南海高野線浅香山駅。その高野山方面のホームから乗り込んだ金剛行き各停電車に揺られる事、僅か2駅。
そんな短い電車旅を経て、私達が降り立った三国ヶ丘駅は、各停電車しか停まらない駅にしては豪華な佇まいと充実した機能性を誇っていたんだ。
駅ビルの2階には、コンビニやコーヒーショップは勿論の事、ラーメン屋や古本屋、さらには百均ショップにクリーニング店までもがテナント入居しているし、エスカレーターやウォシュレット付き多目的トイレなどのバリアフリー設備だって、もれなく標準装備されている。
午後6時の段階で閉まっちゃったけど、屋上には「みくにん広場」っていう公園もあって、仁徳天皇陵や履中天皇陵といった古墳群は勿論、堺県庁舎を始めとする市街地のビル群も展望する事が出来るんだ。
県庁舎が展望出来るって事は、県庁舎の右隣に仲良く寄り添うように建っている、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局の威容だって、ここからは展望出来るんだよ、当然の事だけど。
この設備の充実振りときたら、さすがはJR西日本の阪和線と連絡しているだけの事はあるね。
正直言って、このまま各停駅にしておくには、いささか勿体無い位だよ。
同じ各停駅でも、さっき私達が乗り込んだ浅香山駅には、駅員さんさえ常駐していないのに。
もっとも三国ヶ丘駅には、仁徳天皇陵を始めとする古墳群の最寄り駅という役割もあるからね。
悠久の歴史ロマンを求めて国内外から訪れる観光客が、市内有数の観光スポットにアクセスするための玄関口だもの。
それには相応の機能性と見栄えを伴っていないといけないよね。
まあ、すっかり日も暮れてしまった今となっては、古墳の観光目的で降車する人も少ないんだけど。
何しろ、もう午後7時だからね。
作戦行動中だと、イチキュウマルマルという言い回しになるかな。
こんな時間に各停駅を降りる人がいるとしたら、その各停駅を普段使いしている人達という具合に、相場は決まっているんだよ。
三国ヶ丘駅周辺の学習塾や予備校に通学する生徒に、今から会社や病院に出社する遅番勤務の人達。
そして後は、家路を急ぐ地元住民といった所かな。
「マリナちゃんオススメの居酒屋って、あれ?」
他の3人に少し遅れて2階の改札口を通り抜けた私は、ガンケースを背負い直しながら、三国ヶ丘駅周辺の地域住民でもある我が親友に呼び掛けたんだ。
そうして私が指差した先にあるのは、古本屋とラーメン屋に挟まれる形でテナント入居している立呑屋だったの。
このお店、夕暮れ時の今は立呑屋として営業しているんだけど、早朝から昼過ぎにかけては、立ち食い蕎麦屋として企業戦士達の胃袋を満たしているんだ。
「ううん…ここじゃないよ、ちさ。まあ、これはこれで、なかなか趣があるんだけどね。」
立呑屋の縄暖簾にチラリと視線を向けたマリナちゃんは、右側頭部で結い上げた黒いサイドテールを揺らしながら、小さく首を横に振った。
まあ、縄暖簾の奥には、スーツ姿のオジサン達の背中が犇めいているからね。
何しろ今の時間帯だと、あの手の立呑屋のメインの客層は、仕事帰りのサラリーマンだもの。
そんな企業戦士のオアシスに、防人の乙女4人組が考えなしに入店するだなんて、冠婚葬祭用の礼服をビシッと決めた状態で、昆虫採集をしに雑木林へ突入する程に場違いな話だよね。
それに今の混雑具合だと、落ち着いて晩酌するのは少し難しいかな。
「三国ヶ丘駅は確か、マリナさんの御自宅の最寄り駅でしたね…」
幼いながらも上品に整った美貌に、内気で気弱そうな表情を張り付かせた少女が、腰の辺りまで伸ばした癖のない茶髪を左手で弄びながら呟いた。
私が特命遊撃士養成コース編入と相成った小学6年生の春から今日に至るまで、変わらぬ友達付き合いをさせて頂いている、生駒英里奈少佐。
戦国武将である生駒家宗の末裔としての家名を、断じて汚すまいとする両親と使用人の講じた厳格な教育方針は、この少女の幼少期を酷く生き辛い物に変えたばかりでなく、今日の内気で気弱な性格が形成されるに至った、直接の原因であるに違いない。
しかし特命遊撃士に任官されて、沢山の良き親友や恩師に恵まれ、数多の死線を潜り抜けた事で、生来の誇り高き優しさと責任感の高さはそのままに、その内気な気弱さは、内省深さと奥ゆかしさへと次第に昇華されつつある。
そうした英里奈ちゃんの、緩やかながらも着実な成長は、親友である私達から見ても喜ばしく、尚且つ頼もしくもあるんだよね。
「そうだね、英里奈ちゃん…あっ!もしかして、マリナちゃんの御家で、宅飲みでもするの…?」
そんな名家育ちの上官兼親友に同調した私の左肩に、手刀が軽く叩き込まれたんだ。
まあ、「叩き込まれた」と言っても、相当に手加減された物だから、これっぽっちも痛みなんてないんだけどね。
打撃音と言うには、「ポスッ…」という軽い音は余りにも生っちょろいし。
「ん…?」
首を捻って振り返った先では、青い長髪を左側頭部でサイドテールに結い上げた遊撃服姿の少女が、快活な童顔に呆れたような笑顔を浮かべていたんだ。
手刀の形にした右手の甲を、私の左肩に軽く当てながらね。
「あっ、京花ちゃん…」
この青いサイドテールが印象的な少女のフルネームは、枚方京花。
人類防衛機構における京花ちゃんの階級は少佐だから、未だ准佐に甘んじている私にとっては、上官兼親友の3人目に該当するんだよね。
「いやいや、千里ちゃん…宅飲みだと居酒屋にならないよ、幾ら何でも。」
京花ちゃんは、私の肩に当てた右手を引っ込めると、右の人差し指を軽く左右に振ったんだ。
どうやら漫才で言う所の、ツッコミのつもりだったようだね。
ボケたつもりはないんだけどなあ、私…
「まあ…これから私達が行く居酒屋は、面白い趣向が凝らされた味わい深い店だから、2人とも期待してくちゃって大丈夫だよ!ねっ!そうでしょ、マリナちゃん?」
こうして無邪気な笑顔を浮かべる京花ちゃんに応じたマリナちゃんは、先程の京花ちゃんの顔真似でもするかのように、苦笑の形に口元を歪めていたんだ。
「おいおい、無闇にハードルを上げないでくれよ、お京…それと、期待を煽るのは構わないけど、ネタバレは御法度!出落ちって訳じゃないけど、初見のインパクトは大事だからね。」
「大丈夫だって!第一印象が覆しにくい事位、私にも分かってるよ!」
マリナちゃんの態度から察するに、これから私達が訪れようとする居酒屋には、京花ちゃんも行った事があるみたいだね。
そして、私と同様に英里奈ちゃんもまた、一見さんって事か。
まあ、三国ヶ丘と百舌鳥八幡の辺りは、マリナちゃんと京花ちゃんの生まれ育った地元だからね。
ここは、土地勘のある御2人の案内に従うとしますか。




