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「チヒロに危害は加えないとしてもだ。確かに最近のお嬢様の行動を思い返してみると、ちょっと様子がおかしかったかもしれない」

　口に手を当てて、何かを思い返しているのかマルコ先輩はそう言った。

　ハル先輩が「へ？」と間抜けな声を上げた。

　アイネの行動がおかしかった？　アタシにはいつも通りにしか見えなかったけどなぁ。

　この頃のアイネは馬と遠乗りに出たり、槍の稽古したり、フランツさんと兄弟水入らずの会話をしてたりとそんな感じだった。

　これの一体、何処がおかしいのだろうか？

「そうと言うのも最近、お嬢様が頻繁にチヒロの事を見ていたんだよ。今思い返してみると、話しかけようとしてるようにも見えたなぁって……」

「え？　アイネお嬢様がアタシを？」

「おぉ！　それなら俺も見たかもしんねぇ！　２日くらい前の夕方、お前がコイツと一緒に庭園歩いてる時に、木の陰からお嬢様がお前らの事見てるの、２階の廊下から見えたぜ。兄貴に言われてみると、確かに近寄ろうとして躊躇ってるようにも見えたなぁ」

　隣のフジサキを指差して、今さら思いだしたかのようにハル先輩もそんな事を言い出した。

　ここの先輩２人には心当たりがあるらしい。

　マジか……全然、気が付かなかったな。

　あれ？　もしかして、知らなかったのアタシだけ？

「お嬢様には同年代のご友人がいないからね。もしかしたら……チヒロと友達になりたいんじゃないかな？」

「お、そうだ！　それだよ、チヒロ！　お嬢様の部屋に呼び出されたのもお前との親交を深めるためかもしれねーぞ？」

　何だ、そういう事か。良かったじゃねぇか！　とハル先輩は手を打って笑った。

　マルコ先輩もやっと合点が言ったのか、うんうんと頷いていた。

「マスター良かったですね。これでこの世界での新規ご友人がまた１人追加されますよ」

　フジサキも２人の肯定的な意見に賛同していた。

　友達を新規のアドレスみたいに言うんじゃないよ。

　お前もちょっとは良いアイデア、考えろよな。

　まぁ、アイネお嬢様避けに散々フジサキを使ってたからね。しょっちゅうアタシといたから、コイツもアイネの変化に気が付かなくても無理ないか。

　それにしても、本当にそうなんだろうか？

　アイネがアタシと友達になりたがっている……？

　うーん……。

　廊下で話しかけてきたアイネの口調からは、親しみの『し』の字も感じられなかったけど。

「まぁ、とにかくだ。俺達、使用人は主人からの命令には背けねぇ。どの道、お前はお嬢様の部屋に行くしかねぇよ」

「ハルと同じく、僕も結局のところそれしか言えない。ごめんね、チヒロ。相談に乗るって言ったのにこんな答えしか出せなくて……」

「良いんですよ、マルコ先輩。やっぱり自分で何とかしてみます。仕事中なのに、足止めしてすみませんでした」

　アタシに謝りながら、頭を下げるマルコ先輩に申し訳なくなって、『頭、上げてくださいよ』と彼に頭を上げてもらった。

　それを最後に書庫はシンと静まり返ってしまった。

　ガックリするアタシのせいで部屋の空気がしんみりとしてしまった。

　が、そんな中であの空気を読まない男が、ふいに閉ざしていた口を開いたのだった。

「マスター。ここは『当たって砕けろ』と言う言葉の通り、正々堂々ぶつかって行く以外道はございません。私は力及ばずとも、マスターを応援しておりますよ」

「うん。アタシが物理的に当たって砕け散ったら、その時はフジサキが責任取ってよね」

　これから死地に向かう主人に対して、何て残酷な言葉を浴びせるんだこの元ポンコツ端末機は。

　アタシを苦しめてそんなに楽しいのか？　若干、嬉しそうな顔しやがって……。

　憎々しげにフジサキの顔を睨みつけると、空気を読める男・マルコ先輩がフォローを入れてくれた。

「万が一、本当にお嬢様がチヒロに危害を加えようとしたら、その時は僕らを呼んでくれ。仕事の合間を見て、午後はさり気なくハルと３階に行ってみるから」

「えぇ！？　マジでやんのかよ兄貴ッ！」

「当たり前だろ。もしお嬢様が乱心でもしてチヒロに怪我をさせたら、チヒロを任務で預かったフランツ様の落ち度になるんだぞ？　フランツ様の武勲に傷が付くような事があっちゃいけないんだ！」

「あぁ、そっか……そうだよな。よし、チヒロ！　何かあったら大声で俺らを呼べ。すぐにでもドア蹴破って助けに行ってやるからな！　兄貴とフジサキ連れてな！」

「私もでございますか？」

　おい、フジサキ。今なんで『え？　僕もやるんですかー？』みたい顔したんだ？

　お前の主人の大ピンチだろうが！　他人事じゃないんだぞ？

「僕ら３人で助けに行っても、お嬢様に返り討ちにされかねないけどね……でも、多勢に無勢って言葉もある事だし。たぶん、何とかなるよ」

「確かにな、お嬢様が相手じゃ勝てる気がしねぇや……」

　どこか哀愁漂う顔つきになった２人を見て、何だか大変な役を任せてしまったなぁ……とアタシは反省したのだった。

　ほんと、ご迷惑かけてすいません。

　そして、男３人がかりを撃破できる可能性が大のアイネ、強すぎ……。

　結局何の打開策も得られないまま書庫における４人相談会は、というと。

　いつからそこにいたのか、ドアの隙間からこちらを残酷なまでに美しい笑顔で見つめるエレノアさんの急襲によって、お開きとなった。

　慌ただしく書庫から飛び出したアタシ達は、お互いに短い別れの挨拶を交わしながら、次の持ち場へ向かうために散り散りになった。

　アタシは先輩２人からのアドバイス通り、素直に呼び出しに従ってアイネの部屋を訪ねる事を決意した。

　

　あぁ、今日がアタシの命日になりませんように……。

　享年17歳とか、冗談でも笑えないから。

★チヒロは【 Key word 】の【 助太刀執事 】を入手しました。

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