第19章 「自然体の君でいてよ!」
ここで私は、今日の5時間目の現代文の授業で扱われた、太宰治の「走れメロス」の終盤の展開を思い出したの。
処刑場に急ぐ途中で諦めそうになった事をメロスに謝罪された親友セリヌンティウスは、自分も「もしかしたら、見殺しにされるんじゃないかな?」という疑念を抱いた事をメロスに謝罪して、2人は一切の蟠りを水に流すんだ。
要するに、双方に謝るべき事情があれば、「お互い様」の論理で申し訳なさも軽減されるという事なのかな?
そのアイディア、ありがたく使わせて貰うよ!
太宰先生、そして、現代文担当教諭の松之浜佳代子先生!
「そんな、謝るだなんて…仕方のない事だよ。人間って、自分と異質な存在に対しては、ある程度は色眼鏡で見てしまうからね。恥ずかしながら私にだって、そういう所があるのは否定出来ないな。」
「えっ、吹田さんも?」
意外そうな表情を浮かべる豊中さん。
ここまでは、描いた青写真の通りだよ。
「そりゃ、『防人の乙女』として持て囃されている特命遊撃士だって、メンタルは普通の人間だからね。私にだって、一般生徒の子達の事を『平和ボケして危機感のない人達だな。』と思ってしまう事だってあるよ。私がレーザーライフルをぶっ放して窓からダイブした2時限目の事、覚えてる?」
「うん!私を狙っていた敵を、吹田さんが倒してくれた後でしょ!」
そうやって相槌を打ってくれると、「ちゃんと話を聞いて貰えている。」って実感出来るから、こっちとしても安心できるよ。
「私ね…あの時、美術の先生が狼狽えてしまったのを見て、『大人なのに見苦しく狼狽えちゃって、情けないなあ…』って思っちゃったの。いけない事だと、頭では理解出来ているんだけど、ゴメンね…」
私なりに役立てたつもりなんだけど、果たしてこれでいいのかな?
太宰先生、そして、1年A組担任の松之浜佳代子先生…
「だから、豊中さんが私に負い目を抱くのは違うと思うんだよね。」
これで少しは、豊中さんの気持ちが楽になってくれたら良いんだけどね。
「それに一般生徒の豊中さんが、武装した私達や銃声に慣れっこになったら、やっぱりマズイよ。一般生徒の子達が平和ボケをしていられるのは、一般生徒の子達が戦闘に巻き込まれる事もなく、平和な生活を出来ている何よりの証なんだよ!」
自分で言っていて気づいた事だけど、これってホントに大事な事だよね。
だって、一般市民がドンパチに慣れっこという事は、それだけ治安が悪化していて、戦闘に巻き込まれている事になるんだから。
物事は好意的に解釈しないとね。
管轄地域の一般住民が平和ボケ出来ているのは、それだけ私達の日々の頑張りが、確実に実を結んでいる証拠だって。
「まわりくどくなっちゃったけど、私が言いたいのは、豊中さんには変な負い目を抱いてしんどくなって欲しくないって事なんだよね。」
私としては穏やかな笑顔を浮かべたつもりだけど、ちゃんと伝わっているかな?
「負い目って、吹田さん…」
「武装した私を『怖い』って思っちゃった事が負い目の原因だと思うんだけど、豊中さん達が悪さをしでかさなければ、私達の銃口が豊中さん達に向く事は絶対にないから、その点は安心してね。」
「じゃ…じゃあ、吹田さん!私はどうすれば…」
それ以上言わせずに、私は豊中さんの右手を取ったの。
豊中さんの怪我した右足に負担が掛からないよう、気をつけながらね。
「変な負い目や申し訳なさを持たずに、同じ高校に通う同級生として自然体で見てくれたらそれでいいよ。あっ!『助けてくれてありがとう!』って素直な感謝の念なら大歓迎だよ!」
こう言うと私は、空いている左手の親指をグッと立てて、豊中さんに向かって明るく笑いかけるの。
爽やかに決まっていたら良いんだけどなぁ…
すると豊中さんは私の右手を、そっと左の手のひらで包んでくれたんだ。
「吹田さん…吹田さんのお陰で、私はサイバー恐竜に食い殺されずに済んだよ。本当に…本当にありがとう!」
一切の負い目も申し訳なさも、そして蟠りさえも存在しない、純粋な感謝の意だったね。
あっ、そういえば!
3年前のあの日も、サイバープテラノドンに襲われた一般人の女の子を救ったのは、銃の扱いに長けた黒髪の特命遊撃士だったなあ…




