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初恋の魔法は危険を招く~お飾り侯爵令嬢にはなりません!~  作者: 日埜和なこ


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第36話 私たちに足りない能力を補うなら、精霊使いね

「源泉の数が、百五十カ所!?」


 朝一番に訪れた冒険者ギルドで、私とアニーは驚きに声を上げた。


「あぁ確認できてる数だけどな。なんなら、町中にもいくつか源泉があるぞ」


 迷惑そうに顔をしかめたギルド受付の男は「依頼を引き受けないなら帰ってくれ」と言って、私たちを追い払うような仕草を見せる。

 カウンターに広げられたハーディとヴェルヌ山の案内図へと視線を落としたまま、私は微動だに出来ずにいた。


 どうしよう。そんな数を一週間足らずで回るなんて無理だわ。つまり、採取場所を絞れってことよね。その基準を考えるのが、もしかして試験ってこと?


「もう、町中で採取するだけで良いんじゃないの?」

「採取用の瓶、そんなに持ってきてんのか?」


 アニーが匙を投げるようなことを言う横で、キースが尋ねてきた。首を振って「そんなにないよ」と答えながら、どう採取場所を決めたらいいか必死に頭を動かした。


 預かっている瓶はコップ一杯程度の量が採取できる瓶が一本と、それよりも小さな瓶が十本。どう使うかの指定はなかった。

 山の源泉と町に引かれて温め直された温泉の比較が妥当な気がするけど。


「とりあえず、町中の源泉回るか?」

「それなら一日で事足りそうだな」

「もう適当に取って帰れば?」


 拾い上げた地図を指さすキースに、ラルフも異論はないとばかりに頷いた。だけど、すっかりやる気を失っているアニーは気だるそうにして、壁際のスツールに腰を下ろした。


 私はといえば、地図を睨みながらもやもやと違和感を抱いていた。なんだろう。そもそもこの課題の意図は、温泉の採取じゃないような気がしてきた。


 今回の課題は卒業査定には影響しない。ただし、提示したのは<ロックハート・ハントリー研究所>所属のポーティア女史っていうのが引っ掛かる。もしかしたら、来年の研究室に入るための実力審査だけじゃなく、その先、卒業後の研究所への推薦にも関わるのかもしれない。


