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アタシとフジサキだけになった広い客間。
静か過ぎて、逆に落ち着かない。手持ち無沙汰を解消するために持ち上げたカップが音を立てる。
カチャリという小さな音すら、大きく誇張されて聞こえた。
「先程は――ありがとうございました」
何か言わなきゃと思っていた矢先、先に沈黙を破ったのはフジサキだった。
あの唐変木のフジサキがアタシにお礼を言った?
アタシが、フランツさんとの間に入って代わりに謝ったから?
「べ、別に。自分の持ち物にケチ付けられた気がして、それ以上聞きたくなかっただけだから……」
アタシは、吐き出すのを必死に抑えた紅茶を無理やり喉に流し込んで、ぶっきらぼうに返す。
実際は唐突なお礼に心臓バクバクで、動揺で手を滑らせない内にカップをソーサーに戻したけど。
「今、私が感じているこの不可解な胸部のざわつきが、人間の言う『嬉しい』という感情なのでしょうね」
自分の胸にそっと手を当てたフジサキは、噛みしめる様に囁いた。
アタシは両目を見開いていた。
フジサキの表情には、ぎこちなさは残るものの喜びがにじみ出ていた。
でもそれはほんの一瞬で、瞬きをした瞬間にいつもの無表情に戻ってしまった。
しばらくフジサキの顔を食い入るように見つめていたけど、だんだん可笑しくなってきて、アタシはプッと噴き出した。
フジサキが新たな人間らしさを手に入れた瞬間だった。
「……まぁ、どういたしまして」
笑いをかみ殺しながら、とりあえず返事をする。
フジサキはいつもの「はて?」というような顔をしていたものの、前よりも表情が柔らかい気がした。
★チヒロは【 Key word 】の【 人間 】を入手しました。
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