狂気の正気
「おっさんのビルから盗まれた奴か……」
アリル家の前に止めた黒い車のトランクから鞄を引っ張り出して手に持った。
まずは門の警報装置をくぐりぬけなきゃな。
っていってもカメラを出さなきゃいい話だから楽。
インターホンを押さなきゃいいんだろ、確か。
白い手袋をぽっけから取り出して両手につけて口で引っ張りにぎにぎした。
エレベーターには何の仕掛けもないことが分かってるから登りはそれで行くことにする。
深夜二時半、俺は真っ暗中、真っ黒な服で彼女の家に忍び込もうとしていた。
事情を知らないとただの骨の髄までド変態である。
っと、携帯の電源は切っておかないと。
マナーモードでも鳴られたら困る。
よし。
エレベーターに乗ってとりあえず門までたどり着いたど。
階段を上がらなくていいから楽だなぁ。
この仕組みを知らない人はここだけで体力の半分を根こそぎ持っていかれるぞ。
この家は小さな山の中に建っているんだ。
だから昇る途中で何か得体の知れない生物を見た気がする。
犬っぽい何かを。
それは襲ってはこなかったけど……。
ぞくりとした何かが体を巡ったのは分かった。
夜闇に月が今夜は明るい。
その明るさがシンファクシの言葉を思い出させた。
――今はおっさんの任務に集中しろ、バカ波音!
頭を叩いて門に近づいた。
鍵穴なんて洒落たものがあるわけがない。
昼間の間にぱちっていたカードを通すだけだ。
悪く思わんでくださいよ、あのアリル父の執事さん。
名前なんだっけなぁ。
カードキーの氏名欄を見た。
あぁ思い出した、谷氏闘志朗さんだ。
ごめんなさいね。
カードキーを通すと小さく門が静かに開いた。
左右を見回し警戒装置が作動していないのを確認して中に入る。
誰にも見られないように頭を低くして小走りで玄関に近づいた。
玄関に行く途中でどの部屋に明かりがついているのかだけ見ておいた。
真っ暗な部屋しかないから流石にこんな時間にまで起きている奴なんておらんやろ。
玄関の鍵を開けるためにカードキーを差し込んだ。
だが機械はそれを小さな拒否と共につっぱねた。
「ちっ……」
小さく舌打ちしてトランクから折りたたまれた丸い道具を取り出した。
玄関から少し歩いて一つ隣の部屋の窓の下に陣取った。
持参した懐中電灯で中を照らして中に誰もいないことを確認する。
「この音嫌なんだよなぁ……」
丸い道具をガラスに押し付け力を入れて回した。
いわゆるガラスカッターみたいなやつだ。
消音ゴムを下に引いてから普通は使う。
それでも少しはあの身の毛がよだつような音が髪を逆なでした。
ガラスカッターの刃が一周して元の位置に戻るとくいっと軽く引っ張った。
この消音ゴムは吸盤になっているからガラスがその部分だけ外れて穴が出来る。
底から穴に手を入れて鍵を開けた。
「――でよぉ」
手を止めた。
「分かるわ。
あるある」
――!
見回りか?
見られたらまずいよな。
隠れる場所――ここしかないか。
ささっとそばの植木に隠れた。
月が明るいおかげで銃を持った二人の兵士が談笑しながら見回っているのがはっきり見えた。
今夜は盗みに向かないなぁ。
明るすぎる。
俺の前を通っても兵士は俺に気がつかなかった。
そのままトークを続けながら兵士は建物の角を曲がって消えた。
「ふー……」
緊張した。
服のしわまではっきり見えるところまで来ていたからな。
もう一度作業を再開する。
鍵を開けた窓をゆっくりと開いて、先に鞄を投げ入れた。
また回りを見回して誰も見ていないことを確認して中に入った。
カーテンを閉めて足音を立てずにドアの隙間から廊下を伺う。
真っ暗な廊下にぽつぽつと豪華なライトが光のスポットを作っているだけだった。
隙間を閉じて鍵をかけた部屋の中にいるうちにトランクのロックを外した。
スポンジのようなものに包まれた掌サイズの受信機を取り出して電源を入れる。
『FOZUKI』の文字が浮かび上がり
『受信を開始します』とメッセージが表示された。
緑の液晶に白い点が点滅していた。
そこにアリル家の見取り図をデータ投影する。
液晶板の端を触ってぐるりと立体で眺めてみた。
一階の端っこかぁ。
何の部屋なのだろうか。
記憶を思い出すがあいにくこの家には二回ぐらいしか来たことないから分からん。
一階にあるだけマシというものだった。
二階とか三階まで行くとこの迷宮の攻略が更に困難になるところだった。
とにかく行ってみるっきゃないな。
靴を脱いでゴム靴にはきかえる。
足音を消してくれるこの靴は結構暖かくて冬には嬉しい、夏はうざい。
白い手袋の端を噛んでもう一度上まで引っ張りあげた。
鍵を外してドアから出た。
麻酔銃を持って来るべきだと考えつつも警戒しながら先に進む。
実弾の入った銃は持ってきたが正直使いたくない。
中にも見張りの兵士がいるのかと思ったがそんなことはなかった。
外だけだったなぁ。
広い中廊下を液晶を見ながら歩き回って案外簡単に例の部屋にたどり着いた。
例の部屋の扉は他の木造とは違い金属で出来ていた。
電子ロックになっていて他とは違う雰囲気を纏っている。