 つまり、詳細な指示がないのは、結果よりも過程を見るためのものなんじゃないかな。


「温泉の採取だけじゃダメなのかも」


 噂になっている温泉の枯渇やヒタキドリの繁殖のことが脳裏に浮かんだ。このタイミングで噂が出回っているんだもの、なにか、関わりがあると考えた方がいい気がする。

 もしかしたら、ヒタキドリが集まる付近の源泉を見つけ出せれば、何か他のものが見えてくるとか。


「どういうことだ?」

「むしろ、重要なのは現地調査。それも、ヒタキドリの状況なんだと思う」

「噂の出どころの調査ってことか?」

「うん。それなら温泉の採取も数を絞る理由が出来る」


 受付台に手をつき、食い気味に「あの!」と声を張り上げると、男は面倒そうな顔で私を見た。


「この町に引くことが出来ない、特徴的な源泉はありますか?」

「まぁ、あるにはあるぞ。山深いとこにある五色の湯や、山頂付近の秘湯だ。だけど、今は近づかない方が良いな」

「どうしてですか?」

「ヒタキドリが異常繁殖したんだ。あいつらは一羽じゃ大したことないが、集団になるとその凶暴性を増す」


 ここ最近はその注意喚起と入山規制もしているのだと、ため息交じりに溢した男は目を細め、順繰りに私たちを見た。


「あんたら見たところ対空戦は向いてないだろう。獲物も近接武器ばかりのようだ」


 男はひいふうみ、と数えるように私たちを指差し、最後、アニーを示して動きを止めた。


「そこの姉ちゃんが射出使い(アーチャー)なら、魔法と組み合わせりゃいけそうだが、どうなんだ?」

「残念ながら、弓はお世辞にも得意と言えないわね。て言うか、あんなちまいのを一羽ずつ駆除とか無理でしょ」

「つまりだ、魔術師の嬢ちゃん一人にゃ荷が重い。近づかないことだな」


 もうこれ以上話しても無駄だと思ったみたい。男はまた追い払うように手を振って、椅子に腰を下ろした。


 だからって、はいそうですかって引き下がる訳にはいかない。


 受付台に両手を叩きつけるようにして、身を乗り出して「でも!」と声を上げた。すると、男は少し体をのけぞらせて驚いた顔をこちらに向けた。


「その秘湯の源泉を採取しなくちゃいけないんです!」

「……お、おう。そりゃまた、なんでだい?」

「ヒタキドリの繁殖状況と、噂の真相の解明のためです」

「噂?」


 台に置かれていた男の指がぴくりと動いた。

 大きく息を吸い、私は思いの丈を叩きつけるように説明を始めた。


「先ほど聞いた源泉の数を鑑みて、源泉が枯れるという噂は荒唐無稽な話だと判断しました。ですが、ヒタキドリの大繁殖はヒクイドリの現れる前兆だとの伝承もあります。もしヒクイドリが現れたら被害は甚大となる可能性もあります。裏付けが取れるのであれば、上位機関においての対処が必要だと考えています。その為の調査です」


 男はポカンと口を開け、返事すら忘れたようすで私を見ている。


「早急に現場に向かいたいので、精霊使いの方をご紹介ください」


 私たちに足りない要素を補えるだろう人材の紹介を願い出て、もう一度深く息を吸う。勿論、唖然とする男からは視線をそらさなかった。

 引き下がる気はないの!


