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初恋の魔法は危険を招く~お飾り侯爵令嬢にはなりません!~  作者: 日埜和なこ


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第30話 ポーティア女史の特別課題

 ポーティア女史の研究室に向かいながら、不安がよぎった。


 何か提出物に問題があったのかな。

 無事に進級できれば、来年は最高学年になる。ポーティア女史の研究室所属の希望を出している身としては、急な課題や呼び出しほど緊張することはない。

 

 だけど、私を出迎えたポーティア女史は意外な話を持ちかけてきた。


「探索ですか?」

「えぇ、あなたは他の学生よりも実践報告の数が多いでしょ。外との繋がりも持ってる。そこで、今回のサンプル回収と実地調査を任せたいと思います。同行者は自由に選んでもらって構わないわ」


 渡された資料に目を通し、思わず首を傾げる。特に困難はなさそうなないようだけど、どうして私を指名したのだろうか。


「……ポーティア女史、お聞きしていいですか?」

「どうぞ」

「こちらの研究室は、実地調査を得意とされています。私もそこに惹かれ、来年の所属を希望していますが……この調査内容でしたら、先輩方でこなせるのではないでしょうか?」

「そうですね。難なくこなすでしょう」

「では、なぜ私を指名されたのですか?」

「貴女のいうように、我が研究室は実地調査を大切にしています。そこで、新年度に迎える学生の選出には特別課題を与えてます」

「特別課題!?」

「成績には影響しないですが、研究室に入れるかどうかは結果次第だと思ってください」


 ふふっと微笑んだポーティア女史は「期待してますよ」といった。


 研究室を後にして、資料片手に事務室へと向かう。学院内で引き受けた依頼や特別課題は、経費や必要物資を事務室でもらうことができる。終了報告をすれば多少の報酬も受け取れるし、外からの依頼も受け付けていて、冒険者ギルドと似た役割を持っている。ただし、学年や成績によって引き受ける依頼は制限がかかってるし、学生のためのギルドといった感じだ。

 

 特別課題のサンプル回収に必要な容器、路銀や魔法薬などを受け取り、さてどうしようかと思案した。

 校内のカフェに立ち寄り、紅茶とスコーンを横に置いて資料を広げた。


 探索課題はヴェルヌ山にある源泉から温泉水を回収することと、実地調査だ。


 ヴェルヌ山は王都から片道三日かかる。

 麓の町ハーディは山から引いた温泉を活用した施設が多く、保養地として人気もある。そのため観光地として栄えてることもあり、自衛もしっかりしている。


 源泉付近には秘湯と呼ばれる場所もあるが、険しい山道を越える必要があるため、一般人が向かうことはない。それに未到の遺跡もほぼないため、訪れる冒険者も湯治目的がほとんどだったはずよね。


 スコーンを食べながら、まだ行ったことのないヴェルヌ山と温泉街ハーディーを思い描く。

 

 それにしても、温泉水なんて何に使うんだろう?


 実地調査っていっても、この辺りは害獣被害も少ないし、何を調べたらいいのか。

 資料を読み返しても、何について調べろと明記はされていない。もしかしたら、私が問題点にたどり着く過程も審査に入っているってことかしら。


 同行者の指定はなし。源泉までの道筋が分からないし、万が一を想定した方がいいわよね。害獣報告が少ないとはいえ、ゼロなわけじゃないもの。


 紅茶を飲み干した私は、キースがいっていたことを思い出した。たしか、『竜のしっぽ亭』で護衛をしているっていってた。

 あそこなら、アニーやラルフ、マーヴィンもよく顔を出すし、仲間(みんな)に相談できるかもしれない。



 目抜き通りにある『竜のしっぽ亭』ついたのは陽が沈む少し前だったけど、すでに酔っ払いの姿もちらほらとあり、ずいぶん賑わっている様子だった。


 夏場の酒場は、暑さの影響で早い時間から日よけを理由にした客が増える。夜遅くともなると喧嘩が絶えないから、夜の外出は気を付けるようにってロン師もいっていた。そういった厄介ごとの処理を兼ねて、冒険者に護衛を頼む店も少なくないのだろう。


 竜のしっぽ亭に辿り着き、店内をぐるりと見渡した。


 荷物運びとか手伝うこともあるっていってたけど──いた!

 カウンターの端にキースの後ろ姿を見て、声をかけようと足を踏み出した時だった。私を突き飛ばすようにして、派手な格好をした女の人が飛び込んできた。

 少しよろめき、彼女の後ろ姿に視線を向ける。

 

 照明の光を浴びた蜂蜜色の髪が、キラキラと輝きながら揺れる。大きな胸を主張するような服装は冒険者かな。踊り子さんにも見える。

 ここは酒場だし、あれくらい派手な女の人がいてもおかしな話ではない。そう思ったのもつかの間。あろうことか、彼女はキースの背中に抱き着いた。


「キース、こんなとこにいた! ねぇ、暇ならちょっと付き合ってよ」


 甘ったるい声で媚びるように話しかける彼女は、大きな胸をわざとらしくキースの背中に押し付けるのが、ここから見ても分かった。

 キースは肩に置かれた白い手を、気だるそうに掴んで退かした。


「レベッカ……俺は今、仕事中なの。何度言ったら分かるんだ」

「えー、もっと割のいい依頼受けようよ。昔みたいにうちのチームで遊ぼう!」

「悪いが他当たってくれ。お前んとこに戻る気もない」


 ひらひらと手を振ったキースは立ち上がり、縋りつく女の人──レベッカを面倒そうに押しのけ、こちらを振り返った。当然だけど、私に気付くわけで。

 綺麗なエメラルド色の瞳がぱちくりと瞬かれる。


「ミシェル。どうしたんだ?」


 キースが足を一歩踏み出す。

 私は思わず後ろに一歩下がった。


「今日は学院に行くっていってなかったか?」


 また一歩近づくキースの腕に、レベッカの腕が絡まった。その様子を目にした瞬間、背筋がぞわりと震えた。

 

 レベッカの茶色い瞳が勝ち誇ったように細められる。

 赤い唇を吊り上げた彼女はキースの腕を引いて、自分の胸の間に挟んだ。そうして、ぐいぐいと彼を引き寄せる。たわわな胸が揺れ動き、引き締まったキースの腕がその柔らかなふくらみの形を変えた。

 キースが、ちらりとレベッカを見ると、彼女は赤い唇をちょっとすぼめて視線をそらす。


 誰なのって、いつもの調子で聞けばよかったのかもしれない。アニーと知り合った時みたいに、紹介してっていえば

 でも、声がでなかった。

 

 キースは迷惑そうな顔をしているけど、凄く距離が近いんだもの。もしかして、何か、関係があった人なのか。元恋人、とか。──嫌な考えが喉を絞めていく。

 息の仕方を忘れたように、私の喉がひゅっと鳴った。


 気付けば(きびす)を返して走り出していた。 

 脳裏で、アニーのいっていた言葉がよみがえる。


『あいつ若作りも良いとこよ。ミシェルの倍は生きてるでしょ? キスだって、それ以上のことだってやってるわよ。分かってる?』


 何も分かってなかったんだ。

  

「あ、おい、ミシェル!」


 私を呼び止める声が聞こえた。

 でも、足を止めることも、振り返りすらせず、私は店を飛び出した。一刻も早く逃げたくなって、周りを見る余裕もなかった。だから、入り口で、アニーとすれ違ったことにも気づかなかった。

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