解除は面倒そうだが何ともならないものでもない。
やっぱり仁も連れて来るんだった。
隣のドアが開いて寝巻き姿のマダムが姿を現したのはそんなときだった。
まずい、こっちに来る。
条件反射のようなスピードで右腕を上に向け、左手でベルトをつまんで小さなでっぱりを押した。
小さな鉤爪が先についたワイヤーが右腕の袖から天井に射出され食い込む。
続いて俺の体が引っ張り上げられて、マダムが俺の姿を見る前に天井にへばりつくことが出来た。
俺の下を気がつかずに通るマダム。
廊下の角を曲がって見えなくなったが
また戻ってくる恐れがあるので近くの部屋に一時避難することにした。
ワイヤーを回収して天井にへばりついた鉤爪を引っこ抜いて静かにそばの部屋のドアノブを捻った。
キィーッと音が出て冷や汗が出たものの誰も来なくて良かった。
この部屋で少し時間を潰そう。
これが間違っていた。
俺は本当に大バカものだったのだ。
その部屋に入った瞬間に自分のバカさ加減を呪った。
小さく灯された豆電球。
そのオレンジ色の光に映し出された部屋は俺が昼間に猛特訓を受けていた部屋。
ベットの上ですうすうと小さな寝息をたてているのはこの部屋のボス。
そうここは彼女のテリトリー。
ザ・ワールド。
「彼女を殺すんだ」
あまりにもはっきりしすぎた声だった。
腰のホルスターから拳銃を取り出して後ろに銃口を向けた。
誰も居ない。
幻聴か何かか?
緊張が生み出す何者かの声――?
シンファクシに頼まれたあの任務。
くそっ、またこの任務の影かよ。
……もしかして今が一番絶好調のタイミングじゃないか?
俺はアリルの寝顔を眺めつつ考えた。
もしメモリーチップが消えたのが分かったらこの屋敷の警戒は更に厳重な物となるだろう。
そうなると彼女を殺すのは事実上不可能となる。
メモリーチップなら連合郡にでもまた忍び込めばいい。
それは最終兵器二人の力押しで何とかなるしな。
だけど彼女は違う。
アリルがもぞもぞ動くたびにびくびくしながら考えた。
彼女は他人の手で消したくはない。
なんといっても俺の彼女なんだから。
なら俺が――やるしかない。
俺の苦しみを――。
知らずに笑っていられるアリル父から笑いを拭い去るためにも。
そしてそのターゲットが今目の前で無防備に寝ているのだ。
俺は自分の中の蛇が目を覚まして冷静を食っているのを感じた。
正気を失っていた。
正気が消え、代わりに狂気がまとわりついてくる。
重くべたつく狂気は俺の意志とは反して行動を起こしていた。
震える手で腰から拳銃を取り出してサプレッサーを銃口に取り付けて遊底を引く。
カチッと小さな音がして確かに初弾が装填されたのを教えてくれた。
安全装置を解除して銃口をアリルへ向ける。
心臓を狙うのが一番だろう。
自家発電によりクーラーが存分に使えるおかげかやたら薄い服で寝ているアリルを前にそう思った。
寝息と連動して上下する生々しい膨らみに、垂直になるように弾を撃ち込むことにしよう。
刃を噛み締め引き金に指をかけた。
表面上ではパニックになっているのに内面では驚くほど冷静だった。
「んー……」
アリルがもぞりと寝返りをうった。
豆電球のオレンジの光りに浮かび上がる姿が、エロい。
というかこれほとんど下着姿じゃねーか?
急速に殺意が萎えた。
狂気が消えたがまだ拳銃は俺の手の中にあった。
あわてて安全装置をかけてホルスターにしまいなおした。
俺は今何をしようとしていた?
彼女を殺そうとしていなかったか?
俺は――俺は――。
くそっ。
頭を冷やせ。
別のことを考えるんだ、永久波音。
そういえばまだ俺は彼女とキスすらしていないなぁ。
なぜか知らんが毎回誰かに邪魔をされるのだ。
何者かの悪意が働いているとしか思えない。
あー駄目だ。
エロ過ぎるだろ。
汗で張り付いてるんだぞだって。
うん、ごめんね、なんか。
にしてもえっちぃなぁ。
いかん、別の本能の蛇が目を覚ましそうだ。
邪念だ、邪念、どっかいけ。
狂気は消えたが今度は邪念がっ。
高鳴る鼓動を押さえつけてポケットから取り出した受信機に目を無理やり動かした。
マダムはもう行っただろう。
こっそりとドアを開けて出ようとしたとき後ろにぐいっと引っ張られた。
「……波音君?」
体がびっくぅぅってなった。
目を擦りながらアリルが俺の服の裾を掴んでいたのだった。
いやおま、タイミングよすぎ笑ってしまったよ。
殴って気絶させるのも大人気ない気がするしな。
てかポニーじゃないアリルさんも素敵すぎるんだが。
さっきも言ってたよな?
いつもとは違う髪形の女の子ってなんか可愛いって。
さて今はそんなことをいっている場合じゃないっていう。
「波音君ですよね?」
なんでこの人毎回すごいの?
バリ三なの?
This story continues.
ありがとうございました。
さてさてここからどんどん波音はどうなっていくのか。
↑
日本語おかしいなぁ。
また来週にお会いしましょう。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