 スツールに座っていたアニーが、面白いものを見たと言うように小さく口笛を鳴らすのが聞こえてきた。


 口をぽかんと開けていた男は、慌てて席を立ちあがると「ちょっと待ってろ」と言い残し、奥に引っ込んでしまった。


「なぁに、あの男。急に顔色変えて」


 何か面白いことが起きている。そう直感したらしいアニーが、にやにやと笑っている。


「たぶん……ヒタキドリの繁殖に関して、ここでも頭を抱えてるんだよ」

「ふーん。じゃ、それ聞き出せば良かったんじゃないの?」

「……詳しく話せない理由があるのかも」

「ふーん、まあ、ただの温泉採取じゃなさそうだってのは、分かったわ」

「それにしても、よくあれだけの啖呵(たんか)を切ったな」


 私の頭をぽんぽんっと軽く叩いたキースを見上げると、彼もまた好奇心に眼を輝かせていた。


「私達で対処できることなら対処する。けど、無理そうなら上層部に報告する必要があると思うの。その為にも、早く現場に向かわないと」

「よく分かんないけど、ただの温泉採取より格段に楽しくなるってことね!」

「アニー、お前は気楽すぎだ」

「何よ、ラルフ。あんただってさっきから顔が緩んでるわよ」


 根っからの冒険者稼業の二人は顔を見合わせ、不敵に笑っている。頼もしい限りだ。

 最悪、精霊使いが見つからなかった場合は、どうしたらいいか考えていると、受付の男に代わって美しい女性と仮面で目元を隠している男が現れた。


「あなた達が、ヒタキドリの調査をしたいって言う子達?」

「あの、貴女は……」

「はじめまして。ハーディ冒険者ギルドの管理人(マスター)、リーヴァと申します」


 妖艶な笑みを赤い唇に載せたギルド管理人リーヴァは、仮面の男に視線を向ける。


「彼はロッド。エルフではないけど優秀な精霊使いよ。その腕は私が保証するわ。丁度、ヒタキドリの調査でこの町に訪れていたところなのよ」

「では、契約精霊をお聞かせください」

大樹の乙女(ドライアード)常闇の精霊(シェイド)だ」


 少し高めの澄んだ声だった。

 どこかで聞いたことがある声のような気がした。つい、その仮面に隠された顔をまじまじと見ると、仮面の奥にある碧眼がすっと逸らされた。不躾に見すぎてしまったかしら。


「あ、あの……では、炎と風の精霊(イフリータ)はどうですか?」

「火の上位精霊か……呼べなくはないが、だいぶ時間も魔力も浪費する」

「分かりました。どうぞ、よろしくお願いします」


 頷いて手を差し出す。精霊使いのロッドが一瞬、躊躇したように見えた。一拍置き、黒い手袋に包まれた手が差し出され、私たちは握手を交わした。

 手袋越しだったけど、遠慮するように優しく握ってきた感触に、なんだか覚えがある気がするんだけど……脳裏にお兄様の姿がちらついたけど、まさかね。


 それから、私たちは九十九折(つづらお)りの山道を登った。

 ヴェルヌ山から麓まで温泉を引いていることもあり、中腹までは人の手が入っている。整備されたとは言い難い道だったけど、獣道より遥かに歩きやすく見通しも良かった。


 陽射しが燦燦(さんさん)と降り注いでるけど、標高の高さもあって、暑苦しさはなかった。

 木陰を吹き抜ける風が首筋を撫でるように吹き抜けた。


 後方から、声をひそめたアニーの声が聞こえてきた。


「ねぇ、あの男、何者だと思う?」

「はぁ? 何って精霊使いだって言ってただろうが」


 キースと話しているけど、アニーは元々声が大きいこともあって、しっかりその会話が届いてくる。少し後ろを振り返ると、面倒そうな顔をするキースが見えた。


 ついと、横を歩く精霊使いのロッドさんを見てみる。

 中肉中背の金髪、身長はキースより少し高いかな。仮面で鼻から上、顔が半分ほど隠れている。少し低めの声は、感じからすると二十代半ばね。どこかで聞いたような気がするんだけど、上手く思い出せない。

 顔を隠すには何か理由があるのだろうけど、それが簡単に信用できない要因にはなるわよね。


「この一件限りだ。素性はどうあれ、仕事さえこなしてくれれば問題ないだろ。ギルドの紹介なんだから問題は」

「そう言うことじゃなくてさ。物腰があたし達と違う感じじゃない」

「意味の分かんねぇこと言うなよ」

「だって、ほら」


 なんの話をしてるのかと思って、そわそわしていると、横から「お気をつけください」と声がかかった。視線を向けると、ロッドさんは頭上で垂れていた枝と蔦を手で払い除け、私を見ていた。

 アニーがいうような物腰っていうのはよく分からないけど、気遣いができる人みたい。


「枝が邪魔だっただけだろうが」

「違うわよ。あれ、ミシェルの髪にかからないように押し上げたのよ。あんた、そんなことしたことある?」

「……ねぇな」


 確かにないわ。それどころか、髪に枝が刺さって驚いた私を笑って喧嘩になったことがある。出会ったばかりの頃は、デリカシーや気遣いが無さすぎるってよく思ったのよね。


「でしょ! さっき小川を渡るときだって手を差し伸べて、まるでお嬢様扱い……ねぇ、もしかしてあの人、ミシェルに気があるんじゃないの?」

「はぁ? 知り合ったのほんの数時間前だぞ」

「バカね。恋に落ちるのに時間なんて関係ないのよ。それに、ミシェルだってまんざら嫌な訳じゃなさそうだし」


 アニーの言葉に一瞬面食らい、私はしぱしばと瞬きを繰り返した。

 私がロッドさんに?

 いやいや、そんなことは微塵もないんだけど。と思いながら、もう一度、ちらりと横を歩く彼を見上げたタイミングは非常に悪かったみたいだ。アニーの「ほら、気にしてる」って声が聞こえた。


「……仮面が物珍しいんだろ」

「そうかしら? あ、でもあの下の顔は気になるわね。だって、金髪碧眼ってあんたと同じじゃない。もしかして、ミシェルの好みって」


 思わず振り返ると、そこでアニーのからかうような話は止んだ。

 キースは苛立ちを紛らわすように髪をかき乱していた。

次回、本日19時頃の更新となります


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