4-≪ 259 ≫
≪ 259 ≫
「チヒロ? 何やってんだ、こんなとこで?」
頭を抱えたままうんうん唸っていると、背後から名前を呼ばれた。
振り返らなくても声だけで誰だか分かる。
「あ、ハル先輩……」
「腹でも壊したのか?」
「違います!」
アタシが押さえていたのは頭だったはずなんだが、ハル先輩にはどう見えたんだろうか。
ハル先輩は重そうな脚立を担ぎ、首を傾げている。
もう仕事はアガリのはずなのに……何で脚立なんか?
「ふうん。まぁ、元気そうだからいいや」
「ハル先輩、まだお仕事があるんですか?」
「仕事っつーか……1階の玄関に飾られてる絵がちょっと曲がってたからよ。直しとこうと思って」
「あ、じゃあ脚立を押さえるの手伝いますよ」
「じゃあ頼むな。やっぱり玄関は顔だからなー」
ハル先輩はニカッと笑うとスタスタと歩き始めた。
一階に着くと、大きな絵画の前に脚立を置く。そしてアタシに「ここ押さえといてくれ」と指示した後、脚立に昇り始めた。
脚立を押さえながら、絵を仰ぎ見る。……確かに、ちょっと曲がっていると言えば曲がってるか……。
何回かこの前を通り過ぎたはずなのに、全然気が付かなかったな。
ここで働いている人達は……みんなコルデア家が好きで、ここの一員になれたことに誇りを持って、一生懸命に働いている。
アイネは、そんなコルデア家の大事なお嬢様だ。本当に悩みに悩み抜いて、嫌いなはずのアタシに相談を持ち掛けた。
コルデア家のメイドとしては……ちゃんと応えるべきなんだろうな、きっと。
「ハル先輩って好きな人いますか?」
「うおぉぉっ!!」
脚立の上で絵に手をかけようとしていたハル先輩が、変な雄叫びを上げた。
グラグラグラッと脚立が揺れ、慌てて力を込めてグッと押さえる。
「わ、危ないなぁ、もう……」
「お前がおかしなことを言い出すからだろ!」
この動揺っぷり……。
間違いなくいるね。……で、多分……相手はシェナだろうな。
「好きな人に、何をしてもらえたら嬉しいですかね?」
「あーん? そんなの、何でも嬉しいんじゃねーの?」
「え?」
額縁を動かし、ビシッと水平になったのを確認すると、ハル先輩は脚立の一番上から飛び降りた。
そしてひょいっと脚立を肩に担ぎ上げる。
「自分をちゃんと見てくれれば、『おはよう』っていう何気ない挨拶ですら魔法の言葉だ」
「……」
急に何を言い出した?と思ったけど、そうかもなあ、とも思ったりする。
自分の存在をちゃんと認識してもらう。まずはそこからか。
……ということは、アイネの存在をもっとフジサキにアピールする必要があるってことかな……。
その前に、まずはフジサキだな。
相手は元携帯端末機、空気を読むことは勿論、乙女心に配慮するなんて芸当はできない。
アイネのことをどう思っているのか……いや、アイネについてどういう情報がインプットされているのか、と言った方が正しいか。
それを探れば、アイネへのアドバイスも浮かぶってもんだ。
よし、本人……フジサキと、ちゃんと話し合いをしよう。
ありがとな、と言って去っていくハル先輩の背中を見送りながら、アタシはそんなことを考えていた。
~ 9th Scene End ~
第4章「アタシと、コルデア家」≪ 完 ≫
これで、チヒロがコルデア家の一員になるまでのお話は終了です。
お疲れさまでした。
このまま、「第4章 あとがき」へ進んでください。




